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悪役令嬢とお茶をしました
しおりを挟むエリザベスとのお茶会が調ったのは、それからしばらく経ってからだった。
その間もエドウィンとノアの仲はさらに深まっているようで、王子がノアを見つめる瞳には明らかな好意が見えた。
ただノアはエリザベスのことがあるのか、どこか一線を引いているようだったけど。
ノアの体に怪我などは見受けられないことから、直接的な暴力にはまだ至っていないらしい。
毎日執務室でノアを見かけるたび、彼が無事なことにほっとしていた。
怪我でもさせてしまえば、それこそ断罪の際の証拠になってしまうし、ただ「婚約者として嫉妬した」では済まないだろうから。
「お招きいただきありがとうございます、ガーライル様」
「いえ、私も貴方とゆっくりお話してみたかったんですの。アンダーソン様」
僕とダリアが招かれたのは、公爵家の庭園だった。
初夏の薔薇が咲き乱れる美しい庭園のガゼボで、僕たち3人は紅茶に口をつける。
「そう仰っていただき光栄です。初めてお会いした時には、立ち話程度でしたから」
「そうですね、あの時は……」
そこで言葉を切ったエリザベスは、少し目を伏せて、重い溜息を吐きだした。
「……聡明で名高いアンダーソン様ですもの、全てわかっていらっしゃるんでしょう?ですから私とこうして、話す機会を設けられたのですよね」
彼女も僕がここに何を話しにきたのか、見当がついているようだった。
エドウィン王子ともノアとも親交が深い僕が、あんな場面に鉢合わせた後で話がしたいと言ってくれば、察しない方がおかしい。
ダリアの婚約者でもある僕が、自分とノアどちらの味方につくのか、測りかねているのだろう。
警戒した様子のエリザベスに穏やかに微笑むと、僕はゆっくりと口を開いた。
「ガーライル様は、いつから殿下のことをお慕いに?」
「え…?」
思ってもみない質問だったのだろう。
少しぽかんとした様子のエリザベスは、それでも少し間を置いた後、静かに答えた。
「…私が6歳のときですわ。王家のお茶会に招かれて、そこで初めて殿下とお会いしました。殿下は7歳でしたけど、とても大人びていてお優しくて…私はすぐに恋に落ちましたわ」
当時を思い出しているのだろう。エリザベスの眦に懐かしさが滲む。
「それからずっと、殿下のことを?」
「ええ。正式に婚約者として選ばれた時には、天にも昇る気持ちでした。もちろん政治的な意味での婚約だとわかっておりましたけど…いつか殿下も、私のことを愛してくださると信じて、相応しい妃になる努力をしてきましたわ」
確かにエリザベスは理想的な妃と言えるだろう。
美しく気品があり、過激なところはあるが秀才だと聞いている。そしてもちろん実家の公爵家の後ろ盾は、殿下の治世の力となるだろう。
初恋を胸に、この10年努力を続けてきたエリザベスにとって、ぽっと出のノアが王子の寵愛を受けている現状が許せないのは、当然のことなのかもしれない。
「……ガーライル様は、殿下を深く愛していらっしゃるのですね」
エリザベスが、ふと視線を上げて僕を見た。
その瞳に濁りはなく、本当にエドウィン王子のことが好きなのだとわかる。
「誰かを愛する気持ちというのは…どうにも、ままならないものだと思いませんか」
静かにそう話す僕の言葉を、エリザベスはじっと聞いていた。
「ガーライル様も本当は、殿下を信じて穏やかに見守りたいと、思っておられるのではないですか。ノアを窘められるのも、高貴な貴方の本意ではないことでしょう」
紅茶のカップの横に添えられていたエリザベスの手が、小さく震えていた。
安心させるようにそっと手を重ね、温もりを伝える。
「想いが強くなるほど、自分でも自分が抑えきれなくなる。相手や周りのためにこうすべきだとわかっていても、心がそれに従ってくれない。それは貴方だけでなく、私も…そして殿下も同じだと思うのです」
その言葉に、エリザベスの体が小さく震えた。
泣きだしそうな瞳が、僕を見つめている。
「相手を愛してしまったら……その気持ちは、どうしようもできない。自分でも、もちろん周りの人間にも」
誰かを愛する気持ちは、努力ではどうにもならない部分がある。
好きになってしまったら、もうその気持ちは止められないのだ。相手を欲する気持ちも、その肌に触れたいという欲求も。
