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第1話 初めての依頼は鉱山で
4.ぐだぐだな作戦会議
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それからは部屋に荷物を置いて、明日使うための保存食を女将に売ってもらったり、羊の世話をしたり畑仕事をしている村人たちに話を聞いたりと、日が落ちて女将が夕食を知らせにくるまで明日の準備に費やしたのだった。
「明日は早いうちにラファリ鉱山に向かいましょう。鉱山までは2時間かかるのは確実なので…そうですね、できれば8時には出発しておきたいところです」
以前ラファリ鉱山に足を運んだことがあるといった老人や、ギルドで聞いた度胸試しをした若者からラファリ鉱山への道筋を聞いてきたセイシェスが口を開く。
夕食を終えての作戦会議に、アーシェも1人で泊まることになった部屋からジークたちのいる4人の部屋にやってきて、床の上に膝を抱えるように座っていた。
村唯一の宿で、滅多に客が来ないと言ってはいたので仕方がないのだが、部屋の中はがらんとしており、古びた木の椅子と机が一揃いとランプがあるだけの部屋だ。
ベッドもないこの部屋では、寝るときは先刻女将が渡してくれた掛け布に包まっての雑魚寝になりそうだ。
この部屋にあるランプと、アーシェが隣の部屋から持ってきたランプで部屋の中は十分に明るいが、ふと目を向けた窓の外はすっかり夜の色で、ぽつりぽつりと民家のほのかな明かりが見え、その向こうには明日向かうラファリ鉱山が黒く夜の闇に浮かび上がっていた。
「一応ランタンの用意はできているし、探索が長引くことも考えて保存用の簡単な食料も買ったわ。あと準備するのは…」
「外套もいりますね。鉱山の中は日も差さないので冷えると思いますから」
「僕は今のうちに多めに傷薬を調合しておきますね。あと、お腹の薬と頭痛薬と…」
さっそくごそごそと自分の荷物を引っ張り出して、乾燥させて束ねておいたハーブや薬草、木の実などを広げだすクレールに、ジークが投げ出していた足を胡坐《あぐら》をかくようにひっこめた。
「いっそ余ったら売るなりこの宿の女将に世話になった礼にやってもいいんじゃね?トビーとか他のガキがなんかあった時に仕えるかもしれねぇし」
言いながら、エドガーに顔を向けて意味深に目を細める。
「エドガーが渡してやれば女将も喜ぶんじゃねぇの?…そのうちに女将と2人でこの宿を経営とか」
「ジーク」
さわやかな笑顔でエドガーは正面に胡坐をかいているジークに手を伸ばし、そのままがしっと片手で頭を掴むようにして、こめかみを指でぎりぎりと圧迫する。
「痛ぇっ!エドガー、痛ぇって!!」
「自業自得ですよ、ジーク」
こめかみを締めつけられて、その手を引き剥がそうとしながら足をばたつかせるジークに、セイシェスはため息をついた。
「ジークの言うように、この宿はヴェルークのような大都市まで馬車で向かっても結構時間がかかりますから、内服薬や外用薬を多めに渡しておきたいんです。備えがあれば安心でしょう?」
ふんわりと優しい笑顔と柔らかい声は、クレールの雰囲気と相まって癒しの相乗効果をかもしだす。
「…クレールに子守歌を歌ってもらったら、きっとぐっすり眠れそうね」
ふと思い立って、その光景を想像してくすくすと笑ってしまいながらアーシェが言えば、クレールは薬研《やげん》を取り出す手を止めて、自分の膝をぽんぽんと叩いて微笑んだ。
「どうぞ、いいですよ。アーシェが望むならいつでも歌ってあげますよ?」
「え?あ、いいの、冗談よ」
思いもしない返答に、慌ててアーシェは首を横に振る。
「…あー…すげぇ馬鹿力。頭が割れるかと思ったぜ…。…やってもらえばいいんじゃねぇの?」
ようやくエドガーのお仕置きから解放されたジークがこめかみを押さえながら、眉間にしわを寄せつつも視線だけをアーシェに向け…確認するように2度見した。
「な、なに?」
「…アーシェ、てめぇ顔赤ぇぞ?」
まじまじと夕日色の双眸がアーシェを捉える。
「ジークがからかわないで!」
「はぁーん?怪しいな」
「セイシェス、何とか言って」
人の悪い笑みで追及するジークに、アーシェは咄嗟にセイシェスに助けを求めるように訴えた。
人をからかうのが好きなジークに口では敵《かな》いそうもないことは百も承知だ。
ならば親友であるセイシェスに言ってもらう方が有効だと考えたのだ。
「ジーク、あまりアーシェを困らせないでください。…エドガーもアーシェも真面目な人なんですから」
指名されたセイシェスが苦笑交じりにジークを諫めれば、ジークは「だってよ、」と笑いをかみ殺しながら反論する。
「アーシェの反応はからかいがいがあるんだよな。…どっかの誰かはスルーしやがる方が多いしよ」
「ひと月も行動を共にしていたら対応力も身に付きますよ」
「はっ、知恵つけやがって」
ふっと紫水晶の目を細めて、わざと挑発するように言い放つセイシェスに笑いながらジークが親友の気安さで毒づいた。
「本当に、どっちが年上だかわからんな」
そんな2人にエドガーが苦笑すれば、クレールもにっこり笑ってアーシェに首を傾いだ。
「…膝枕と子守歌、本当にいりませんか?」
「大丈夫よ」
確信犯的な笑顔のクレールに、アーシェはジークに言われた頬の赤みを隠すように手で押さえながらきっぱりと断った。
