101 / 124
8人目
代償
しおりを挟む
視点:エレナ・ブラッディ
──────────────────────
「すみません……逃しました。奴らを捉えた時にはもう9層に降りている途中で」
歩み続ける者様に、頭を下げてそう報告する。噛んだ唇が痛かった。
転生者ひとり殺せない自分が不甲斐なく、そしてなにより私を信頼してくれ任務を与えてくれたこの方に申し訳ない。ただ、それだけだった。
「構わん。一度帰還を命じたのは俺だ。リカ・ローグワイスもうまく処理できたことだしな」
「リカ王が……ですか?」
予想外の言葉に私はそう言葉を返す。ふっと顔を上げれば、歩み続ける者様は『逃亡王』サツキを懐から出して机の上で撫でていた。サツキの、その愛くるしい姿に私は頬が思わず緩む。
『逃亡王』サツキはハリネズミである。なぜ彼女がハリネズミの姿をしているのかも、どんな能力なのかも私は知らない。名前でさえ、『消失王』クニヒコが「歩み続ける者がそう呼んでいた」というのを聞いただけだ。
──って思考が逸れてしまった。
慌てて私がサツキから目線を外して歩み続ける者様の方を見る、とそこには笑みがあった。私の考えていたことなど分かっているかのような表情に少し恥ずかしくなる。
「あぁ、リュウイチ……『膨縮王』を失ったのは痛いが……奴は素行に問題があったし丁度いいだろう。戦果としては俺たちの勝利だ」
その時。
コンコン──ドアがノックされた。歩み続ける者様がスキルによって廊下を確認するその間、私は念の為に戦闘体制を取る。が、彼が頷いたのを見て私は亜空の鎌にかけていた手を抜く。
「入れ」
「邪魔するわ……あら、エレナも来てたのね」
入ってきたのは『停滞王』アズサだった。いつものように真っ黒なゴシック系の服に黒い小さな傘を<停滞>で浮かしている彼女は何かを片手で引き摺りながらも、もう片方の手でこちらにひらひらと手を振る。
「はい、アズサも何かの任務の報告で?」
「そうよ。歩み続ける者、言われた通り連れてきたわ」
そう言ってアズサは後ろ手で持っていた人を、軽々と前に置く。どん、と床に置かれたのは微動だにしない人、女性だった。
──えっ?
流石に人間を引き摺ってきたとは思わなくて、一瞬思考が停止する。まさか、死んでる? と焦るが、しかし彼女の能力を思い出して安心する。まるで物のように人を扱えているのは彼女のレベルによる単純な力と、<停滞>の効果なんだろう。
「良くやった。そうだな……話を聞きたい。<停滞>を解除してくれ。あ、エレナ、お前もここに居ていい」
これ以上居ては邪魔だろうか、と退出しようとした私を歩み続ける者様は引き止めてくれた。その間にアズサはスキルは解除し、新たに両手と両足だけの<停滞>を女性に掛ける。
意識が復活した彼女は、しかし自分が誰にどうして捕まったかを理解しているのか、少しも驚く様子は見せず、ただ俯いた。
「彼女は三十年前、魔物融合被検体ユミを故意に逃がした研究員メイラ・二フィだ」
メイラと呼ばれた女性、三十年前ということは今の年齢は四十五は超えているだろう。確かに彼女のその<停滞>された両手は皺があったし、髪も艶を失っている。決して若くは無かった。
「ユミ……というと?」
メイラについてはなんとなく理解したが、しかしユミという人間を私は知らない。
歩み続ける者様に質問を重ねたくはないが、しかし分からないことを分からないまま放置することの方が彼の機嫌を損ねることは分かっていた。
その私の質問にはアズサが口を開いた。
「『代償成就』という特典を持つ転生者……デッドウルフとの融合体で研究所を破壊して逃げた被検体。リューロ・グランツと出会って、その後魔王エイミー・レンブラントに殺されてる」
「リューロ・グランツに……?」
意外な、このタイミングでこの女性を捕まえるように指示したことを考えれば意外では無いかもしれないが、リューロの名が出て私は驚く。
「ずっと探してはいたんだがな、ようやくお前が愚かにも帝国に接触してくれたお陰で見つかった。なに、質問に答えてくれれば今更、罰する気もない」
「てっ……帝国が──」
「いや、それは無い。お前の代わりとして『変装』の転生者を送り込んであるからな」
帝国が助けてくれるかもしれない、それが唯一の希望だったのだろう。その可能性すら潰えたことにメイラはもう何も返さなかった。
「聞きたいことがあるだけだ。明らかな事実として、ユミはその場に居た同じ被検体である転生者全員の命を代償にして研究所を破壊している。そうして脱出をした訳だが、その時に既に奴は四肢を失っていた」
歩み続ける者様は淡々と言葉を続ける。
「なぁ、ユミは四肢を代償に何を叶えた?」
簡潔な質問、それを聞いたメイラは逡巡し、しかし深呼吸をして口を開いた。
「『いつか出来る愛する人、その彼が命の危険に晒された時、その場に存在できるように』……それが彼女の願いです」
──────────────────────
「すみません……逃しました。奴らを捉えた時にはもう9層に降りている途中で」
歩み続ける者様に、頭を下げてそう報告する。噛んだ唇が痛かった。
転生者ひとり殺せない自分が不甲斐なく、そしてなにより私を信頼してくれ任務を与えてくれたこの方に申し訳ない。ただ、それだけだった。
「構わん。一度帰還を命じたのは俺だ。リカ・ローグワイスもうまく処理できたことだしな」
「リカ王が……ですか?」
予想外の言葉に私はそう言葉を返す。ふっと顔を上げれば、歩み続ける者様は『逃亡王』サツキを懐から出して机の上で撫でていた。サツキの、その愛くるしい姿に私は頬が思わず緩む。
『逃亡王』サツキはハリネズミである。なぜ彼女がハリネズミの姿をしているのかも、どんな能力なのかも私は知らない。名前でさえ、『消失王』クニヒコが「歩み続ける者がそう呼んでいた」というのを聞いただけだ。
──って思考が逸れてしまった。
慌てて私がサツキから目線を外して歩み続ける者様の方を見る、とそこには笑みがあった。私の考えていたことなど分かっているかのような表情に少し恥ずかしくなる。
「あぁ、リュウイチ……『膨縮王』を失ったのは痛いが……奴は素行に問題があったし丁度いいだろう。戦果としては俺たちの勝利だ」
その時。
コンコン──ドアがノックされた。歩み続ける者様がスキルによって廊下を確認するその間、私は念の為に戦闘体制を取る。が、彼が頷いたのを見て私は亜空の鎌にかけていた手を抜く。
「入れ」
「邪魔するわ……あら、エレナも来てたのね」
入ってきたのは『停滞王』アズサだった。いつものように真っ黒なゴシック系の服に黒い小さな傘を<停滞>で浮かしている彼女は何かを片手で引き摺りながらも、もう片方の手でこちらにひらひらと手を振る。
「はい、アズサも何かの任務の報告で?」
「そうよ。歩み続ける者、言われた通り連れてきたわ」
そう言ってアズサは後ろ手で持っていた人を、軽々と前に置く。どん、と床に置かれたのは微動だにしない人、女性だった。
──えっ?
流石に人間を引き摺ってきたとは思わなくて、一瞬思考が停止する。まさか、死んでる? と焦るが、しかし彼女の能力を思い出して安心する。まるで物のように人を扱えているのは彼女のレベルによる単純な力と、<停滞>の効果なんだろう。
「良くやった。そうだな……話を聞きたい。<停滞>を解除してくれ。あ、エレナ、お前もここに居ていい」
これ以上居ては邪魔だろうか、と退出しようとした私を歩み続ける者様は引き止めてくれた。その間にアズサはスキルは解除し、新たに両手と両足だけの<停滞>を女性に掛ける。
意識が復活した彼女は、しかし自分が誰にどうして捕まったかを理解しているのか、少しも驚く様子は見せず、ただ俯いた。
「彼女は三十年前、魔物融合被検体ユミを故意に逃がした研究員メイラ・二フィだ」
メイラと呼ばれた女性、三十年前ということは今の年齢は四十五は超えているだろう。確かに彼女のその<停滞>された両手は皺があったし、髪も艶を失っている。決して若くは無かった。
「ユミ……というと?」
メイラについてはなんとなく理解したが、しかしユミという人間を私は知らない。
歩み続ける者様に質問を重ねたくはないが、しかし分からないことを分からないまま放置することの方が彼の機嫌を損ねることは分かっていた。
その私の質問にはアズサが口を開いた。
「『代償成就』という特典を持つ転生者……デッドウルフとの融合体で研究所を破壊して逃げた被検体。リューロ・グランツと出会って、その後魔王エイミー・レンブラントに殺されてる」
「リューロ・グランツに……?」
意外な、このタイミングでこの女性を捕まえるように指示したことを考えれば意外では無いかもしれないが、リューロの名が出て私は驚く。
「ずっと探してはいたんだがな、ようやくお前が愚かにも帝国に接触してくれたお陰で見つかった。なに、質問に答えてくれれば今更、罰する気もない」
