30 / 37
番外編
失恋のその先で side ランディ
しおりを挟む幼馴染で2つ年上のノアは、俺の初恋だった。
両親同士が友人で互いの領地が近かったこともあり、ノアと俺は赤ん坊のころから一緒に遊んで育ってきた。
天使のように愛らしい幼馴染に抱く甘い感情が、恋というものだと気が付いたのはいつだっただろう。
俺の気持ちに少しも気が付かない様子のノアは、いつも俺のことを弟扱いしていた。
ノアが学園に入学してからは全然会えなくなってしまったけれど、長い長い2年を経てようやく俺も学園に入学することができた。
もう背だってノアよりも高いし、彼を守れるくらい強くなった自信もある。
これからは毎日会えるんだ。
大人になった俺の気持ちを、少しずつわかってもらえばいい。
そんな風に温めてきた幼いころからの初恋は、学園に入学してすぐ、無残に散ることとなった。
「殿下ったら、今日もキャロライン様にべったりね」
「正式に婚約もされたのだろう?仲睦まじいことだな」
中庭の白いベンチに座るのは、俺の愛しい幼馴染。
そしてその細い腰を抱いて隣に座っているのは、この国の王子様だった。
ノアが光魔法の才能を開花させ、王子殿下の側近として目をかけられているのは知っていた。
でもまさか、男爵家の出身であるノアが王子殿下と恋仲になるなんて…思っていなかったのだ。
王子が何かをノアの耳元で囁くと、ノアが頬を桃色に染める。
恥ずかしいのか拗ねたように王子を見つめるその空色の瞳は、明らかに恋慕に染まっていた。
相手は何もかも完璧なこの国の王子様。
……俺に勝ち目なんて、これっぽっちもないだろう。
魔法も勉強も、ノアに自分を好きになってほしくて人一倍頑張って来た。
その目的を突然失ってしまい、俺は入学早々に無気力な学園生活を送ることになった。
ーーー…海のように深い青の瞳をした、あの人に出会うまで。
なんとなく日々を過ごしていたある日、俺は同じクラスの奴に誘われて、学徒軍の入隊試験にやって来ていた。
別に学徒軍に入りたいわけではなかったけれど、「お前なら絶対合格できるって!」という友人に押し切られる形でこの場に来てしまったのだ。
学徒軍で活躍すれば、将来国の騎士団に入ることができる。
失恋の痛みを誤魔化すようにただぼーっと過ごしてきてしまったが、そろそろ将来のことも考えなくてはいけないだろう。
俺は嫡男ではないから生家の子爵を継ぐわけではないし、就職先の目途がつくなら悪い話ではない。
そんな軽い気持ちで受けたものの、ノアのために磨き上げた魔法と肉体は我ながら中々のものだったようで、俺はすんなりと一次試験を突破してしまった。
あとは二次試験の面接だけ。
二次試験と言っても、基本的な人格と入隊意思を確認するだけの儀式的なものだ。実質すでに合格の内定をもらったようなもの。
特に緊張することもなく面接会場の扉を開けた俺は、部屋の奥に座る男の蒼く鋭い眼光に息を呑んだ。
屈強な男たちで溢れる学徒軍の中でも、一際大きく逞しい体格。
意思の強そうな眉と、すっと通った高い鼻筋。
漆黒の髪がよく映える、深い海のような蒼の瞳。
もしこの世界に戦の神が舞い降りたとしたら、きっとこんな姿をしているんじゃないかと思った。
圧倒的な強者を前にした時の本能的な恐怖を感じつつも、魅了されたように目が離せない美しさがある。
「座れ」
じっと見つめていたその人から発せられた言葉に、はっと意識を取り戻す。
動揺を悟られないように平静を装いながら、指示された席に腰を下ろした。
「俺はセレスティン・ギルクラウド。学徒軍の隊長をしている」
その言葉に、ごくりと唾を飲み込んだ。
ーーーああ、この人が”あの”ギルクラウド隊長だったのか。
代々将軍を務めるギルクラウド公爵家の跡取り息子。
騎士団顔負けの実力で、その圧倒的な強さから、歴代最強の隊長とも讃えられる雲の上のお人だ。
大して噂に興味のない俺でも知っている、学園の有名人。
流石の貫禄というか、そこに座っているだけで空気がピリッとするような緊張感が走る。
質疑を担当する副隊長に志望理由などの基本的な質問を受けた俺は、前もって考えていた無難な内容を答えた。
「ーーー…よし。質問は以上だ」
5分ほどの質疑応答を終えると、副隊長がそう言った。
ギルクラウド隊長の迫力に気圧されて緊張していたものの、無難に答えられただろう。
気が付かれないよう小さく息を吐いた俺は、腹の底を揺するような重低音に息を止めた。
「1ついいか」
…最初の自己紹介の後、ギルクラウド隊長は一言も話さなかったのに。
ごくりと唾を飲み込み、まっすぐに俺を射る蒼い瞳を見つめ返す。
無言で次の言葉を待つと、その人はゆっくりと口を開いた。
「お前、命を落とす覚悟はあるか」
「え…?」
目を見開いたまま固まった俺に、ギルクラウド隊長は無表情のまま続ける。
「ここ何年も討伐で命を落とした隊員はいない。だが、危険と隣り合わせであることに変わりはない。不運が重なれば、自分や周りの者が命を落とす可能性もある。…その覚悟が、お前にあるか」
ーーー…全て見透かされている気がした。
周りに誘われて、何となくこの場にいる自分を。
守りたい人も、やりたいことも見失った自分の、その空虚さを。
蒼い瞳から目が逸らせない。
自分にはその覚悟があると、そう言うべきだと頭ではわかっているのに、その鋭い視線を前にして真実以外を口にすることは出来なかった。
「……わかり、ません」
乾いた喉から絞り出した声は、少し擦れていた。
逃げるように視線を落とすと、重たい沈黙が訪れる。
一度視線を外してしまえば、もう顔を上げるにも恐怖を感じた。
拳を固く握り体を硬直させたまま、次に何を言うべきか、必死に思考を巡らせる。
永遠にも思える沈黙が破られたのは、案外すぐのことだった。
「お前は素質がある。だがそれだけだ。お前には、意思も覚悟も感じない」
ああ…やっぱり、見透かされていた。
恐怖や焦りと同時に、相反するはずの安堵をどこかで感じる。
それは自分を偽らなくていいという、そういう安心感からなのかもしれない。
「お前は、この学徒軍に何を望む」
俺を貫く蒼い双眼に、胸がざわりと震えた。
ありのままの自分がさらけ出されているような不安と、ありのままの自分と向き合ってくれる人がいる幸福と。
矛盾する感情がごちゃ混ぜになって、取捨選択されないままの言葉が口から零れた。
「…何も」
ぼつりと零れた俺の言葉に、副隊長を始めとした面々が眉を顰めたのがわかった。
でも、まっすぐに俺を見つめる蒼い瞳は、続く言葉を待ってこちらを見つめている。
「今は…何もありません。でも、見つけたいと思っています。…新しく、守りたいものを」
それは紛うことない、俺の本心だった。
……ずっとずっと、ノアを守りたいと思っていた。
彼の隣にいるために、力を欲してきた。
でも今の俺は、守るべき対象を失った空虚な存在だ。
ぽっかりと空いた心の穴を、埋められずにいる。
ーーーでも、埋めたいとも思っているのだ。
今までそこにあったノアという存在ではなく、はたまた別の思い人でもなく、もっと別の”何か”で。
恋愛なんて脆い感情ではなくて、もっと揺らがないものへ、この腕と心を捧げられたらーー…
「……そうか」
たった一言。
そっけなくも聞こえるその言葉は、不思議と心に沁み入った。
窓から差し込む陽の光が、ギルクラウド隊長の黒く長い睫毛に当たって頬に影を伸ばす。
ああ…綺麗だな、なんて。頭の片隅でそう思った。
何かを思案するように伏せられた蒼い瞳が、しばらくの後俺を見つめ返した。
「入隊を許可する。お前の望むものを見つけてみるがいい」
その言葉を聞いた時には、きっと心はほとんど決まっていたんだと思う。
別に命を救われたわけでもなければ、恋に落ちたわけでもない。
それでも自分の忠誠を捧げるべきはこの方なのだと、俺の心は知ってしまったのだ。
1,008
お気に入りに追加
2,101
あなたにおすすめの小説
何も知らない人間兄は、竜弟の執愛に気付かない
てんつぶ
BL
連峰の最も高い山の上、竜人ばかりの住む村。
その村の長である家で長男として育てられたノアだったが、肌の色や顔立ちも、体つきまで周囲とはまるで違い、華奢で儚げだ。自分はひょっとして拾われた子なのではないかと悩んでいたが、それを口に出すことすら躊躇っていた。
弟のコネハはノアを村の長にするべく奮闘しているが、ノアは竜体にもなれないし、人を癒す力しかもっていない。ひ弱な自分はその器ではないというのに、日々プレッシャーだけが重くのしかかる。
むしろ身体も大きく力も強く、雄々しく美しい弟ならば何の問題もなく長になれる。長男である自分さえいなければ……そんな感情が膨らみながらも、村から出たことのないノアは今日も一人山の麓を眺めていた。
だがある日、両親の会話を聞き、ノアは竜人ですらなく人間だった事を知ってしまう。人間の自分が長になれる訳もなく、またなって良いはずもない。周囲の竜人に人間だとバレてしまっては、家族の立場が悪くなる――そう自分に言い訳をして、ノアは村をこっそり飛び出して、人間の国へと旅立った。探さないでください、そう書置きをした、はずなのに。
人間嫌いの弟が、まさか自分を追って人間の国へ来てしまい――

