15 / 37
悪役令嬢とお茶をしました
しおりを挟むエリザベスとのお茶会が調ったのは、それからしばらく経ってからだった。
その間もエドウィンとノアの仲はさらに深まっているようで、王子がノアを見つめる瞳には明らかな好意が見えた。
ただノアはエリザベスのことがあるのか、どこか一線を引いているようだったけど。
ノアの体に怪我などは見受けられないことから、直接的な暴力にはまだ至っていないらしい。
毎日執務室でノアを見かけるたび、彼が無事なことにほっとしていた。
怪我でもさせてしまえば、それこそ断罪の際の証拠になってしまうし、ただ「婚約者として嫉妬した」では済まないだろうから。
「お招きいただきありがとうございます、ガーライル様」
「いえ、私も貴方とゆっくりお話してみたかったんですの。アンダーソン様」
僕とダリアが招かれたのは、公爵家の庭園だった。
初夏の薔薇が咲き乱れる美しい庭園のガゼボで、僕たち3人は紅茶に口をつける。
「そう仰っていただき光栄です。初めてお会いした時には、立ち話程度でしたから」
「そうですね、あの時は……」
そこで言葉を切ったエリザベスは、少し目を伏せて、重い溜息を吐きだした。
「……聡明で名高いアンダーソン様ですもの、全てわかっていらっしゃるんでしょう?ですから私とこうして、話す機会を設けられたのですよね」
彼女も僕がここに何を話しにきたのか、見当がついているようだった。
エドウィン王子ともノアとも親交が深い僕が、あんな場面に鉢合わせた後で話がしたいと言ってくれば、察しない方がおかしい。
ダリアの婚約者でもある僕が、自分とノアどちらの味方につくのか、測りかねているのだろう。
警戒した様子のエリザベスに穏やかに微笑むと、僕はゆっくりと口を開いた。
「ガーライル様は、いつから殿下のことをお慕いに?」
「え…?」
思ってもみない質問だったのだろう。
少しぽかんとした様子のエリザベスは、それでも少し間を置いた後、静かに答えた。
「…私が6歳のときですわ。王家のお茶会に招かれて、そこで初めて殿下とお会いしました。殿下は7歳でしたけど、とても大人びていてお優しくて…私はすぐに恋に落ちましたわ」
当時を思い出しているのだろう。エリザベスの眦に懐かしさが滲む。
「それからずっと、殿下のことを?」
「ええ。正式に婚約者として選ばれた時には、天にも昇る気持ちでした。もちろん政治的な意味での婚約だとわかっておりましたけど…いつか殿下も、私のことを愛してくださると信じて、相応しい妃になる努力をしてきましたわ」
確かにエリザベスは理想的な妃と言えるだろう。
美しく気品があり、過激なところはあるが秀才だと聞いている。そしてもちろん実家の公爵家の後ろ盾は、殿下の治世の力となるだろう。
初恋を胸に、この10年努力を続けてきたエリザベスにとって、ぽっと出のノアが王子の寵愛を受けている現状が許せないのは、当然のことなのかもしれない。
「……ガーライル様は、殿下を深く愛していらっしゃるのですね」
エリザベスが、ふと視線を上げて僕を見た。
その瞳に濁りはなく、本当にエドウィン王子のことが好きなのだとわかる。
「誰かを愛する気持ちというのは…どうにも、ままならないものだと思いませんか」
静かにそう話す僕の言葉を、エリザベスはじっと聞いていた。
「ガーライル様も本当は、殿下を信じて穏やかに見守りたいと、思っておられるのではないですか。ノアを窘められるのも、高貴な貴方の本意ではないことでしょう」
紅茶のカップの横に添えられていたエリザベスの手が、小さく震えていた。
安心させるようにそっと手を重ね、温もりを伝える。
「想いが強くなるほど、自分でも自分が抑えきれなくなる。相手や周りのためにこうすべきだとわかっていても、心がそれに従ってくれない。それは貴方だけでなく、私も…そして殿下も同じだと思うのです」
その言葉に、エリザベスの体が小さく震えた。
泣きだしそうな瞳が、僕を見つめている。
「相手を愛してしまったら……その気持ちは、どうしようもできない。自分でも、もちろん周りの人間にも」
誰かを愛する気持ちは、努力ではどうにもならない部分がある。
好きになってしまったら、もうその気持ちは止められないのだ。相手を欲する気持ちも、その肌に触れたいという欲求も。
ふと脳裏に浮かんだセレスティンの滑らかな首筋に、僕は気が付かないふりをした。
「…では…どうしろというのですか。愛する人が奪われるのを、黙って受容れろと?」
震える声のエリザベスは、公爵令嬢としての矜持でどうにか涙をこらえているように見えた。
彼女の激情を宥めるように、静かに首を振る。
「殿下がノアに抱く気持ちを変えることはできないでしょう。でも、貴方に抱く気持ちを変えることは出来ます。もっとガーライル様を好きになってくださるように、振る舞いを変えることは出来るでしょう」
「……それでも…殿下が私を好きになってくださらなかったら…?」
震える手を、安心させるようにぎゅっと握る。
穏やかに微笑む僕を見つめるエリザベスの瞳から、ついにポロリと涙が零れた。