「てっ……帝国が──」
「いや、それは無い。お前の代わりとして『変装』の転生者を送り込んであるからな」
帝国が助けてくれるかもしれない、それが唯一の希望だったのだろう。その可能性すら潰えたことにメイラはもう何も返さなかった。
「聞きたいことがあるだけだ。明らかな事実として、ユミはその場に居た同じ被検体である転生者全員の命を代償にして研究所を破壊している。そうして脱出をした訳だが、その時に既に奴は四肢を失っていた」
歩み続ける者様は淡々と言葉を続ける。
「なぁ、ユミは四肢を代償に何を叶えた?」
簡潔な質問、それを聞いたメイラは逡巡し、しかし深呼吸をして口を開いた。
「『いつか出来る愛する人、その彼が命の危険に晒された時、その場に存在できるように』……それが彼女の願いです」
0
お気に入りに追加
27
あなたにおすすめの小説
1×∞(ワンバイエイト) 経験値1でレベルアップする俺は、最速で異世界最強になりました!
マツヤマユタカ
ファンタジー
23年5月22日にアルファポリス様より、拙著が出版されました!そのため改題しました。
今後ともよろしくお願いいたします!
トラックに轢かれ、気づくと異世界の自然豊かな場所に一人いた少年、カズマ・ナカミチ。彼は事情がわからないまま、仕方なくそこでサバイバル生活を開始する。だが、未経験だった釣りや狩りは妙に上手くいった。その秘密は、レベル上げに必要な経験値にあった。実はカズマは、あらゆるスキルが経験値1でレベルアップするのだ。おかげで、何をやっても簡単にこなせて――。異世界爆速成長系ファンタジー、堂々開幕!
タイトルの『1×∞』は『ワンバイエイト』と読みます。
男性向けHOTランキング1位!ファンタジー1位を獲得しました!【22/7/22】
そして『第15回ファンタジー小説大賞』において、奨励賞を受賞いたしました!【22/10/31】
アルファポリス様より出版されました!現在第四巻まで発売中です!
コミカライズされました!公式漫画タブから見られます!【24/8/28】
*****************************
***毎日更新しています。よろしくお願いいたします。***
*****************************
マツヤマユタカ名義でTwitterやってます。
見てください。

最強無敗の少年は影を従え全てを制す
ユースケ
ファンタジー
不慮の事故により死んでしまった大学生のカズトは、異世界に転生した。
産まれ落ちた家は田舎に位置する辺境伯。
カズトもといリュートはその家系の長男として、日々貴族としての教養と常識を身に付けていく。
しかし彼の力は生まれながらにして最強。
そんな彼が巻き起こす騒動は、常識を越えたものばかりで……。
異世界で世界樹の精霊と呼ばれてます
空色蜻蛉
ファンタジー
普通の高校生の樹(いつき)は、勇者召喚された友人達に巻き込まれ、異世界へ。
勇者ではない一般人の樹は元の世界に返してくれと訴えるが。
事態は段々怪しい雲行きとなっていく。
実は、樹には自分自身も知らない秘密があった。
異世界の中心である世界樹、その世界樹を守護する、最高位の八枚の翅を持つ精霊だという秘密が。
【重要なお知らせ】
※書籍2018/6/25発売。書籍化記念に第三部<過去編>を掲載しました。
※本編第一部・第二部、2017年10月8日に完結済み。
◇空色蜻蛉の作品一覧はhttps://kakuyomu.jp/users/25tonbo/news/1177354054882823862をご覧ください。
実はスライムって最強なんだよ?初期ステータスが低すぎてレベルアップが出来ないだけ…
小桃
ファンタジー
商業高校へ通う女子高校生一条 遥は通学時に仔犬が車に轢かれそうになった所を助けようとして車に轢かれ死亡する。この行動に獣の神は心を打たれ、彼女を転生させようとする。遥は獣の神より転生を打診され5つの希望を叶えると言われたので、希望を伝える。
1.最強になれる種族
2.無限収納
3.変幻自在
4.並列思考
5.スキルコピー
5つの希望を叶えられ遥は新たな世界へ転生する、その姿はスライムだった…最強になる種族で転生したはずなのにスライムに…遥はスライムとしてどう生きていくのか?スライムに転生した少女の物語が始まるのであった。

日本列島、時震により転移す!
