冒険は風の標すその先に -新米リーダーは仲間と共に奮戦中!

月守 宵

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第1話 初めての依頼は鉱山で

15.緑煌石

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ランタンを手に200mほど進んだだろうか。
ジークが持つ明かりに照らされて、突き当りの岩肌にきらきらと光る緑色の結晶が水晶のように乱立している光景が広がった。
透明度の高い緑色の結晶は光が届かない場所でも石自体が僅かに発光するのか、ぼんやりとした淡い緑色の光が蛍火のようにも見える。

奥までたどり着いてしまった。

言葉にこそなかったがアーシェたちの思いは絶望に満ちたものだった。
表情が強張るアーシェの横で、頭目は目の前の鉱石に興奮気味に叫んだ。

「おお…これが緑煌石だな!すげえ量だ。これで俺たちはぼろ儲けだ!」
「お頭、どうします?!こんだけあれば運ぶにも人手がいりますぜ?こいつらにも運ばせたらいいんじゃねぇですか?その嬢ちゃんが人質になってるんだ、こいつらだって逆らえねえし」
「殺すにしても、労働力として使ってからが楽じゃねえですか?!」

手下たちも鉱石の量に目を輝かせながら頭目を振り返る。
中には早くも武器を手に、煌めく透き通ったその結晶を力任せに叩き割るようにして採取し始める者もいた。

「馬鹿野郎、一気に全部運ぶ必要はねぇよ。道は一本道、特に危険がねえことが分かったし、化け物蛇もこいつらがぶっ殺してくれたんだ。もう、十分じゃねぇか」

頭目は言いながら、アーシェを見下ろして残酷に笑った。
その目は好色さを含み、まるで猫が追い詰めたネズミを嬲るように問いかける。

「さて、嬢ちゃん。どいつから殺してやろうか?あの口の悪い生意気なガキか?それとも俺らを馬鹿にしてくれたあの白い奴か?女みてえな魔術師か?それともあのガタイの良い奴か?」

頭目の言葉は脅しではない。不快な視線ではあるが、剣呑な色を宿しておりその言葉通りに実行しかねない。

「……っ、殺さないで…!わたしの仲間を殺さないで!」

思わず声が詰まってしまったが、アーシェは叫んだ。
圧倒的な絶望に、手や足が震えて、声も平静を装ったはずが震えてしまっていた。
そんなアーシェに頭目は殊更優し気な声を出した。

「じゃあ、その代価がいるよなぁ?こいつらを助けるなら嬢ちゃんはその代価を払わねぇといけねえのは分かるよな?」
「……っ、」

アーシェの翠眼が見開かれた。

「てめぇ!」

ジークは右足のダガーに手を掛けるや頭目に向かって一気に踏み込む。

「このガキっ!」
「がっ!」

セイシェスの喉元に剣を突きつけていた手下がその柄をジークの脇腹に叩き込んだ。
まともに脇腹に剣の柄での強打を受け、その場にジークは脇腹を押さえてうずくまって小さく呻きながら頭目を睨みつける。

「お前も変な動きはするなよ」

ジークに駆け寄ろうとしたセイシェスに再び剣が向けられた。

「さあどうする?嬢ちゃんの返事次第だぜ?」

青ざめた顔で気丈に振る舞おうとするも、体が震えてしまっているアーシェを楽し気に見下ろした頭目が返事を急かしてくる。
アーシェは両手をぐっと震えを止めるように握りしめた。

「………対価って…わたしは何をすればいいの…?」
「そりゃあ…わかっているだろう?…お前ら、ちょっとこの嬢ちゃんと仲良くでもしてくるぜ。それまでこいつらを見張ってろ!」

にやりと笑った頭目が、アーシェの体を抱き上げる。

「っ!させません!」

セイシェスは叫ぶと突きつけられている剣にも構わず、クリスタルの杖を手に詠唱を始める。

「我が名のもとに命ず。凍てつく刃よ、冬の息吹、氷の…っ」
「くそがぁっ!」

手下の剣がセイシェスの肩を貫いた。
赤く血で濡れた剣が引き抜かれたのを見て、アーシェは悲鳴を上げた。

「セイシェス!」

ぐっと歯を食いしばるも、見る間にローブコートとシャツを赤く染めて、セイシェスは杖を握ったまま、がくりと両膝をつく。

「てめぇっ!」
「セイシェス、大丈夫ですか?!」

クレールがセイシェスに駆け寄ると、鞄から取り出した手拭でローブコートの上から押さえて止血を試みる。
ジークも脇腹を押さえながらも、クレールを手伝うように赤く染まる手拭を押さえて、「急所じゃねえから死なねえ!意識をしっかり持て!」と、痛みをこらえて関節が白くなるほどに杖を握りしめているセイシェスに声を掛け続けた。
エドガー威圧するように剣に手を掛けて手下の行動を制している。

「なんだ?死に急いだのか、魔術師。嬢ちゃんがせっかく体を張って命乞いしてんだ。無駄にするんじゃねえぞ」

頭目が笑いながらアーシェを抱き上げて、岩陰に足を向けた時だった。

「ひぃいっ!」
「な、なんだ!なんだお前は!」

突然、緑煌石の結晶をそれぞれの武器で採取していた山賊たちから悲鳴が上がった。

「お前らうるせぇ…なに?!」

手下を怒鳴りつけようとした頭目だったが、ぎょっとしたように動きが止まった。
信じられないものを見るように、目を見開いてその光景に釘付けになっている。
アーシェも思わず頭目の視線を追えば、揺らめくように奥の岩肌から1人の幼い少女が姿を現したのが見えた。

「…!!」

今がチャンスだ!
その隙に、アーシェは全力でその腕から逃れて飛び降りると、震える足を叱咤してジークたちのもとへ走り出した。

「この、小娘っ!」

腕を抜け出したアーシェに頭目が慌てて追おうとするも、アーシェが人質でなくなった以上、エドガーたちの行動は早かった。
エドガーがセイシェスを斬りつけた男の鳩尾に剣の柄での一撃を打ち込み、ジークはは頭目に向かって掴んだ小石を礫のように投げつけた。
クレールはカバンから取り出した鎮痛剤をセイシェスに飲ませ、応急処置として彼のローブコートを脱がせると、その裾を裂いて肩の傷をシャツの上からきつめに巻いて保護をする。

「くらいやがれ!」

ジークの投げた小石が頭目の額に当たり赤いものが伝うも、頭目はアーシェを追う足を止めない。

「来るな、くるなぁっ!」

揺らめく少女に追われて、山賊たちは武器を振り回すも、その武器が通り抜けてしまうことに悲鳴を上げて逃げ惑う。

「アーシェ!」

戻ってきたアーシェをエドガーが手を伸ばしてその手をしっかりとつかんで自分たちのほうへ引き寄せた。
そうして、応急処置が済み、痛みに荒い息を吐きながらも杖を手にいつでも詠唱できるようにしているセイシェスと、思わずへたり込んでしまったアーシェを背後に庇うようにエドガーとジーク、クレールが、足を引きずりながらやってくる頭目に対してそれぞれの武器を構える。

「うぬらはまたこの石を必要以上に持っていくのか。ならばまたわしがうぬらに罰を与えねばな」
「やめろ…、くるな!化け物め!」

幼い少女はまるで老婆のようないかめしい口調で言うと、手下たちに手をかざした。
すると、あれほど喚き散らしていた手下たちが、突然静かになった。
何かに操られるかのように、今までの喧騒が嘘のように頭目を置いて、この深い坑道の出口に向かってゆらゆらと幽鬼の群れのように引き返し始めた。

