上 下
116 / 124
最終章?

しおりを挟む
「……」

 まだ過去を旅行してきたせいで足元がふわふわとしていて、それなのに気持ちは深い沼に沈んでいた。自分がこの目で見たものが真実だとして、あれからエイミーがどんな心情で生き続けているのかを想像するのも辛かった。

「分かったか? エイミー・レンブラントは[転生者の篝火]だ」

 俺がよっぽど沈んだ表情をしていたのか、ウォーカーはワインを注いでくれる。「飲め」とグラスを持たされ、俺はそれを一気に煽った。ウォーカーもグラスを持ち、正面のソファに腰を下ろす。

「エイミーの目的は……一体何なんだ?」

 それが分からなくて、ウォーカーに掠れた声で問う。

 エイミーと初めて出会った時、彼女は転生してきたばかりの転生者のフリをしていた。彼女はそのまま死をも偽装した。再び彼女と会い、全てを聞いた後は、身分を偽ったのはウォーカーに復讐する仲間として相応しいかを見極めるためだと、俺は思っていた。

 だが、結局エイミーは転生者ですら無かった。シズクという名を使い、まるで彼女が初めて出会った転生者のような口調と立ち振る舞いをしていたが、転生者ですら無かったのだ。

「……転生者だと偽っているのは、単に彼女がおかしくなってしまったからなのか?」
「身分を偽っているのはその点もあるだろう。しかし、エイミー・レンブラントは確かに歪んでしまったが、その行動に意図を持っていないわけではない」

 ウォーカーは後ろの棚に手を伸ばす。首は前を向いたまま横着するように、腕だけを後ろにやってある冊子を取り出した。その手際を見るに日頃から、その冊子を取り出しているのだろうとおれは推測する。

「エイミー・レンブラントという[転生者の篝火]を知ったのは、奴と聖女ミラを『龍頭の迷宮』で殺そうとした時だ。俺もその時まで、奴のことをシズクという転生者だと思っていた」

 喋りながら、ウォーカーは冊子から外した紙を一枚ずつ丁寧にテーブルに置いていく。最終的にはそれらはテーブルを埋め尽くした。

「これは……」

 それらは雇用願い書のようで、しかし少し違ったものだった。左上に顔写真が、横に名前とステータス、下には経歴のようなものが書かれている。その内、名前と特典、何らかの日付が赤文字で強調されていた。

 『幻術』ミキヤ(623.9~625.7)
 『魔操』タイガ(626.7~627.3)
 『召喚術』アイカ(630.12~633.4)
 『透明化』モエ(638.7~640.9)
 『回帰』ヤスオ(645.8~645.12)
 『黒炎騎士』ヨシヒサ(660.4~668.11)
 『界隙』マイ(670.1~674.10)
 『次元孔』ハヅキ(680.7~683.5)
 『一蹴』サクラ(690.12~696.7)
 『具現化』タクミ(702.8~703.5)
 『光器』ユウ(705.9~706.10)
 『雷神の怒り』ワカナ(710.4~715.6)
 『闇刀』リュウノスケ(710.4~715.4)
 『壊楽』ユイ(717.11~718.6)
 『改造体』ショウイチロウ(719.6~720.3)
 『自己強化』ユメ(721.4~721.12)
 『水精の加護』ミライ(724.10~726.8)
 『魔の手』カオル(724.10~726.8)
 『反射』カホ(730.9~731.3)
 『木霊の指揮者』エイタ(731.1~732.5)

「俺があらゆる方法で調べたエイミー・レンブラントと関わりがある転生者たちの記録だ。一応説明しておくと左から順に、転生者特典、所持者、そしてエイミー・レンブラントと共に行動し始めてから死ぬまでの期間を表している」

 今は832年だ、そして記録の初めの日付は623年。一体どれだけの時間を掛けたのだろうか。二百年も前の、たった一人の行動を追跡するなど容易なことでは無い。その執念に感嘆しつつも、俺は最後の一人の日付が気になった。

「最後は732年……ちょうど魔王大戦の頃か」
「あぁ、それ以降奴はダンジョンに閉じ込められていたからな」

 ウォーカーは俺のことをじっと見る。俺の次の発言を待っているようだ。だが、俺は何も言わなかった。これ以上真実を知りたくない気持ちと、しかしそれと相反する感情が拮抗していて、何か言葉を吐くと同時に良くない現実が確定してしまう気がしたから。

