深きダンジョンの奥底より

ディメンションキャット

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圧倒

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 『世界図書』が過去のエレナの斬撃を改変したことによって、マサトもシズクも完全に復活を果たし、更にエレナはマサトの尽力によって左腕を失っている。血をぼたぼたと決して少なくない量流している彼女は遠くない未来、戦闘不能に陥るだろう。

 だが、それでも戦況は五分ごぶとは言えない。シズクが慣れない『世界図書』を行使したせいか、ふらふらと今にも倒れそうなのだ。こちらの最高戦力であるシズクが戦闘不能なのは、正直かなりキツい。

「ふふっ……あはははっ、あははははははっ」
「……」

 こちらに背を向けて、エレナは笑った。片腕の痛みなど感じていないかのように、上を向いて高笑いをする彼女に俺は眉をひそめる。
 エレナの位置は俺とマサトが居る方の崖で、少しでも気を抜けば、一瞬で殺される位置に俺たちは居た。だからこそ、その一挙手一投足を注意深く観察する。

「……あー、

 背を向けて月を見上げながら、心が凍りつきそうな程に冷たい声でそう言ったエレナは、右手に持った鎌を地面にかつん、かつん──と当てている。
 一見隙だらけにも見える、が、彼女の間合いに入ればあっという間に命を刈り取られることはこの場の全員が理解していた。

 それなのに、次の瞬間、俺の腹部から

 ──ザシュッ!

 という風切り音が鳴った!

ぅ……!?」 

 何かされた!! 直ぐに悟った俺が腹に手を当てれば生暖かい液体が手のひらについた。だが、それでも目はエレナから離さない、そして離していない。一時も、瞬きすらしていない。
 そう、事実としてエレナは一歩もそこから動いていないのだ。彼女の位置がズレれば気付くはずだから、速すぎて認識出来ていないとかそういう問題でもない。

「<重力操作グラヴィティ>!」
「それも見えてる! ふぅっ……今のは<再生リプレイ>。私が放った斬撃がもう一度繰り返される、あの方から頂いた『転生者特典』のひとつ。忌むべき力だけど、今だけは使わせてもらうよ」

 いつの間にか『光魔法迷彩マント』によって姿を消していたリカ。声だけが存在していることを証明する彼女が放った、事前に感知不可能なはずの重力魔法をエレナは軽々と最低限の動きで避け、さらにその上でさっき俺を襲った攻撃についてネタばらしをした。

 <再生リプレイ>……確かに俺はさっきマサトが斬られた攻撃の線の直線上に居た。逆にマサトは復活時に少し後ろに下がっていた。
 というか、? もうエレナもウォーカーに取り込まれたということだろうか。俺はその事実に少し歯ぎしりする。エレナはまだ話が通じそうだった上、正義感も強そうだったため機会があれば全てを明かし仲間にすることも考えていたのだ。

 ──が、それはもう叶わないな。

 あの方、なんて呼び方をして、さらにどういった方法かは知らないが転生者特典まで与えられている。完全に向こう陣営に付いたと考えていいだろう。

 並外れた身体能力とスキルと長年の冒険者としての経験、それに加えて教王の加護とウォーカーに与えられた転生者特典か。

「そんなのズルだろ……」
「あなた達こそ、自分勝手に転生者特典を奪っている癖に」

 <治癒ヒール>をかけながら愚痴った俺を、エレナは心底軽蔑した目で見る。マサトもリカもそんな彼女に四方八方から攻撃を繰り出すが、その全てが避けられ、弾かれていた。

「さっさと片をつけるとしようか」

 そう言って、右手に持っていた漆黒の大鎌をエレナは宙に立たせるように手放す。鎌は何故か空間で止まり、不気味に浮遊している。さらに身軽になったエレナは、リカの四方八方から降り注ぐ魔法の弾幕も、マサトの不可視の空気で作った腕も、かすりもせずに全て躱す、躱す躱す。

「<鎌獄ヘルサイズ>」

 その言葉に呼応するように、宙に浮いていた鎌は横に回転する、まるで回転刃のように高速に。そして、それは一回転する度に新たな鎌を生んでいく。一本が、二本に。二本が四本に。四本が八本に。八本が十六本に。

「なっ、なんだ!?」

 攻めに集中していたマサトも流石に下がる。見えないが、魔法弾も止まったことからリカも距離を取ったんだろう。いくらエレナが今武器を手に持っていなくて攻める好機だと言っても、退き時を間違える訳には行かなかった。

 この時点で既に数え切れないほどの漆黒の鎌が空間を埋めつくしていた。そして、全てが意志を持っているかのようにこちらに刃を向けて浮かんでいる。それはまさしく煉獄で鎌獄れんごく。その明確な死の顕現への恐れに、俺は額から流れた汗が目に入ったことにすら気付かなかった。

 そして、一斉に鎌の揺らめきが停止した。嵐の前の静けさのような、聞こえるのは誰かの荒い呼吸と……そして、エレナが右腕を振り下ろす音!

