上 下
107 / 124
8人目

停滞と消失

しおりを挟む
 9層に入ってから四日目の昼。10層への道の途中にある五つの『セーフゾーン』のうち、ようやくさっき三つ目にたどり着き、そこで昼食を兼ねた小休止したのち、再び歩き出していたところだ。

 『代償成就』のお陰で無駄に歩かないで済んではいるが、だがしかし過去に無いほど全員の顔に疲れが浮かんでいた。

 慣れないダンジョン行軍のせいかメイラは寝不足の疲れが見え始めているし、俺もガスマスクがかなり息苦しくていつもより体力の消耗が早い。9層の魔物はどれも強くて厄介だし、なにより胞子煙のせいで接敵が直前まで分からないのが精神をすり減らした。<探知サーチ>も、舞っている胞子自体が魔物のせいで、そっちに反応して使い物にならないのだ。

「あと……どれくらいだ?」
「まだ歩き始めたばっかだよ? <地図マップ>っと」

 「何回みても距離は変わらないのに……」と呟きながらもシズクは次の『セーフゾーン』を記した地図を空中に展開する。ミレイもメイラもマサトも最早それを見上げる元気すら無いのか、無反応に俯いて後ろを付いてきている。その横を追い越して俺は前に出て、シズクと並ぶ。

「一応、最短ルートを進んではいるか……」
「まぁ、ここら辺が平坦っぽくて良かったね。いつか来た時は、出口のない峡谷みたいなところもあったし」
「前の記録がせめて<地図マップ>に残ってたらな……」

 <地図マップ>は層の外周と今まで通ったところが記されていくスキルなのだが、層の構造自体が変わってしまえばその記録も消失する。そして5層以降はどの層も構造が数週間ごとに変化するのだ。父さんもこれに相当悩まされたと言っていた。

「どうしようも無いこと言っても仕方ないよ」
「それはそうなんだが……」

 まさにぐうの音も出ないことをシズクに言われて、返答に詰まる。

 その時だった。

「あっ、アレかしら。ようやく見つけたわ」
「ホンマやなぁ……ていうかここら辺特に空気悪いな。オレ、キノコは嫌いやーいうのに」

 唐突に、呑気な男女二人分の声が上空から降ってきた。

「……!?」

 ──誰だ!?

 ぱっ、と一斉に全員が声の方を見上げる。ほぼ、と言ったのは、ただ一人ミレイだけが下を向いたまま最低限の動きで銃を二丁引き抜いて、そのままノールックで引き金を引いたからだ。

 ──バババババっ!!!!
 ──パァンっっ!!

 小さい方の銃からは合計六発の弾丸が、大きい方の銃からはひときわ大きい発砲音と共に一発の巨大な弾丸が発射される。それら全ては真っ直ぐに標的に向かっていき、音だけで相手の位置を把握して、さらに一瞬で撃つという神技を見せたミレイに俺は驚く。

「<停滞リポーズ>……」「<消失ヴァニッシュ>」

 が、銃声が俺の耳に届いた時には、既にそれらの弾丸は消失していた。正確には上空にいた二人の男女に届くことなく、一瞬時間が止まったかのように停止して、次の瞬間には跡形もなく消えた、というのが正しいが。

「えらい物騒な挨拶やなぁ。嫌いじゃないで」
「私は不快だったけど? 初対面の人にやることじゃないと思うの」

 ミレイの攻撃、それをなんなく無効化した二人はしかし反撃を行う素振りを少しも見せない。少し安堵した俺は、もしかしたらユリウス陛下が送り込んでくれた協力者の可能性もあると思い、取り敢えず誰かを把握しようと上に向かって叫ぶ。

「お前たちは誰だ!?」
「私はアズサよ」
「オレはクニヒコだ」

 二人は名前だけを簡潔に答える。しかし未だ上空から降りてくるつもりは無いようで、名前を言った後はなにか二人でこちらを指さしながら話し合っている。

「アズサ……クニヒコ……これは転生者と見ていいんだよな」
「ああ、そうだな。十中八九転生者だろう」

 マサトは俺の確認に頷く。

 転生者、ということはやはり帝国の協力者の可能性が高いのだろう。ウォーカーは転生者を片っ端から殺して力を集めていると聞く。エレナだってこちらの世界の人間だ、奴が部下に転生者を雇っているとは思えなかった。

 改めて俺は上の二人を観察する。

 一人は真っ黒な服を着て、真っ黒な傘をさす少女。漆黒という点ではエレナと同じだが、実際はエレナの死神を思わせ恐怖を刻み込んでくるようなものではなく、細やかな装飾が煌びやかに光るドレスで、ただただ華麗だった。彼女の肌があまりにも真っ白なので吸血鬼族かと一瞬俺は勘ぐったが、しかし羽が無いことと、いくら日傘をさしているとはいえ日中に平然と活動していることが、そうでないことを示している。

 その隣、真っ黒な彼女とは対称的に、真っ白なローブを着て巨大なランスを片手でぶら下げるように持つ男が居た。幽霊のように背を丸めて、感情の籠ってない笑みを浮かべているソイツは……こちらを向きながら小声で、なんと言っているか分からないがとにかく何かある単語を──

「は……?」

 ──口にした。

「……何が、え? え、何が起こった……!?」

 理解不能な現象に、ただただ口をついて驚きだけが先に出た。

 景色がまるきり変わっているのだ。地面に起伏が、遠くに見ていた山が、右にあったはずの森が、全て変わっている。知らない内に別の場所に入り込んだようなこの違和感、これは6層で少年に転移させられた時と同じものだった。

転……移テレポート?」

 俺と同じように隣で呆然としているミレイ、居るのはただ一人だけ。他の三人はどこにも……

 ──いや、後ろに居る!?

 誰か居ないかと、周りを見渡して気付く。胞子で見えにくいが確かに、20メートルも後ろには他の三人のシルエットが見えて再び驚く。

「もう一回や、今度はゼロ距離で。<消失ヴァニッシュ>」
「なっ」

 早く合流せねば、と声をあげようとした。が、空から降りてきた、クニヒコと名乗っていた男が後ろを見る俺の視界を塞ぐように立ち、右手で俺の肩を、左手でミレイの肩を触った。

 ぐるっ──と視界が回った。

「……っやられた!」

 そう、また再び世界の景色が一変した。今度は正真正銘、さっきとは全く違う景色。左右は空まで届くのでは、と思うほどに高い崖で、細長いぐねぐねとした道が前と後ろには続いている。シズクが言っていた峡谷とやらなのかもしれない。

「分断完了っと……改めて、オレは『消失王』のクニヒコ。お前たちの敵や」

 その男は、そう笑った。

しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

精霊が俺の事を気に入ってくれているらしく過剰に尽くしてくれる!が、周囲には精霊が見えず俺の評価はよろしくない

よっしぃ
ファンタジー
俺には僅かながら魔力がある。この世界で魔力を持った人は少ないからそれだけで貴重な存在のはずなんだが、俺の場合そうじゃないらしい。 魔力があっても普通の魔法が使えない俺。 そんな俺が唯一使える魔法・・・・そんなのねーよ! 因みに俺の周囲には何故か精霊が頻繁にやってくる。 任意の精霊を召還するのは実はスキルなんだが、召喚した精霊をその場に留め使役するには魔力が必要だが、俺にスキルはないぞ。 極稀にスキルを所持している冒険者がいるが、引く手あまたでウラヤマ! そうそう俺の総魔力量は少なく、精霊が俺の周囲で顕現化しても何かをさせる程の魔力がないから直ぐに姿が消えてしまう。 そんなある日転機が訪れる。 いつもの如く精霊が俺の魔力をねだって頂いちゃう訳だが、大抵俺はその場で気を失う。 昔ひょんな事から助けた精霊が俺の所に現れたんだが、この時俺はたまたまうつ伏せで倒れた。因みに顔面ダイブで鼻血が出たのは内緒だ。 そして当然ながら意識を失ったが、ふと目を覚ますと俺の周囲にはものすごい数の魔石やら素材があって驚いた。 精霊曰く御礼だってさ。 どうやら俺の魔力は非常に良いらしい。美味しいのか効果が高いのかは知らんが、精霊の好みらしい。 何故この日に限って精霊がずっと顕現化しているんだ? どうやら俺がうつ伏せで地面に倒れたのが良かったらしい。 俺と地脈と繋がって、魔力が無限増殖状態だったようだ。 そしてこれが俺が冒険者として活動する時のスタイルになっていくんだが、理解しがたい体勢での活動に周囲の理解は得られなかった。 そんなある日、1人の女性が俺とパーティーを組みたいとやってきた。 ついでに精霊に彼女が呪われているのが分かったので解呪しておいた。 そんなある日、俺は所属しているパーティーから追放されてしまった。 そりゃあ戦闘中だろうがお構いなしに地面に寝そべってしまうんだから、あいつは一体何をしているんだ!となってしまうのは仕方がないが、これでも貢献していたんだぜ? 何せそうしている間は精霊達が勝手に魔物を仕留め、素材を集めてくれるし、俺の身をしっかり守ってくれているんだが、精霊が視えないメンバーには俺がただ寝ているだけにしか見えないらしい。 因みにダンジョンのボス部屋に1人放り込まれたんだが、俺と先にパーティーを組んでいたエレンは俺を助けにボス部屋へ突入してくれた。 流石にダンジョン中層でも深層のボス部屋、2人ではなあ。 俺はダンジョンの真っただ中に追放された訳だが、くしくも追放直後に俺の何かが変化した。 因みに寝そべっていなくてはいけない理由は顔面と心臓、そして掌を地面にくっつける事で地脈と繋がるらしい。地脈って何だ?

とあるおっさんのVRMMO活動記

椎名ほわほわ
ファンタジー
VRMMORPGが普及した世界。 念のため申し上げますが戦闘も生産もあります。 戦闘は生々しい表現も含みます。 のんびりする時もあるし、えぐい戦闘もあります。 また一話一話が3000文字ぐらいの日記帳ぐらいの分量であり 一人の冒険者の一日の活動記録を覗く、ぐらいの感覚が お好みではない場合は読まれないほうがよろしいと思われます。 また、このお話の舞台となっているVRMMOはクリアする事や 無双する事が目的ではなく、冒険し生きていくもう1つの人生が テーマとなっているVRMMOですので、極端に戦闘続きという 事もございません。 また、転生物やデスゲームなどに変化することもございませんので、そのようなお話がお好みの方は読まれないほうが良いと思われます。

《勘違い》で婚約破棄された令嬢は失意のうちに自殺しました。

友坂 悠
ファンタジー
「婚約を考え直そう」 貴族院の卒業パーティーの会場で、婚約者フリードよりそう告げられたエルザ。 「それは、婚約を破棄されるとそういうことなのでしょうか?」 耳を疑いそう聞き返すも、 「君も、その方が良いのだろう?」 苦虫を噛み潰すように、そう吐き出すフリードに。 全てに絶望し、失意のうちに自死を選ぶエルザ。 絶景と評判の観光地でありながら、自殺の名所としても知られる断崖絶壁から飛び降りた彼女。 だったのですが。

S級クラフトスキルを盗られた上にパーティから追放されたけど、実はスキルがなくても生産力最強なので追放仲間の美少女たちと工房やります

内田ヨシキ
ファンタジー
[第5回ドラゴンノベルス小説コンテスト 最終選考作品] 冒険者シオンは、なんでも作れる【クラフト】スキルを奪われた上に、S級パーティから追放された。しかしシオンには【クラフト】のために培った知識や技術がまだ残されていた! 物作りを通して、新たな仲間を得た彼は、世界初の技術の開発へ着手していく。 職人ギルドから追放された美少女ソフィア。 逃亡中の魔法使いノエル。 騎士職を剥奪された没落貴族のアリシア。 彼女らもまた、一度は奪われ、失ったものを、物作りを通して取り戻していく。 カクヨムにて完結済み。 ( https://kakuyomu.jp/works/16817330656544103806 )

