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王子様の手伝いを始めました
しおりを挟むモブであるはずの僕が、一体どうしてこんなことになってしまったのだろう。
「ジョエル、お茶にしないか?数字ばかり見ていると、どうにも気分が滅入る」
「でしたらファランギルのお茶を淹れましょうか。目の疲れに良いですよ」
「ジョエルが淹れるなら、俺も飲む」
僕は学園にあるエドウィン王子専用の執務室で、書類の整理を手伝うようになっていた。
今はお茶を強請る王子と、それに便乗する推しの公爵令息に囲まれながら、トポトポとカップにお茶を注いでいる。
元はセレスティンから『エドウィン王子とお茶をしないか』と誘われたことが始まりだった。
王子もゲームの攻略対象だし、彼の婚約者であるエリザベス嬢は、ダリアを取り巻きにする悪役令嬢になる予定だ。
あまり関わりたくはなかったけれど、セレスティンと王子の誘いを断れるわけもなく。どうせ1回だけだろうと仕方なく付き合ったのが間違いだった。
『ジョエル、お前は良いな。これからはセレスティンと一緒に僕の執務室に入ってくれ』
一体なにが良いのか、なんて確かめる暇もなく。
あれよあれよという間に全てが整えられ、僕はすっかり王子の側近として周りに認知され始めていた。
「そうだジョエル、昨日のカラカルの調査はどうなってる」
「昨年までの収穫量についてはまとめてあります」
「早いな。後で今年の予測もつけて渡してくれ」
「……かしこまりました」
まったく人使いの荒い王子様だ。
最初は僕を試すような仕事ばかりだったのに、ある程度使える男と判断したのか、最近は遠慮がなくなってきている。
これでは名実ともに王子の側近ではないかと思いながらも、断ることが出来ず、すでに半年以上が経っていた。
季節はもう冬。春が来ればダリアや悪役令嬢が入学してくる予定だ。そしてゲームが始まるのも、主人公であるノアが2年生になるこの春。
討伐授業で魔物を浄化する光魔法の才能を開花させたノアは、エドウィン王子を始めとした攻略対象者たちと一気に距離を縮めていくのだ。
「ー…あ。そうだ、セレスティン」
「ん?」
最初は敬語だったセレスティンも、今ではすっかり気安い口調で僕と話をするようになっていた。
学園では後輩と言えども、元々公爵令息であるセレスティンは僕よりもずっと尊い身分である。
王子が僕に話すように君もそうして欲しいというと、最初は渋っていたものの、今では自然に話してくれるようになった。
「明日の学徒軍の討伐だけれど、隊長代行をしてくれない?」
「それはかまわないが…どうして」
「最近寝不足なのか、少し体調が優れなくてね。大事をとって、明日は後方支援に回りたいんだ」
「体調が優れないって…!っどうしてもっと早く言わないんだ!こんなところにいないで、すぐ寮に戻って休め!」
少し寝不足なのは本当だけれど、実は体調が悪いほどではない。
ただセレスティンに隊長代行をさせたいがための、嘘だったのだけど。
僕の言葉にさっと顔色を変えたセレスティンは、ガタリと立ち上がって僕の目の前に迫った。
「熱はないな?体調が優れないってどこが悪いんだ。医者には見せたのか?」
この半年でさらに身長も体格も大きくなったセレスティンは、190センチに迫る大きな男だ。
その大男が窮屈そうに身を屈めて、僕のおでこにその武骨な手をあてる。
青い瞳が心配そうに揺らめきながら、僕を見つめていた。
推しの供給過多に本当に熱が出そうになりながらも、平静を装って答えた。
「だ、大丈夫だよ。ただの寝不足って言っただろう?最近領地の仕事が重なっていたから、少しね」
「だがー…」
「心配しないで。…ほら、熱もないだろう?」
おでこに当てられたセレスティンの手をそっと掴んで、少し傾けた首筋に持っていった。
首の方が体温がわかりやすいかと思ってそうしたものの、セレスティンがカッと顔を赤くして固まってしまった。
「……セレスティン?」
「あ……あ、あ。そ…そうだな」
「ぶふっ…!くっ…っ…!」
たどたどしく答えたセレスティンに、王子が肩を震わせて笑った。
その堪えた笑い声にぎろりと目線を向けたセレスティンは、僕の首筋から手を離すとふいっと顔をそらして元の席についた。
「……明日のことは、わかった」
「ああ、うん。悪いけど、よろしく頼むよ」
「…ゆっくり休め。何かあれば、すぐに俺を呼べ」
ぶっきらぼうにそう答えたセレスティンに、ありがとうと微笑んだ。
ゲームが始まる次の春には、彼は学徒軍の隊長として活躍している必要があるだろう。
この代行もきっとセレスティンなら問題なくこなすことだろうし、それを実績として隊長の座を譲ろう。
学徒軍の隊長に、王子の執務手伝いに、伯爵領の仕事。最近ちょっと手一杯だったし、そろそろ隊長の仕事は勘弁してもらいたい。
空いた時間で、ゲームの展開をリアルで観察するのもいいかもしれないなあ、なんて。
軽く考えていた僕は、理由もわからずセレスティンの逆鱗に触れることとなる。
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