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第1話 初めての依頼は鉱山で
1.初めての依頼
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6月の良く晴れた蒼天の下、街道を幌がついた荷馬車がゆっくりと進んでいく。
夏が近いせいか日差しは強く、馬車を操る初老の男は時折傍らの水筒の水で喉の渇きを癒しつつ、荷台にいる一行に好奇な目を向けた。
冒険者という存在を聞いたことはあるし、遠目からなら見たこともあった。
彼らは立派な武具を身に付けていたり、様々な種族の者がいたり、大仰な武器を持っていたりしたものだ。
ごとごとと小石混じりの道を進むたびに揺れる馬車のなか、荷台で雑談していたり、書物をめくったりしている面々は武器こそあるが、今まで見てきた冒険者に比べると年若い者たちの集まりで、いささか心許ない気がする。
ふと、荷台の長身で白い上着を纏った金の髪の青年と目があった気がして、男は気まずさに慌てて前方に集中した。
そんな男に不思議そうに首を傾げ、エドガーは愛用の大剣の手入れを再開すべく手元に視線を落とす。
「まだその村につかねぇのか?ただただ荷馬車の荷台に乗っているのも退屈だよな」
代わり映えのしない景色にうんざりしたようにジークは木の板の上に足を投げ出して、袖口に仕込んでいる黒刃を取り出して指先でその刃をなぞる。
ジーク愛用の投擲用の刃で、掌くらいの刃渡り。光の反射で投げた軌道を見切られないように黒く加工された両刃の鍔のない細いナイフのような暗器だ。
「そういや、この間聞いたんだけどよ…ヴェルークに新しい武器屋ができたみてぇだぜ」
「ああ、ギルドからは少し遠いがなかなかいいらしいな」
「わたしもまだ行ったことないけれど、一度行ってみようかな」
最近できたヴェルークの武器屋について話すジークとエドガー、アーシェの脇で、クレールはうとうとと馬車の揺れが心地いいのか、杖や荷物を抱えて舟をこいでいる。
「…ハロウズまで馬車で5時間と言っていましたね…」
荷台の壁に持たれながら目を通していた書物から顔を上げて、セイシェスは幌の窓にあたる布を上に押し上げると様子をうかがった。
初夏の日差しの眩しさに僅かに目を眇めて、そのヴェルークの近郊とは違う、木々もまばらな草地を眺めた。
パーティでの初の依頼が決まったのは今から4時間ほど前にさかのぼる。
アーシェたちがパーティを組んで3日。
その間、パーティを組んだのなら同じ宿に部屋を借りた方が連絡も取りやすく便利だろうということで、ローウェンに相談し、ギルドと提携している宿の中でも5人分の部屋の空きがある『ウッドフォード』という小さな宿に移ったのだ。
それから、パーティ名をどうするか話し合ったり、また互いに親睦を深めるための結成会と称した夕食会をしたのだ。
そのおかげでパーティ名も『風の導』と決まり、仲間だし互いに名前は呼び捨てでもいいんじゃないか?歳が上とか下で畏まることもないだろうとエドガーとクレールの提案などもあり、すっかり打ち解けた雰囲気になっていた。
そして、今朝皆でギルドに赴き依頼掲示板でみつけた『ラファリ鉱山での緑煌石の採取』という依頼を受けることにしたのだ。
「ラファリ鉱山での緑煌石の依頼ですね。報酬は1000シリルになります」
受付の女性…先日アーシェが冒険者登録したときに対応してくれたベロニカという女性が、アーシェの提出した依頼書を確認し、ごそごそとヴェルークの周囲を現した地図をカウンターに広げた。
「1000シリル!」
その金額にアーシェは思わず目を瞠った。
果実水や堅パン2つで1シリル、屋台でご飯を食べると3から5シリル。大通りのおしゃれなカフェでのランチは高くても10シリルか13シリルくらいだし、有名な食堂で夕食を食べても15シリルから30シリルあれば十分だろう。高級店ならもっとするかもしれないが。
ギルド提携の冒険者向けの宿だとギルドの補助もあってひと月単位での食事代を除いた宿泊費は100シリル。
それを考えれば単純に報酬を仲間5人で分けても1人200シリルと高額になる。
5人分のひと月の宿代を支払ったとしても、1人100シリルは嬉しい収入だ。
「結構もらえるのね」
びっくりしたように呟くアーシェの言葉にエドガーが苦笑する。
「危険な依頼や大変なものだともっと報酬は跳ね上がるぞ。もっとも、その分働かなくてはいけないがな」
「ふふ、そうですよ。だからみなさんも早く刻印持ちになって、頑張ってくださいね」
ベロニカはアーシェとエドガーのやりとりにくすりと笑うと、地図の中心の4つの門がある都市を指で示した。
「ここがヴェルークです。ラファリ鉱山はヴェルークから東にこの街道を通ってずーっと進むとハロウズという村があります。そこから今度は北に進むと…ここ、ここがラファリ鉱山になります」
地図上をベロニカの細く白い指がゆっくりと動き、目的地である鉱山の上で止まる。
「結構ヴェルークから距離があるようですが、どれぐらいの距離ですか?」
地図を覗き込んでセイシェスがベロニカに問いかける。
「ヴェルークからハロウズの村までは馬車で5時間程、ハロウズの村から鉱山までは確か…徒歩で2時間、くらいだったと思います」
「5時間?!」
ジークが素っ頓狂な声を上げた。
「移動だけで半日仕事かよ…」
「今から出発するのに必要な準備をして、ハロウズへ向かう馬車を探すとなると…今すぐ出たとしても到着するのは昼過ぎですね」
濃紺の袖口に銀糸で縫い取りのあるゆったりとしたローブコートの内ポケットから懐中時計を取り出して、確認したセイシェスが思案気に口元に手をやる。
「今日はハロウズ村で一泊して、翌日の朝から鉱山に向かった方がよさそうね」
セイシェスの言葉に頷きを返しながら、予定を考えているアーシェはベロニカに尋ねた。
「ラファリ鉱山について教えてもらってもいいですか?」
夏が近いせいか日差しは強く、馬車を操る初老の男は時折傍らの水筒の水で喉の渇きを癒しつつ、荷台にいる一行に好奇な目を向けた。
冒険者という存在を聞いたことはあるし、遠目からなら見たこともあった。
彼らは立派な武具を身に付けていたり、様々な種族の者がいたり、大仰な武器を持っていたりしたものだ。
ごとごとと小石混じりの道を進むたびに揺れる馬車のなか、荷台で雑談していたり、書物をめくったりしている面々は武器こそあるが、今まで見てきた冒険者に比べると年若い者たちの集まりで、いささか心許ない気がする。
ふと、荷台の長身で白い上着を纏った金の髪の青年と目があった気がして、男は気まずさに慌てて前方に集中した。
そんな男に不思議そうに首を傾げ、エドガーは愛用の大剣の手入れを再開すべく手元に視線を落とす。
「まだその村につかねぇのか?ただただ荷馬車の荷台に乗っているのも退屈だよな」
代わり映えのしない景色にうんざりしたようにジークは木の板の上に足を投げ出して、袖口に仕込んでいる黒刃を取り出して指先でその刃をなぞる。
ジーク愛用の投擲用の刃で、掌くらいの刃渡り。光の反射で投げた軌道を見切られないように黒く加工された両刃の鍔のない細いナイフのような暗器だ。
「そういや、この間聞いたんだけどよ…ヴェルークに新しい武器屋ができたみてぇだぜ」
「ああ、ギルドからは少し遠いがなかなかいいらしいな」
「わたしもまだ行ったことないけれど、一度行ってみようかな」
最近できたヴェルークの武器屋について話すジークとエドガー、アーシェの脇で、クレールはうとうとと馬車の揺れが心地いいのか、杖や荷物を抱えて舟をこいでいる。
「…ハロウズまで馬車で5時間と言っていましたね…」
