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推しへの想いに気がつきました

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「ああ、やっと来たな」



その声と視線に促されるように、後ろを振り返った僕は体を硬直させた。

黒く艶やかな黒髪に、逞しい体躯を包む夜空のようなジャケット。まるで冬夜の王のようなその威厳に、周囲の人が自然と道を開けていく。



ーーー…セレスティン



ドクンと心臓が音をたてて跳ね、背筋が強張る。

目に映るその光景に、僕は瞬きすらできなかった。



セレスティンの腕に手を添えて一緒に現れたのは、その瞳と同じ空色のジャケットに身を包んだノアだった。



「遅いじゃないか」



拗ねたようにエドウィンが声をかけ、セレスティンとノアが僕たちの輪に加わった。



「すみません、ノアが支度に手間取って」

「セ、セレスティン…!それは言わない約束でしょ…!」



照れた様子のノアが、慌ててセレスティンの腕を軽く引く。

「本当のことだろう」と返すセレスティンは、ノアに触れられることを受け入れているようで、何も抵抗しなかった。



空色のノアのジャケットには、所々に金色の刺繡が入れられている。銀色が煌めくセレスティンが冬空なら、ノアはまるで春空のような可憐さだ。

2人が並んだ姿はまるで対で造られた芸術品のようで、とてもお似合いだった。

そんな2人の様子をぼーっと見つめていた僕に、ふいにセレスティンが視線を止めた。



「……帰ってきたんだな」

「あ…ああ、うん。母も回復したから…」

「…そうか、良かった」



それだけ言うと、セレスティンは目を伏せてしまった。あまり僕を見ようとせず、その唇は固く閉ざされている。

ぎこちない雰囲気の僕とセレスティンを気にしてか、ノアがおろおろと視線を泳がせていた。



気まずいその空気を破ったのは、横でその様子を見ていたエドウィン王子だった。



「そうだ、セレスティン。ギルクラウド公爵が探していたぞ、挨拶に行って来い」

「…父がですか?」

「ああ。まだ到着したばかりで、ノアのことも紹介していないんだろう?早く行ってこい」

「…わかりました」



小さく溜息を吐くと、セレスティンはノアをエスコートして行ってしまった。



ーーー父親であるギルクラウド公爵に、セレスティンがノアを紹介する。

王子の側近として?

今日のパートナーとして?

それともー…?



嫌な想像が頭の中を駆け巡り、人混みに消えていくセレスティンの背中をじっと見つめてしまう。



「どうして、ノアと……」



僕がいなかったこの数週間に、一体セレスティンとノアに何があったのだろう。

混乱する思考から思わず漏れ出た呟きは、横にいたエドウィンにも届いてしまったようだった。



「セレスティンが誘ったんだ」

「え…?」

「俺もノアをパートナーには出来ないしな。セレスティンに譲ったってわけさ」



軽く肩を上げながら手のひらを宙に向けた王子は、口元ににやりとした笑みを作った。

その微笑みは僕の反応を楽しんでいるようだったけれど、そんなことが気にならないくらい、頭の中はセレスティンのことでいっぱいだった。



エドウィンが婚約者であるエリザベスを選んだことで、ノアはセレスティンルートに入ったんだろうか?