最愛の夫に、運命の番が現れた!
竜也りく
BL
物心ついた頃からの大親友、かつ現夫。ただそこに突っ立ってるだけでもサマになるラルフは、もちろん仕事だってバリバリにできる、しかも優しいと三拍子揃った、オレの最愛の旦那様だ。
二人で楽しく行きつけの定食屋で昼食をとった帰り際、突然黙り込んだラルフの視線の先を追って……オレは息を呑んだ。
『運命』だ。
一目でそれと分かった。
オレの最愛の夫に、『運命の番』が現れたんだ。
★1000字くらいの更新です。
★他サイトでも掲載しております。
異世界転生先でアホのふりしてたら執着された俺の話
深山恐竜
BL
俺はよくあるBL魔法学園ゲームの世界に異世界転生したらしい。よりにもよって、役どころは作中最悪の悪役令息だ。何重にも張られた没落エンドフラグをへし折る日々……なんてまっぴらごめんなので、前世のスキル(引きこもり)を最大限活用して平和を勝ち取る! ……はずだったのだが、どういうわけか俺の従者が「坊ちゃんの足すべすべ~」なんて言い出して!?
推しの為なら悪役令息になるのは大歓迎です!
こうらい ゆあ
BL
「モブレッド・アテウーマ、貴様との婚約を破棄する!」王太子の宣言で始まった待ちに待った断罪イベント!悪役令息であるモブレッドはこの日を心待ちにしていた。すべては推しである主人公ユレイユの幸せのため!推しの幸せを願い、日夜フラグを必死に回収していくモブレッド。ところが、予想外の展開が待っていて…?

嫌われ変異番の俺が幸せになるまで
深凪雪花
BL
候爵令息フィルリート・ザエノスは、王太子から婚約破棄されたことをきっかけに前世(お花屋で働いていた椿山香介)としての記憶を思い出す。そしてそれが原因なのか、義兄ユージスの『運命の番』に変異してしまった。
即結婚することになるが、記憶を取り戻す前のフィルリートはユージスのことを散々見下していたため、ユージスからの好感度はマイナススタート。冷たくされるが、子どもが欲しいだけのフィルリートは気にせず自由気ままに過ごす。
しかし人格の代わったフィルリートをユージスは次第に溺愛するようになり……?
※★は性描写ありです。

悪役令嬢のモブ兄に転生したら、攻略対象から溺愛されてしまいました
藍沢真啓/庚あき
BL
俺──ルシアン・イベリスは学園の卒業パーティで起こった、妹ルシアが我が国の王子で婚約者で友人でもあるジュリアンから断罪される光景を見て思い出す。
(あ、これ乙女ゲームの悪役令嬢断罪シーンだ)と。
ちなみに、普通だったら攻略対象の立ち位置にあるべき筈なのに、予算の関係かモブ兄の俺。
しかし、うちの可愛い妹は、ゲームとは別の展開をして、会場から立ち去るのを追いかけようとしたら、攻略対象の一人で親友のリュカ・チューベローズに引き止められ、そして……。
気づけば、親友にでろっでろに溺愛されてしまったモブ兄の運命は──
異世界転生ラブラブコメディです。
ご都合主義な展開が多いので、苦手な方はお気を付けください。

弱すぎると勇者パーティーを追放されたハズなんですが……なんで追いかけてきてんだよ勇者ァ!
灯璃
BL
「あなたは弱すぎる! お荷物なのよ! よって、一刻も早くこのパーティーを抜けてちょうだい!」
そう言われ、勇者パーティーから追放された冒険者のメルク。
リーダーの勇者アレスが戻る前に、元仲間たちに追い立てられるようにパーティーを抜けた。
だが数日後、何故か勇者がメルクを探しているという噂を酒場で聞く。が、既に故郷に帰ってスローライフを送ろうとしていたメルクは、絶対に見つからないと決意した。
みたいな追放ものの皮を被った、頭おかしい執着攻めもの。
追いかけてくるまで説明ハイリマァス
※完結致しました!お読みいただきありがとうございました!
※11/20 短編(いちまんじ)新しく書きました!
※12/14 どうしてもIF話書きたくなったので、書きました!これにて本当にお終いにします。ありがとうございました!

久々に幼なじみの家に遊びに行ったら、寝ている間に…
しゅうじつ
BL
俺の隣の家に住んでいる有沢は幼なじみだ。
高校に入ってからは、学校で話したり遊んだりするくらいの仲だったが、今日数人の友達と彼の家に遊びに行くことになった。
数年ぶりの幼なじみの家を懐かしんでいる中、いつの間にか友人たちは帰っており、幼なじみと2人きりに。
そこで俺は彼の部屋であるものを見つけてしまい、部屋に来た有沢に咄嗟に寝たフリをするが…
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる