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最終章?

急ぐ

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 1層『洞窟』、裏迷宮でもないただのダンジョン。出てくる魔物といえばゴブリンかスライムか、後は実際の動物とそう変わらない見た目のものばかりだ。
 今まで三日掛かっていたであろう道のりを、俺は僅か30分ほどで踏破する。

***

 裏迷宮2層『豪風の草原』、一面に青々とした起伏の緩やかな草原が広がり、夜も太陽が浮かぶ層。現れる魔物は人工的に生成された魔兎やキラービー。特に前回は魔兎に苦しめられた。その圧倒的速度による回避不可能な噛みつきをくらって、何度肉を抉り取られたか。

 だが今回はそうなる気がしない。

 マサトの『風固定』による空気の壁に、ミレイの『強度変更』を使って弾力性だけ伸ばしたもの、それを鎧のように体に纏った俺は草原を駆け抜ける。

 点々と緑に浮かぶ真っ白な魔兎、奴らは俺を見つけては追いかけてくる。ただの<疾走スプリント>を使っている俺よりも、魔兎のスピードは少し速いので、追いつかれるのは必至だが、しかしその単純な直接攻撃では俺に何のダメージを与えることも出来ない。

「きゅ゛っ……!?」

 と、今も鈍い声をあげながら俺に攻撃を仕掛けてきた魔兎の一匹が弾き飛ばされる。

 9層パラサイトドラゴン戦で、ミレイとマサトがやっていた跳弾の攻撃をそのまま防御に応用したのだ。魔兎たちは俺にぶつかってきては、その速度そっくりそのまま自身に跳ね返って、はるか遠くに吹っ飛ばされていく。

 ゆえに俺はただ俺は走り続ける。出来るだけ急がねばならない、こちらの世界の俺たちが10層に入る前に追いつくために。

***

 3層『溶火の湖畔』、もろい地盤と、合わせると層全体の三分の一ほどを占めるであろう大小様々な溶岩湖が特徴の層。

「シャァァ……」

 すぐ隣から俺の気配を感知したフレイムサーペントが、溶岩の中から突然顔を出す。だが、何の問題もない……ハズだ。そう信じて俺は悠々と進み続ける。

「……?」

 暫くしてフレイムサーペントは納得のいっていなさそうに首を傾げながら、再び溶岩に沈んでいく。俺はそれを見て、ホッと胸をなで下ろした。
 
 襲われないのには理由がある。俺は今、溶岩の中を泳ぐフレイムサーペントの一匹となっているからだ。

 これを実現しているのは、9層でウォーカーの命令によってメイラを演じ俺たちの暗殺を企んでいた名も知らぬ転生者の特典『変装』だ。これは、俺の記憶にある生物に限り、変装ができるという能力。

 肝なのは、この記憶通り、という部分でこちらの記憶が曖昧であれば変装もお粗末なものになってしまうのだ。実際、よくよく目を凝らせば違う点が幾つかあるのが分かるのだが、 半身を溶岩に沈んでいるのでバレるはずがない。
 そして、どれだけオリジナルに近付けたかを表す擬態率という数値が自動で算出され、これが八割を超えていた場合に限りその生物の機能をも使えるようになる。

 つまり、3層がいくら熱かろうが、溶岩の中だろうが、この層に生息しているフレイムサーペントの機能をも使える俺は、魔物に襲われることも無く簡単に移動できるのだ。

***

 4層『迷いの鉱窟』、狭い通路がアリの巣のように張り巡らされている上に地面も壁も天井も鏡となっているが故に迷いと名付けられた層。魔物の数は少ないけれど、5層に行く道の途中で必ず魔人ラウザークが居た部屋を通らなければならない。

