上 下
75 / 124
6人目

いひ

しおりを挟む
「<夢室メモリートリップ>」

 瞬間、どくどくと断片的な映像が、せき止められていた水が放流されるかのように全て自分の中に流れてくる。

 鉄の錆びた匂い。血溜まり。赤いナイフ。暗い部屋。逆さまの視界。水が溜まったバケツ。親指のない右手。爪剥ぎ機。トンカチ。じめじめとした牢。びしょ濡れの服。手枷のついた椅子。切り落とされていくアレスの首。注射器。落ちている腕。血まみれの斧。眠ろうとする度に振り下ろされる鞭。火がついた服。ボロボロの皮膚。取れかけている脚。治癒魔法を使う男。全身から血を垂れ流すライアン。熱されたペンチ。極寒の夜。絶叫するアレス。ずっと鳴っている不快な音。親指と小指の無い右手。治療魔法を使う男。蝿が湧き群がるアレスの首。悠々と現れる太った別の男。水に沈められる。身体に点数を描かれナイフを当てる遊びをする看守たち。振り下ろされる斧。剥がされた最後の爪。滲む血。鋭い針。熱されて真っ赤に光る釘。踏み潰されぐじゅぐじゅと鳴るライアンの身体。太った男が耳元で何かを囁く。
 
 ── ぶつっ。

 そんな耳を圧迫するような音で、俺の意識は無理やり引き摺られるかのように現実に戻された。

「あぁぁぁあぁあぁ!!!」
「うっ……げぇっ、うぇぇ……ぉロロロ……」

 ぺしゃぺしゃという音が、蹲るリカのところで聞こえ、それに釣られて俺も吐き気を催す。俺の後ろで首を掻き毟って、地面をのたうち回っているのはマサトだ。

「いひっ……ちょっとした挨拶のつもりだったんだが……予想外にその方のトラウマが大きかったようさね。いひひっ、申し訳ない申し訳ない」

 謝罪を口にしながら謝罪とは真逆に楽しそうに笑う声を漏らす女の声が頭上から聞こえる。その、非人間的な発言に動揺していた俺の心がすぅっと冷めていき、代わりに殺意が湧くのが自分でも分かった。

「<クナイ>」

 上を見ずに下を向いたまま俺は不意打ちで瞬間的にスキルを発動する。

「いひひっいひひひひひひっ、『セーフゾーン』からせめて手を出して攻撃しないと……いひっ、無駄だよ」
「……その見た目、人間じゃないな」

 『セーフゾーン』越しにこちらを見る女の下半身を見て俺はそう確信する。海に浮かんでこちらを見る女は脚の代わりに尾びれがあったのだ。

「いひっ、あたしは第7層に住む亡霊さ。『ウンディーネと人間を混ぜて作られた魔人』と転生者である私を混ぜて作られた存在……いひひっ、自分でも何言ってるか分かんないね。いひっ、いひひひひっ……」

 魔人と転生者の合成だと……? 初手から攻撃してきた時は、ウォーカーの息がかかった襲撃者かと思ったが、そうじゃない、むしろ奴の被害者じゃないか。

「お前らどうせまたあたしを実験台にしようとしてるんだろう? いひひっ……そうはいかない。100年あったんだ、お前らなんかに捕まらないぜ……いひっ」

 俺たちが何者かも分かっていない様子から、完全にこの女がウォーカーの指示を受けた刺客もしくはウォーカーの指示を受けた国から遣わされた刺客という線は消えた。つまり、この女の誤解を解けば戦う理由は無い、どころか仲間にできる可能性もある。

「違う! 俺たちもウォーカーに追われている!」
「嘘だ。いひっ……いひっ、いひひひひひひっ!!!!」

── いや、それは難しいかもしれないな。

 気がおかしくなった人間の、焦点の合わない目。こちらの意見を聞き入れるつもりも無いような女の敵意しかない目。それらに俺は殺し合いの覚悟を決める。そもそも俺たちを敵視しているはずなのに、初撃で決めに来ないあたり論理性に欠ける、既に気が触れている証拠だ。

「いひっ、到底信じられないね! あたしはあの子以外誰も信じないって決めたのさ……いひひひっ」

しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

ペットたちと一緒に異世界へ転生!?魔法を覚えて、皆とのんびり過ごしたい。

千晶もーこ
ファンタジー
疲労で亡くなってしまった和菓。 気付いたら、異世界に転生していた。 なんと、そこには前世で飼っていた犬、猫、インコもいた!? 物語のような魔法も覚えたいけど、一番は皆で楽しくのんびり過ごすのが目標です! ※この話は小説家になろう様へも掲載しています

病弱が転生 ~やっぱり体力は無いけれど知識だけは豊富です~

於田縫紀
ファンタジー
 ここは魔法がある世界。ただし各人がそれぞれ遺伝で受け継いだ魔法や日常生活に使える魔法を持っている。商家の次男に生まれた俺が受け継いだのは鑑定魔法、商売で使うにはいいが今一つさえない魔法だ。  しかし流行風邪で寝込んだ俺は前世の記憶を思い出す。病弱で病院からほとんど出る事無く日々を送っていた頃の記憶と、動けないかわりにネットや読書で知識を詰め込んだ知識を。  そしてある日、白い花を見て鑑定した事で、俺は前世の知識を使ってお金を稼げそうな事に気付いた。ならば今のぱっとしない暮らしをもっと豊かにしよう。俺は親友のシンハ君と挑戦を開始した。  対人戦闘ほぼ無し、知識チート系学園ものです。

稀代の大賢者は0歳児から暗躍する〜公爵家のご令息は運命に抵抗する〜

撫羽
ファンタジー
ある邸で秘密の会議が開かれていた。 そこに出席している3歳児、王弟殿下の一人息子。実は前世を覚えていた。しかもやり直しの生だった!? どうしてちびっ子が秘密の会議に出席するような事になっているのか? 何があったのか? それは生後半年の頃に遡る。 『ばぶぁッ!』と元気な声で目覚めた赤ん坊。 おかしいぞ。確かに俺は刺されて死んだ筈だ。 なのに、目が覚めたら見覚えのある部屋だった。両親が心配そうに見ている。 しかも若い。え? どうなってんだ? 体を起こすと、嫌でも目に入る自分のポヨンとした赤ちゃん体型。マジかよ!? 神がいるなら、0歳児スタートはやめてほしかった。 何故だか分からないけど、人生をやり直す事になった。実は将来、大賢者に選ばれ魔族討伐に出る筈だ。だが、それは避けないといけない。 何故ならそこで、俺は殺されたからだ。 ならば、大賢者に選ばれなければいいじゃん!と、小さな使い魔と一緒に奮闘する。 でも、それなら魔族の問題はどうするんだ? それも解決してやろうではないか! 小さな胸を張って、根拠もないのに自信満々だ。 今回は初めての0歳児スタートです。 小さな賢者が自分の家族と、大好きな婚約者を守る為に奮闘します。 今度こそ、殺されずに生き残れるのか!? とは言うものの、全然ハードな内容ではありません。 今回も癒しをお届けできればと思います。

前世は最悪だったのに神の世界に行ったら神々全員&転生先の家族から溺愛されて幸せ!?しかも最強➕契約した者、創られた者は過保護すぎ!他者も!?

a.m.
ファンタジー
主人公柳沢 尊(やなぎさわ たける)は最悪な人生だった・・耐えられず心が壊れ自殺してしまう。 気が付くと神の世界にいた。 そして目の前には、多数の神々いて「柳沢尊よ、幸せに出来なくてすまなかった転生の前に前の人生で壊れてしまった心を一緒に治そう」 そうして神々たちとの生活が始まるのだった... もちろん転生もします 神の逆鱗は、尊を傷つけること。 神「我々の子、愛し子を傷つける者は何であろうと容赦しない!」 神々&転生先の家族から溺愛! 成長速度は遅いです。 じっくり成長させようと思います。 一年一年丁寧に書いていきます。 二年後等とはしません。 今のところ。 前世で味わえなかった幸せを! 家族との思い出を大切に。 現在転生後···· 0歳  1章物語の要点······神々との出会い  1章②物語の要点······家族&神々の愛情 現在1章③物語の要点······? 想像力が9/25日から爆発しまして増えたための変えました。 学校編&冒険編はもう少し進んでから ―――編、―――編―――編まだまだ色んなのを書く予定―――は秘密    処女作なのでお手柔らかにお願いします。文章を書くのが下手なので誤字脱字や比例していたらコメントに書いていただけたらすぐに直しますのでお願いします。(背景などの細かいところはまだ全く書けないのですいません。)主人公以外の目線は、お気に入り100になり次第別に書きますのでそちらの方もよろしくお願いします。(詳細は200) 感想お願いいたします。 ❕只今話を繋げ中なためしおりの方は注意❕ 目線、詳細は本編の間に入れました 2020年9月毎日投稿予定(何もなければ)  頑張ります (心の中で読んでくださる皆さんに物語の何か案があれば教えてほしい~~🙏)と思ってしまいました。人物、魔物、物語の流れなど何でも、皆さんの理想に追いつくために! 旧 転生したら最強だったし幸せだった