 ──来る!

 確信した瞬間、それでも次に俺が感じたのは鋭い足の痛み。鎌の一本が太ももに刺さっている。それに気を取られて、下を向けば、その右肩を弾くように鎌が刺さる。続いて左肩、胸、腰、腹、腹、腕、指、手首、背中、尻、肘、足首、膝、腰、腹、耳、手、目、鎌の刃が刃が刃が刃が刃が刃が刃が刃が刃が刃が刃が刃が刃が刃が刃が刃が刃が刃が刃が刃が刃が刃が刃が刃が刃が刃が刃が刃が刃が刃が刃が刃が刃が刺さり続ける!

 ──死ぬ……?

 耐え難い激痛、頭を抱えて地面に蹲る俺は、真っ赤に染る景色の中で死を悟る。自分の血溜まりが生暖かく俺の膝と肘を濡らす。豪雨のように振り続ける鎌の隙間、隣に見えたのはマサト。必死に空気の壁で防御しているが、既に十数本は彼の体に刃が到達している。

 ──こんなところで死ぬのか……?

 死を予感しながらも、それでも<治癒ヒール>を自身に使い続ける。醜く傷だらけになっても、ただただ傷付いた体を同時に治癒していく。治癒している身体を同時に傷付けていく。

 ──なぜ、そうまでして生きる?

 俺の命は俺だけのものじゃないから。俺に、転生者特典を残していたアイツらの分も俺は意志を受け継いでいるから。
 そうだ、だから俺は……

 ──俺は死んではいけない……俺は死んではならない!

 俺の薄れかかっていた意識が、生存本能が再び蘇る。ハッキリと痛みが体に響くのが分かる、血が流れ失われていくのを感じる。生あるからこその死を明確に感じ、それを回避するための<治癒ヒール>を自身の意思で行使する。

 その時だった。

「<陽動ディバージョン>!!」
「……っ!?」

 突如、全く警戒していなかった俺たちの後ろから女の子の声が聞こえて、その場の全員が一瞬動きが止まる。

 ──誰だ!?

 人だけじゃない、止まったのは鎌の雨も一緒だった。俺はその隙に完全回復を果たし周りを見渡す、が、深い木々と月光を遮るように生い茂る葉のせいで声の主の姿は確認できない。

 が、明らかな異変を俺は見つける。

「なっ、体が勝手に!?」

 エレナは明らかに焦りを表情に浮かべながら、自身の足で声がしたと思われる場所へ駆けていくのだ。それと同時に何千本と数え切れないほどの鎌も全て追随していった。

「助かった……のか?」

 立って、木が倒れた世界でまず目に入ったのがシズクだった。『世界図書』の使用からずっと気を失っている彼女は、その体に傷一つ無く、そこで俺は生体反応が無い彼女には鎌が襲わなかったのだろうと想定する。

「あぁ゛……あぁぁ……ぁ」
「リカ!? <治癒ヒール>!」

 何も無い空間から現れたリカ、死んでこそないが彼女は立てない、動けない、呼吸出来ない、喋られない状態で、地面に転がっていた。そんな彼女に俺は遠隔から<治癒ヒール>をかけて叫ぶ。

「取り敢えず二手に別れよう!! 連絡は通信で!」

 帝国からの支援物資である通信機をポケットの上から叩きながら俺はそう言い、さっそく復活したリカは意識の無いシズクの腕を自分の肩に回させながら、指で丸を作って了解の合図を送る。リカも、最優先事項として離脱があることを理解していた。

 誰かは分からないが、突如として現れた第三者の<陽動>スキルによって、エレナがどこかへ行った今しかこの場を離脱できる瞬間は無い。

 そして俺はリカがこの場を離れていくそれを確認もせず、慌ててマサトに駆け寄る。いつ帰ってくるか分からない以上、まずはこの場からリカとシズクを離脱されることを第一としたが、それによってマサトの治癒が後回しになっていたのだ。

「血を……操り、<治癒ヒール>!」

 <治癒ヒール>をかけるまでに少し時間が経ってしまったせいで、多量の血が根に吸われてしまっている。だから、俺は水分であれば自由に操れる転生者特典『水操術』を使って木から血を再度回収し、浄化した上でマサトに返してやる。

 一応『超回復』の<治癒ヒール>でも欠損した患部を生やすのと同じように血も生成出来るのだが、新たに作られた血は、血管と並列して体に張り巡らされている魔素脈と馴染みが薄く、魔法の発動や干渉に対して、余分に魔素を消費したり、発動に時間がかかったりと支障をきたす可能性があった。
 普段ならば気にしないほどの誤差なのだが、如何せん8層はそもそもの大気中の魔素が薄い。少しでもロスは減らしたかった。

「リュー……ロ?」
「良かった、気を取り戻したか……逃げるぞ」

 
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