「ガーライル様は、本当に殿下のことを愛していらっしゃる。きっとその愛情は、殿下の幸せを、ご自分の幸せと思えるほどに深いものなのだと…私はそう思っております」
「……っ…!」
ボロボロとその瞳から涙が零れ落ちた。
顔を覆うエリザベスに、慌ててダリアが駆け寄ってハンカチを差し出す。
その様子を見ながら、なんとなくもう大丈夫なのではないかと感じた。
殿下とノアの様子を、おそらく誰より近くで見ている僕の言葉には「殿下がノアを大切に思っている」というメッセージも含まれている。
聡い彼女が、その意味に気が付かないはずがないだろう。
きっとエリザベス自身もどこかで気が付きながらも、目を背けてきた殿下の気持ち。
10年も想い続けたエリザベスの気持ちが、簡単になくなるわけではないだろうけど……今までのように無理やりに殿下とノアの仲を邪魔するようなことは、止めてくれるといい。
しばらくの間涙を流していたエリザベスをダリアと二人で宥めた後、お茶会は静かに終わった。
*******************************************************
「ジョエル、お前は本当に不思議な男だな」
いつものように執務室で仕事をしていると、ふいにエドウィン王子から声をかけられた。
あれからエリザベスはノアに突っかかるのをやめたらしい。いつも側にいるダリアが言うのだから、本当だろう。
「…なんのことでしょう」
「この間エリザベスに言われたよ。お前のような婚約者がいるダリアが羨ましいと。エリザベスが俺の前で、俺以外の男のことを褒めるのは初めてだったから、少し驚いた」
エリザベスが殿下に僕の話をするとは少し意外だった。
この前のお茶会のことは彼女も殿下に知られたくないはずだと思っていたのに。
愉快そうなエドウィンの微笑みには、どこか寂しさも感じられた。
エリザベスとの関係性も、少しずつ変わってきているのかもしれない。
「…何度も言っていますが、ダリアとは正式な婚約を結んでいませんよ」
「温室でイチャイチャ抱き合っていたくせに、よく言うな」
「なっ…なんですか、それ」
なんでそれをエドウィンが知っているんだ!?
目を見開いた僕を、殿下が鼻で笑った。
「しばらく前に噂になっていただろう。お前が温室でダリア嬢と逢瀬を楽しんでいたと。もう学園中が知っているぞ」
「は…!?」
「なあ、セレスティン?」
当事者なのに全然知らず、茫然とする僕を置いて、王子がセレスティンに話を振った。
じとりと王子を睨んだセレスティンは、ふいっと視線を逸らして答える。
「……さあ、俺はそういった話に興味はありませんから」
そういえば最近、セレスティンが笑っているのを見ていない気がする。
学徒軍を退団した関係で一緒にいる時間が減ったのもあるが、執務中もなんとなく話しかけられることが減ったような…。
この話題に入るつもりはないとでも言いたげに書類に目線を落とすセレスティンに、片眉を上げて少し口角を上げた王子は、思い出したように僕を見上げた。
「そうだジョエル、図書室にいってノアの様子を見てきてくれないか?イジェスク地方の資料を頼んだんだが、少し戻りが遅くてな」
「…わかりました。僕も手伝ってきます」
なんとなく、執務室から僕を追い出す口実のような気もしたが、だとしても素直に従う他ない。
おそらくセレスティンと2人で話したいことでもあるんだろうな…。
少し時間をおいてからノアと戻ろうと思いつつ、僕は執務室を後にした。
1,390
お気に入りに追加
2,086
あなたにおすすめの小説
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/bl.png?id=5317a656ee4aa7159975)
王道学園の冷徹生徒会長、裏の顔がバレて総受けルート突入しちゃいました!え?逃げ場無しですか?
名無しのナナ氏
BL
王道学園に入学して1ヶ月でトップに君臨した冷徹生徒会長、有栖川 誠(ありすがわ まこと)。常に冷静で無表情、そして無言の誠を生徒達からは尊敬の眼差しで見られていた。
そんな彼のもう1つの姿は… どの企業にも属さないにも関わらず、VTuber界で人気を博した個人VTuber〈〈 アイリス 〉〉!? 本性は寂しがり屋の泣き虫。色々あって周りから誤解されまくってしまった結果アイリスとして素を出していた。そんなある日、生徒会の仕事を1人で黙々とやっている内に疲れてしまい__________
※
・非王道気味
・固定カプ予定は無い
・悲しい過去🐜
・話の流れが遅い
・作者が話の進行悩み過ぎてる
転生したけど赤ちゃんの頃から運命に囲われてて鬱陶しい
翡翠飾
BL
普通に高校生として学校に通っていたはずだが、気が付いたら雨の中道端で動けなくなっていた。寒くて死にかけていたら、通りかかった馬車から降りてきた12歳くらいの美少年に拾われ、何やら大きい屋敷に連れていかれる。
それから温かいご飯食べさせてもらったり、お風呂に入れてもらったり、柔らかいベッドで寝かせてもらったり、撫でてもらったり、ボールとかもらったり、それを投げてもらったり───ん?
