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最終章?

真実

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「……時間が止まった?」
「あぁ、俺とお前を例外として時を止めた」

 確かに、シズクもアラクネも微動だにしていない。崩落した地面の破片も落下していない。全ての物体が死んだように止まっていた。

「これは一度しか使えない上、止まっている物に物理的干渉は不可能だ。つまりエイミー・レンブラント……まぁお前ら風に言えばシズクも殺せないし、戦闘には何の役にも立たない」
「じゃあなんで……まさか、俺を殺すつもりか?」
「はっ……そんなもの時間を止めなくとも容易いだろうが。そうじゃない、お前と話をするためだ」

 そう言って、ウォーカーは今いる地面の下の空洞から抜けて、止まった瓦礫を蹴りながら上に昇っていく。背中を見せているが、シズクの居ない現状、こちらから攻撃することが死に直結することぐらいは理解していた。

「攻撃しないのは良い判断だ。なに、危害を加えるつもりは無い。それどころか、俺はお前に真実を教えてやるつもりだ」

 真実。いつかシズクが転生者の歴史やウォーカーについて語った時のことが思い出された。


***


 闘技場から場所は変わって、俺は再び、元々ウォーカーが居た書斎のような一室に移動していた。ウォーカーに<転移テレポート>をさせられたのだ。自分では出来ないらしい。そんな奴は大きな革製の椅子に座り、俺は来客用のソファに座った。

「さて、どこから話そうか……」
「ひとつ聞きたいんだが」

 ウォーカーの顎に手を当てて思案する仕草は、さっきまで殺し合いをしていた相手とは思えなかった。やはりこうして戦場以外で見ればなんの威圧感も無い男だ。だからなのか、向こうが話し合いを提案してきたからか、俺は気付けば軽率に口を開いていた。

「ウォーカー、なぜお前は転生者を殺す? 魔王という面倒な演出をしてまで、お前はどうして転生者特典を集める?」
「あ? あー……そういう説明をエイミー・レンブラントから受けているわけか」

 俺の質問にウォーカーは一瞬、苛立ちを覚えた表情を見せ、しかし直ぐに納得したような顔をする。

「この世界を作ったのは誰だと思う?」

 突然、漠然とした質問を振られて俺は眉をひそめる。世界を誰が作ったか? 宗教の話をしているのだとしたら、俺はあいにく信仰心が薄い。

「考えたこともないな」
「そうか、ならば教えておいてやろう。確固たる事実としてこの世界には創造主が居る」
「どうして?」
「声が聞こえるからだ。絶え間なく、[転生者の篝火]である俺には神の声が聞こえる」

 気が触れた人間のような、虚ろな目でウォーカーはそう答える。しかしそれを単に頭がおかしいとは俺は思えなかった。[転生者の篝火]の一文には、確かに『神』という文字が入っているから。

「今から話すことは全て事実だ。覚悟して聞け」

 神妙なウォーカーの声色に、ごくりと俺は唾を飲み込んだ。

「まず、世界には階層構造がある」
「階層構造……」
「ダンジョンを想像してみればいい。この世界の一段上に、この世界を作った創造主が住む世界がある。創造主が住む世界の一段上にも、その世界を作った世界がある、といったような感じだ」

 ダンジョンのように、一段ずつに世界が配置されている。確かに、そう言われると理解しやすかった。途方もない規模の、どこに繋がるかも分からない話ではあるが、口を挟むことはしない。

「そして一段上の世界とは転生者の世界だ。分かるか、神は転生者と同じ世界の住人ということだ」
「転生者が……神?」
「全員が全員そうではない。神は一人だけだ。ただ神の権能は、同じ世界の住人である転生者に対しては効力を持たない」

 『転生者に対して効力を持たない』、同じような話を聞いたことがある。『世界図書』だ。6層で出会った少年が『世界図書』の能力について説明する時に、同じことを言っていた。そしてアレは世界の理そのものを書き換える能力だったはず。

 ──理屈は通る……というか同じ道理か。

 得心してしまう。世界がどうなっているかなど、考えたことがなかったが、言われてみると、それしか無いような気がしてくる話だ。

「では次に質問だ。[転生者の篝火]とはなんの為に存在している?」
 
 ウォーカーの質問に俺はステータスを開く。[転生者の篝火]についての説明が記述されているからだ。『転生者と出会い導く運命を神に与えられた者の称号』、曖昧で漠然とした表記だが、なんとなく想像はつく。

「……転生者を正しくこの世界でも生きていけるようにするため?」

 が、しかしウォーカーはため息をつきながら、首を横に振った。

「良いか? 神の権能は転生者に効かないんだぞ。つまり神は転生者がこの世界に増えれば増えるほど、この世界の手綱が握れなくなる。神にとって転生者は不都合というわけだ」
「……つまり、何が言いたい」
「はっ、察しはついてる癖に。じゃあ言ってやるよ、、それこそが俺たちの使命なんだよ」

 馬鹿にしたような口調でウォーカーはそう言った。『転生者を殺すこと、それこそが俺たちの使命』、俺たちとは[転生者の篝火]のことで、つまり俺は転生者を殺さなければならない……。

 セージも、ユミも、魔人リンも、リカも、シズクも、マサトも、ミレイも、全員俺が神に与えられた殺さなければならない標的? 

