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#0 魔王を辞めます

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 世界は時の魔王サターナスという脅威に怯えていた。
 サターナスは一度足りとも人間の世界へ自ら進行することは無かったのだが、世界各国から魔王を討たんと挑んでくる冒険者、いわゆる勇者を尽く亡き者にしてきたのだ。
 サターナスとしては魔物が人間を襲う性をもった生き物であるのは当然のことであり咎めるつもりは無い、しかしそれを統括する立場にあるということで常に人間に命を狙われることには辟易していた。
 そして今日もまた魔王に挑む者が一人。

■■■

「ハァハァハァ、魔王という存在がある限り俺たち人間に安寧は訪れないんだ!」
「もうそういうのは良いから帰れよお前。こんなところで命を投げ出すものではないぞ? ほら今なら殺さず返して上げるから」
「そんな言葉に惑わされるか! そんなことをしたら背後から狙われるに決まっているだろ! 行くぞ、覚悟しろ魔王!」

 いや本当にもう面倒くさいから帰って欲しいし、これ以上勇者とやらを送り込んでこないで欲しいだけなのだが、一向に聞き入れてもらえない。
 勇者の一振りを交わすことすら面倒なので、先んじて倒した魔術師が持っていた本を投げつけてぶつける。

「ぐはっ!!」
「な、分かっただろ? ワシとお前には越えられないだけの差があるんだからいい加減諦めろよ。そして他の人にあの魔王には関わるなと伝えてくれ」
「黙れ黙れ黙れ!!! 俺は勇者スカだ! こんなところで負けるわけには行かないんだよ!」
「はぁー、またそれか。いい加減聞き飽きたんだよね」
「うるさい! これをくらえ!!」

 勇者の魔法を使った渾身の一撃が放たれるも、魔法耐性の高い魔王には効くことはない。
 しかしそのまま攻撃を受けてしまうと服が汚れて破れてしまうかもしれないので、仕方なく腕を振るって魔法を弾き飛ばす。

「もう面倒くさいな!」

『バチィ!!!』

 弾いた魔法は単なる魔法だけでなく、隠し持った剣に魔法を纏わせたものだったらしく、弾いた剣が勇者の体に突き刺さってしまう。

『ゴハァッッ』

「あっヤバい殺しちゃったかな?」

 毎回殺さずに返そうとするも、諦めることの無い勇者が半ば自滅に近い形で死んでしまうのだ。
 仕方ないので勇者に近づいて安否を確認する。

「か、かったなまお……う」

 死にかけの勇者は最後の力を振り絞って、片手を伸ばし魔王の足を掴む。
 そして逆の手には神が落としたアイテムと呼ばれる、EXランクのアイテム[写し身の鏡]が持たれている。
 それは術者の意志でしか解除できない呪いのアイテムであり、対象者を術者と同じ見た目に変えてしまうアイテムだ。

「や、止め……」

 サターナスは止めようとし、鏡を振り払おうと腕を振るうも時既に遅し。
 一瞬の光に包まれサターナスの見た目は人間の勇者のそれと変わらないものとなり、さらに勇者は止めを刺された格好になってしまった。

「あーあ、どうすんだよこれ」

 戦いの音が止み、魔王の間に入ってくるものが一人。

「魔王様! 戦いは終わりま……」

 魔王の勝利を疑わずに入ってきたは良いものの、そこに立っているのは勇者の姿をした魔王であるのだ。

「貴様、魔王様をどうした!!」
「いやいやいや、落ち着けよルシフェルム。我は魔王だ、サターナスだ」
「なっ、そんなハズはない! 魔王サターナス様は最も偉大であり、人間を恐怖のドン底に落とす偉大なお姿をしたお方だ! そんなヒョロイ人間の姿なハズがない!!」

 うん、ルシフェルムは俺の事をそんな風に思ってたんだな。
 まぁ分かってたけど、そんなつもりは一切無いんだよ?
 しかし言い訳をするのも面倒くさいので実力行使でルシフェルムを押さえつけることにする。