「え、俺何か、犬になってない?」
豹獣人の番大好き大公子(12)×ポメラニアン獣人転生者(1)の話。
※どんどん年齢は上がっていきます。
※設定が多く感じたのでオメガバースを無くしました。
【完結】愛執 ~愛されたい子供を拾って溺愛したのは邪神でした~
綾雅(要らない悪役令嬢1巻重版)
BL
「なんだ、お前。鎖で繋がれてるのかよ! ひでぇな」
洞窟の神殿に鎖で繋がれた子供は、愛情も温もりも知らずに育った。
子供が欲しかったのは、自分を抱き締めてくれる腕――誰も与えてくれない温もりをくれたのは、人間ではなくて邪神。人間に害をなすとされた破壊神は、純粋な子供に絆され、子供に名をつけて溺愛し始める。
人のフリを長く続けたが愛情を理解できなかった破壊神と、初めての愛情を貪欲に欲しがる物知らぬ子供。愛を知らぬ者同士が徐々に惹かれ合う、ひたすら甘くて切ない恋物語。
「僕ね、セティのこと大好きだよ」
【注意事項】BL、R15、性的描写あり(※印)
【重複投稿】アルファポリス、カクヨム、小説家になろう、エブリスタ
【完結】2021/9/13
※2020/11/01 エブリスタ BLカテゴリー6位
※2021/09/09 エブリスタ、BLカテゴリー2位
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/bl.png?id=5317a656ee4aa7159975)
運悪く放課後に屯してる不良たちと一緒に転移に巻き込まれた俺、到底馴染めそうにないのでソロで無双する事に決めました。~なのに何故かついて来る…
こまの ととと
BL
『申し訳ございませんが、皆様には今からこちらへと来て頂きます。強制となってしまった事、改めて非礼申し上げます』
ある日、教室中に響いた声だ。
……この言い方には語弊があった。
正確には、頭の中に響いた声だ。何故なら、耳から聞こえて来た感覚は無く、直接頭を揺らされたという感覚に襲われたからだ。
テレパシーというものが実際にあったなら、確かにこういうものなのかも知れない。
問題はいくつかあるが、最大の問題は……俺はただその教室近くの廊下を歩いていただけという事だ。
*当作品はカクヨム様でも掲載しております。
悪役令息の七日間
リラックス@ピロー
BL
唐突に前世を思い出した俺、ユリシーズ=アディンソンは自分がスマホ配信アプリ"王宮の花〜神子は7色のバラに抱かれる〜"に登場する悪役だと気付く。しかし思い出すのが遅過ぎて、断罪イベントまで7日間しか残っていない。
気づいた時にはもう遅い、それでも足掻く悪役令息の話。【お知らせ:2024年1月18日書籍発売!】
【完結】悪役令息の従者に転職しました
*
BL
暗殺者なのに無様な失敗で死にそうになった俺をたすけてくれたのは、BLゲームで、どのルートでも殺されて悲惨な最期を迎える悪役令息でした。
依頼人には死んだことにして、悪役令息の従者に転職しました。
皆でしあわせになるために、あるじと一緒にがんばるよ!
本編完結しました!
時々おまけのお話を更新しています。
『もふもふ獣人転生』に遊びにゆく、舞踏会編、はじめましたー!
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/bl.png?id=5317a656ee4aa7159975)
普段「はい」しか言わない僕は、そばに人がいると怖いのに、元マスターが迫ってきて弄ばれている
迷路を跳ぶ狐
BL
全105話*六月十一日に完結する予定です。
読んでいただき、エールやお気に入り、しおりなど、ありがとうございました(*≧∀≦*)
魔法の名手が生み出した失敗作と言われていた僕の処分は、ある日突然決まった。これから捨てられる城に置き去りにされるらしい。
ずっと前から廃棄処分は決まっていたし、殺されるかと思っていたのに、そうならなかったのはよかったんだけど、なぜか僕を嫌っていたはずのマスターまでその城に残っている。
それだけならよかったんだけど、ずっとついてくる。たまにちょっと怖い。
それだけならよかったんだけど、なんだか距離が近い気がする。
勘弁してほしい。
僕は、この人と話すのが、ものすごく怖いんだ。
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/bl.png?id=5317a656ee4aa7159975)
乙女ゲームのサポートメガネキャラに転生しました
西楓
BL
乙女ゲームのサポートキャラとして転生した俺は、ヒロインと攻略対象を無事くっつけることが出来るだろうか。どうやらヒロインの様子が違うような。距離の近いヒロインに徐々に不信感を抱く攻略対象。何故か攻略対象が接近してきて…
ほのほのです。
※有難いことに別サイトでその後の話をご希望されました(嬉しい😆)ので追加いたしました。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる