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推しに口説かれました

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図書室で資料を探していたノアを手伝い、少し時間を潰してから執務室に戻った。

エドウィン王子とセレスティンはそれぞれ机に向かっており、僕とノアが部屋に入ると「遅かったな」と王子が声をかけた。

心なしかその笑顔が明るいように見える。なんだかいたずらを仕掛けた子供のような…



「ジョエル」



訝しげに王子を観察していた僕は、いつの間にかすぐ近くまで寄ってきていたセレスティンに気が付かなかった。

少し驚きつつ顔を向けると、彼は僕をまっすぐに見つめていた。

そういえばこんな風に、セレスティンとしっかりと目が合うのは久しぶりなような気がする。こんなに距離が近いのも。



「今日この後、時間あるか」

「え?ああ、うん。執務の後は特に用事もないけど…」

「なら寮まで一緒に戻ろう。話があるんだ」



迷いのないその瞳に促されるように頷くと、セレスティンは静かに自席に戻った。



…話ってなんだろう。

ふと先日のセレスティンの部屋でのキスが蘇って、慌てて頭から振り払った。

ちらりと王子の方を見ると、にやにやした楽しそうな顔でこちらを見ている。


……あの王子、絶対セレスティンに何か言っただろう。


睨みつけるわけにもいかず小さく溜息を吐くと、僕は残りの執務を片付けるべく書類と向き合った。





執務を終えてセレスティンと部屋を出る。

寮に戻る道すがら話すのかと思っていたら、セレスティンに連れていかれたのは学園の庭園だった。

授業も終わり、日が暮れようとしている庭園には僕ら以外に人はいない。



執務室を出てから、セレスティンはほとんど喋らなかった。

普段から口数の多い方ではないけれど、その様子は言いたいことを我慢しているようなそんな風に感じられた。

さっき言っていた”話”とやらをするまで、世間話をする気にもならないということだろう。



きっと大事な話なんだろうな…と身構える僕の前を歩いていたセレスティンが、ふと足を止めた。



「ジョエル」



振り返ったセレスティンの向こうに、沈みゆく夕陽に染められた薄紫色の空が見えた。

柔らかい風に微かに靡く黒髪の美しさに、思わず引き込まれそうになる。



「俺は貴方を愛している」



まっすぐに僕を見つめるその瞳に、息が止まりそうになった。

目を見開いて固まる僕に、彼は言葉を続けた。



「こないだ俺の部屋で言ったことを、なかったことにしたいのも分かってる。…でも、俺は引き下がるつもりはない」



僕らの間にあった少しの距離を、彼がゆっくりと詰める。

互いの息遣いがわかりそうなくらいまで近づくと、その大きな左手が僕の頬にそっと触れた。



「ジョエルが受け入れてくれるまで、何度だって口説く」



深い蒼の瞳がまっすぐに僕を見つめていた。

高温で燃える炎のようなその視線に、心臓がドクンと音を立てて跳ねる。

その鼓動に揺り動かされるように我に返った僕は、頬に添えられたセレスティンの手を思わず掴んだ。



「セ、セレスティン、何を言ってー…」

「誤魔化さないでくれ。俺は本気だ」



逃げだすことは許さないとばかりに、セレスティンの腕が僕の腰に回った。



「ジョエルが俺と同じ気持ちでないのはわかってる。でもどうか…俺の気持ちを無視しないでくれ。少しずつでいいから、考えてみてほしい」

「何言ってるんだ。君は公爵家の跡取りだろう。僕ではー…」

「前にも言ったが、それはどうとでもなる。貴方と一緒になれるなら、俺は公爵家を継がなくたってー…」

「いいわけないだろう!!」



つい声を荒げてしまった僕に、セレスティンが驚いたように動きを止めた。

普段のんびりしている僕が、しかるような声を出したところを初めて見たのかもしれない。

驚きで力が抜けたセレスティンから少し離れると、宥めるようにその腕に両手を添えた。



「…いいわけないだろう。僕はセレスティンが今までどんなに努力してきたのか、よく知っているよ」

「……っ…」



セレスティンの瞳が迷いに揺れる。

代々将軍を担うギルクラウド公爵家の嫡男。その期待と重圧に耐え、彼はここまでずっと努力を続けてきたのだ。

一時の気の迷いであっても、それを捨ててかまわないだなんて。



「これまでの君の頑張りを、捨てていいはずがない。たとえ君がそれを許しても、僕は許せない」



宥めるようにセレスティンの腕をさすり、眉を下げて笑みを作った。

苦し気に顔を歪めた彼は、しばらく俯いたまま何かを考えているようだった。



……これで目を覚ましてくれただろうか。

そんなことを考えていると、セレスティンがゆっくりと口を開いた。



「……なら、ジョエルがギルクラウド家に嫁いできてくれるか?」

「は…?」



え、なんでそうなるの。

思わぬ方向に転んだセレスティンの思考に、僕は固まった。



「俺がアンダーソン家に嫁ぐのは許せないというのなら、ジョエルがギルクラウド家に嫁ぐしかないだろう」

「い、いや…そうじゃないだろう。僕は一人っ子で、他に領地を継ぐ人間はー…」

「ならアンダーソン家の当主をしながら、ギルクラウド家に嫁げばいい」



彼は一体、何を言っているのか。

あまりにも突拍子もない話に言葉も出ない僕を置いて、セレスティンは話を続けた。



「ギルクラウド家の婿としての仕事は、他の人間にやらせたっていい。ジョエルはギルクラウド家で暮らしながら、アンダーソンの領地を管理すればいいだろう。幸い領地もそう離れていないし」

「ちょっ…ちょっと一度落ち着こう?ね?」

「子が二人いれば、それぞれの家の跡取りも問題ないだろう」

「セレスティン、君自分が何を言っているかわかってる?」



お互い当主をしながら結婚するだなんて。そんな話聞いたこともない。

アンダーソン家ならまだしも、格式高いギルクラウド家に嫁ぐ人間が名ばかりの婿だなんて、そんなこと許されるはずがないだろう。



困惑する僕の肩を、セレスティンががしりと掴んだ。

燃えるような蒼い瞳が僕をまっすぐに捕らえる。



「ジョエルと一緒になれるなら、俺はなんだって叶えてみせる。だから…将来のことを言い訳に、俺を拒むなんてしないでくれ」



全て見透かされているかのような気持ちになった。

お互いが跡取りだからという、もっともらしい言い訳を盾にして、セレスティンの気持ちに向き合うことを避けているのを気づかれたような。

僕は何も言うことが出来ず、ただその蒼い瞳を茫然と見つめていた。



「…俺はもう、我慢しない。ジョエルが俺を愛してくれるまで、絶対に諦めない」



迷いなく力強いその声とは裏腹に、寂しさを押し殺すように握りしめられたその手を、包んでやりたくなる。

ーー…僕はいつまで、この甘い衝動に抗えるんだろう。

頭の片隅で、そんなことを思った。


すっかり日の落ちた庭園には、淡い月光が差し込み始めていた。


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