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番外編
噂の婚約者? Side ランディ
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そう言った婚約者の瞳は澄んでいて、濁りのないハシバミ色の瞳がまっすぐに俺を見つめていた。
その穏やかな表情には、不躾な発言をする俺への苛立ちは一切感じられない。
「セレスティンが僕を望んでくれる限り、僕は自分から彼の側を離れるつもりはない。だから君の願いは叶えられない」
「……ギルクラウド隊長は、別にあんたと望んで結婚したいわけじゃないだろう」
「え?」
俺の言葉に、婚約者はきょとんとした顔で目を見開いた。
吞気そうなその反応に、怒りよりも先に呆れがやってくる。
「どうしてあんたみたいな平凡な男を、ギルクラウド隊長のような素晴らしい方が望むと思えるんだ」
「まあ…それはそうなんだけど」
困ったような顔をして、婚約者は口をつぐむ。
大してダメージを受けていないような、隊長に愛されていると信じて疑わないようなその態度が腹立たしくて、俺は言葉を続ける。
「あんたから手紙が届くたび、隊長は苦々しく顔を顰めてたよ」
「え。そうなの…?」
本当に自分がギルクラウド隊長に好かれていると思っていたらしい。
俺の言葉に動揺した様子の婚約者を見て、少し胸がすいた。
「王子殿下の側近であるあんたに、面と向かって嫌悪は示さないだろうが…だからといってそのお優しさに勘違いして、調子に乗るなよ」
「………」
そう言い捨てると、婚約者は何かを考えるように目を伏せた。
黙って紅茶を見つめるその顔は無表情で、感情は読み取れない。
……さすがに怒らせただろうか。
伯爵家の嫡男である上に、仮にも公爵家の婿に決まっている人だ。
子爵家の次男である俺が、無礼なことを言いたいだけぶつけたのだから、何らかの咎は免れないだろう。
そうだとしても、後悔はなかった。
俺が何を言ったところでこの婚約が解消になるとは思えないけれど、一言文句でも言ってやらなければ気が済まなかった。
ーー退学処分か、もしくは実家に何らかの罰が下るか。
そんなことを考えていると、ふいに婚約者が顔を上げた。
「…そう。後でセレスティンと話し合ってみるよ。言いづらいことを言わせて、悪かったね」
眉を下げた微笑みでそう言われて、俺は固まった。
怒っているだろうと思ったのに、まさか微笑まれるとは思っていなかった。
「そろそろセレスティンも戻ってくるころかな。エーガー君も何か仕事があるなら、僕のことは気にせず、してもらって構わないよ」
「…いや、あの…」
どうしたの?とでも言いたげな穏やかな表情で、婚約者は紅茶に口を付ける。
こいつまさか、阿呆すぎて何を言われたのか理解していないのだろうか。
「……お怒りに、なっていないのですか」
なんとなく、敬語に戻してしまった。
眉を顰める俺にきょとんとした婚約者は、少しして小さく笑った。
「ああ、そうか。…うん、怒っていないよ。僕がセレスティンに釣り合っていないのは事実だし、彼を慕う君が僕に腹を立てる気持ちもわかる」
笑うと柔らかな顔立ちが更に際立って、暖かな雰囲気が広がる。
不可思議なものでも見る気持ちで、俺はその様子をじっと見つめていた。
「領地での仕事が立て込んでいて、彼とはしばらく会えていなかったから…。もし心変わりされていたら悲しいけれど、セレスティンも自分からは言いだしづらかっただろうし…むしろ教えてくれて感謝しているよ」
口元に微笑みを残しながらも、寂し気に伏せられた長い睫毛に、ぼんやりと見入ってしまう。
儚げなその微笑に、なんとなく罪悪感が煽られる。
謝らなければならない気持ちになって、俺は小さく声を漏らした。
「…いや、でも…」
「身分のことなら、気にしなくていい。ここは学園の中だし、後輩から忌憚のない忠告をもらったと思っておくよ」
「後輩…?」
「ああ。僕も学生だった頃は学徒軍にいたんだ」
この人も、学徒軍に所属していたのか。
いかにも文官という感じの外見をしているのに、まさか学徒軍にいたとは。
「そこの時計、僕が作ったものだよ。まだ使ってくれているんだね」
そう言って婚約者が指さしたのは、隊長の机の上に置かれている木製の時計だ。
デザイン自体はシンプルなものの、緻密な魔法が組み込まれていて指定した時間になると光の蝶が舞い出る美しい時計だ。
ギルクラウド隊長が殊更に大切にしているその時計は、確か前隊長がお作りになったものでーーー…
思考がそこまで辿り着いた時、ぴたりと背筋が凍った。
「………貴方が、作ったのですか?」
「そうだよ。セレスティンにこの部屋を渡す時、餞別に欲しいと言われてあげたんだ。まさかまだ使ってくれているとは思わなかった」
ふふと微笑む婚約者は、相変わらずふわふわと柔らかで、とても強そうな男には見えない。
『まるで踊っているかのような軽やかさで次々と魔獣を倒して……皆、あの人が戦う姿に見惚れていた。とても強いのに誰よりも謙虚で、分け隔てなく皆に優しい人だった。前隊長に比べれば…俺はまだ、隊長として未熟と言わざるを得ない』
