そこは老舗喫茶店の常連席

一色瑠䒾

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そこは老舗喫茶店の常連席

カランコロン

 雰囲気の良いアンティーク調の扉がゆっくりと開くと、扉に備え付けられたベルが揺れて店内に客が来たことを告げた。

「宗次郎さん、いつもの」

 彼はひょっこり扉から顔を出して老店主にそう言うと、そそくさと自分の席であるかのようにまっしぐらに進み、すっと椅子を下げてすんと座る。

「今日は早いね」

「あぁ、今書いてる話のネタが降りてきたんだ。早く書き留めたくて」

 彼はカバンからノートパソコンを取り出してテーブルに広げる。

「ははは。わざわざ此処に来てから書かなくとも、忘れぬうちに自室で書いて仕舞えばいいのに」

「それはそうなんだけれどね、この物語が書籍となったのも、ここで書いていたのがきっかけなんだ、ある意味原担ぎを兼ねているんだ」

「この草臥れた店に担がせる原が少しでもあるのなら嬉しいよ」

 宗次郎は彼の常連席へ芳醇な香りを漂わせながら、淹れ立てのコーヒーを運ぶ。

「どうぞ、いつもの」

 そんな彼のノートパソコンの右側へ少し離してコーヒーカップを置いた。
 すぐさま湯気も一緒に味わう様にコーヒーを一口含んで微笑む。

「んーまいっ! なんだろうね、宗次郎さんの淹れるこのコーヒーの旨さは!」

「はははは。ユリエル、キミはいつも褒めてくれるね」

「いや、いや、お世辞で言ってる訳じゃ無いですよ、今度コーヒーの淹れ方をじっくり教えてくださいよ」

「そうだね、だが悪いね。まずは孫娘あのこに教えたいんだ。いずれ、この店も継いでもらいたいと考えてるんだよ」

「あぁ、つむぎちゃん! そう言えば、今日は姿が見えないですね」

 ユリエルは奥のバーカウンターの方に目をやる。なぜなら大抵、つむぎはカウンターチェアーの回転する座面で遊んでいるからだ。

「つむぎなら、『いつものお客さんが来る』とか言って、部屋で何か工作していたね」

「いつものお客さん?」

「そう言うんだよ。ついこの間、何か喋るようになったかと思ったら、何処で覚えたのか知らぬうちにしっかりとした単語を口にするようになってね。子供の成長には驚くばかりだよ」

「あ! いちゅものお客たん!」

「え?」

 下の方から子供の声がして驚いた。つむぎの声だ。つむぎはユリエルの方をじっと見つめている。彼はそれに動揺していた。

「宗次郎さん、ひょっとして…つむぎちゃん、僕の事見えてます?」

「いや、まさかとは思うが…。つむぎ、その席に誰か居るのかい?」 

「うん! いちゅものお客たん! 長いきえいな髪の毛で、眼鏡のひと」

 つむぎはユリエルの方を指差してすんなり答えた。

「ぷ、あははは! さすが、宗次郎さんのお孫さんだ! 僕の姿が見えていたなんて。現代文明的に言う所の光学迷彩カムフラージュが、しかも、上位古代語魔法 ハイエンシェントを見破る程の能力を有しているとはね」

「いやはや、これはまいったな…。このもきっと私の娘同様、人生に苦労させてしまいそうだ…」

 宗次郎はつむぎの無邪気な笑顔を見て呟いた。

「つむぎちゃんが、可愛いくて仕方ないなら宗次郎さん、長生きしないとね!」

「ははは、そうだね。まだまだ、妻の処には行けないな」

「そうですよ。あと、僕との約束はつむぎちゃんが、この喫茶店を継げる時になった頃でもいいので」

「ん? そうなのかい? それは有難いね。それじゃ頑張って長生きしないとな。君たちは気が長いから助かるよ」

「あはは。時間だけは持て余しているので」

 会話に入りたそうにつむぎが膨れっ面で2人を見ている事にユリエルが気付く。

「つむぎちゃん、そう言えば何か作ってたんだって?」

 つむぎは会話に入れたのが嬉しかったのか、小刻みにうなずくと自分の体で見えないように隠していたモノを差し出した。

「お? これは?」

「こぉーひーちえっと!」

「あぁ! コーヒーチケットか! これを僕に?」

 ユリエルの返答に小さな頭が大きく前後に動く。

「つむぎちゃん!ありがとう」

「はははは。ユリエル、未来のマスターにも常連客として、認めてもらえたようだね」

「はい、そうですね。これで三代渡って、この居場所のいい常連席をキープできるのは嬉しい限りです」

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