黄昏人
ファンタジー
2023年(現在)、日本列島が後に時震と呼ばれる現象により、500年以上の時を超え1492年(過去)の世界に転移した。移転したのは本州、四国、九州とその周辺の島々であり、現在の日本は過去の時代に飛ばされ、過去の日本は現在の世界に飛ばされた。飛ばされた現在の日本はその文明を支え、国民を食わせるためには早急に莫大な資源と食料が必要である。過去の日本は現在の世界を意識できないが、取り残された北海道と沖縄は国富の大部分を失い、戦国日本を抱え途方にくれる。人々は、政府は何を思いどうふるまうのか。
勇者じゃないと追放された最強職【なんでも屋】は、スキル【DIY】で異世界を無双します
華音 楓
ファンタジー
旧題:re:birth 〜勇者じゃないと追放された最強職【何でも屋】は、異世界でチートスキル【DIY】で無双します~
「役立たずの貴様は、この城から出ていけ!」
国王から殺気を含んだ声で告げられた海人は頷く他なかった。
ある日、異世界に魔王討伐の為に主人公「石立海人」(いしだてかいと)は、勇者として召喚された。
その際に、判明したスキルは、誰にも理解されない【DIY】と【なんでも屋】という隠れ最強職であった。
だが、勇者職を有していなかった主人公は、誰にも理解されることなく勇者ではないという理由で王族を含む全ての城関係者から露骨な侮蔑を受ける事になる。
城に滞在したままでは、命の危険性があった海人は、城から半ば追放される形で王城から追放されることになる。 僅かな金銭で追放された海人は、生活費用を稼ぐ為に冒険者として登録し、生きていくことを余儀なくされた。
この物語は、多くの仲間と出会い、ダンジョンを攻略し、成りあがっていくストーリーである。

異世界転生!俺はここで生きていく
おとなのふりかけ紅鮭
ファンタジー
俺の名前は長瀬達也。特に特徴のない、その辺の高校生男子だ。
同じクラスの女の子に恋をしているが、告白も出来ずにいるチキン野郎である。
今日も部活の朝練に向かう為朝も早くに家を出た。
だけど、俺は朝練に向かう途中で事故にあってしまう。
意識を失った後、目覚めたらそこは俺の知らない世界だった!
魔法あり、剣あり、ドラゴンあり!のまさに小説で読んだファンタジーの世界。
俺はそんな世界で冒険者として生きて行く事になる、はずだったのだが、何やら色々と問題が起きそうな世界だったようだ。
それでも俺は楽しくこの新しい生を歩んで行くのだ!
小説家になろうでも投稿しています。
メインはあちらですが、こちらも同じように投稿していきます。
宜しくお願いします。
スライムからパンを作ろう!〜そのパンは全てポーションだけど、絶品!!〜
櫛田こころ
ファンタジー
僕は、諏方賢斗(すわ けんと)十九歳。
パンの製造員を目指す専門学生……だったんだけど。
車に轢かれそうになった猫ちゃんを助けようとしたら、あっさり事故死。でも、その猫ちゃんが神様の御使と言うことで……復活は出来ないけど、僕を異世界に転生させることは可能だと提案されたので、もちろん承諾。
ただ、ひとつ神様にお願いされたのは……その世界の、回復アイテムを開発してほしいとのこと。パンやお菓子以外だと家庭レベルの調理技術しかない僕で、なんとか出来るのだろうか心配になったが……転生した世界で出会ったスライムのお陰で、それは実現出来ることに!!
相棒のスライムは、パン製造の出来るレアスライム!
けど、出来たパンはすべて回復などを実現出来るポーションだった!!
パン職人が夢だった青年の異世界のんびりスローライフが始まる!!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる