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7人目
猿
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「マサト、気付いてるか?」
「あぁ……かなりの数がいるな」
巨木だらけの森林の中、その大きな根を乗り越え、時に下をくぐって俺達は駆ける。
無数にブラッドオウルが旋回している空では、マサトも流石に飛んで移動することは出来なかったのだ。一応、<対象変更> を利用してマサトにも<潜伏>を付与しているのだが、それには『忍びの術』が反映されていないので目立つ行動をすれば、距離の近い索敵能力の高い相手には直ぐにバレてしまう。
「心当たりは?」
マサトは俺よりも少し前を先行しながら、ダンジョンについて父の影響で人より詳しい俺に聞く。確かに俺はこの、前と後ろと横、全方位を囲むように俺たちを追跡してきている魔物たちについて、ある程度目星はついていた。
「まぁ断言は出来ないが……それでも十中八九キラーエイプだろうな」
「そいつは強いのか……? 特殊な能力は?」
「いや……特筆するような目立った能力は無いし、集団戦と単純な腕力が厄介なぐらいだ。ただ……」
「……?」
「このまま走り続ければ続けるほど数が増えて圧殺される可能性が高い」
ザザーッ、とそこでマサトが高速で移動していたのを無理やり足を地面に擦って減速させて立ち止まる。そんなマサトの急停止にぶつかりそうになりながらも、俺も慌てて足を止める。
そこは今まで見てきた中で最も大きい木の前だった。圧倒されるほどの幹の太さと、背の高さ、それらに俺はある作戦を思いつく。
── 良い作戦、思いついたかもしれない……。
「なら、ここで迎え撃とう」
「了解」
マサトの提案に俺は頷く、このまま走り続けて無闇にキラーエイプの数を増やすのは当たり前に得策じゃなかった。ガサガサ──と周囲の大木の間を埋め尽くすように生えている低木の葉がそこら中で揺れている。キラーエイプが徐々に包囲網を狭めてきているんだろう。
「マサトは今回サポートに回ってくれ。その<隠密>じゃエレナにバレる可能性が高い」
「理解した……なら、取り敢えず防音をしておこう」
マサトは、俺たちが来た方向に向かって軽く手を振った。不可視ではあるが、防音という言葉から推測するに空気を固定して、気体から固体にすることによって音が伝わるのを遮るつもりなんだろう。
「だがリューロ……軽く見積っても相手は千は居るが、どうするんだ?」
「この木を使うんだ。マサト、せーので少しだけ飛んでくれ」
俺の言葉にマサトは首を傾げる。
「少しだけ……というのは?」
「ブラッドオウルに襲われないけれど、水に流されないぐらいに」
「……?」
俺の意味深な発言にマサトは、やはりまだ少し眉をひそめているが、今は説明している暇は無い。
目の前の大木に俺は近づく。
人間の数百倍ものその木は周りを一周するだけでも3分ほどかかりそうで──人間の平均歩行速度は1分80メートルなので外周340メートルほどだろう──高さも20メートルほどあるだろうか。そんな一際大きい木、その肌に触れて俺は叫ぶ。
「<水操術>!」
発動と共に、自らの手に木の中の水分が完全に委ねられるのを感じる。目を瞑って集中すれば暗闇の中、明確に水の動きだけが光って見えた。
と、同時に聴覚ではもう寸前のところまでキラーエイプが近付いて来ているのを知覚していた。木の枝を踏む音、奴らの爪が葉をかきわける音、視覚を無くしたことによってそれすらも聞き分けられる。
水を操る、ゴォゴォとうねる強大な力を必死に押さえ込みながら、この木の命とも言える水分を全て集めていく。管の中も、幹の中も、枝の中も、葉の中も、あらゆる水に力を流して全てを地面に運んでいく。
──すまない、枯らすことになってしまって。
そして、葉が無惨にも変色して落ちていく中でマサトは俺を守るように空気の盾を張る。ガンガンガン!─という何かを強く叩くような音からするに、もう盾を超えたすぐ隣にキラーエイプの群れがいるに違いない。
が、こっちもようやく根の先に、全ての水分を集中させることに成功した。今にも爆発しそうな程の水圧を必死で抑え込む右手、それを一気に解放する!
「今だ!!!」
瞬間、その大木が蓄えていた全ての水を大地に還元された。
ゴォォォ……! ──という地響きのような音。それを脳が認識した時にはもう俺の体はどろどろになった地面に沈み始めていて、<空中歩行>でどうにかそこから逃れる。
「なっ、……これは……洪水か?」
そう、俺がやったのは局所的な人工洪水。生木の含水率は約150%、これほどに巨大な木ならばその量は尋常じゃない。少なく見積もっても4000万リットル……それこそ、この周辺を水浸しにして千匹を超えるであろうキラーエイプを一掃するぐらいには水があるのだ。
「「「キィィィィィ!!!!!」」」
そこらかしこから、水に流されていくキラーエイプの悲鳴が上がる中、俺とマサトはそれを上から眺めていれば、突如背後から
「へぇ、やるじゃん」
という女の声が聞こえた。
──エレナっ……じゃない!!
一瞬焦るが、明らかに違う声に冷静になる。
「誰だ?」
「アタシはミレイ、ユリウス様の指示であなた達を助けに来た」
「あぁ……かなりの数がいるな」
巨木だらけの森林の中、その大きな根を乗り越え、時に下をくぐって俺達は駆ける。
無数にブラッドオウルが旋回している空では、マサトも流石に飛んで移動することは出来なかったのだ。一応、<対象変更> を利用してマサトにも<潜伏>を付与しているのだが、それには『忍びの術』が反映されていないので目立つ行動をすれば、距離の近い索敵能力の高い相手には直ぐにバレてしまう。
「心当たりは?」
マサトは俺よりも少し前を先行しながら、ダンジョンについて父の影響で人より詳しい俺に聞く。確かに俺はこの、前と後ろと横、全方位を囲むように俺たちを追跡してきている魔物たちについて、ある程度目星はついていた。
「まぁ断言は出来ないが……それでも十中八九キラーエイプだろうな」
「そいつは強いのか……? 特殊な能力は?」
「いや……特筆するような目立った能力は無いし、集団戦と単純な腕力が厄介なぐらいだ。ただ……」
「……?」
「このまま走り続ければ続けるほど数が増えて圧殺される可能性が高い」
ザザーッ、とそこでマサトが高速で移動していたのを無理やり足を地面に擦って減速させて立ち止まる。そんなマサトの急停止にぶつかりそうになりながらも、俺も慌てて足を止める。
そこは今まで見てきた中で最も大きい木の前だった。圧倒されるほどの幹の太さと、背の高さ、それらに俺はある作戦を思いつく。
── 良い作戦、思いついたかもしれない……。
「なら、ここで迎え撃とう」
「了解」
マサトの提案に俺は頷く、このまま走り続けて無闇にキラーエイプの数を増やすのは当たり前に得策じゃなかった。ガサガサ──と周囲の大木の間を埋め尽くすように生えている低木の葉がそこら中で揺れている。キラーエイプが徐々に包囲網を狭めてきているんだろう。
「マサトは今回サポートに回ってくれ。その<隠密>じゃエレナにバレる可能性が高い」
「理解した……なら、取り敢えず防音をしておこう」
マサトは、俺たちが来た方向に向かって軽く手を振った。不可視ではあるが、防音という言葉から推測するに空気を固定して、気体から固体にすることによって音が伝わるのを遮るつもりなんだろう。
「だがリューロ……軽く見積っても相手は千は居るが、どうするんだ?」
「この木を使うんだ。マサト、せーので少しだけ飛んでくれ」
俺の言葉にマサトは首を傾げる。
「少しだけ……というのは?」
「ブラッドオウルに襲われないけれど、水に流されないぐらいに」
「……?」
俺の意味深な発言にマサトは、やはりまだ少し眉をひそめているが、今は説明している暇は無い。
目の前の大木に俺は近づく。
人間の数百倍ものその木は周りを一周するだけでも3分ほどかかりそうで──人間の平均歩行速度は1分80メートルなので外周340メートルほどだろう──高さも20メートルほどあるだろうか。そんな一際大きい木、その肌に触れて俺は叫ぶ。
「<水操術>!」
発動と共に、自らの手に木の中の水分が完全に委ねられるのを感じる。目を瞑って集中すれば暗闇の中、明確に水の動きだけが光って見えた。
と、同時に聴覚ではもう寸前のところまでキラーエイプが近付いて来ているのを知覚していた。木の枝を踏む音、奴らの爪が葉をかきわける音、視覚を無くしたことによってそれすらも聞き分けられる。
水を操る、ゴォゴォとうねる強大な力を必死に押さえ込みながら、この木の命とも言える水分を全て集めていく。管の中も、幹の中も、枝の中も、葉の中も、あらゆる水に力を流して全てを地面に運んでいく。
──すまない、枯らすことになってしまって。
そして、葉が無惨にも変色して落ちていく中でマサトは俺を守るように空気の盾を張る。ガンガンガン!─という何かを強く叩くような音からするに、もう盾を超えたすぐ隣にキラーエイプの群れがいるに違いない。
が、こっちもようやく根の先に、全ての水分を集中させることに成功した。今にも爆発しそうな程の水圧を必死で抑え込む右手、それを一気に解放する!
「今だ!!!」
瞬間、その大木が蓄えていた全ての水を大地に還元された。
ゴォォォ……! ──という地響きのような音。それを脳が認識した時にはもう俺の体はどろどろになった地面に沈み始めていて、<空中歩行>でどうにかそこから逃れる。
「なっ、……これは……洪水か?」
そう、俺がやったのは局所的な人工洪水。生木の含水率は約150%、これほどに巨大な木ならばその量は尋常じゃない。少なく見積もっても4000万リットル……それこそ、この周辺を水浸しにして千匹を超えるであろうキラーエイプを一掃するぐらいには水があるのだ。
「「「キィィィィィ!!!!!」」」
そこらかしこから、水に流されていくキラーエイプの悲鳴が上がる中、俺とマサトはそれを上から眺めていれば、突如背後から
「へぇ、やるじゃん」
という女の声が聞こえた。
──エレナっ……じゃない!!
一瞬焦るが、明らかに違う声に冷静になる。
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