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8人目
代償
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視点:エレナ・ブラッディ
──────────────────────
「すみません……逃しました。奴らを捉えた時にはもう9層に降りている途中で」
歩み続ける者様に、頭を下げてそう報告する。噛んだ唇が痛かった。
転生者ひとり殺せない自分が不甲斐なく、そしてなにより私を信頼してくれ任務を与えてくれたこの方に申し訳ない。ただ、それだけだった。
「構わん。一度帰還を命じたのは俺だ。リカ・ローグワイスもうまく処理できたことだしな」
「リカ王が……ですか?」
予想外の言葉に私はそう言葉を返す。ふっと顔を上げれば、歩み続ける者様は『逃亡王』サツキを懐から出して机の上で撫でていた。サツキの、その愛くるしい姿に私は頬が思わず緩む。
『逃亡王』サツキはハリネズミである。なぜ彼女がハリネズミの姿をしているのかも、どんな能力なのかも私は知らない。名前でさえ、『消失王』クニヒコが「歩み続ける者がそう呼んでいた」というのを聞いただけだ。
──って思考が逸れてしまった。
慌てて私がサツキから目線を外して歩み続ける者様の方を見る、とそこには笑みがあった。私の考えていたことなど分かっているかのような表情に少し恥ずかしくなる。
「あぁ、リュウイチ……『膨縮王』を失ったのは痛いが……奴は素行に問題があったし丁度いいだろう。戦果としては俺たちの勝利だ」
その時。
コンコン──ドアがノックされた。歩み続ける者様がスキルによって廊下を確認するその間、私は念の為に戦闘体制を取る。が、彼が頷いたのを見て私は亜空の鎌にかけていた手を抜く。
「入れ」
「邪魔するわ……あら、エレナも来てたのね」
入ってきたのは『停滞王』アズサだった。いつものように真っ黒なゴシック系の服に黒い小さな傘を<停滞>で浮かしている彼女は何かを片手で引き摺りながらも、もう片方の手でこちらにひらひらと手を振る。
「はい、アズサも何かの任務の報告で?」
「そうよ。歩み続ける者、言われた通り連れてきたわ」
そう言ってアズサは後ろ手で持っていた人を、軽々と前に置く。どん、と床に置かれたのは微動だにしない人、女性だった。
──えっ?
流石に人間を引き摺ってきたとは思わなくて、一瞬思考が停止する。まさか、死んでる? と焦るが、しかし彼女の能力を思い出して安心する。まるで物のように人を扱えているのは彼女のレベルによる単純な力と、<停滞>の効果なんだろう。
「良くやった。そうだな……話を聞きたい。<停滞>を解除してくれ。あ、エレナ、お前もここに居ていい」
これ以上居ては邪魔だろうか、と退出しようとした私を歩み続ける者様は引き止めてくれた。その間にアズサはスキルは解除し、新たに両手と両足だけの<停滞>を女性に掛ける。
意識が復活した彼女は、しかし自分が誰にどうして捕まったかを理解しているのか、少しも驚く様子は見せず、ただ俯いた。
「彼女は三十年前、魔物融合被検体ユミを故意に逃がした研究員メイラ・二フィだ」
メイラと呼ばれた女性、三十年前ということは今の年齢は四十五は超えているだろう。確かに彼女のその<停滞>された両手は皺があったし、髪も艶を失っている。決して若くは無かった。
「ユミ……というと?」
メイラについてはなんとなく理解したが、しかしユミという人間を私は知らない。
歩み続ける者様に質問を重ねたくはないが、しかし分からないことを分からないまま放置することの方が彼の機嫌を損ねることは分かっていた。
その私の質問にはアズサが口を開いた。
「『代償成就』という特典を持つ転生者……デッドウルフとの融合体で研究所を破壊して逃げた被検体。リューロ・グランツと出会って、その後魔王エイミー・レンブラントに殺されてる」
「リューロ・グランツに……?」
意外な、このタイミングでこの女性を捕まえるように指示したことを考えれば意外では無いかもしれないが、リューロの名が出て私は驚く。
「ずっと探してはいたんだがな、ようやくお前が愚かにも帝国に接触してくれたお陰で見つかった。なに、質問に答えてくれれば今更、罰する気もない」
「てっ……帝国が──」
「いや、それは無い。お前の代わりとして『変装』の転生者を送り込んであるからな」
帝国が助けてくれるかもしれない、それが唯一の希望だったのだろう。その可能性すら潰えたことにメイラはもう何も返さなかった。
「聞きたいことがあるだけだ。明らかな事実として、ユミはその場に居た同じ被検体である転生者全員の命を代償にして研究所を破壊している。そうして脱出をした訳だが、その時に既に奴は四肢を失っていた」
歩み続ける者様は淡々と言葉を続ける。
「なぁ、ユミは四肢を代償に何を叶えた?」
簡潔な質問、それを聞いたメイラは逡巡し、しかし深呼吸をして口を開いた。
「『いつか出来る愛する人、その彼が命の危険に晒された時、その場に存在できるように』……それが彼女の願いです」