「…どういうこと…?」

労わるようにセイシェスの背中をさすりながらその様子を見つめるアーシェに、まだ痛みに顔を顰めつつもセイシェスが「わかりません」と首を振った。

「…っ、おい!お前らどうしたってんだ!どこへ行く!」

自分の声など耳に入っていないように、ゆらゆらと歩いていく手下に、頭目は何度も声を張り上げたが、振り返ることなく手下たちは暗闇の中に姿を消していく。

「…手下に見捨てられたか?その伸びてる手下と2人で俺たちとやりあうか?」

エドガーがその青空のような碧眼を、好戦的に細めて大剣を片手で振るって見せた。

「アーシェがオレ達の元へ戻った以上、もう遠慮はいらねぇな?それに…オレのダチの怪我の礼をしっかりしてやらねぇとな。…肩を貫通くらいで済むと思うなよ」

右足のダガーを抜いたジークが夕日色の目を険しくして言い放った。
さすがにこれでは2対1、下手をすればアーシェとセイシェスが攻撃に加われば4対1で旗色が悪いと見た頭目は、悔し気にエドガーとジークを睨みつけくるりと背を向けて手下を追うように逃げ出したのだった。

頭目の姿が見えなくなると、ようやく安堵の息を吐いてアーシェたちは肩の力を抜いた。

「アーシェ、大丈夫か?あの髭に変な事されてねぇか?セイシェスも無茶すんじゃねぇよ!てめぇ、いつもはもっと冷静だろ!」
「…卑劣すぎて黙っていられませんでした…。アーシェが私達を案じての言葉に、あのような代償を求める様な言い方をして…っ」

ジークがアーシェとセイシェスを振り返るなり一気にまくしたて、セイシェスは眉間にしわを寄せて、痛む傷を手で押さえながらすでに見えない背中に毒づいている。

「心配だったんですよ。あんなに悲壮な顔で、声で…。セイシェスもですよ。それで腱や神経を傷つけて腕が動かなくなったら大変なんですから…っ」

クレールも今にも泣きそうになりながら二人に声を掛けて、エドガーは彼女の肩を労うように叩いてやる。

「…怖かっただろう、よく頑張ったな。セイシェスもびっくりしたぞ、お前がそんな無茶をするとは思わなかったからな」

仲間たちを見上げて、アーシェはいろいろな感情がこみ上げて、涙がこぼれそうになるのをぐっとこらえて首を横に振った。

「…みんな…。ありがとう、大丈夫よ。…セイシェスも、そんな怪我をさせてしまってごめんなさい…」
「私が黙っていられなかっただけです。…冷静でいなくてはいけないのに、どうしても許せなくて…」

彼女が責任を感じないように、セイシェスは穏やかに笑って見せる。
アーシェは仲間の優しさと、自分が人質にされた申し訳なさと恐怖と、セイシェスに怪我をさせてしまったこと、なんとか無事に乗り切った安堵とで、心がぐちゃぐちゃだった。
ただ、一つはっきりしたのは大事な仲間たちのために、今度は自分が恩返しをできるようになりたい、ずっとパーティの仲間としてともに歩んでいきたい、という思いだった。

「…うぬらも石を望むか?」

不意に掛けられた声に目を向ければ、白い服を纏った半透明に揺らぐ緑煌石のような髪の色の少女がアーシェたちを見上げていた。

「……1つだけ、分けてほしいの。わたしたちはヴェルークからの冒険者で、依頼で緑煌石を1つ持ち帰ってほしいと言われているの。…だめ、かしら?」

アーシェは目じりに残る涙を袖で拭くと、少女を目線を合わせるようにしゃがんで揺らめく少女の許可を仰いだ。

「…1つならよい。無駄に多くを望むものにはわしは罰を与えねばならん」
「罰?」
「この石はここでしか採れん。長い時間をかけて結晶化した石だ。無駄に持っていかれてはこの石はすぐになくなってしまう。だからわしは石の守り人としておるのだ」

喜怒哀楽もなく、無感情な声で少女は言うと、両手で収まる大きさの緑煌石の結晶を拾い上げるとアーシェの手に握らせた。

「…もしかして、前に冒険者パーティが記憶を失ってさまよっていたのは…」

はっとしたようにセイシェスが言えば、少女はゆったりとうなずいた。

「さよう。わしの罰だ。あの者たちも、先ほどの者も石をむやみに持ち去ろうとした故罰を与えた。うぬらは1つといった。だから許そう」

そう告げて、その少女はぎこちない、僅かに微笑みらしい表情を作ると、揺らめくように姿を消した。
アーシェの手のひらにはきらきらと煌めく透き通った緑色の結晶がしっかりと残っていた。
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