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甘い背中 Sideセレスティン
しおりを挟む「ーー・・・っセレスティン!!」
氷の槍で一突きにしてやるつもりだった。
アンダーソンが俺の名を呼んだ次の瞬間、強い衝撃が右の肋骨から全身を駆け巡る。
「ぐぅっ…!!」
死んだと思ったけれど、地面に叩きつけられただけだった。
目を開けるとアンダーソンが張ったらしいシールドが、俺を守ってくれていた。
息を吸い込もうとすると肺に突き刺すような痛みが走る。おそらくあばらが折れているだろう。
「シールドは張れるね?防御に集中して、そこを動かないで!」
朦朧とする意識の中で、言われるがままにシールドを張った。
横目でそれを確認したアンダーソンは、魔獣の意識を俺から逸らすために駆け出していく。
その動きに反応した魔獣が顔をアンダーソンに向けた瞬間、鋭い爪が生えたその足に泥が絡みついた。
「グルッ…!?」
ーーー…まるで風に口づけでもするみたいに。
ふぅっと、アンダーソンの唇から吹き出される魔力によって、あっという間に魔獣の足元の土が鉄のように固まっていく。
「グガアアア!!!」
魔獣が苦しそうに咆哮を上げる。
ぴしりぴしりと、まるで芸術作品でも作り上げるかのように、アンダーソンの土魔法が魔獣を覆っていった。
銅像のように固まった魔獣の前に立つアンダーソンを、俺はただ呆然と見つめることしか出来なかった。
ーーーなんて、鮮やかな。
決して派手でも、力強くもない。土魔法自体は、大して魔力を必要としない単純な魔法だ。
それでも、とても美しかった。こんな土魔法の使い方があるだなんて。
まるで鼻歌でも歌っているかのように、さらりと魔獣を無効化してしまった。
「……ふぅ…」
息を吐きだしたアンダーソンの唇から、目が離せない。
明るい茶色の髪が、すっと伸びた鼻筋にかかる。
あばらの痛みもわすれて、俺はただその横顔を茫然と見つめていた。
その後慌てて俺に駆け寄ってきたアンダーソンは、俺をおんぶして運ぶと言い出した。
ありえない。この人の背中に乗るだって…!?
痛みよりも羞恥でどうにかなってしまうに決まっている。
それでも早く移動するためだと言われれば、素直に従う他ない。仕方なくその背に身を預ければ、首筋から花のような甘い香りがした。
……なんで男のくせに、こんなに甘い匂いがするんだ…!?
柔らかそうな白い耳たぶも、滑らかな首筋も、セレスティンが少し頭を寄せれば舐めることが出来るような距離にある。
アンダーソンの背中から伝わってくる体温がやけに体を熱くして、歩く振動で背中に擦れた股間に、ぐっと熱が集まりそうになる。
ーーー何を考えているんだ俺!!
アンダーソンは怪我した俺を運んでくれているだけだ!!
たぎりそうな自分を必死に抑えて、別のことに思考を持っていこうと目線をキョロキョロさせる。
ふと周りを見渡すと、ちょうど上級の森を抜けるところだった。ここまでくれば安心だろう。
そう考えて急に冷静になり、先ほどまでの自分の振る舞いを思い出した。
態度だけでアンダーソンの力量を決めつけ、自分の力を過信して危険に巻き込んだ。
彼がシールドを張ってくれなければ、自分は間違いなく死んでいただろう。
あげく怪我をして恩人に運んでもらうなど、情けないにもほどがある。将軍である父が知れば、一発殴られる程度では済まない失態だ。
謝って済むことではないと思いつつ謝罪の言葉を口にした俺に、アンダーソンは微笑みながら自分の責任だと言った。
「後輩を導きながら護るのが今日の僕の役目だった。僕の力不足さ」
違う。貴方のせいなんかじゃない。俺が馬鹿だっただけなのに。
喉までせりあがったその言葉は、穏やかなアンダーソンの声に宥められて消えた。
ーー…学徒軍の隊長にしては、柔らかすぎる物腰。威厳も畏怖も、この人からは感じない。
自信がないように見えるほど謙虚で、自分の主張もほとんどしない。
…それでも。
それでもなぜこの人が隊長をしているのか、今ならはっきりとわかる。
力で他を圧倒するような、わかりやすい強さではない。しなやかで、自然体で、美しくて、でも決して揺るがない強さ。
きっと隊にいる全員が、この人を信頼しているのだろう。
この人になら命を預けてもいいと、そう思えるのだろう。
「……名前…」
「え?」
「…名前…。さっきはセレスティンって…呼んでました」
「あ」
この人の唇が、俺の名前を呼んだことを思い出して、胸が高鳴った。
「ごめんね。緊急事態で焦ってて、つい」
「……別にかまわないです。……アンダーソン先輩に、なら…」
呼んでほしい。もう一度。
いや、何度でも。この人に俺の名前を。
「…セレスティンって呼んでもいいの?」
「………はい」
ただ名前を呼ばれただけなのに。
馬鹿みたいに顔に熱が集まって、返事をしながら頷くのが精一杯だった。
「うれしいな、ありがとう。僕のことも、ジョエルって呼んでほしいな」
「……ジョッ…っはい…」
まさか自分まで名前で呼ぶことを許してもらえるとは思っていなかったから、動揺してしまった。
明らかに名前を噛んでしまったが、彼は花が開いたように柔らかに笑う。
「また実習で一緒になったときにはよろしくね、セレスティン」
「はい、……ジョエル」
初めて口にした彼の名前は、キラキラ輝く宝石のような、特別な響きをまとっていた。
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