 頭がおかしくなりそうだった。瞳孔が震えているのが、喉が詰まっているのが、自分でも分かる。が、ウォーカーは言葉を続ける。

「そんな顔するなよ。俺たちが転生者を殺すことこそが、奴らにも救いだからよ。篝火は転生者の魂を元の輪廻の渦に戻す力を持っているんだ。暗い魂の世界でも、元の道が分かるように照らす力を」
「……元の輪廻」
「そうだ。転生者が篝火の手以外で死ねば、その魂はこの世界の輪廻にも適合できず、かと言って元の世界の輪廻に戻れる訳もなく、永遠に彷徨うことになる」

 死んでから、どこにも行けることがなく彷徨い続ける。それがどういう状態なのかは分からないが、ただ恐ろしいことなのは分かった。

「だから殺す。転生者が元の輪廻に戻れるように殺す。転生者が増えて、この世界が壊れないように殺す。神が世界の手綱を握れるように殺す」
「それは……殺すしか方法は無いのか」
「あぁ。そうだ、殺すしか方法は無い。これが[転生者の篝火]の一、二文目の本当の意味だ。じゃあ、次は三文目だ」

 篝火の説明文、その三文目は『その篝火を消せば転生者は霧の中を彷徨い、全ての力は貴方の手の上のものになるだろう』という文章だ。俺は、死なせてしまった転生者の特典を引き継ぐことを、この文が表していると思っていた。

 俺がそれを伝えると、ウォーカーは頷いた。

「あぁそうだな、これは殺した転生者の特典を引き継ぐこと意味している。が、それよりも他の篝火を殺した時のことが肝だ」
「他の篝火を……?」
「篝火を消せば、なんてわざわざ分かりにくい表現を使っているのは、その言葉の通り他の篝火を殺せば、その特典すらも引き継げることを意味している」

 ──篝火を消せば、特典を引き継げる……?

「……っ!」

 言ってる意味を反芻し、理解する。それとほぼ同時に俺はソファから立ち上がって、ウォーカーと向かい合った。だが、ウォーカーはそんな俺を見てせせら笑う。

「良い反応だ……が、言ったろう。俺はお前程度ならいつでも殺せる、と。時間を止めたのはお前と話をするためだ、と」
「そうか……そうだったな」

 焦って、自意識過剰に戦闘に移ろうとした自分のマヌケさに、俺は恥ずかしくなり再び座った。

「まぁ、三文目の話は言ってもそれぐらいだ。これは推測だが、『殺せば殺すほど強くなる』『篝火同士が殺し合う』という二つの要素があれば転生者を殺すことに世界を守る以外の理由が増えるから、そういう風にしたんだろう」
「俺は……何も知らなかったんだな」

 世界に神がいることを、世界が階層構造になっていることを、[転生者の篝火]の役目を、俺は何も知らずにいた。そのことが情けないような、恥ずかしいような、でもそんなことよりも頭を整理するのでいっぱいいっぱいで、自分でもよく分からない感情だった。

「はっ、それは仕方無いだろ。半分転生者の血が入ってるお前には、神の声が聞こえていなかったのだから」
「神の声……それはウォーカーにはずっと聞こえているのか」
「あぁ……ずっとだ。『転生者を殺せ』『世界を守れ』『転生者を殺せ』『世界を守れ』、ずっとずっと聞こえている」

 四六時中、永遠に誰かの声が聞こえてくる。その神の言葉に従って転生者を殺し続ける百年間。俺はその覚悟も苦痛も、なにも想像もつかなかった。

「シズクはウォーカーのことを悪人だと、力を求めるためだけに転生者を殺し、各国を牛耳る人間だと言っていたが……だがしかし、実際のところは世界を守る使命を果たしていたわけか」

 シズクは復讐心に取り憑かれているが、真実を知れば変わるかもしれない。真実を知ってしまった以上、二人が殺し合う姿はもう見たくなかった。

「あぁそういえばまだそこの説明はしてなかったな」
「そこの……?」

 ウォーカーは、額に手を当ててうっかりしていた、と言う。そして、平然と、今までの真実よりも軽い調子でこう言った。

「言っておくが、シズクは転生者じゃない。俺たちと同じ[転生者の篝火]、こっちの世界の人間だ」
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