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番外編
噂の婚約者 side ランディ
しおりを挟む「1週間学園を離れる…ですか?」
副隊長としての仕事にも少しずつ慣れてきた頃。
1週間隊長代理を任せたいというギルクラウド隊長に、俺は理由を訊いた。
「ああ、しばらく王都を離れてアンダーソン領に行く」
「アンダーソン領に?何用ですか?」
「俺の婚約者がアンダーソン領にいる。あちらが忙しくて王都に来られないから、俺が行くことになった」
「そんな…隊長もとてもお忙しいのに」
いつも冷静沈着な隊長が、学園を放り出してまで婚約者に会いたがるとは到底思えない。
きっと婚約者の方がわがままを言っているのだろう。
ギルクラウド隊長は学徒軍の隊長として皆をまとめつつ、更にエドウィン王子の側近としての仕事もしておられる。
普通の学生よりも数段忙しい隊長が1週間も学園を休むとなれば、彼だけでなく周りにも影響が及ぶ。
「大したことではない。殿下の補助も、学徒軍も、代わりの者がいくらでもいる」
そんなはずはない。
ギルクラウド隊長の代わりなんて誰にも務まらないほど、偉大な方なのだから。
こんな方に学園を休ませてまで領地へ呼びつけるとは…なんて傲慢で、身の程知らずな婚約者だろう。
会ったこともないその婚約者に、沸々と怒りが湧き上がってくる。
結局、その後エドウィン殿下に「わざわざ学園を休んでまで行く必要はないだろう」と反対されたことで、隊長のアンダーソン領行きはなくなった。
殿下が正しい感覚をお持ちになっていることにホッとする。
婚約者からは相変わらず領地に来るよう催促が続いているのか、アンダーソン領からの手紙が届くたび、ギルクラウド隊長は苛立たしそうに顔を顰めていた。
後日、噂で聞いたところによると、隊長の婚約者はアンダーソン伯爵家の嫡男らしい。
隊長と婚約を結んでいるものの、あちらも嫡男で将来的に伯爵位を継がなくてはならないため、結婚はするもののギルクラウド公爵家の婿としての責務は担わないらしい。
相手を選び放題であるはずの隊長がなぜそんな男と…と思ったが、どうやらその婿はエドウィン王子の側近候補だという。
殿下の側近として伯爵位では不足があるからか、もしくは殿下の派閥筆頭であるギルクラウド家と婚姻を結ばせることで関係を強固にするためか。
何らかの政治的な意図がある婚姻なのだろうが……ギルクラウド隊長ほどの男が、そんな不誠実な輩と婚姻しなければならないと思うとやるせない。
自分の憧れの人が、完全無欠のこの方が、どうして望まない結婚をしなければならないのだろう。
隊長にはもっと相応しい、素晴らしい相手がいるはずなのに…!
そう悶々と考えながら、俺はあったこともないアンダーソンへの嫌悪を募らせていった。
ーーそしてギルクラウド隊長の卒業が間近に迫った春。
俺はついに、その婚約者殿と対面することとなった。
隊長に会いにきたという婚約者に茶を勧め、隊長室に留めさせた。
隊長の客人なのだから当たり前の行為ではあるけれど、俺は隊長がいない間に、この婚約者を見極めたいと思ったのだ。
アポイントもなしにやってきた、またしても不躾な振る舞いをするこの男を。
不誠実な態度が許されるほどだから、せめて容姿は美しい男なのだと思っていた。
だが会ってみれば、何とも地味な顔立ちに平凡な色彩。
整っていないとは言わないが、あっさりとして特徴のない顔だ。
目が覚めるような鋭い美しさを持つギルクラウド隊長とは、とても釣り合っているように思えない。
それならとても優秀で頭のきれる男なのかと思ったものの、のほほんとした態度にその片鱗は少しも見受けられなかった。
本当にどうして……なんでこんな男と。
募っていく苛立ちはついに溢れて、気づけば俺は婚約者に全てをぶちまけてしまっていた。
「あの人にはもっと相応しい人がいるはずだ。美しくて優秀で…ギルクラウド隊長を幸せにしてくれるような…」
本当はわかっている。
俺にこんなことを言う資格はないし、隊長も望んではいないだろう。
それでも、あの人が不幸になるのは我慢ならなかった。
婚約者は最初驚いたような顔をしていたものの、その後は感情の読めないフラットな顔でただじっと俺の文句を聞いていた。
…言い返すこともできないのか。
大して腹を立てているようでもないその態度に、益々苛立ちが募っていく。
しばらくの沈黙の後、婚約者が静かに口を開いた。
「……すまない」
「謝るくらいなら、自分から身を引けよ」
「それは、出来ないんだ」
揺るぎないその声に、視線を上げる。
「釣り合わないからと、自分から身を引くことはしない。……僕はセレスティンを愛しているから」
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