「バ、バカな! 人間ごときがこんな動きを出来るはずがない……まさか本当に魔王様?」
「まだ信じないか。ならお前が先日、サキュバスのリーネに告白した時に歌った歌を歌ってやろう」
「や、やめて下さい!! 本当に魔王様ですね。というか聞いていたのですか……」
「ああ、あれは傑作だったぞ。聞いてるこっちが恥ずかしくなる大作だ。クックッ、是非このワシにも作ってくれるか」
「すみませんでした、許してください。そして先ほどの無礼も知らなかったとはいえ、魔王様に剣を向けるとは一生の不覚です。誠に申し訳ありませんでした。どうかお許しください」

 からかいすぎたみたいで、ルシフェルムは見たこともないぐらい顔を真っ赤にしておりイケメンが台無しになっている。
 しかしここで許してしまうより、これを理由に面倒事をルシフェルムに押し付けることにしよう。

「そうだな、それならば御主がワシの言うこと聞いてくれれば許そう」
「はい、このルシフェルム、魔王様の命とあらばたとえこの命に引き換えようとも叶えてみせます!」
「よし、男に二言はないな?」
「はい!!」
「ならば魔王サターナスが命じる、ルシフェルムよ今日から御主が魔王だ!」
「なっ! そんなことはなりませぬ!!」
「なんだ、御主はワシの言うことが聞けぬと言うのか? それとも先ほどの誓いは嘘と申すか?」
「うぐっ……ですが、私が魔王になるなどとても……それに魔王様はどうされるおつもりなのですか?」

 確かに勇者に狙われ続けることが嫌だという理由だけの思い付きで話したものの、今後については考えていなかった。

「そうだな……ワシは今は人の姿をしておるだろ?」
「ええ、魔王様の凛々しいお姿からは程遠い軟弱な人間の見た目です」

 今はその軟弱な人間の姿が自分の姿なので、改めて言われると傷つくのだが仕方がない。

「んん、まぁ良いが、せっかく人間の姿をしておるのだから人間の生活とやらをしてみようと思う」
「な、何故そのような迷い事を仰るのですか!? 人間の生活なぞ取るに足らぬものです。魔王様には相応しくないです!」
「そうはいうが、この姿であればこれまでと同じ動きは出来ぬ。人間の動きに馴れるためには人間と共に暮らしてみるのが一番だとは思わぬか? それに、魔王城にこの姿から戻る手段が無いことはワシが一番知っておる。だが人間の世界には何か手懸かりが在るやもしれんだろ?」
「それは……しかし他の勇者に命を狙われる可能性もあるではないですか?」
「それはワシが勇者に遅れをとるといっているのか?」
「い、いえ滅相もございません!!」

 魔力を解放し最大限の威圧をすることで、ルシフェルムはどうやら自分が魔王を辞めることは納得してくれたみたいだ。
 しかしまだ本当に魔王という職務に着くことが出来るのか心配しているみたいである。
 それならば後は背中を押してやれば良い。

「何、御主はワシが認める右腕だ。何も心配はいらん、御主の思うように魔王を努めればよい」
「そうですか……私が魔王様の一番であり、右腕……」
「ん? まぁそうだなお前が一番だ」
「分かりました! 不肖ルシフェルムめが魔王様が不在の間に立派に魔王の職務を務め上げて見せましょう!」
「そうだその息だ! では任せたぞ魔王ルシフェルム!」
「はい!」


 こうして世界を恐怖に陥れた魔王サターナスは、魔王城から去ることになった。
 しかしその事実は人間の世界に間違った情報として伝わる。

 [魔王サターナスが勇者アルセーヌと相討ちにあった]と。

 そして同時に人間の世界には新たに誕生した魔王ルシフェルムの事も伝わる。
 しかし最強と呼び声の高かった魔王が倒されたばかりとあって、世は一大勇者時代が始まり、世界中の国やギルドなどから擁立された冒険者が勇者として魔王城を目指すのであった。
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