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推しに告白されました

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訳もわからずセレスティンに引きずられていくと、彼は寮の自分の部屋に僕を連れ込んだ。

バタンと勢いよく部屋のドアを閉めると、ようやく右手が解放される。

小走りだったからか、若干息も上がっていた。



「はぁ…一体どうしー…」



話し出した次の瞬間には、視界が天井に変わっていた。

背中にあたる柔らかいシーツの感覚。そして眼前いっぱいに広がるのは、俺の大好きな推しの顔だ。

ベッドに押し倒されたのだと、頭が理解するまでに数秒かかった。



「……あの女を愛しているのか?」



怒っているような、悲しんでいるような…ひどく苦しそうな表情のセレスティンが、僕を見下ろしている。

なんでこんな体勢なのか、どうしてそんなことを聞くのか、なんでそんな表情をしているのか。何も理解できなくて、僕は茫然としたままセレスティンを見上げた。



「本当にあの女と結婚していいと思ってるのか」

「……セレスティン…?一度落ち着いて、」

「答えてくれ!!」



ピシッと空気が凍るような叫びだった。

僕の些細な表情の機微すら見逃さないとでも言うように、燃えるような青い視線が僕を射る。



その空気に促されるまま、僕はゆっくりと口を開いた。



「…ダリアに恋をしているわけじゃない。でも、結婚に恋愛感情が必要だとも思っていない。伯爵家の嫡男として、一緒に領地を支えていける人と結婚すべきだと思っているから。…ダリアは幼馴染で人柄もわかっているし、家柄的にも申し分ない人だと思っている」



出来るだけ誠実に、答えるべきだと思った。

伝えた気持ちに嘘はない。妹のように思っているダリアとも、結婚していい夫婦関係を築いていく覚悟はある。



僕の答えに、セレスティンはさらに顔を歪めた。

赤く染まった目元からは、すぐにでも涙が滲んできそうだ。



彼の苦しそうな表情が心配で、その頬にそっと手を添える。

指先でそっと目尻を撫でると、ついにその青い瞳が潤み始めた。

あっというまに雫となった涙が、ポタリ、ポタリと、僕の頬に当たっては流れていく。





「セレスティン…?」

「……あんな…っ…あんなキスをしておいて……!」



涙を堪えるように、ぎりっと奥歯を嚙み締めた音が聞こえた。

彼が僕を睨みつけるほど、細められたその瞳から大粒の涙が零れ落ちる。



「俺をこんなに夢中にさせておいて…っ他の奴と結婚するっていうのか。それを、俺が黙って見ているとでも!?」



僕の顔の横で体を支えるようにつかれていたセレスティンの右手が、すっと首の後ろに添えられた。

ゆっくりと近づいてくる深い青い瞳から、目が離せない。



その視線がどこを見つめているのか、僕はわかっているのに。

金縛りにでもあったかのように、指先すら動かせなかった。







「ーー絶対に許さない。ジョエルは、俺のものだ」





熱く潤んだ唇が、少しかさついた僕の唇を覆った。



食むように、強請るように、セレスティンの唇が吸い付いてくる。

柔らかな感触と、直に伝わる熱い体温に脳が痺れて、僕はそのまま数秒されるがままになっていた。





ーーーキス、されている。

セレスティンが、僕にキスをーーー…。



そうはっきりと頭が理解した瞬間、ふやけていた体にようやく力が入った。



「…だ、だめだ…!…んん…!」



必死にセレスティンを押し返そうとするものの、後頭部をがっしりと掴まれていて顔が動かせない。

話そうと口を開いた瞬間に、熱い舌が口の中ににゅるりと入り込んできた。

押し返そうとした舌を絡めとられて、更に奥深くまで侵入してくる。



「んっ…!」



涙に濡れた瞳を閉じて、セレスティンは僕の唇を貪っている。

荒々しくて力任せで、それでいて僕に許しを乞うような甘さを含んだキス。



ーーーああ、可愛い。

拒まなければと思うのに、湧き上がってくる愛おしさに頭がぼーっとしそうになる。

追いかけてくるこの可愛い舌を、僕から舐めてあげたらどんな顔をするだろう。



そんな悪魔の誘惑に必死で聞こえないふりをして、強化魔法をかけながら力いっぱいセレスティンを引きはがした。



「ーーセレスティン!」



 キスで上がってしまった呼吸を整えながら、起き上がって彼の肩を両手で支えた。

2人の呼吸だけが部屋に響いて、セレスティンは僕に引き剝がされた体勢のまま頭を垂れている。

落ち着いて話をしよう。そう言うつもりだったけれど、先に口を開いたのはセレスティンだった。



「ーー…誰でもいいなら、俺でもいいだろう」

「は…?」



顔を上げたセレスティンの瞳にはまだ涙が滲んでいた。

縋るような視線が、僕を射貫く。



「一緒に領地を支えていく相手は、俺でもいいだろう。出会って1年ほどだが人となりはお互いよく知っているし、家だって公爵家だ。結婚するなら、俺の方がいいはずだ」

「な、何言ってるの。君は…公爵家の嫡男だろう」

「俺には弟もいる。別に俺が継ぐ必要はない」



僕がセレスティンの肩を支えていたはずなのに、いつのまにか僕の方が、彼に両腕を掴まれていた。腕を掴むその手に、痛いほどの力が入る。

セレスティンから発せられた突拍子もない言葉に、僕は茫然としていた。

公爵家を捨てて伯爵家に婿にくる…?未来の将軍として皆の期待を受けているセレスティンが…?



言葉を出すことも出来ずただ目を見開いている僕を、セレスティンがそっと抱きしめた。

先ほどまでとは違う。ゆっくりとした弱々しい抱擁だった。



「……愛してる。ジョエルを愛してるんだ」



耳元で、擦れたような熱い声が囁かれる。



「お願いだから、俺を拒まないでくれ。どうしたら、俺を愛してくれる…?」



その懇願に、僕は何も返すことが出来なかった。


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