ふと脳裏に浮かんだセレスティンの滑らかな首筋に、僕は気が付かないふりをした。
「…では…どうしろというのですか。愛する人が奪われるのを、黙って受容れろと?」
震える声のエリザベスは、公爵令嬢としての矜持でどうにか涙をこらえているように見えた。
彼女の激情を宥めるように、静かに首を振る。
「殿下がノアに抱く気持ちを変えることはできないでしょう。でも、貴方に抱く気持ちを変えることは出来ます。もっとガーライル様を好きになってくださるように、振る舞いを変えることは出来るでしょう」
「……それでも…殿下が私を好きになってくださらなかったら…?」
震える手を、安心させるようにぎゅっと握る。
穏やかに微笑む僕を見つめるエリザベスの瞳から、ついにポロリと涙が零れた。
「ガーライル様は、本当に殿下のことを愛していらっしゃる。きっとその愛情は、殿下の幸せを、ご自分の幸せと思えるほどに深いものなのだと…私はそう思っております」
「……っ…!」
ボロボロとその瞳から涙が零れ落ちた。
顔を覆うエリザベスに、慌ててダリアが駆け寄ってハンカチを差し出す。
その様子を見ながら、なんとなくもう大丈夫なのではないかと感じた。
殿下とノアの様子を、おそらく誰より近くで見ている僕の言葉には「殿下がノアを大切に思っている」というメッセージも含まれている。
聡い彼女が、その意味に気が付かないはずがないだろう。
きっとエリザベス自身もどこかで気が付きながらも、目を背けてきた殿下の気持ち。
10年も想い続けたエリザベスの気持ちが、簡単になくなるわけではないだろうけど……今までのように無理やりに殿下とノアの仲を邪魔するようなことは、止めてくれるといい。
しばらくの間涙を流していたエリザベスをダリアと二人で宥めた後、お茶会は静かに終わった。
*******************************************************
「ジョエル、お前は本当に不思議な男だな」
いつものように執務室で仕事をしていると、ふいにエドウィン王子から声をかけられた。
あれからエリザベスはノアに突っかかるのをやめたらしい。いつも側にいるダリアが言うのだから、本当だろう。
「…なんのことでしょう」
「この間エリザベスに言われたよ。お前のような婚約者がいるダリアが羨ましいと。エリザベスが俺の前で、俺以外の男のことを褒めるのは初めてだったから、少し驚いた」
エリザベスが殿下に僕の話をするとは少し意外だった。
この前のお茶会のことは彼女も殿下に知られたくないはずだと思っていたのに。
愉快そうなエドウィンの微笑みには、どこか寂しさも感じられた。
エリザベスとの関係性も、少しずつ変わってきているのかもしれない。
「…何度も言っていますが、ダリアとは正式な婚約を結んでいませんよ」
「温室でイチャイチャ抱き合っていたくせに、よく言うな」
「なっ…なんですか、それ」
なんでそれをエドウィンが知っているんだ!?
目を見開いた僕を、殿下が鼻で笑った。
「しばらく前に噂になっていただろう。お前が温室でダリア嬢と逢瀬を楽しんでいたと。もう学園中が知っているぞ」
「は…!?」
「なあ、セレスティン?」
当事者なのに全然知らず、茫然とする僕を置いて、王子がセレスティンに話を振った。
じとりと王子を睨んだセレスティンは、ふいっと視線を逸らして答える。
「……さあ、俺はそういった話に興味はありませんから」
そういえば最近、セレスティンが笑っているのを見ていない気がする。
学徒軍を退団した関係で一緒にいる時間が減ったのもあるが、執務中もなんとなく話しかけられることが減ったような…。
この話題に入るつもりはないとでも言いたげに書類に目線を落とすセレスティンに、片眉を上げて少し口角を上げた王子は、思い出したように僕を見上げた。
「そうだジョエル、図書室にいってノアの様子を見てきてくれないか?イジェスク地方の資料を頼んだんだが、少し戻りが遅くてな」
「…わかりました。僕も手伝ってきます」
なんとなく、執務室から僕を追い出す口実のような気もしたが、だとしても素直に従う他ない。
おそらくセレスティンと2人で話したいことでもあるんだろうな…。
少し時間をおいてからノアと戻ろうと思いつつ、僕は執務室を後にした。
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