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悪役令嬢が登場しました
しおりを挟む「殿下には、わたくしという立派な婚約者がいるのもご存知よね?男爵家の分際で、ガーライル公爵家を敵に回すおつもり?」
「そんなつもりはございません!」
エリザベス・ガーライル。
ガーライル公爵家のご令嬢で、エドウィン王子の婚約者である。
そしてご覧の通り、エドウィンルートの悪役として登場するご令嬢なのだ。
「光魔法だって、本当に使えるか疑わしいわ。殿下に取り入るために嘘をついているんでなくて?」
「違います!僕は殿下に取り入ろうなんて少しもー」
「よくもそんなこと言えるわね!婚約者のいる方に、あんなに親しげにしておいて!」
激情したエリザベスが、叫びながら右手を振り上げた。
ーーーまずい、ノアがー…!
そう思った時、振り上げたその手に、後ろから誰かが飛びついた。
「お、お待ちください!エリザベス様!お手を上げてはなりません…!」
泣きそうな顔でその手を止めたのは、ダリアだった。
僕からは影になっていて見えなかったが、エリザベスから少し離れたところで、ずっと様子を見守っていたようだ。
「離して!どうして止めるのよ、ダリア!」
「暴力はいけません!このことが誰かの耳に入れば、エリザベス様のご名誉にも傷がつきますわ!」
必死でエリザベスを止めるダリアは、ついにその瞳から涙を流した。
侯爵家のダリアからして、公爵家のエリザベスは格上の存在。エリザベスの不興を買えば、ダリアにだって何か不都合なことが起こるかもしれない。
そんな危険を冒してまで、エリザベスを止めた彼女を誇らしく思った。
ゲームではエリザベスに同調し、同じようにノアを虐めていたダリア。この世界の彼女は、間違いなくゲームとは違っている。
「ーーーあれ、ダリアじゃないか」
何も知らないような顔で、僕は温室の影から顔を出した。
突然現れた僕に、エリザベス含め3人ともが、びくりと体を揺らして驚いた。
「こんなところでどうしたんだい?ノアも一緒に」
「ジョエル様……そ、それは……」
ダリアの顔がさーっと真っ青になっていく。
おそらく僕の友人であるノアをエリザベスと一緒になって責め立てていたと、そう思われるのを恐れているのだろう。
何も気づかないふりをして、ダリアと同じように顔を青くしているエリザベスに声をかけた。
「初めてお会いしますね。ダリアのご友人でしょうか?」
「え…ええ。…エリザベス・ガーライルと申しますわ」
「ああ、ガーライル公爵家のご令嬢でしたか。先にご挨拶できず失礼いたしました。私はジョエル・アンダーソンと申します」
「よく存じ上げておりますわ、エドウィン殿下の側近だと皆が話しておりますもの」
「側近だなんて、そんな。ただ少し執務をお手伝いしているだけですよ」
にっこりと微笑むと、エリザベスはぎこちなく微笑みを返した。
「ああ、そうだノア。さっきセレスティンが君を探していたよ。なんでも頼みたい書類があるとかで」
「え、僕をですか…?」
「とても急いでいるようだったから、すぐに行ってあげるといい」
「は、はい。わかりました…」
怯えた様子のノアが、ちらりとエリザベスを見る。
気まずそうに視線を逸らしたエリザベスは、何も言わなかった。
ぺこりと小さく礼をすると、ノアは駆け足で校舎に向かっていった。
残された僕とダリアとエリザベスには、何とも言えない沈黙が流れる。
「ゴトレイ先生に実験用の種を持って来てほしいと頼まれまして。今から温室に行くところなんですよ」
何も問いただすつもりはないという意思表示でそう話し出すと、エリザベスは少しほっとした顔をした。
「そうでしたの。…そうだわ、ダリア。せっかくだから、アンダーソン様と一緒に温室を回ってきたら?」
「え…よろしいんですか…?」
「もちろん。もう私も寮に帰るところだから」
エリザベスなりの罪滅ぼしのつもりなのかもしれない。
精一杯に優しくダリアに微笑んでいるように見えた。
「一緒にくるかい?ダリア」
彼女の提案に乗ってそう答えると、ダリアが嬉しそうに微笑んだ。
「はい、ご一緒させてください」
エスコートするように手を差し出すと、すっとダリアの手が添えられる。
「では行こうか。ガーライル様、失礼いたします」
「ええ、ごきげんよう」
学園の寮の方向に歩いていくエリザベスを少しの間見送って、僕とダリアは温室へと向かった。
*************************************
「…もう大丈夫かい?」
誰もいない温室はとても静かで、よく育った南国の植物が天井近くまで伸びている。
泣いて赤くなったダリアの目元をそっと撫でると、ヘーゼルの瞳が大きく見開かれた。
「……やっぱり、聞いていたんですね」
「ダリアはとても勇敢だったよ。…ノアを庇ってくれてありがとう」
微笑んでそう言うと、ダリアは泣きそうに顔を歪めた。
「……でも、ぎりぎりまで止めませんでした。ノア様が悪くないのはわかっていながら、私はー…」
「いいんだよ、ダリア。…わかってる」
そう言って頭を撫でると、その大きな瞳からボロボロを涙を流し始めたダリアが、僕の胸に飛び込んできた。
あやす様に背中を優しく叩きながら、泣き続ける彼女を抱きしめた。
彼女の嗚咽が少し落ち着いてきたころ、そっと声をかける。
「…ねえ、ダリア。ガーライル嬢と、近いうちに話ができないかな」
「……エリザベス様と、ですか?」
「うん。…殿下とも、ノアとも、そしてダリアとも仲の良い僕だから、話せることがあると思うんだ」
悪役令嬢である彼女のノアに対する態度は、今後どんどん過激になっていくだろう。そしていつしか、彼女が望まない結末に陥ってしまう。
このまま放っておくこともできる。ダリアはそれほどエリザベスに傾倒していないようだし、その婚約者である僕にも被害はないだろう。
ーー…でも、もし結末を変えられるのなら。
彼女が破滅に向かわないような手助けができるのなら、見て見ぬふりはできない。
ダリアと同じように彼女の未来も、何か変えられるかもしれない。
ダリアの頭を撫でながらそんなことを考えていた僕は、温室の中に僕ら以外の人が入って来ていたことにも、気がつかなかった。
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