モブに転生したはずが、推しに熱烈に愛されています

奈織

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番外編

新たな攻略対象者に出会いました

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「どうぞ」
「ありがとう、気を遣わせてすまないね」

セレスティンはあと30分程すれば帰ってくるだろうとのことだった。
それまで隊長室でお待ちくださいと言う冷えたランディの笑顔に促されるまま、僕はソファに座り、彼の入れてくれたお茶を飲んでいた。
ランディの視線が痛いほど突き刺さっているのには気が付かないふりをして、やたらと渋く淹れられた紅茶に口をつける。

「…エーガー君は、いつから副隊長を?」

気まずい雰囲気を変えようと笑顔でそう問いかけたものの、ランディは無表情のまま淡々と答えた。

「半年ほど前からです。入隊してすぐ、ギルクラウド隊長に任命していただきました」
「それはすごいね」
「ギルクラウド隊長は1年生の終わりには隊長に任命されたと聞いています」

そんなことも知らないのか、とでも言いたげな勢いで返されて、言葉に詰まる。
僕への敵意を隠そうともしないその態度に、ゲームの中でのランディを思い出す。
彼は正義感に溢れ、負けん気の強い性格で、身分が上の人間にも怯まずにぶつかっていく無鉄砲なところがあった。
その反面、自分が好きになった人間にはどこまでも甘く照れ屋な一面があって、そのツンデレに萌えるファンが多かった。

ランディは主人公ノアの幼馴染ポジションで、子爵家の令息だ。
幼い頃からノアに淡い恋心を抱いていた彼は、学園に入学するとノアが王子のお気に入りになっていることを知る。
突然開花した光魔法と王子からの寵愛に戸惑うノアを、ランディは影から献身的に支えるのだ。
不器用ながらも真っ直ぐな彼の愛情に、ノアはランディといる時だけは飾らない自分でいられることに気が付き…王子からの求婚を断って、2人は結ばれるというストーリールートだった。

セレスティンほど何度もやり込んでいないから、うっすらと覚えている程度だけど……ランディって、学徒軍に入るキャラだったっけ…?  
確か王子であるエドウィンに対抗する力を得るため、彼は生徒会に入るはずだった気がする。

セレスティンが主人公ノアではなく僕を好きになったみたいに、この世界のランディもゲームの世界とは違うということなのだろうか。
そんなことを考えながら、彼をじーっと見つめてしまう。

「……何か?」
「いや…何でもないよ。君はセレスティンをとても慕ってくれているんだなと思って」

見つめていた訳を誤魔化すようにそう言うと、ランディは眉間の皺を更に深くした。

「この学徒軍でギルクラウド隊長を慕っていない隊員はいません。圧倒的な実力と威厳、まさに将来この国を率いて戦うに相応しい完璧な御方です。俺を含めて、皆が尊敬しています」
「うん、そうだね」

推しを褒められて、つい嬉しくなってしまう。
浮かれた声で相槌を打った僕に、ランディはさらに苛立ちを募らせたようだった。
ぎりっと歯を食いしばると、ぎろりと僕を睨みつけた。

「……あなたはご自分が、その完璧なギルクラウド隊長に相応しいとお思いですか」
「え」

口に出すつもりはなかったのか、はっとした表情で口元を押さえたランディは、しばらくして決意したかのようにぎゅっと拳を握りしめた。
一層鋭い視線で睨まれて、思わず背筋が伸びる。

「……慣れない芝居はやめる。噂で聞いたところ、伯爵家のご嫡男だそうだが…俺はあんたが気に入らない。不敬罪で罰したいのなら、そうすればいい」

向かいのソファから立ち上がったランディは、揺るぎない足取りで僕の目の前に立つと、燃えるようなエメラルドの瞳で僕を睨みつけた。
突然のことに目をぱちくりさせる僕に、彼は言葉を続けた。

「伯爵家の人間が公爵家に嫁ぐってだけでも不相応なのに、あんたは婿にも入らずに、実家の伯爵位を継ぐそうじゃないか。婿としての責任も果たさず我儘を押し通し、あげく自分の都合で、在学中の忙しいギルクラウド隊長を領地に呼びつけようとするなんて…!図々しいにも程がある!」

公爵家に比べ僕の家の爵位が低いことも、ギルクラウド家の婿としての仕事を担わないことも事実だ。
それは間違いないのだけれど……僕がセレスティンを領地に呼び寄せようとした…?
ちょっと待ってほしい。何か誤解があるような気がする。
内心慌てながらも彼のあまりの勢いに口も挟めず、僕はただぽかんとした顔でランディを見つめていた。

「そんな我儘が許されるほど、さぞかし美丈夫で優秀な男なのかと思えば…見た目もそこそこで、明らかに軟弱そうだし。なんであんたみたいなのが、あの人の婚約者なんだ?」

それは自分でも思っていることだから、ぐうの音もでない。
本来セレスティンは、モブの僕じゃなくノアを選んでいるはずだったのだから。

「あの人にはもっと相応しい人がいるはずだ。美しくて優秀で…ギルクラウド隊長を幸せにしてくれるような…」

ぐっと拳を握りしめたランディは、そう言って黙り込んでしまった。
悔しそうに顰めた表情から、彼がどんなにセレスティンのことを慕ってくれているのかわかる。

「……すまない」
「謝るくらいなら、自分から身を引けよ」
「それは、出来ないんだ」

その言葉に俯いていたランディが顔を上げた。
宥めるように微笑むと、しっかりと彼の瞳を見つめて告げる。

「釣り合わないからと、自分から身を引くことはしない。……僕はセレスティンを愛しているから」

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