モブに転生したはずが、推しに熱烈に愛されています

奈織

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番外編

失恋のその先で side ランディ

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幼馴染で2つ年上のノアは、俺の初恋だった。


両親同士が友人で互いの領地が近かったこともあり、ノアと俺は赤ん坊のころから一緒に遊んで育ってきた。
天使のように愛らしい幼馴染に抱く甘い感情が、恋というものだと気が付いたのはいつだっただろう。

俺の気持ちに少しも気が付かない様子のノアは、いつも俺のことを弟扱いしていた。
ノアが学園に入学してからは全然会えなくなってしまったけれど、長い長い2年を経てようやく俺も学園に入学することができた。
もう背だってノアよりも高いし、彼を守れるくらい強くなった自信もある。

これからは毎日会えるんだ。
大人になった俺の気持ちを、少しずつわかってもらえばいい。
そんな風に温めてきた幼いころからの初恋は、学園に入学してすぐ、無残に散ることとなった。



「殿下ったら、今日もキャロライン様にべったりね」
「正式に婚約もされたのだろう?仲睦まじいことだな」

中庭の白いベンチに座るのは、俺の愛しい幼馴染。
そしてその細い腰を抱いて隣に座っているのは、この国の王子様だった。

ノアが光魔法の才能を開花させ、王子殿下の側近として目をかけられているのは知っていた。
でもまさか、男爵家の出身であるノアが王子殿下と恋仲になるなんて…思っていなかったのだ。

王子が何かをノアの耳元で囁くと、ノアが頬を桃色に染める。
恥ずかしいのか拗ねたように王子を見つめるその空色の瞳は、明らかに恋慕に染まっていた。

相手は何もかも完璧なこの国の王子様。
……俺に勝ち目なんて、これっぽっちもないだろう。

魔法も勉強も、ノアに自分を好きになってほしくて人一倍頑張って来た。
その目的を突然失ってしまい、俺は入学早々に無気力な学園生活を送ることになった。


ーーー…海のように深い青の瞳をした、あの人に出会うまで。




なんとなく日々を過ごしていたある日、俺は同じクラスの奴に誘われて、学徒軍の入隊試験にやって来ていた。
別に学徒軍に入りたいわけではなかったけれど、「お前なら絶対合格できるって!」という友人に押し切られる形でこの場に来てしまったのだ。

学徒軍で活躍すれば、将来国の騎士団に入ることができる。
失恋の痛みを誤魔化すようにただぼーっと過ごしてきてしまったが、そろそろ将来のことも考えなくてはいけないだろう。
俺は嫡男ではないから生家の子爵を継ぐわけではないし、就職先の目途がつくなら悪い話ではない。

そんな軽い気持ちで受けたものの、ノアのために磨き上げた魔法と肉体は我ながら中々のものだったようで、俺はすんなりと一次試験を突破してしまった。
あとは二次試験の面接だけ。
二次試験と言っても、基本的な人格と入隊意思を確認するだけの儀式的なものだ。実質すでに合格の内定をもらったようなもの。

特に緊張することもなく面接会場の扉を開けた俺は、部屋の奥に座る男の蒼く鋭い眼光に息を呑んだ。



屈強な男たちで溢れる学徒軍の中でも、一際大きく逞しい体格。
意思の強そうな眉と、すっと通った高い鼻筋。
漆黒の髪がよく映える、深い海のような蒼の瞳。

もしこの世界に戦の神が舞い降りたとしたら、きっとこんな姿をしているんじゃないかと思った。
圧倒的な強者を前にした時の本能的な恐怖を感じつつも、魅了されたように目が離せない美しさがある。


「座れ」

じっと見つめていたその人から発せられた言葉に、はっと意識を取り戻す。
動揺を悟られないように平静を装いながら、指示された席に腰を下ろした。

「俺はセレスティン・ギルクラウド。学徒軍の隊長をしている」

その言葉に、ごくりと唾を飲み込んだ。

ーーーああ、この人が”あの”ギルクラウド隊長だったのか。

代々将軍を務めるギルクラウド公爵家の跡取り息子。
騎士団顔負けの実力で、その圧倒的な強さから、歴代最強の隊長とも讃えられる雲の上のお人だ。
大して噂に興味のない俺でも知っている、学園の有名人。

流石の貫禄というか、そこに座っているだけで空気がピリッとするような緊張感が走る。
質疑を担当する副隊長に志望理由などの基本的な質問を受けた俺は、前もって考えていた無難な内容を答えた。


「ーーー…よし。質問は以上だ」

5分ほどの質疑応答を終えると、副隊長がそう言った。

ギルクラウド隊長の迫力に気圧されて緊張していたものの、無難に答えられただろう。
気が付かれないよう小さく息を吐いた俺は、腹の底を揺するような重低音に息を止めた。

「1ついいか」

…最初の自己紹介の後、ギルクラウド隊長は一言も話さなかったのに。

ごくりと唾を飲み込み、まっすぐに俺を射る蒼い瞳を見つめ返す。
無言で次の言葉を待つと、その人はゆっくりと口を開いた。



「お前、命を落とす覚悟はあるか」
「え…?」


目を見開いたまま固まった俺に、ギルクラウド隊長は無表情のまま続ける。

「ここ何年も討伐で命を落とした隊員はいない。だが、危険と隣り合わせであることに変わりはない。不運が重なれば、自分や周りの者が命を落とす可能性もある。…その覚悟が、お前にあるか」

ーーー…全て見透かされている気がした。

周りに誘われて、何となくこの場にいる自分を。
守りたい人も、やりたいことも見失った自分の、その空虚さを。

蒼い瞳から目が逸らせない。

自分にはその覚悟があると、そう言うべきだと頭ではわかっているのに、その鋭い視線を前にして真実以外を口にすることは出来なかった。


「……わかり、ません」

乾いた喉から絞り出した声は、少し擦れていた。
逃げるように視線を落とすと、重たい沈黙が訪れる。

一度視線を外してしまえば、もう顔を上げるにも恐怖を感じた。
拳を固く握り体を硬直させたまま、次に何を言うべきか、必死に思考を巡らせる。

永遠にも思える沈黙が破られたのは、案外すぐのことだった。

「お前は素質がある。だがそれだけだ。お前には、意思も覚悟も感じない」

ああ…やっぱり、見透かされていた。

恐怖や焦りと同時に、相反するはずの安堵をどこかで感じる。
それは自分を偽らなくていいという、そういう安心感からなのかもしれない。

「お前は、この学徒軍に何を望む」

俺を貫く蒼い双眼に、胸がざわりと震えた。

ありのままの自分がさらけ出されているような不安と、ありのままの自分と向き合ってくれる人がいる幸福と。

矛盾する感情がごちゃ混ぜになって、取捨選択されないままの言葉が口から零れた。

「…何も」

ぼつりと零れた俺の言葉に、副隊長を始めとした面々が眉を顰めたのがわかった。
でも、まっすぐに俺を見つめる蒼い瞳は、続く言葉を待ってこちらを見つめている。

「今は…何もありません。でも、見つけたいと思っています。…新しく、守りたいものを」

それは紛うことない、俺の本心だった。

……ずっとずっと、ノアを守りたいと思っていた。

彼の隣にいるために、力を欲してきた。
でも今の俺は、守るべき対象を失った空虚な存在だ。
ぽっかりと空いた心の穴を、埋められずにいる。


ーーーでも、埋めたいとも思っているのだ。

今までそこにあったノアという存在ではなく、はたまた別の思い人でもなく、もっと別の”何か”で。

恋愛なんて脆い感情ではなくて、もっと揺らがないものへ、この腕と心を捧げられたらーー…



「……そうか」


たった一言。
そっけなくも聞こえるその言葉は、不思議と心に沁み入った。

窓から差し込む陽の光が、ギルクラウド隊長の黒く長い睫毛に当たって頬に影を伸ばす。

ああ…綺麗だな、なんて。頭の片隅でそう思った。

何かを思案するように伏せられた蒼い瞳が、しばらくの後俺を見つめ返した。


「入隊を許可する。お前の望むものを見つけてみるがいい」


その言葉を聞いた時には、きっと心はほとんど決まっていたんだと思う。
別に命を救われたわけでもなければ、恋に落ちたわけでもない。


それでも自分の忠誠を捧げるべきはこの方なのだと、俺の心は知ってしまったのだ。


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