明日はいよいよ鉱山に出発する。
その為には、しっかり休んで明日に備えましょう、とセイシェスが場をまとめに入って、脱線をつづけた作戦会議はようやくお開きになったのだ。
「明日は早いうちにラファリ鉱山に向かいましょう。鉱山までは2時間かかるのは確実なので…そうですね、できれば8時には出発しておきたいところです」
以前ラファリ鉱山に足を運んだことがあるといった老人や、ギルドで聞いた度胸試しをした若者からラファリ鉱山への道筋を聞いてきたセイシェスが口を開く。
夕食を終えての作戦会議に、アーシェも1人で泊まることになった部屋からジークたちのいる4人の部屋にやってきて、床の上に膝を抱えるように座っていた。
村唯一の宿で、滅多に客が来ないと言ってはいたので仕方がないのだが、部屋の中はがらんとしており、古びた木の椅子と机が一揃いとランプがあるだけの部屋だ。
ベッドもないこの部屋では、寝るときは先刻女将が渡してくれた掛け布に包まっての雑魚寝になりそうだ。
この部屋にあるランプと、アーシェが隣の部屋から持ってきたランプで部屋の中は十分に明るいが、ふと目を向けた窓の外はすっかり夜の色で、ぽつりぽつりと民家のほのかな明かりが見え、その向こうには明日向かうラファリ鉱山が黒く夜の闇に浮かび上がっていた。
「一応ランタンの用意はできているし、探索が長引くことも考えて保存用の簡単な食料も買ったわ。あと準備するのは…」
「外套もいりますね。鉱山の中は日も差さないので冷えると思いますから」
「僕は今のうちに多めに傷薬を調合しておきますね。あと、お腹の薬と頭痛薬と…」
さっそくごそごそと自分の荷物を引っ張り出して、乾燥させて束ねておいたハーブや薬草、木の実などを広げだすクレールに、ジークが投げ出していた足を胡坐《あぐら》をかくようにひっこめた。
「いっそ余ったら売るなりこの宿の女将に世話になった礼にやってもいいんじゃね?トビーとか他のガキがなんかあった時に仕えるかもしれねぇし」
言いながら、エドガーに顔を向けて意味深に目を細める。
「エドガーが渡してやれば女将も喜ぶんじゃねぇの?…そのうちに女将と2人でこの宿を経営とか」
「ジーク」
さわやかな笑顔でエドガーは正面に胡坐をかいているジークに手を伸ばし、そのままがしっと片手で頭を掴むようにして、こめかみを指でぎりぎりと圧迫する。
「痛ぇっ!エドガー、痛ぇって!!」
「自業自得ですよ、ジーク」
こめかみを締めつけられて、その手を引き剥がそうとしながら足をばたつかせるジークに、セイシェスはため息をついた。
「ジークの言うように、この宿はヴェルークのような大都市まで馬車で向かっても結構時間がかかりますから、内服薬や外用薬を多めに渡しておきたいんです。備えがあれば安心でしょう?」
ふんわりと優しい笑顔と柔らかい声は、クレールの雰囲気と相まって癒しの相乗効果をかもしだす。
「…クレールに子守歌を歌ってもらったら、きっとぐっすり眠れそうね」
ふと思い立って、その光景を想像してくすくすと笑ってしまいながらアーシェが言えば、クレールは薬研《やげん》を取り出す手を止めて、自分の膝をぽんぽんと叩いて微笑んだ。
「どうぞ、いいですよ。アーシェが望むならいつでも歌ってあげますよ?」
「え?あ、いいの、冗談よ」
思いもしない返答に、慌ててアーシェは首を横に振る。
「…あー…すげぇ馬鹿力。頭が割れるかと思ったぜ…。…やってもらえばいいんじゃねぇの?」
ようやくエドガーのお仕置きから解放されたジークがこめかみを押さえながら、眉間にしわを寄せつつも視線だけをアーシェに向け…確認するように2度見した。
「な、なに?」
「…アーシェ、てめぇ顔赤ぇぞ?」
まじまじと夕日色の双眸がアーシェを捉える。
「ジークがからかわないで!」
「はぁーん?怪しいな」
「セイシェス、何とか言って」
人の悪い笑みで追及するジークに、アーシェは咄嗟にセイシェスに助けを求めるように訴えた。
人をからかうのが好きなジークに口では敵《かな》いそうもないことは百も承知だ。
ならば親友であるセイシェスに言ってもらう方が有効だと考えたのだ。
「ジーク、あまりアーシェを困らせないでください。…エドガーもアーシェも真面目な人なんですから」
指名されたセイシェスが苦笑交じりにジークを諫めれば、ジークは「だってよ、」と笑いをかみ殺しながら反論する。
「アーシェの反応はからかいがいがあるんだよな。…どっかの誰かはスルーしやがる方が多いしよ」
「ひと月も行動を共にしていたら対応力も身に付きますよ」
「はっ、知恵つけやがって」
ふっと紫水晶の目を細めて、わざと挑発するように言い放つセイシェスに笑いながらジークが親友の気安さで毒づいた。
「本当に、どっちが年上だかわからんな」
そんな2人にエドガーが苦笑すれば、クレールもにっこり笑ってアーシェに首を傾いだ。
「…膝枕と子守歌、本当にいりませんか?」
「大丈夫よ」
確信犯的な笑顔のクレールに、アーシェはジークに言われた頬の赤みを隠すように手で押さえながらきっぱりと断った。
明日はいよいよ鉱山に出発する。
その為には、しっかり休んで明日に備えましょう、とセイシェスが場をまとめに入って、脱線をつづけた作戦会議はようやくお開きになったのだ。
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