モブに転生したはずが、推しに熱烈に愛されています

奈織

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実家に帰りました

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一人残された僕は、しばらくその場から動けなかった。

抱きしめられたときの感触と熱が、今も体を包んでいるようだ。



茫然としながらほとんど無意識に寮へ戻ってくると、寮母さんが慌てた様子で駆け寄ってきた。



「ああ!アンダーソン様!お戻りに!」

「どうされたんですか?」

「ご実家から急ぎ知らせがあったんです。お母上様がお倒れになったそうで、すぐお帰りになるようにと」





寮母さんから知らせを聞いた僕は、急いで学園に連絡をし、馬に飛び乗った。

両親が暮らすアンダーソン領までは、王都から馬を飛ばしても丸1日はかかる。



元々体が丈夫ではなかった母は、昔から体調を崩して寝込むことが多かった。

僕を無事に産むことが出来たとき、周りは奇跡だと大喜びしたと聞いている。



そんな風に体が弱い母だから、ちょっと体調を崩したくらいでは知らせを寄越さない。僕にすぐに帰ってこいというほどならば、命に関わる重症である可能性が高い。

汗の滲んだ手で手綱を握りながら、僕は馬を走らせ続けた。




**************************************



「ごめんね、ジョエル。旦那様が大げさに知らせなんか送ったから」

「大げさなものか。2日も目を覚まさなかったのだぞ」



馬を乗り換えながら、休憩もろくにせず駆け付けた僕が屋敷に飛び込むと、ベッドの上の母は穏やかに笑っていた。

どうやら重い発作が出て、そのまま意識を失ってしまったらしい。

一向に目を覚まさない母に最悪の事態まで心配した父が、僕に知らせを寄越したのだった。



「お医者様も、疲れが原因だって言ってたでしょう?そんなに心配なさらないで」

「わかった、わかったから、もう横になりなさい。まだ本調子ではないのに、また倒れたらどうする」



儚げな美人として有名だった母に一目惚れし、必死に口説き落として結婚した父は、20年近く経った今でも母にぞっこんだ。

一人息子である僕は、外見は地味な父に似て、性格は穏やかな母に似ているとよく言われる。



「とにかく母上に大事なくて良かったです。体調が戻るまで、ゆっくり休んでくださいね」

「ありがとう。心配をかけて申し訳なかったけれど、こうして久しぶりに会えて嬉しいわ」



学徒軍やら王子の手伝いやらで、ここ1年は休暇中も実家に帰れていなかった。

久しぶりに見た母の笑顔に、僕もつられて笑顔になる。



「学園にもしばらく休むことになると申請を出してきましたし、母上の体調が戻るまでは家にいますよ」

「大丈夫なのか?」

「はい。こういうときのために、普段優等生をしていますから」



冗談っぽくそういうと、父上は「そうだったな」と笑った。

いい機会だから、久しぶりに両親とゆっくり過ごすのもいいだろう。

授業は後からいくらでも追いつけるし、王子の執務も最近はノアが成長したおかげで落ち着いてきている。





それに……セレスティンと、今は会いたくなかった。

あんな会話をした後で、どんな顔をしたらいいのかよくわからない。

彼から離れて、少しゆっくり考える時間が欲しかった。





夜通しの移動で砂と汗まみれだった体を湯浴みで洗い流すと、懐かしい自分の部屋のベッドに倒れ込んだ。

ずっと馬に乗っていたせいで、体中がこわばっている。深く息を吐いて体を沈めると、ぼーっと見慣れた天井を眺めた。



今年の春で僕は学園を卒業する。

そうすれば、またこの屋敷で暮らすことになるのだ。



王都からは、どんなに馬を飛ばしても丸一日。馬車で移動すれば、2日はかかるだろう。

ーー…簡単には会えない距離、セレスティンとも離れることになる。



そう思うと、ぎゅうっと胸の奥が締め付けられるような気がした。

その痛みに気がつかないふりをして、僕は疲れに誘われるまま眠りに落ちた。



**************************************



母の具合は良くなったり悪くなったりを繰り返し、体調が安定したのは2週間してからだった。

実家にいる間、僕は母の看病をしたり、父の仕事を手伝ったりして過ごしていた。



「こんなに長く引き留めてしまってごめんなさいね。気にせず学園に戻ってもよかったのに」

「気にしないでください。久しぶりに母上と父上と過ごせて嬉しかったですよ」



そう言うと、母は花が綻ぶように微笑んだ。

息子ながら美しい人だと思う。そしてそう思ったのは僕だけではないらしく、横にいた父が眩し気に母を見つめていた。



「明日には発つの?」

「はい、週末にエドウィン殿下の誕生日パーティに出席することになっているので、それに合わせて戻ろうかと」

「そう。…寂しくなるわね」



眉を下げた母を励ますように、父が口を開いた。



「あと半年もすれば、学園を卒業して戻ってくるさ。そうしたらまた一緒に暮らせるだろう」

「そうですわね。半年なんて、きっとあっという間ね」



学園を卒業すれば僕は領地に帰ってくる。

それは僕もわかっているはずなのに、どうしてか心から笑えなかった。

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