陶酔したような表情で、そう語っていたギルクラウド隊長の言葉を思い出す。
…まさか。
そんなわけない。
そう否定しつつ、口に出した声は震えていた。
その穏やかな表情には、不躾な発言をする俺への苛立ちは一切感じられない。
「セレスティンが僕を望んでくれる限り、僕は自分から彼の側を離れるつもりはない。だから君の願いは叶えられない」
「……ギルクラウド隊長は、別にあんたと望んで結婚したいわけじゃないだろう」
「え?」
俺の言葉に、婚約者はきょとんとした顔で目を見開いた。
吞気そうなその反応に、怒りよりも先に呆れがやってくる。
「どうしてあんたみたいな平凡な男を、ギルクラウド隊長のような素晴らしい方が望むと思えるんだ」
「まあ…それはそうなんだけど」
困ったような顔をして、婚約者は口をつぐむ。
大してダメージを受けていないような、隊長に愛されていると信じて疑わないようなその態度が腹立たしくて、俺は言葉を続ける。
「あんたから手紙が届くたび、隊長は苦々しく顔を顰めてたよ」
「え。そうなの…?」
本当に自分がギルクラウド隊長に好かれていると思っていたらしい。
俺の言葉に動揺した様子の婚約者を見て、少し胸がすいた。
「王子殿下の側近であるあんたに、面と向かって嫌悪は示さないだろうが…だからといってそのお優しさに勘違いして、調子に乗るなよ」
「………」
そう言い捨てると、婚約者は何かを考えるように目を伏せた。
黙って紅茶を見つめるその顔は無表情で、感情は読み取れない。
……さすがに怒らせただろうか。
伯爵家の嫡男である上に、仮にも公爵家の婿に決まっている人だ。
子爵家の次男である俺が、無礼なことを言いたいだけぶつけたのだから、何らかの咎は免れないだろう。
そうだとしても、後悔はなかった。
俺が何を言ったところでこの婚約が解消になるとは思えないけれど、一言文句でも言ってやらなければ気が済まなかった。
ーー退学処分か、もしくは実家に何らかの罰が下るか。
そんなことを考えていると、ふいに婚約者が顔を上げた。
「…そう。後でセレスティンと話し合ってみるよ。言いづらいことを言わせて、悪かったね」
眉を下げた微笑みでそう言われて、俺は固まった。
怒っているだろうと思ったのに、まさか微笑まれるとは思っていなかった。
「そろそろセレスティンも戻ってくるころかな。エーガー君も何か仕事があるなら、僕のことは気にせず、してもらって構わないよ」
「…いや、あの…」
どうしたの?とでも言いたげな穏やかな表情で、婚約者は紅茶に口を付ける。
こいつまさか、阿呆すぎて何を言われたのか理解していないのだろうか。
「……お怒りに、なっていないのですか」
なんとなく、敬語に戻してしまった。
眉を顰める俺にきょとんとした婚約者は、少しして小さく笑った。
「ああ、そうか。…うん、怒っていないよ。僕がセレスティンに釣り合っていないのは事実だし、彼を慕う君が僕に腹を立てる気持ちもわかる」
笑うと柔らかな顔立ちが更に際立って、暖かな雰囲気が広がる。
不可思議なものでも見る気持ちで、俺はその様子をじっと見つめていた。
「領地での仕事が立て込んでいて、彼とはしばらく会えていなかったから…。もし心変わりされていたら悲しいけれど、セレスティンも自分からは言いだしづらかっただろうし…むしろ教えてくれて感謝しているよ」
口元に微笑みを残しながらも、寂し気に伏せられた長い睫毛に、ぼんやりと見入ってしまう。
儚げなその微笑に、なんとなく罪悪感が煽られる。
謝らなければならない気持ちになって、俺は小さく声を漏らした。
「…いや、でも…」
「身分のことなら、気にしなくていい。ここは学園の中だし、後輩から忌憚のない忠告をもらったと思っておくよ」
「後輩…?」
「ああ。僕も学生だった頃は学徒軍にいたんだ」
この人も、学徒軍に所属していたのか。
いかにも文官という感じの外見をしているのに、まさか学徒軍にいたとは。
「そこの時計、僕が作ったものだよ。まだ使ってくれているんだね」
そう言って婚約者が指さしたのは、隊長の机の上に置かれている木製の時計だ。
デザイン自体はシンプルなものの、緻密な魔法が組み込まれていて指定した時間になると光の蝶が舞い出る美しい時計だ。
ギルクラウド隊長が殊更に大切にしているその時計は、確か前隊長がお作りになったものでーーー…
思考がそこまで辿り着いた時、ぴたりと背筋が凍った。
「………貴方が、作ったのですか?」
「そうだよ。セレスティンにこの部屋を渡す時、餞別に欲しいと言われてあげたんだ。まさかまだ使ってくれているとは思わなかった」
ふふと微笑む婚約者は、相変わらずふわふわと柔らかで、とても強そうな男には見えない。
『まるで踊っているかのような軽やかさで次々と魔獣を倒して……皆、あの人が戦う姿に見惚れていた。とても強いのに誰よりも謙虚で、分け隔てなく皆に優しい人だった。前隊長に比べれば…俺はまだ、隊長として未熟と言わざるを得ない』
陶酔したような表情で、そう語っていたギルクラウド隊長の言葉を思い出す。
…まさか。
そんなわけない。
そう否定しつつ、口に出した声は震えていた。
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