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噂の先輩 Side セレスティン
しおりを挟むジョエル・アンダーソンを初めて見たときの印象は、『お上品な男』だった。
在校生代表として檀上に上がり、すらすらと祝辞を述べるその声は、男にしては柔らかく、まるで歌でも聞いているかのような心地だった。
さらりと流れる明るい茶色の髪に、ハシバミ色の瞳。
パッと目を引くような華やかな見た目ではないが、抜けるような白い肌に涼やかな目元が、洗練された気品を感じさせる。
何より落ち着いた所作と、ゆったりとした話し方が、何とも言えず優雅な雰囲気を作り出していた。
ーー…この人がジョエル・アンダーソン。
学徒軍の現隊長か。
思っていたイメージと全然違った。
1年生にして隊長を務めるほどの天才と聞いていたから、もっと野心に溢れた力強い男かと思っていたのに。
すらりとした長身にはそれなりに筋肉もついているように見えるが、俺が本気を出せばあんな細腕すぐにでも折れてしまいそうだ。
魔法を駆使して戦うのだから、腕っぷしはそれほど重要ではないとわかっているけれど。
将軍を継ぐ家系に生まれ育った影響か、セレスティンはどうしても、人をそういう強さの基準で判断してしまうところがある。
ーー…まあ、いい。学徒軍に入れば、アンダーソンの実力もすぐにわかるだろう。
大したことのない奴なら、隊長の座は奪い取ってしまえばいいだけのこと。
将来この国の将軍を継ぐセレスティンにとって、学徒軍の隊長になることは使命でもあり必然でもあった。
「皆さんの学園生活が、彩あるものとなりますように」
艶のあるその声に顔を上げれば、アンダーソンがその薄い唇から吐息を吐きだすところだった。
少し上を向いて反らされた首筋が露わになって、無駄に色っぽい。
その白い首筋に思わず目を引き付けられた次の瞬間、青い花びらが頭上から舞い散った。
「わぁっ…!」
「綺麗ー…!」
周りから沸き上がる歓声と、楽園のように美しい花雪のその向こうで。
アンダーソンが満足そうに、俺を見つめて微笑んでいるように見えた。
*******************************************
「ーーセレスティン、お前はどう思った?」
「は」
エドウィン王子に話しかけられて、自分がぼーっとしていることに気が付いた。
入学式も無事に終わり、王子と一緒に学園の寮へ向かっているところだった。
公爵家の嫡男である俺は、同じ年ということもあり、幼いころからエドウィン王子の側近となるべく行動を共にしている。
「話を聞いていたか?在校生代表の、あのアンダーソンだよ」
「……見事な花魔法でしたが、それ以外は特に」
一瞬、あの薄い唇や白い首筋を思い出しそうになって、慌てて当たり障りのない感想を言った。
「学業も主席、加えて学徒軍の隊長を務めている。そんな天才なら多少棘のある人間かと思ったが……今日の様子を見る限り、柔らかそうな物腰の男だな。使えそうな人材なら、ぜひ取り込みたい」
「接点を作りましょうか?」
「いや、しばらくは遠くから様子を見よう。あちらから自分を売り込みに来るかもしれない」
将来王となるエドウィンと親しくなることは、彼が即位した際に重役を任せられるチャンスにも繋がる。
そうしたことを見越してエドウィンに近づきたがる者も、たくさんいるだろう。
アンダーソンは伯爵家の嫡男だったはずだが、彼に野心があるのなら自分を売り込みに接触してくるかもしれない。
学業でも、魔法の実力でも、アンダーソンはおそらくエドウィンのお眼鏡に適うことだろう。あとは人間性の問題だけ。
まだ話したこともないあの男が、自分と同じようにエドウィンの側に立つことを想像すると、不思議と嫌な感じはしなかった。
「…まあしかし、特別美人というわけでもないのに、何とも色気のある男だったな」
「っぐ…!」
まさか自分が考えていたことが声に出ていたのかと、ふいをついたエドウィンの言葉に思わずむせてしまう。
ゲホゲホとせき込んでいると、エドウィンがこちらを面白そうに見ていることに気がついた。
「…なんだ、惚れたのか?セレスティン」
「違います!」
そんなわけはない。話したことすらないのに。
というかそもそも、俺は愛だの恋だのに現を抜かしている時間はない。
ギロリとエドウィンを睨むと、新しい玩具を見つけたように愉快そうな瞳を返された。
「学生の間くらい、息抜きとして恋愛を楽しんでもいいのではないか?まあ、あちらも伯爵家の嫡男だから、婿に来てもらうことは難しいだろうがな」
「違うと言っているでしょう!」
国が建国されてから、貴族の間では同性同士の結婚も許されている。
御神樹であるユーラガイアに祈ることで、例え同性であっても子供を得ることが出来るからだ。
女性の胎から産まれるよりも魔力の強い子が産まれやすいため、貴族であればむしろ同性での結婚が推奨されているほどだ。
実際に俺の両親も、どちらも男である。
「俺にはそんなことをしている時間はありません。学徒軍の隊長になるべく鍛錬を積まなければなりませんし、むしろアンダーソンはライバルですよ」
「…まったく、お前はいつも真面目だな」
つまらないとでも言いたげに溜息を吐いたエドウィンを横目に、俺は寮へと向かう足を速めた。
***********************************
入学して1か月。
アンダーソンがエドウィン王子に近づく様子は見られず、彼はいつも同級生たちと穏やかに過ごしているようだった。
学園の有名人である彼の噂は時々聞こえてきたが、どれも人がいいエピソードばかりだった。
「今度の魔獣討伐実習、セレスティンはアンダーソンと組むことになるだろう。どんな人間か見極めてきてくれ」
「はい」
エドウィンに言われなくても、そうするつもりだった。
夏からは俺も学徒軍に入隊するつもりなのだ。俺の上に立つ資格のある男なのか、見極めてやろうと思っていた。
ーー…なのに。
「セ、…っギルクラウド君、魔法実習一位なんてすごいね。やはり入学前から鍛錬を?」
「さすがだね。僕が教えられることはあまりないかもしれないな」
檀上で話していたとき以上に柔らかいその態度は、とても学徒軍の隊長とは思えない。
にこにこと微笑みを携えながら、俺と競う気はまったくないとでも言いたげに、無邪気に世辞を連ねてきた。
まるで俺を子供だと思っているかのようで、その態度に無性に腹が立つ。
「優秀な後輩が入学してくれたし、僕はもうお役御免さ」
学徒軍の隊長という地位にすら、大して執着はないらしい。
ーーー…なぜこんなプライドも威厳もない男が、隊長をしているのか。
お前よりも俺の方が、絶対に学徒軍を率いるにふさわしい。
どういう経緯でその座に就いたのか知らないが、お望み通り、すぐにその席は明け渡してもらう。この討伐実習で、実力の差を見せつけて。
そう思って進んだ森の奥で、俺は魔獣の尾に吹き飛ばされ、地面に転がることになった。
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