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9. 紅の神官、抗議する
しおりを挟む突然夫候補にされたことに到底納得できない俺は、議会を終えた後すぐ中央神殿の私室にいる父へ詰め寄った。
「父上、一体何をお考えなのですか…!」
「そう熱くなるな。一度そこへ座れ」
ドアを開けるなり声を荒げた俺を、父は涼しい顔で来客用のソファへと促した。
父の私室には、第三王子のレイズも居た。
俺と同じ真っ直ぐ伸びた金髪を背中で1つに結んだ弟は、ソファに座る父の後ろに静かに立っている。
俺がしかめ面のまま渋々ソファに腰を下ろすと、父はゆったりとした口調で話し始めた。
「お前の言いたいことはわかる。俺も昨日までは、レイズを夫候補として送るつもりだった」
「それならなぜー…!」
「連邦議会が始まる直前に、ある神官から面白い話を聞いたのだ」
俺が怪訝な顔を向けると、父はにんまりとした笑顔を見せた。
「デメリーズ神がご降臨になった際、一早く駆け付けたのが運よく近くにいた神官のラミロだったと。そして、お前を見たデメリーズ神が『かっこいい』と仰せになったと聞いた」
デメリーズ様のあの言葉を思い出して、つい顔に熱が上がりそうになる。
感情を抑えたつもりだったものの父にはお見通しだったのか、口端が愉快そうに上がった。
「しかもその後、神世に帰れないことを嘆くデメリーズ神を抱きしめて慰めたそうじゃないか。デメリーズ神はかなりお前に気を許しているようだったと聞いたぞ」
「それはっ……私がどうというわけではなく、現デメリーズ神の資質によるものです。まるで幼子のように純粋な方ですから、私だけではなくレイズともすぐに打ち解けるでしょう」
謙遜でも何でもなく、俺がデメリーズ様に特別気に入られたわけではない。
今日はたまたま俺が側に控えていただけで、あのお方ならどんな相手でもすぐに懐くことだろう。
「だとしても、現状お前にアドバンテージがあるのは確かだ。この世に来て初めて世話をしてくれた人間というお前の立ち位置を活かさない手はない」
「しかし、私は来年30歳になる身です。夫候補としては年が離れすぎています」
「デメリーズ神の寵愛が得られるならば、年など関係ない。子を為すのに問題があるほど年をとっているわけではなかろう」
「ですが…!」
食い下がるものの、父は鷹揚な笑みを浮かべて受け流すだけだ。
味方を求めて、俺は父の背後に立つレイズに目線を向けた。
「レイズ、お前からも何とか言ってくれ。夫候補になるべくこれまで努力をしてきたのはお前だろう」
「俺は別にかまいません」
「なっ…何を言ってるんだ!」
普段から感情の起伏がほとんどわからない冷めた弟だが、さすがにこの事態には反対すると思っていた。
物心ついた時から夫修行として様々な教育を受けてきたのに、こんなにあっさりと兄にその座を譲るなんて考えられない。
「俺はデメリーズ神に紅州の子を産んでいただければそれでいい。種は俺でも兄上でもかまいません」
「ーーだ、そうだ」
無表情で淡々と話すレイズの言葉に重ねるようにして、ニヤリと父が笑った。
「いい加減諦めろ、ラミロ」
「……………」
レイズにまで賛成されてしまっては、父の決定に逆らうことは難しい。
そもそも夫候補を選出する際の決定権は、各州の王にその全てが委ねられている。
その王である父が連邦議会ですでに発表してしまったのだから、今更決定を覆すのは難しいだろう。
「もしデメリーズ神がお前を気に入らないようなら、すぐにレイズと入れ替える。そう心配するな」
夫候補は各州1人しか送ることが出来ないが、その代わりいくらでも交代することが可能だ。
俺がデメリーズ神の寵愛を得ることが出来なければ、代わりに兄弟であるレイズや兄が送られるだろう。
「………はぁ。俺が何を言っても、決定を変える気がないことはわかりました。ですが、早々にレイズと交代する羽目になると思いますよ」
「ふっ。そんなことを言っているが、ラミロ」
俺と同じルビーのような紅色をした父の瞳が、愉快そうに細められた。
何だか嫌な予感がして、思わず唾を飲みこむ。
「お前、デメリーズ神に惚れているだろう」
「………は?」
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