「本当は気づいている癖に、わざと気付かないフリをしているな。もっと気になる点が二つあるだろう」
「……」
「チッ、ひとつは初めの日付だ」

 沈黙を貫く俺に舌打ちをしながら、ウォーカーは一枚目の紙を持ち上げて眺める。

「623年9月、『召喚』のミキヤとエイミーが旅を始めた時だ。そして、さっき俺たちが<歴視トリップヒストリー>で見た洞窟の光景、あれも623年の9月だ」
「……」
「随分と立ち直りが早いよなぁ? 何年も共に冒険したシズクが自死し、それを喰らい生き延びたというのに、その月の間にもう別の転生者と旅を始めている」

 ひらひらと紙を揺らしながら、俺の方をウォーカーは意地悪い笑みを浮かべて見た。

「もうひとつ、これは簡単だ。転生者が早く死にすぎだ。なぁリューロよ、お前はこれらをどう考える?」
「エイミーが……転生者を殺している」

 絞り出すように俺は答える。そうでもしなければウォーカーは話を進める気が無いようだったし、答えとしても正直それしか無かった。
 いくら危険な冒険をしているとはいえ、転生者がウォーカーによって作られた人工魔物では無い、ただの魔物に殺される確率などゼロに等しい。残った答えは、『エイミーが転生者を殺している』、ただ一つだった。

「そうだ。それこそが、転生者を殺すという行動そのものが奴の行動原理だ」
「……え?」

 思っていた返答と異なり、俺は素っ頓狂な声が出てしまう。

 転生者を殺した先に何かがあって、それを求めてエイミーが転生者を殺しているのだと俺はてっきり思っていた。殺すという過程を通ってはいるが、それこそウォーカーのように、その先に何か大きな目的があるのだろうと。

 ──そうではなく、殺すことそのものが目的だと……?

 狼狽える俺を見ながら、ウォーカーはワインを煽る。そして続きを話しはじめた。

「エイミー・レンブラントは自分の大切なものを自分から壊すことを自己確立の手段としている節がある。これは色々な転生者特典を使って判明した確実な事実で、決して俺の勝手な想像では無い」
「自己確立……」
「それはシズクの血肉を喰らい生き延びた自身を肯定するために、奴の無意識が産んだものなんだろう。なんだ大切な人が死んだって大したことないじゃないか、私は傷付いていないじゃないか、と」

 分からないでも無い理論ではあった。時たまに俺も、大切なものを断捨離だと捨ててしまうことがある。でもそれは物単位でやることだ、決して人の命でやることじゃない。

「そして、いつからか……それとも初めからかもしれないが、エイミー・レンブラントは捨てるために大切なものを作るようになる。分かるか? 自分にとって大切な相手を作り、それが最高潮に達した時にそいつを自らの手で殺すんだ」
「そんなの……」
「今回もそうだ。リューロ、お前を品定めしていたのも、リカもマサトもミレイも、奴にとっては殺すために友情を育んでいた仲間に過ぎないんだよ」
「そんなの……

 思わず漏れてしまった本音。エイミーの過去を見た、ずっと彼女とダンジョンを潜ってきた、お互いに助け合ってきた。だけど、だからこそ思ってしまう。エイミー・レンブラントは異常者だ、と。

 ウォーカーはニヤッと笑った。

「そうだ。奴は異常者だ。奴は自分の仲間が自分以外の要因で死ぬことをひどく嫌い、自分に相手を依存させるために命を救って秘密を共有し、そして殺した後は平気な顔をして次を探す異常者だ」
「……」
「良いか、教えておいてやる。残機がゼロになったリカ・ローグワイスを殺したのはエイミー・レンブラントだ。俺が奴の異常性を利用して、殺させた」
「っ……そんなわけ……」

 ──いや、あの時の光景を思い出せ。

 リカが死んだ場所に何が落ちていた? 
 『魔法反射の首輪』だ。ユリウス陛下から頂いたあのネックレス、エイミーが一目惚れしたネックレス。それが壊れていた。
 あの時、俺はてっきりリカを殺した相手と戦った時に壊れたのだと思い込んでいたが、あれはから壊れたのでは無いのか? リカが魔法を使う敵に敗北するのは想像できない、しかしリカがシズクに不意打ちされ、反撃の魔法すらネックレスによって反射されたならば……。

 この筋書きには何も矛盾が無い。

「……そうか。そうだったのか」
「そうだ。リカを殺したのはエイミー・レンブラントだ」
「……確かに奴はリカが死んでも平気そうだった。わざとらしい悲しみの時間が終わればケロッとしていた。アレは……そういうことだったのか」

