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欲する勇気 Sideセレスティン
しおりを挟む「せっかくお前が気にしている噂の真偽を確かめてやろうと思ったのに」
「気にしてません」
ジョエルが執務室を出て行った後、殿下が口元に笑みを携えながら俺に話しかけてきた。
あのフォレスト嬢とジョエルが温室で抱き合っていたという噂は、当然俺の耳にも入って来た。
別に本人に確かめなくたってわかる。おそらく本当だろう。
カフェテリアで初めて会ったときも、あの令嬢はジョエルに抱きついていたし、ジョエルもそれを当然のように受け入れていた。
…でも、ジョエルは彼女に恋愛感情を持っているわけではないと言っていた。
抱き合っていたと言っても、きっと親愛の抱擁だろう。そう考えて、少しざわついた胸を落ち着かせた。
「本当か?お前最近、ジョエルを避けているだろう」
「………」
…避けているのではない。
ただ、どんな顔をすればいいのかわからないだけだ。
「…別に、噂を聞いたからではありません」
「なら、ジョエルと何かあったのか?」
頬杖を突きながらこちらを見ているエドウィンに、事情を話すかどうか迷った。
勘のいいこの王子は、きっとはっきり聞かなくとも、なんとなくのことは察しているのだろう。
ずっと一人でぐるぐると考えているより、誰かに相談してしまうのもいいかもしれない。
「……ジョエルに、愛していると伝えました」
「そうか、ついに言ったのか」
大して驚いた様子もないエドウィンは、そのまま俺の言葉の続きを待った。
「ジョエルがフォレスト嬢と婚約するつもりだと知って、つい焦って…勢いで想いをぶつけてしまいました。もっと俺のことを好きになってもらってからと思っていたのに…あんな…」
堪えられなかった。すぐにでもジョエルを問い詰めたくてたまらなくなって。
別にあの人が俺のことを好きだと自惚れていたわけではない。
でも一番近いところにいるのは俺で、きっとこれから一緒に過ごしていけば、いつかはほだされてくれるんじゃないかと…どこかで期待していた。
「すごく驚かせてしまった。あの人は優しいから、明確に言わなかったけど……受け入れては、もらえなかった」
キスも、抱擁も、全て俺の一方的な行為だった。
ジョエルは茫然とした瞳で俺を見つめていて…言葉もなく部屋を出て行った。
一人残された部屋で我に返った時、襲ってきたのは後悔と恐怖だった。
「もう今までのように、微笑みを向けられることもなくなるのかと…そう思っていたのに、ジョエルは何も変わらなかった。…まるで何もなかったみたいに」
最初はほっとした。これからもジョエルの側にいられるのだと安堵し、あんなことをした俺を許してくれるジョエルに感謝した。
……でも少しして、気が付いてしまったのだ。
俺とのキスも、愛しているという言葉も、あの人にとっては何でもないことだったのだと。だから俺と違って、いつも通りに振舞えるのだと。
「ジョエルにとって俺はその程度の存在なんだと、そう突き付けられるようで……今までのように接することが出来なくて」
ジョエルの側にいられるのは確かに幸せなのに、同時にひどく苦しい。
俯いてぎゅっと拳を握った俺に、しばらく黙っていた王子が声をかけた。
「…俺は、ノアを愛してしまったらしい」
「は…?」
脈絡のないその言葉に顔を上げると、王子は穏やかに微笑んでいた。
「おそらく若気の至りで終わらない恋になると思う。…エリザベスのことも、ノアの身分のことも、問題は多くあるが…俺は全てを調えて、必ずあいつを娶る」
そう言い切ったエドウィンの瞳には、 決意がみなぎっていた。
他人の感情に敏い方ではないが、ノアとエドウィンはまだ恋人同士ではないように見えたのに。出会って間もないノアとの未来をそこまで言い切るエドウィンに、大丈夫なのかと不安を感じる。
「ノアとはまだ恋人関係ではないと思っていましたが…」
「そうだが?」
「それなのに、もうそこまでお考えなのですか?もう少し様子を見られては…」
そう嗜めた俺に、エドウィンはニッと笑った。
「時間は関係ない。自分が本当に求めるものを、俺は間違わない。ノアは色々気にして俺との将来を躊躇うかもしれないが……あいつが頷くまで、口説き続けるだけさ」
目を見開いた俺に、エドウィンが試すような笑みを向ける。
「お前は諦めるのか、セレスティン。一度受け入れてもらえなかったくらいで?心から欲するものを、易々と手放すのか」
真っ直ぐに突き刺さるその言葉は、彷徨っていた夜の海で見つけた灯台の光のようだった。
目指すべき先を指し示してくれるような、そんな指針となる光。
姿勢を正し拳をぎゅっと握りしめた時、俺の心はすでに固まっていた。
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