「ヴゥン゛……」
「<転移テレポート><停滞リポーズ>」
「……」

 ラウザークの攻撃射程に入った瞬間、俺は『停滞』の有効範囲であるラウザークの傍まで転移し、一瞬で動きを止める。そして俺はそのまま魔人を倒すことなく横を通り過ぎた。

 ──出来れば『停滞』はあまり使いたくなかったが……仕方ないな。

 『停滞』、これをアズサから受け継ぐと同時に俺はこの能力を自然と理解した。以前にアズサと戦ったマサトとエイミーに聞いた通り、自分の時間を対象に与え、強制的に与えた分だけ消費させることで対象の動きを止めるという能力だというのはそうなのだが、実はこの『自分の時間を与える』という点が厄介だった。

 <停滞リポーズ>を自分以外の何かに行使する場合、それによって消費される自身の時間は無作為に選ばれるのだ。そしてそれが過去だった場合、俺は消費された時間に起きたことを全て忘却し、未来だった場合は寿命が縮まる。

 今回は特に記憶の欠損があるようには思えない……が、しかし本当は重要なことを忘れているのかもしれない。その答えは誰にも分からないのだ。

 こんな能力で世界を守るために戦ってきたアズサの覚悟を改めて俺は実感した。

***

 5層『雪火の山岳』、『代償成就』によって最短距離で6層への道へと駆け抜ける俺を、極寒の雪山に映える赤を纏った魔物が雷速で追い掛けてきている。ランブルタイガーだ。

「<隠密ハイド><水操術リキッドコントロール>」

 不可知となったとしても、奴は雷による範囲攻撃を持っている。ゆえに全力で足止めをして距離を稼ぐ必要があった。

 魔人リンから受け継いだ『水操術』を発動させながら、俺は地面に手を接着させる。降り積もった雪の中、まだ固まっていない水を俺は小刻みに震わせ、どんどんと溶かしながら、手に入れた水を壁のように上に上に伸ばしていった。

「グォォ……」

 直立させた薄い水の壁は氷点下以下のこの環境下では一瞬にして氷と変化していく。その壁を挟んで向こう側でランブルタイガーは唸りながら鼻を鳴らしているが、しかし<隠密ハイド>化では匂いも隠されているので、見つかる心配は無い。

「そしてダメ押し、だ」

 俺は壁を作りながら同時に、ランブルタイガーの真下にこっそり水を這わせていた。それを一気に震わせて熱を発生させる。ゴォォォォ……!! ──という地響きと共に、ランブルタイガーは雪崩に埋もれていった。

***

 6層『溶火の湖畔』、元は別の姿だったらしいがこちらもこちらの世界の少年の『世界図書』によって3層と同じ、溶岩と岩盤の世界となっていた。
 3層の時と同じように俺は『変装』を利用して、フレイムサーペントの姿となり溶岩を泳いで探索していく。

***

 7層『海空の深野』、見上げれば巨大な海の塊が浮いている海の底の、さらに底だ。時折、気配を感知した魚型のモンスターが海面から飛び出して攻撃を仕掛けてくるため、常に上に気を配っておかなければならない。

 そんな7層で俺は足止めを食らっていた。

「チッ……面倒だ」

 刺されば絶対に死ぬであろう速度で、クラーケンの11本の触手が俺を串刺しにしようと降ってくる中、さらにウィンドシャークの群れも海面からジャンプして俺を喰らわんとする。
 ウィンドシャークはその名の通り、海から出た時に風を起こす魔物で、巻き込まれればタダでは済まないほど強い旋風もあちこちで発生していた。