モブである僕が数週間いなくなったことで彼も目が覚めて、ノアを愛し始めたのかもしれない。

いつか来ると思っていた未来が、ついに来たということだろうか。





『俺は、そんな軽い気持ちでジョエルを愛してるんじゃない。来年も、再来年も、どんなに歳をとったって、きっとこの気持ちは変わらない』





然るべき時が来ただけだ、そう思うのに。

頭に浮かぶのは、熱を宿した瞳で僕を見つめるセレスティンの顔だった。



思っていたよりも僕はずっと、自惚れていたのかもしれない。

あの時のセレスティンの言葉が、本当のことかもしれないと。



視界の端にセレスティンとノアが映るたび、グルグルとした思考に沈んでいきそうになる。

その後パーティが進み、側近として大勢の前で公表された時も、ダリアとダンスを踊っている時も、僕はどこか上の空だった。







「…ジョエル様、少しテラスで涼みませんか?」



王子の側近として正式に発表されたことで、僕に挨拶に来る人が途切れることはなかった。

セレスティンのことを考えないようにするにはむしろ都合がよく、やって来る人全てを相手にしていたら結構な時間が経っていたらしい。

少し疲れた様子の僕の腕を、ダリアがそっと引いた。



会場の光が漏れ出るだけの薄暗いテラスには、僕ら以外に人はいなかった。

パーティの熱気で火照った体に、夜の少し冷たい風が心地いい。



「…ありがとう、ちょうど少し休みたいと思っていたんだ」

「あんなにたくさんの人のお相手をされたのですもの、疲れて当然ですわ」



気遣わし気な顔で、ダリアが飲み物を差し出してくれる。

ありがとうと言って手に取ると、乾いた喉を潤した。



外の冷たい空気を吸い込むと、心も少し落ち着いていくような気がした。

深く息を吐き出し、王宮の庭園を眺めていた僕に、ダリアがそっと口を開いた。





「……こんなジョエル様、初めて見ます」



その意味がわからずダリアを見ると、彼女は少し眉を下げて小さく微笑んだ。



「ジョエル様はいつも穏やかで、誰にでもお優しくて……誰に何を言われても、心を乱したりなさいませんでした。ですが、今日のジョエル様はー…」



そこで言葉を切ったダリアは、一度目を伏せると、何かを決心したように僕をまっすぐに見つめた。



「ギルクラウド様とキャロライン様を見つめている時…とても苦しそうに見えました。私といる時も、他の方とお話しされてる時も、ずっとどこか上の空で。…ギルクラウド様のことを、考えていらしたのでしょう?」



まっすぐに僕を見つめるヘーゼルの瞳に、嘘をつくことは出来なかった。

何も言えず黙ったままの僕の反応を肯定ととったのか、ダリアは少し微笑んだ。



「あの方といるときだけは…ジョエル様は、心が動いているように見えますもの。私も…ジョエル様と一緒にいると、そういう気持ちになるからわかりますわ。…それが恋だと」



ぽろりと、その瞳から涙が零れ落ちた。

パーティ会場から漏れ出たオレンジ色の光が、ダリアの頬を滑り落ちる雫に宿る。



「ギルクラウド様を……愛して、いらっしゃるのですよね」

「……ダリア、すまない」



こんな形で、ダリアに伝えたくなかった。

自分でも認めきれなかったその気持ちを、ダリアの前で誤魔化すことはできなかった。



僕よりも相応しい人がいるなんて言いながら、心の底ではそれを、認められなかった。

ノアといるセレスティンを見た時、湧き上がってきたのはー…どうしようもないほどの、独占欲だった。



セレスティンは僕のものだ。

触らないでくれ。

そう叫びだしそうな自分を、必死で抑えていた。





ーーーこんな形で、自分の気持ちに気が付くなんて。

僕は本当に……なんて馬鹿なんだろう。





「私…本当にジョエル様のことが大好きです。子供のころから、ずっと…。だから…ジョエル様の幸せが、何よりも、私の幸せです」



それはエリザベスとお茶をした時、僕が諭した言葉だった。

瞳からぽろぽろと涙をこぼしながら、必死に笑顔を作るダリアに胸が苦しくなる。



「ダリア……」

「行ってください、ジョエル様。…今、私に優しくされては、だめですよ」

「っ…すまない…」



涙を拭おうと伸ばしていた手をぐっと握り、そのまま一歩下がると、腰を折って紳士の礼をとった。

こんな僕を好きになってくれたダリアへの、せめてもの感謝と敬意を示すために。



「…君のような人に愛してもらえて、僕は本当に幸せだった。…ありがとう」



最後にそう言ってテラスにダリアを残し、僕は一人会場へと戻った。



人で溢れるホールで、愛おしい黒を探して目を凝らす。

まっすぐに進む足取りに、もう迷いはなかった。

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