今世では溺れるほど愛されたい

キぼうのキ
ファンタジー
幼い頃両親を亡くし、親戚の家を転々としてきた青木ヨイは居場所がなかった。 親戚の家では煙たがられ、学校では親がいないという理由でいじめに合っていた。 何とか高校を卒業して、親戚の家を出て新しい生活を始められる。そう思っていたのに、人違いで殺されるなんて。 だが神様はヨイを見捨てていなかった。 もう一度、別の世界でチャンスを与えられた。 そこでのヨイは、大国のお姫様。 愛想、愛嬌、媚び。暗かった前世の自分に反省して、好かれるために頑張る。 そして、デロデロに愛されて甘やかされて、幸せになる!

絶望の箱庭~鳥籠の姫君~

神崎ライ
ファンタジー
「陰と陽が交わり、覚醒の時は訪れた。廻り始めた運命の歯車は止められない、たとえ創造主(ワイズマン)であろうとも……この世界に残された時間は少ない、誰も創造できない結末を君たちが導いてくれたまえ!」 世界の命運は少年と少女に託された。 彼らに待ち受けるのは希望か絶望か…… ある時を機に闇の魔力を発現した少年「天ヶ瀬 冬夜(あまがせ とうや)」 記憶を封じられ、謎の空間に幽閉されている少女「メイ」 きっかけは冬夜が六歳の時に起きた「事件」 少年と少女が出会ったことにより、世界の運命は大きく動き始めた…… やがて時は過ぎ、導かれたように衝撃的な再会を果たす二人。 そして舞台は整えられていく、何者によって用意されていたかのように…… 同じ時間軸に存在し、決して交わることがなかった二つの世界。 科学が発達した現実世界、魔法が発展した幻想世界。 そして……両世界の狭間に存在すると噂される『箱庭』 少しづつ明らかにされる箱庭の正体と隠された真実。 全てが明かされる時、世界は終焉を迎えるのか……それとも…… 少年と少女は創造主(ワイズマン)が描いた未来を変えることができるのか? 世界の命運をかけた物語は動き始めた、誰も予測できない未来へ……

結婚しても別居して私は楽しくくらしたいので、どうぞ好きな女性を作ってください

シンさん
ファンタジー
サナス伯爵の娘、ニーナは隣国のアルデーテ王国の王太子との婚約が決まる。 国に行ったはいいけど、王都から程遠い別邸に放置され、1度も会いに来る事はない。 溺愛する女性がいるとの噂も! それって最高!好きでもない男の子供をつくらなくていいかもしれないし。 それに私は、最初から別居して楽しく暮らしたかったんだから! そんな別居願望たっぷりの伯爵令嬢と王子の恋愛ストーリー 最後まで書きあがっていますので、随時更新します。 表紙はエブリスタでBeeさんに描いて頂きました!綺麗なイラストが沢山ございます。リンク貼らせていただきました。

せっかく異世界に転生できたんだから、急いで生きる必要なんてないよね?ー明日も俺はスローなライフを謳歌したいー

ジミー凌我
ファンタジー
 日夜仕事に追われ続ける日常を毎日毎日繰り返していた。  仕事仕事の毎日、明日も明後日も仕事を積みたくないと生き急いでいた。  そんな俺はいつしか過労で倒れてしまった。  そのまま死んだ俺は、異世界に転生していた。  忙しすぎてうわさでしか聞いたことがないが、これが異世界転生というものなのだろう。  生き急いで死んでしまったんだ。俺はこの世界ではゆっくりと生きていきたいと思った。  ただ、この世界にはモンスターも魔王もいるみたい。 この世界で最初に出会ったクレハという女の子は、細かいことは気にしない自由奔放な可愛らしい子で、俺を助けてくれた。 冒険者としてゆったり生計を立てていこうと思ったら、以外と儲かる仕事だったからこれは楽な人生が始まると思った矢先。 なぜか2日目にして魔王軍の侵略に遭遇し…。

処理中です...