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「すみません……逃しました。奴らを捉えた時にはもう9層に降りている途中で」
歩み続ける者様に、頭を下げてそう報告する。噛んだ唇が痛かった。
転生者ひとり殺せない自分が不甲斐なく、そしてなにより私を信頼してくれ任務を与えてくれたこの方に申し訳ない。ただ、それだけだった。
「構わん。一度帰還を命じたのは俺だ。リカ・ローグワイスもうまく処理できたことだしな」
「リカ王が……ですか?」
予想外の言葉に私はそう言葉を返す。ふっと顔を上げれば、歩み続ける者様は『逃亡王』サツキを懐から出して机の上で撫でていた。サツキの、その愛くるしい姿に私は頬が思わず緩む。
『逃亡王』サツキはハリネズミである。なぜ彼女がハリネズミの姿をしているのかも、どんな能力なのかも私は知らない。名前でさえ、『消失王』クニヒコが「歩み続ける者がそう呼んでいた」というのを聞いただけだ。
──って思考が逸れてしまった。
慌てて私がサツキから目線を外して歩み続ける者様の方を見る、とそこには笑みがあった。私の考えていたことなど分かっているかのような表情に少し恥ずかしくなる。
「あぁ、リュウイチ……『膨縮王』を失ったのは痛いが……奴は素行に問題があったし丁度いいだろう。戦果としては俺たちの勝利だ」
その時。
コンコン──ドアがノックされた。歩み続ける者様がスキルによって廊下を確認するその間、私は念の為に戦闘体制を取る。が、彼が頷いたのを見て私は亜空の鎌にかけていた手を抜く。
「入れ」
「邪魔するわ……あら、エレナも来てたのね」
入ってきたのは『停滞王』アズサだった。いつものように真っ黒なゴシック系の服に黒い小さな傘を<停滞>で浮かしている彼女は何かを片手で引き摺りながらも、もう片方の手でこちらにひらひらと手を振る。
「はい、アズサも何かの任務の報告で?」
「そうよ。歩み続ける者、言われた通り連れてきたわ」
そう言ってアズサは後ろ手で持っていた人を、軽々と前に置く。どん、と床に置かれたのは微動だにしない人、女性だった。
──えっ?
流石に人間を引き摺ってきたとは思わなくて、一瞬思考が停止する。まさか、死んでる? と焦るが、しかし彼女の能力を思い出して安心する。まるで物のように人を扱えているのは彼女のレベルによる単純な力と、<停滞>の効果なんだろう。
「良くやった。そうだな……話を聞きたい。<停滞>を解除してくれ。あ、エレナ、お前もここに居ていい」
これ以上居ては邪魔だろうか、と退出しようとした私を歩み続ける者様は引き止めてくれた。その間にアズサはスキルは解除し、新たに両手と両足だけの<停滞>を女性に掛ける。
意識が復活した彼女は、しかし自分が誰にどうして捕まったかを理解しているのか、少しも驚く様子は見せず、ただ俯いた。
「彼女は三十年前、魔物融合被検体ユミを故意に逃がした研究員メイラ・二フィだ」
メイラと呼ばれた女性、三十年前ということは今の年齢は四十五は超えているだろう。確かに彼女のその<停滞>された両手は皺があったし、髪も艶を失っている。決して若くは無かった。
「ユミ……というと?」
メイラについてはなんとなく理解したが、しかしユミという人間を私は知らない。
歩み続ける者様に質問を重ねたくはないが、しかし分からないことを分からないまま放置することの方が彼の機嫌を損ねることは分かっていた。
その私の質問にはアズサが口を開いた。
「『代償成就』という特典を持つ転生者……デッドウルフとの融合体で研究所を破壊して逃げた被検体。リューロ・グランツと出会って、その後魔王エイミー・レンブラントに殺されてる」
「リューロ・グランツに……?」
意外な、このタイミングでこの女性を捕まえるように指示したことを考えれば意外では無いかもしれないが、リューロの名が出て私は驚く。
「ずっと探してはいたんだがな、ようやくお前が愚かにも帝国に接触してくれたお陰で見つかった。なに、質問に答えてくれれば今更、罰する気もない」
「てっ……帝国が──」
「いや、それは無い。お前の代わりとして『変装』の転生者を送り込んであるからな」
帝国が助けてくれるかもしれない、それが唯一の希望だったのだろう。その可能性すら潰えたことにメイラはもう何も返さなかった。
「聞きたいことがあるだけだ。明らかな事実として、ユミはその場に居た同じ被検体である転生者全員の命を代償にして研究所を破壊している。そうして脱出をした訳だが、その時に既に奴は四肢を失っていた」
歩み続ける者様は淡々と言葉を続ける。
「なぁ、ユミは四肢を代償に何を叶えた?」
簡潔な質問、それを聞いたメイラは逡巡し、しかし深呼吸をして口を開いた。
「『いつか出来る愛する人、その彼が命の危険に晒された時、その場に存在できるように』……それが彼女の願いです」
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