 まだまだ思い当たる。

 メイラに異常なほどキレていたのは何故だ?  
 ──俺やマサト、ミレイという奴が自分で殺さなければならないはずの命が危険な目に遭っていたからだ。

 魔人リンを平気な顔をして殺していたのは何故だ? 
 ──奴にとって友人とは、いずれ殺すつもりの相手に過ぎないからだ。

 聖女ミラと共に人工魔物に襲われた時、相手が[転生者の篝火]だと気付いたのは何故だ? 
 ──ミラも特典を奪い殺す対象だったのにも関わらず、ミラの特典が自分に移らなかったからだ。

 俺はいつの間にかワイングラスを落としていた。ぱりんっと割れる音でようやく現実に帰ってくる。

「ようやく分かってきたようだな。エイミー・レンブラントの本当の顔が」
「ああ……知りたくも無かったがな」
「はっ、じゃあ次だ。奴のさがは分かり、奴の目的は『俺への復讐と仲間を殺すこと』。それで話は終わるはずだった」

 俺の返事を馬鹿にしたように鼻で笑いながら言葉を続ける。

「だが違う。もう少し最悪の想定をしなければならない。なぜならエイミー・レンブラントが『世界図書』を入手してしまったから」
「それが、どうエイミーの目的に繋がる?」
「考えてみろ。『世界図書』は全てを明らかにする。エイミーは大切なものを壊したがる。ならば、どうなる?」

 『世界図書』があれば、ウォーカーが説明していたような世界の構造を理解することが出来るのだろう。だから6層の少年は篝火である俺かエイミーに殺してもらうことを求めたのだし。

 つまり、エイミーも同じ内容を理解したと考えるべきで……

「世界を……壊せる」
「そうだ。奴の狙いは転生者をこの世界に飽和させ、この世界を壊すことに転じた可能性がある」

 さっきまでと打って変わって真剣な表情でウォーカーは言う。

「あくまでも可能性だ。奴にそこまでの度胸や行動力は無いかもしれない。だが、それでも、ひとつ確実に言えることがあるとすれば、俺とお前の二人の[転生者の篝火]が奴に殺されるだけで」

「世界は傾くぞ」

しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

夢じゃなかった!?

Rin’
ファンタジー
主人公佐藤綾子33歳はどこにでもいる普通の人である。スマホの無料小説を1日の始まり前と帰宅後に読むことが日課で日々お気に入りの小説を読んでは気力と体力を回復する糧にして頑張っている。 好きな動物は犬、猫、そして爬虫類。好きな食べ物は本マグロ。好きな季節は夏から秋。 好きな天気は………雷。 そんな主人公が日常から一変して異世界に転移!?どうなるかわからない見切り発進です。 エブリスタさんで先に投稿、更新している長編ファンタジー作品です。 少しずつこちらでも投稿していきますのでよろしくお願いします。

【完結】公爵家の末っ子娘は嘲笑う

たくみ
ファンタジー
 圧倒的な力を持つ公爵家に生まれたアリスには優秀を通り越して天才といわれる6人の兄と姉、ちやほやされる同い年の腹違いの姉がいた。  アリスは彼らと比べられ、蔑まれていた。しかし、彼女は公爵家にふさわしい美貌、頭脳、魔力を持っていた。  ではなぜ周囲は彼女を蔑むのか?                        それは彼女がそう振る舞っていたからに他ならない。そう…彼女は見る目のない人たちを陰で嘲笑うのが趣味だった。  自国の皇太子に婚約破棄され、隣国の王子に嫁ぐことになったアリス。王妃の息子たちは彼女を拒否した為、側室の息子に嫁ぐことになった。  このあつかいに笑みがこぼれるアリス。彼女の行動、趣味は国が変わろうと何も変わらない。  それにしても……なぜ人は見せかけの行動でこうも勘違いできるのだろう。 ※小説家になろうさんで投稿始めました