荷台の壁に持たれながら目を通していた書物から顔を上げて、セイシェスは幌の窓にあたる布を上に押し上げると様子をうかがった。
初夏の日差しの眩しさに僅かに目を眇めて、そのヴェルークの近郊とは違う、木々もまばらな草地を眺めた。
パーティでの初の依頼が決まったのは今から4時間ほど前にさかのぼる。
アーシェたちがパーティを組んで3日。
その間、パーティを組んだのなら同じ宿に部屋を借りた方が連絡も取りやすく便利だろうということで、ローウェンに相談し、ギルドと提携している宿の中でも5人分の部屋の空きがある『ウッドフォード』という小さな宿に移ったのだ。
それから、パーティ名をどうするか話し合ったり、また互いに親睦を深めるための結成会と称した夕食会をしたのだ。
そのおかげでパーティ名も『風の導』と決まり、仲間だし互いに名前は呼び捨てでもいいんじゃないか?歳が上とか下で畏まることもないだろうとエドガーとクレールの提案などもあり、すっかり打ち解けた雰囲気になっていた。
そして、今朝皆でギルドに赴き依頼掲示板でみつけた『ラファリ鉱山での緑煌石の採取』という依頼を受けることにしたのだ。
「ラファリ鉱山での緑煌石の依頼ですね。報酬は1000シリルになります」
受付の女性…先日アーシェが冒険者登録したときに対応してくれたベロニカという女性が、アーシェの提出した依頼書を確認し、ごそごそとヴェルークの周囲を現した地図をカウンターに広げた。
「1000シリル!」
その金額にアーシェは思わず目を瞠った。
果実水や堅パン2つで1シリル、屋台でご飯を食べると3から5シリル。大通りのおしゃれなカフェでのランチは高くても10シリルか13シリルくらいだし、有名な食堂で夕食を食べても15シリルから30シリルあれば十分だろう。高級店ならもっとするかもしれないが。
ギルド提携の冒険者向けの宿だとギルドの補助もあってひと月単位での食事代を除いた宿泊費は100シリル。
それを考えれば単純に報酬を仲間5人で分けても1人200シリルと高額になる。
5人分のひと月の宿代を支払ったとしても、1人100シリルは嬉しい収入だ。
「結構もらえるのね」
びっくりしたように呟くアーシェの言葉にエドガーが苦笑する。
「危険な依頼や大変なものだともっと報酬は跳ね上がるぞ。もっとも、その分働かなくてはいけないがな」
「ふふ、そうですよ。だからみなさんも早く刻印持ちになって、頑張ってくださいね」
ベロニカはアーシェとエドガーのやりとりにくすりと笑うと、地図の中心の4つの門がある都市を指で示した。
「ここがヴェルークです。ラファリ鉱山はヴェルークから東にこの街道を通ってずーっと進むとハロウズという村があります。そこから今度は北に進むと…ここ、ここがラファリ鉱山になります」
地図上をベロニカの細く白い指がゆっくりと動き、目的地である鉱山の上で止まる。
「結構ヴェルークから距離があるようですが、どれぐらいの距離ですか?」
地図を覗き込んでセイシェスがベロニカに問いかける。
「ヴェルークからハロウズの村までは馬車で5時間程、ハロウズの村から鉱山までは確か…徒歩で2時間、くらいだったと思います」
「5時間?!」
ジークが素っ頓狂な声を上げた。
「移動だけで半日仕事かよ…」
「今から出発するのに必要な準備をして、ハロウズへ向かう馬車を探すとなると…今すぐ出たとしても到着するのは昼過ぎですね」
濃紺の袖口に銀糸で縫い取りのあるゆったりとしたローブコートの内ポケットから懐中時計を取り出して、確認したセイシェスが思案気に口元に手をやる。
「今日はハロウズ村で一泊して、翌日の朝から鉱山に向かった方がよさそうね」
セイシェスの言葉に頷きを返しながら、予定を考えているアーシェはベロニカに尋ねた。
「ラファリ鉱山について教えてもらってもいいですか?」
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