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6人目
五里夢中
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「ここは……」
気付けば、俺は家の中でに立っていた。家、というのは今住んでいる街裏のぼろぼろの共同住宅では無く、幼い頃に父と住んでいた家だ。村から少しだけ外れた森の中にあって、木で作られたが故の暗さに潜む暖かさと、時間がゆっくり進んでいるかのような平穏があった。
少し汚れた半透明のガラス窓から降り注ぐ陽光は、葉に隠れたり顔を出したり、気まぐれに部屋の明るさを変える。その中で俺は、傍にあった苔の生えた椅子に腰掛けた。
── 夢の中、なんだろうな。
あの泡玉によって眠らされたのだ、今見ている世界もあの女によって作られたものと考えるのが妥当だろう。
「ん?」
チリンチリン── ドアに付けられた鈴が鳴った。
振り返れば、そこには懐かしい影が立っていた。
「父……さん?」
父の顔を見る視界が涙で滲む。自然と涙が溢れ出てきた自分でも驚いた。
父は記憶にある姿のままだった。少し白が混じった髪の毛と優しそうな黒い瞳、背丈は今見ると同じくらいだが、当時はその背中が大きく見えたのを覚えている。浅い傷が沢山付いている皮鎧を着て、腰には剣を差していた。
父は俺を見ると、真っ直ぐこっちに歩いてきて両手で肩を持った。俺はただいまを言おうと、もう二度と会えなくなってしまった父を抱きしめようと、そのまま1歩近付く。
「父さん……ただい──」
「<開放>」
「えっ」
父がスキルを唱えた刹那、こちらに矛先を向けた氷柱が高速で父の後方から迫り来る!
「っ<盾空>!」
が、ほとんど思考を介さずに本能で唱えた防御スキルによって、全ての氷柱は砕かれ床に落ちた。父の後ろにはいつの間にか宙に浮く手のひら程の大きさの真っ黒な箱が幾つも現れている。
「父さん! なんで……っ痛!?」
俺の言葉など届いてないかのように、父は剣を抜きそのまま横に薙ぎ払い、俺の腹を浅く傷付ける。血が床にぽたぽたと数滴落ちた。
「リューロ、隠れて生きるんだ」
左腕、右膝、突き、首、目、右肩、的確に流れるような剣撃で1歩1歩俺を壁に追い詰めながら、父は独りよがりに焦点の合わない目で呟く。
「英雄になるな。悪役になるな。被害者になるな。加害者になるな」
「あぁそうか……悪趣味な攻撃だな」
父と出会って、その衝撃で忘れていた。ここはあの女の力によって生まれた夢の世界なんだ。父が敵だなんて、俺が嫌がることを正確に突いてきているな、記憶から自然と作られたものなんだろうか。
「<開放>」
「っ<盾空>!」
黒い箱が開く! と同時に凄まじい速度で溶岩が射出される。ジュッ── という音が、右腕の鋭い針で刺されたかのような痛みの中で聞こえる。盾では到底受け止めきれないほどの量の溶岩だった。
「あ゛ぁっ! っ<治癒>……!!」
思わずその激痛に父を蹴り飛ばして、距離を取って回復する。父はしりもちをついて倒れ、ゆっくりと再び立ち上がろうとテーブルに手をかけた。
「<隠密>!!」
体制を立て直し、そして覚悟を決めるために俺は姿を消す。ようやく立ち上がった父だが俺を見失ったようで、言葉は吐き続けているものの、攻撃は停止した。
「何も出来なくていい。目立つな。能力を隠すんだ」
父は憧れの人だった。
母は俺が産まれるのと同時に亡くなったらしく、父は男手一つで俺を育ててくれた。朝ごはんを作り、冒険者としてダンジョンに潜り、夜には無事に帰ってくる。そして、夜寝る前に決まって父はその日の冒険の話をしてくれた。
「父さんみたいになるな。冒険者にはなるな。堅実に生きるんだ」
父の話す冒険譚は心躍るスリルと予想外の展開が連続して、俺は大好きだった。ただ、父が話す冒険譚には仲間が出てきたことがなかった。父は単独でダンジョンに潜って、魔物を狩っていたのだ。だから俺は幼い頃、ダンジョンはそこまで危なくない場所なんだと思っていたぐらいだ。
「力は<封印>したんだ。もうバレるはずがない。平穏に生きろ」
そんな話をする癖に、父は俺が冒険者にならないようにいつも言い聞かせてきた。実際、俺には人並外れた戦闘能力なんて無かったし、父の言う通り平穏に生きていくんだろう、と漠然と考えていた。
「リューロ、隠れて生きるんだ」
が、あの日父さんは遂にダンジョンから帰ってこなかった。何日も何日も何日も待ったけど、家にある食料が全部腐ったけど、帰ってこなかった。
だから俺は自分で生きていくしか無かったが、成人もしていない俺に出来る仕事なんて、ある一つを除いて無かった。冒険者一つを除いて無かった。
そして、今。
『世界図書』による第6層の編集の能力から父さんが免れていることに俺は気付いてしまった。
それで思い出したんだ。父さんがダンジョンから帰ってこなくなる前日の夜のことを。その黒い箱へ、俺の何かが吸い出されていった、<封印>されたことを。その時に父さんが何度も謝っていたことを。
「なぁ……父さんは転生者だったのか?」
<隠密>で聞こえるはずもないのに、俺はそう呟いた。
気付けば、俺は家の中でに立っていた。家、というのは今住んでいる街裏のぼろぼろの共同住宅では無く、幼い頃に父と住んでいた家だ。村から少しだけ外れた森の中にあって、木で作られたが故の暗さに潜む暖かさと、時間がゆっくり進んでいるかのような平穏があった。
少し汚れた半透明のガラス窓から降り注ぐ陽光は、葉に隠れたり顔を出したり、気まぐれに部屋の明るさを変える。その中で俺は、傍にあった苔の生えた椅子に腰掛けた。
── 夢の中、なんだろうな。
あの泡玉によって眠らされたのだ、今見ている世界もあの女によって作られたものと考えるのが妥当だろう。
「ん?」
チリンチリン── ドアに付けられた鈴が鳴った。
振り返れば、そこには懐かしい影が立っていた。
「父……さん?」
父の顔を見る視界が涙で滲む。自然と涙が溢れ出てきた自分でも驚いた。
父は記憶にある姿のままだった。少し白が混じった髪の毛と優しそうな黒い瞳、背丈は今見ると同じくらいだが、当時はその背中が大きく見えたのを覚えている。浅い傷が沢山付いている皮鎧を着て、腰には剣を差していた。
父は俺を見ると、真っ直ぐこっちに歩いてきて両手で肩を持った。俺はただいまを言おうと、もう二度と会えなくなってしまった父を抱きしめようと、そのまま1歩近付く。
「父さん……ただい──」
「<開放>」
「えっ」
父がスキルを唱えた刹那、こちらに矛先を向けた氷柱が高速で父の後方から迫り来る!
「っ<盾空>!」
が、ほとんど思考を介さずに本能で唱えた防御スキルによって、全ての氷柱は砕かれ床に落ちた。父の後ろにはいつの間にか宙に浮く手のひら程の大きさの真っ黒な箱が幾つも現れている。
「父さん! なんで……っ痛!?」
俺の言葉など届いてないかのように、父は剣を抜きそのまま横に薙ぎ払い、俺の腹を浅く傷付ける。血が床にぽたぽたと数滴落ちた。
「リューロ、隠れて生きるんだ」
左腕、右膝、突き、首、目、右肩、的確に流れるような剣撃で1歩1歩俺を壁に追い詰めながら、父は独りよがりに焦点の合わない目で呟く。
「英雄になるな。悪役になるな。被害者になるな。加害者になるな」
「あぁそうか……悪趣味な攻撃だな」
父と出会って、その衝撃で忘れていた。ここはあの女の力によって生まれた夢の世界なんだ。父が敵だなんて、俺が嫌がることを正確に突いてきているな、記憶から自然と作られたものなんだろうか。
「<開放>」
「っ<盾空>!」
黒い箱が開く! と同時に凄まじい速度で溶岩が射出される。ジュッ── という音が、右腕の鋭い針で刺されたかのような痛みの中で聞こえる。盾では到底受け止めきれないほどの量の溶岩だった。
「あ゛ぁっ! っ<治癒>……!!」
思わずその激痛に父を蹴り飛ばして、距離を取って回復する。父はしりもちをついて倒れ、ゆっくりと再び立ち上がろうとテーブルに手をかけた。
「<隠密>!!」
体制を立て直し、そして覚悟を決めるために俺は姿を消す。ようやく立ち上がった父だが俺を見失ったようで、言葉は吐き続けているものの、攻撃は停止した。
「何も出来なくていい。目立つな。能力を隠すんだ」
父は憧れの人だった。
母は俺が産まれるのと同時に亡くなったらしく、父は男手一つで俺を育ててくれた。朝ごはんを作り、冒険者としてダンジョンに潜り、夜には無事に帰ってくる。そして、夜寝る前に決まって父はその日の冒険の話をしてくれた。
「父さんみたいになるな。冒険者にはなるな。堅実に生きるんだ」
父の話す冒険譚は心躍るスリルと予想外の展開が連続して、俺は大好きだった。ただ、父が話す冒険譚には仲間が出てきたことがなかった。父は単独でダンジョンに潜って、魔物を狩っていたのだ。だから俺は幼い頃、ダンジョンはそこまで危なくない場所なんだと思っていたぐらいだ。
「力は<封印>したんだ。もうバレるはずがない。平穏に生きろ」
そんな話をする癖に、父は俺が冒険者にならないようにいつも言い聞かせてきた。実際、俺には人並外れた戦闘能力なんて無かったし、父の言う通り平穏に生きていくんだろう、と漠然と考えていた。
「リューロ、隠れて生きるんだ」
が、あの日父さんは遂にダンジョンから帰ってこなかった。何日も何日も何日も待ったけど、家にある食料が全部腐ったけど、帰ってこなかった。
だから俺は自分で生きていくしか無かったが、成人もしていない俺に出来る仕事なんて、ある一つを除いて無かった。冒険者一つを除いて無かった。
そして、今。
『世界図書』による第6層の編集の能力から父さんが免れていることに俺は気付いてしまった。
それで思い出したんだ。父さんがダンジョンから帰ってこなくなる前日の夜のことを。その黒い箱へ、俺の何かが吸い出されていった、<封印>されたことを。その時に父さんが何度も謝っていたことを。
「なぁ……父さんは転生者だったのか?」
<隠密>で聞こえるはずもないのに、俺はそう呟いた。
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