 俺は触手を避け、ウィンドシャークの噛みつきを避け、『風固定』で必死に気流の乱れも止め、再び触手を避け、噛みつきを避け、風を止める。

 少しづつ前進はしているものの、このままじゃ時間がかかりすぎる。一度、反撃に出て隙を作る。その一瞬でこの包囲網から逃げるしかない。

「……っ<封印クローズ><封印クローズ><封印クローズ>」

 俺は旋風を抑えることをやめ、代わりに片っ端から封印していく。俺の魔法で作られる風なんかよりも何十倍もの規模のそれらは、次々と真っ黒な箱へと収まっていった。

 そして、その箱を俺は真っ直ぐ8層への道の方向へと向ける。

 この層の魔物はみんな海に居る。ならば、攻撃が面倒ならば、目的地までの上空に海が無ければいい。
 
「<開放オープン>!!!」

 俺がスキルを発動した瞬間、俺の体が真後ろに吹っ飛ばされる。息が出来ないほどに、全ての空気が風に持っていかれる。

 そんな中、目をこすって上体を起こして前を見れば、暴風が、この世の終わりだと形容されてもおかしくないほどの暴風が、一点突破に海を貫いていた。そのあまりの威力によって風に巻き込まれた魔物の血が海を赤く染め、8層の入口までの一本の道が海上に切り開かれる。初めて明かされた海の上には太陽があった。

***

 8層『月下の密林』、地上の数十倍もの大きさを誇る満月に照らされた密林は巨大な根が地面を占めている上に、低重力なのも相まって歩きにくい。しかし、だからといって横着して空を飛べばブラッドオウルに捕まる。
 というのが、当たり前の認識だし、前回もそれが嫌で仕方なく地面を歩いて移動していたが、今回は俺一人だ。

 ゆえに『隠密』を思う存分に使える。

 <隠密ハイド>を使用した状態で、後ろに向かって<翔風フライウィンド>を撃って低重力の空を進んでいた。

 ちなみにこれまで『隠密』をあまり使わなかったことには理由がある。
 2層は使うまでもなかったから。3層と6層は『変装』の方が機能模倣があって都合が良かったから。4層は結局ラウザークの物量攻撃が面倒だったから。そして、5層の途中までは……7層は……

 ──5層と7層は……どうしてだ? 

 いや、分かっている。
 前の世界ではダメだったが平行世界ならば生きている可能性があるのではという期待のもと、わざと俺の気配を居るかも分からない誰かに晒しておきたかったからだ。誰か俺に気付いてくれ、と祈っていたんだ。

 ユミと魔人リンの二人は、こちらの世界でも既に亡くなっている。当たり前なのかもしれない、平行世界なのだから。期待した俺が馬鹿だった。

***

 9層『黄雲の菌床』、地面近くに毒性の胞子が充満していることに加え、全体的にも無毒の胞子が霧散しているせいで視認性が悪い層。

 今回はエイミーが居ないので、ガスマスクは無い。だから俺は、いつかマサトが応急処置的にやってくれたように首から地面に平行な壁を作ることで出来るだけ吸わないようにして、移動する場所自体も出来るだけ空中を移動するようにした。

「……<消失ヴァニッシュ>、これで終わりだ」

 そんな中で、俺はパラサイトドラゴンを『消失』の連続行使によって倒していた。

 『消失』の相手を移動させる力、これも『停滞』と同じように自分から消費されるものがあった。それは未来の自分の移動距離だ。『消失』という強力すぎる特典、それには相手を移動させた分だけ俺は移動の負債を抱えるというマイナス要素があるのだ。

 移動の負債はいつでも返済できるが貯めると利息によって雪だるま式に増えていく。これが限界を超えれば、使用者は死ぬまでずっと一日の移動距離に制限が掛かることになる。
 返済方法も厄介で、実際にで移動した後に返済を宣告し、負債が減る代わりにその移動距離が全て無かったことになるというものだ。

 そしてパラサイトドラゴンを二十回移動させた俺の移動負債は、共和国二周分ほど。限界のゲージの三分の二ほどが埋まってしまっていた。

 俺はそれから目を逸らし、先を急いだ。

***

「よし……」

 こちらのリューロを殺したあと、思考を整理するために回想をしながら歩いていた俺だったが、ようやく『セーフゾーン』を目前として自分のやるべきことを再確認できた。

「ん……リューロ、どこかに行ってたのかい?」

 『セーフゾーン』の中から、ミレイが俺に話しかけてくる。それに俺は微笑んだ。

「ああ、少し腹が痛くてな。だがもう大丈夫だ」

 そう、もう大丈夫だ。
 やるべきことはハッキリしている。コイツらを、10層で罠にはめる。

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