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モブに転生しました
しおりを挟む自分がBLゲーム、「薔薇の蕾に口づけを」の世界に転生したと気が付いたのは、10歳の時だった。
頭をぶつけるのでも熱をだすわけでもなく、朝起きたら突然前世の記憶が蘇っていたのだ。
25歳まで日本で生きていた、腐男子としての自分の人生が。
「薔薇の蕾に口づけを」は前世の自分が夢中になってやり込んでいたゲームだった。
明らかに女性向けのゲームだったが、美しすぎるキャラデザインと、意外としっかり作り込まれたストーリーにハマり、全キャラ攻略するほどやり込んだ。
特に好きだった公爵令息のルートは、どのエンドも5周以上やったほど好きだった。
どうせなら主人公であるノアに生まれ変われたら良かったのに。
僕が生まれ変わったのは、この国の王子であるエドウィンルートの悪役令嬢エリザベスの婚約者ーーー…ではなく。悪役令嬢の取り巻き、ダリアの婚約者だった。
ゲームでは名前すら登場しない、明らかなモブである。
ーーージョエル・アンダーソン
アンダーソン伯爵家の嫡男であり、明るい茶色の髪とハシバミ色の瞳を持った地味な顔立ちの少年だ。
ああ、どうせ転生するなら絶世のイケメンに生まれたかった。
「ダリア、今日はなんだか嬉しそうだね」
今の僕は14歳。婚約者のダリアは12歳だ。
侯爵令嬢のダリアとは、家同士の口約束で内々に婚約することに決まっている。
まだ世間に公表するような関係ではないが、このまま順調に行けばダリアが学園を卒業する18歳になったとき、正式に婚約することになるだろう。
深い赤髪にヘーゼルの瞳。大きな瞳をくりくりとさせた愛らしい少女であるダリアが、僕の言葉ににっこりと微笑んだ。
「だって、今日はジョエル様が魔法を見せてくださる日だもの!」
無邪気な笑顔を浮かべるこの女の子が、3年後には悪役令嬢の取り巻きとして主人公をいじめるようになってしまうとは信じられない。
記憶を思いだしてから僕は出来るだけダリアとの時間を作るようにした。彼女が王子に懸想することがないように、そして悪役令嬢の意地悪に付き合うような性格にならないように。
出来るだけダリアと一緒に過ごすようにして、彼女が僕に興味を持つように仕向けたのだ。
魔法を見せるのもその一環だ。
魔法を教えてもらえる学園に入学するのは15歳からなので、入学前に魔法を操れる子供は珍しい。
前世の記憶を思い出してから独学で必死に勉強した僕は、14歳にして大抵の魔法を使えるようになっていた。
「そんな風にダリアが喜んでくれるなら、頑張って勉強した甲斐があるな」
キラキラした瞳で僕を見つめていたダリアの頭をそっと撫でて、ゆったりと微笑む。
するとダリアの頬がぽーっと赤く染まっていくのがわかった。こんな地味な顔でも、男に慣れていない12歳の女の子は照れてくれるらしい。
初心な反応が可愛くて、つい頬が緩んでしまう。
「ダリアは可愛いね」
「…ジョ、ジョエル様はずるいですわ…っ…!」
真っ赤な顔で、頭の上の僕の手を押しのけるダリアに、ごめんねと軽く返して小さく笑った。
「今日は天気もいいし、花の魔法にしようか」
ダリアの機嫌をとるようにそう言うと、ダリアが嬉しそうに表情を輝かせた。
その様子に微笑みながら、吐息に魔力を込める。
前世を思い出してから、魔法を使えるということ自体が嬉しすぎてめちゃくちゃに勉強した。
伯爵家の権力を使いあらゆる魔法の本を取り寄せて、独学では到底無理だと言われた魔法を自分なりに学んだ。
そうして勉強を始めて4年。もともとゲームで魔法の成り立ちや使い方のコツを知っていたこともあって、僕は大抵の魔法を使えるようになっていた。
「わぁ…!!」
僕の魔力に操られた植物が、次々に花を咲かせていく。口元に手をあてたダリアが感嘆の声を上げた。
庭にはあっという間に甘い春の香りが広がって、色とりどりの花が咲き乱れた。
「なんて素敵なんでしょう…!!」
頬を紅潮させて喜ぶダリアに、彼女の名前と同じ真っ赤なダリアの花を差し出した。
「ダリアの花言葉は、『華麗』なんだって。ダリアにぴったりだね」
「ジョエル様……」
花を受け取ったダリアは、真っ赤な顔で瞳を潤ませた。僕を見つめるその視線に恋慕が見えるのは、自惚れではないだろう。
この4年、この少女の破滅を防ごうと必死に大切にしてきたのだ。顔が地味だろうと、内々の婚約者だろうと、自分を優しく大切にしてくれる年上の男を、意識しない少女はいないだろう。
「……学園に入学されたら、今までのようには会えなくなってしまいますね」
俯いたダリアが寂しそうに呟いた。
学園は全寮制で、貴族であっても学園の寮に入ることが決められている。
来年入学することが決まっている僕も、来年からは夏休みなどの長期休暇以外はダリアに会えないことになる。
「夏休みには会いに来るよ。それに2年経てば、ダリアも学園に入学するんだ。きっとすぐだよ」
「……2年はすぐではありませんわ」
「ふっ…そうだね、僕も寂しいよ。でも学園で学ぶのは、将来のために大切なことだから」
「……わかっています…」
唇を尖らせたダリアが、拗ねた顔で僕の渡した花に鼻をうずめた。
真っ直ぐに僕を慕ってくれるダリアはとても可愛い。
彼女に抱く思いが恋情ではないことには気がついているけれど、妹のような親しみや愛情が湧き上がってくる。
「手紙を書くよ。ダリアも僕に手紙を送ってくれる?」
「…もちろんですわ」
目元を赤く染めたダリアに微笑んで、その頭を撫でた。
ーーー僕は春から、カールロイン魔法学園に入学する。
『薔薇の蕾に口づけを』の舞台である、その学園に。
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