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4. 豊穣神、嵐を呼ぶ
しおりを挟む最初は夢なのかもと思っていたけど、あまりにも意識がはっきりしているし、触ったものの感触もリアルだ。
これが現実なのだとしたら、早いところ日本に戻りたい。
駅の階段で滑って落ちた記憶が最後だけど、あの瞬間、コウ兄の声が聞こえた気がした。
階段から僕と一緒に落ちたんだとしたら、コウ兄が怪我をしていないかも心配だ。
「元の世界にお戻りになることは出来ません」
「え……?」
言われた言葉の意味を理解したくなくて、頭が真っ白になる。
固まってしまった僕を見たラミロさんは申し訳なさそうに眉を下げた。
「大変心苦しいのですが、戻る術がないのです。歴代のデメリーズ神も、元の世界に帰られた方はおりません」
「そんなー…!」
ラミロさんは目を伏せて、それ以上何も言わなかった。
もう日本に戻れないなんて信じられなくて、僕はラミロさんの肩を掴む。
「本当に?本当に戻れないんですか?」
「……申し訳ございません」
「僕、日本に家族がいるんです。お母さんと、お兄ちゃんがいて…きっと心配してる。なんとかなりませんか?」
「デメリーズ神は、我々の力でお呼びしているわけではありません。召喚も出来なければ、降臨を止めることも出来ませんし、同様にお帰りいただくことも出来ません」
「そんなっ…!………ぐすっ…うわあああん!」
「!?」
もう、お母さんにもコウ兄にも会えない。
「さよなら」も「ありがとう」も「元気でね」も言えずに、こんなに突然会えなくなるなんて悲しすぎる。
ボロボロと涙を流して大泣きし始めた僕に、ラミロさんがぎょっとして顔を青くした。
「もっ…申し訳ございません!デメリーズ様のお気持ちを考えず、つい直接的な言い方を…!」
「うわあああん」
「申し訳ございません、デメリーズ様…!何でもいたしますから、どうか泣くのはお止めください!」
「うわあああん」
「デメリーズ様、どうか…!」
その時、部屋の大きなガラス窓の外がピカっと眩く光った。
ほぼ同時にピシャーン!!!と建物を揺らすほどの轟音が響き渡る。
バチバチと大粒の雨が窓にぶつかる音も聞こえる。
さっきまであんなにいい天気だったのに、急に雷雨が来たようだ。
荒れ狂う天気の窓の外を見て、ラミロさんは一層顔を青くした。
「どうか、どうかお気持ちをお鎮めください。デメリーズ様、どうか…!」
「ううっ…ぐずっ…ううう」
「あ、温かいお飲み物を召し上がるのはいかがでしょうか。さあ、こちらを…!」
「ううう~…っぐずっ…うう」
「デメリーズ様、どうか…!ああ、もうっ…!」
切羽詰まった様子のラミロさんが、もう自棄だと言わんばかりの表情でガバリと僕を抱きしめた。
白いローブの胸元にぽふっと顔を埋める体制になった僕は、驚いて一瞬涙が止まる。
「お願いです。お願いですから、泣き止んでください…!」
ポンポンと、僕を宥めるように背中を大きな手で撫でられる。
その手つきが、どことなくコウ兄に似ていた。
大きくなっても泣き虫が治らなかった僕は、よくこうしてコウ兄に慰めてもらっていた。
『大丈夫だよ、慈雨』
コウ兄にそう言われると、不思議とすぐに心が落ち着いた。
あの声を思い出して、少し涙が止まる。
「…ぐずっ……ふぅ…」
「そう、ゆっくり呼吸をしてください。そうです、大丈夫ですから…」
まだ小さくしゃくりあげる僕を抱きしめたまま、ラミロさんは背中を撫で続けてくれている。
しばらくして涙が完全に止まった僕が胸から顔を上げると、ラミロさんはほっと小さく息を吐いた。
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