拾ったものは大切にしましょう~子狼に気に入られた男の転移物語~

ぽん
ファンタジー
⭐︎コミカライズ化決定⭐︎    2024年8月6日より配信開始  コミカライズならではを是非お楽しみ下さい。 ⭐︎書籍化決定⭐︎  第1巻:2023年12月〜  第2巻:2024年5月〜  番外編を新たに投稿しております。  そちらの方でも書籍化の情報をお伝えしています。  書籍化に伴い[106話]まで引き下げ、レンタル版と差し替えさせて頂きます。ご了承下さい。    改稿を入れて読みやすくなっております。  可愛い表紙と挿絵はTAPI岡先生が担当して下さいました。  書籍版『拾ったものは大切にしましょう〜子狼に気に入られた男の転移物語〜』を是非ご覧下さい♪ ================== 1人ぼっちだった相沢庵は住んでいた村の為に猟師として生きていた。 いつもと同じ山、いつもと同じ仕事。それなのにこの日は違った。 山で出会った真っ白な狼を助けて命を落とした男が、神に愛され転移先の世界で狼と自由に生きるお話。 初めての投稿です。書きたい事がまとまりません。よく見る異世界ものを書きたいと始めました。異世界に行くまでが長いです。 気長なお付き合いを願います。 よろしくお願いします。 ※念の為R15をつけました ※本作品は2020年12月3日に完結しておりますが、2021年4月14日より誤字脱字の直し作業をしております。  作品としての変更はございませんが、修正がございます。  ご了承ください。 ※修正作業をしておりましたが2021年5月13日に終了致しました。  依然として誤字脱字が存在する場合がございますが、ご愛嬌とお許しいただければ幸いです。

異世界でネットショッピングをして商いをしました。

ss
ファンタジー
異世界に飛ばされた主人公、アキラが使えたスキルは「ネットショッピング」だった。 それは、地球の物を買えるというスキルだった。アキラはこれを駆使して異世界で荒稼ぎする。 これはそんなアキラの爽快で時には苦難ありの異世界生活の一端である。(ハーレムはないよ) よければお気に入り、感想よろしくお願いしますm(_ _)m hotランキング23位(18日11時時点) 本当にありがとうございます 誤字指摘などありがとうございます!スキルの「作者の権限」で直していこうと思いますが、発動条件がたくさんあるので直すのに時間がかかりますので気長にお待ちください。

最強の異世界やりすぎ旅行記

萩場ぬし
ファンタジー
主人公こと小鳥遊 綾人(たかなし あやと)はある理由から毎日のように体を鍛えていた。 そんなある日、突然知らない真っ白な場所で目を覚ます。そこで綾人が目撃したものは幼い少年の容姿をした何か。そこで彼は告げられる。 「なんと! 君に異世界へ行く権利を与えようと思います!」 バトルあり!笑いあり!ハーレムもあり!? 最強が無双する異世界ファンタジー開幕!

今世では溺れるほど愛されたい

キぼうのキ
ファンタジー
幼い頃両親を亡くし、親戚の家を転々としてきた青木ヨイは居場所がなかった。 親戚の家では煙たがられ、学校では親がいないという理由でいじめに合っていた。 何とか高校を卒業して、親戚の家を出て新しい生活を始められる。そう思っていたのに、人違いで殺されるなんて。 だが神様はヨイを見捨てていなかった。 もう一度、別の世界でチャンスを与えられた。 そこでのヨイは、大国のお姫様。 愛想、愛嬌、媚び。暗かった前世の自分に反省して、好かれるために頑張る。 そして、デロデロに愛されて甘やかされて、幸せになる!

没落貴族の異世界領地経営!~生産スキルでガンガン成り上がります!

武蔵野純平
ファンタジー
異世界転生した元日本人ノエルは、父の急死によりエトワール伯爵家を継承することになった。 亡くなった父はギャンブルに熱中し莫大な借金をしていた。 さらに借金を国王に咎められ、『王国貴族の恥!』と南方の辺境へ追放されてしまう。 南方は魔物も多く、非常に住みにくい土地だった。 ある日、猫獣人の騎士現れる。ノエルが女神様から与えられた生産スキル『マルチクラフト』が覚醒し、ノエルは次々と異世界にない商品を生産し、領地経営が軌道に乗る。

S級クラフトスキルを盗られた上にパーティから追放されたけど、実はスキルがなくても生産力最強なので追放仲間の美少女たちと工房やります

内田ヨシキ
ファンタジー
[第5回ドラゴンノベルス小説コンテスト 最終選考作品] 冒険者シオンは、なんでも作れる【クラフト】スキルを奪われた上に、S級パーティから追放された。しかしシオンには【クラフト】のために培った知識や技術がまだ残されていた! 物作りを通して、新たな仲間を得た彼は、世界初の技術の開発へ着手していく。 職人ギルドから追放された美少女ソフィア。 逃亡中の魔法使いノエル。 騎士職を剥奪された没落貴族のアリシア。 彼女らもまた、一度は奪われ、失ったものを、物作りを通して取り戻していく。 カクヨムにて完結済み。 ( https://kakuyomu.jp/works/16817330656544103806 )

処理中です...