異世界探偵はステータスオープンで謎を解く

花野りら
ファンタジー
ごめんなさいっ。何かのバグで死んでもないのに、剣と魔法の異世界ファンタジーに飛ばされちゃいましたね。でも魔王を倒すことができれば、生き返ることができますから安心してください。あら、前世で探偵をしていたようですね。スキル『サーチ』ができるようになりましたよ。『サーチ』は自分のみならずあらゆる万物のステータスをオープンすることができる能力です。探偵さんにぴったりのスキルですね。おお、さらに前世では日頃からジムに通ったりあらゆる武道の鍛錬をしていたようですね。おめでとうございます。レベルは95からスタートです。わぁ、最近飛んでいった日本人の中ではトップクラスに強いですよ。これは期待できそう! じゃあ、みんなで仲良く魔王を倒してくださいね。それではいくがいい〜! こうして主人公・和泉秋斗は、飛ばされた異世界でも探偵として活躍することになった! 狂気的な異世界で起きるあらゆる謎を解明する鮮やかな論理は、果たしてシリアス展開なのか、それともギャグなのか? 異世界ものの常識を覆すファンタジーXミステリ長篇

異世界で魔法使いとなった俺はネットでお買い物して世界を救う

馬宿
ファンタジー
30歳働き盛り、独身、そろそろ身を固めたいものだが相手もいない そんな俺が電車の中で疲れすぎて死んじゃった!? そしてらとある世界の守護者になる為に第2の人生を歩まなくてはいけなくなった!? 農家育ちの素人童貞の俺が世界を守る為に選ばれた!? 10個も願いがかなえられるらしい! だったら異世界でもネットサーフィンして、お買い物して、農業やって、のんびり暮らしたいものだ 異世界なら何でもありでしょ? ならのんびり生きたいな 小説家になろう!にも掲載しています 何分、書きなれていないので、ご指摘あれば是非ご意見お願いいたします

社畜だけど転移先の異世界で【ジョブ設定スキル】を駆使して世界滅亡の危機に立ち向かう ~【最強ハーレム】を築くまで、俺は止まらねぇからよぉ!~

猪木洋平@【コミカライズ連載中】
ファンタジー
 俺は社畜だ。  ふと気が付くと見知らぬ場所に立っていた。  諸々の情報を整理するに、ここはどうやら異世界のようである。  『ジョブ設定』や『ミッション』という概念があるあたり、俺がかつてやり込んだ『ソード&マジック・クロニクル』というVRMMOに酷似したシステムを持つ異世界のようだ。  俺に初期スキルとして与えられた『ジョブ設定』は、相当に便利そうだ。  このスキルを使えば可愛い女の子たちを強化することができる。  俺だけの最強ハーレムパーティを築くことも夢ではない。  え?  ああ、『ミッション』の件?  何か『30年後の世界滅亡を回避せよ』とか書いてあるな。  まだまだ先のことだし、実感が湧かない。  ハーレム作戦のついでに、ほどほどに取り組んでいくよ。  ……むっ!?  あれは……。  馬車がゴブリンの群れに追われている。  さっそく助けてやることにしよう。  美少女が乗っている気配も感じるしな!  俺を止めようとしてもムダだぜ?  最強ハーレムを築くまで、俺は止まらねぇからよぉ!  ※主人公陣営に死者や離反者は出ません。  ※主人公の精神的挫折はありません。

美しくも残酷な世界に花嫁(仮)として召喚されたようです~酒好きアラサーは食糧難の世界で庭を育てて煩悩のままに生活する

くみたろう
ファンタジー
いつもと変わらない日常が一変するのをただの会社員である芽依はその身をもって知った。 世界が違った、価値観が違った、常識が違った、何もかもが違った。 意味がわからなかったが悲観はしなかった。 花嫁だと言われ、その甘い香りが人外者を狂わすと言われても、芽依の周りは優しさに包まれている。 そばに居るのは巨大な蟻で、いつも優しく格好良く守ってくれる。 奴隷となった大好きな二人は本心から芽依を愛して側にいてくれる。 麗しい領主やその周りの人外者達も、話を聞いてくれる。 周りは酷く残酷な世界だけれども、芽依はたまにセクハラをして齧りつきながら穏やかに心を育み生きていく。 それはこの美しく清廉で、残酷でいておぞましい御伽噺の世界の中でも慈しみ育む人外者達や異世界の人間が芽依を育て守ってくれる。 お互いの常識や考えを擦り合わせ歩み寄り、等価交換を基盤とした世界の中で、優しさを育てて自分の居場所作りに励む。 全ては幸せな気持ちで大好きなお酒を飲む為であり、素敵な酒のつまみを開発する日々を送るためだ。

処理中です...