深きダンジョンの奥底より

ディメンションキャット

文字の大きさ
上 下
45 / 124
4人目

軌跡

しおりを挟む
 ユミがなぜ今の姿になったのか。それがもし悪意によるものだとすれば、到底許されることでは無い。話を聞いているうちに気付けば俺はかたく拳を握りしめていた。

「毎日、決まった時間になれば計器を身体中に取り付けられて、何かを注射されて、何かを食べさせられました。それでも自分たちに何をしているのかを知らされることはありませんでした」
「……その施設の人たちの言葉って?」
「言葉? あっ、いや、分かりませんでした。でもひとつの言語っぽくは無かったような……?」

 俺と言葉が問題なく通じるユミは共和国の生まれなんだろう。その彼女が分からない複数の言語となると、共通語か教国か、亜人の言語の可能性もあるか。
 人とほとんど変わらない見た目だが、魔物の特徴も引き継ぐという亜人族のほとんどは別の大陸に住んでいる。俺も直接は見たことないが、身体的特徴などいくらでも誤魔化せるだろうし彼らの可能性もあるだろう。

「話の腰を折ってすまない、続けてくれ」
「はい」

 何も分からない、ということが分かった俺にユミは頷いて再び話し始めた。ちなみに話に集中するために食事を止めていた彼女だったが、空腹には勝てないようで6個目のパンに前足を伸ばしてる。

「どのような実験なのか、直接伝えられはしなかったものの、何か良くないことが身に起こっているというのは勘づいていました。でも、それでもそこまで心配していませんでした」
「それはどうして?」
「自由だったからです。寝る時は大部屋に集められるものの、それ以外の時間は研究所内なら自由に行き来できて、欲しいと言ったもの全て支給されました。指示に従うということさえ目を瞑れば、前世を含めても最も豊かに過ごせていたのです。ほかの転生者たちも私と同じように楽観的でした」

 自由で何でも支給される、そんな待遇は確かに素晴らしいだろう。だが、良いものには必ず裏がある。「だけど、」と逆接を繋げる彼女の、今の境遇がそれを物語っている。

「ある日、突然状況が一変しました」
「……」
「その日、目が覚めた私は自身の体の変化に絶望しました。背中にデッドウルフが融合しているのです。しかも皮膚のように表面上ではなく、めり込むような形で。その時点では今と違って四肢はありましたけど」

 死んでいるとはいえ、デッドウルフが背中に融合している、自分がそんな目に合えば俺はどれだけ絶望するだろうか。少なくとも目の前の彼女のようになんでもない様に振る舞うことすら出来ないだろう。

「他の子達も同じような状態でした。自我が無くなったり、体が溶けていたり、その中では私が一番マシでした。症状が比較的マシな者たち数人で研究員とコンタクトを取ろうとしたのですが、その日から私達は部屋から出ることすら叶わなくなりました」
「……転生者特典は?」

 集められたのがみな転生者ならば、その強力な転生者特典を結集させれば突破できぬ問題などないように感じられた。

「存在を知りませんでした。ステータスを見れることすら知らなかったのですから」
「えっ……?」

 きっぱりとそう言ったユミに俺は目をぱちくりとさせる。

「私たちは幼い頃に囚われたせいで、この世界の常識を知らなかったのです。さっきデッドウルフが、と言いましたが当時の私はオオカミだと認識していましたから」
「いや、そうか……確かに」
「もちろん私たちもこの世界に無知であることを黙って受け入れていた訳ではなく、書籍だったり新聞を研究員に要求して、実際に手には入れていたのですが……」
「都合の悪い事実は省かれていた、か」

 ユミは頷く。
 そうだろう、不当に監禁して実験台にしているのだ。ハナから自由で楽園に見せ掛けているだけで、そこに真実など無いのだ。
 
「じゃあどうやって、抜け出したんだ?」
「研究員のひとりが寝返ったんです。理由は分かりません、彼女はただドアを開けて、私にステータスの見方だけを教えてどこかへ行ってしまいましたから」

 ユミは食事をする手を止めて、「<ステータス>」と呟いた。

「あっ……でも、これって他の人に見えるんですか?」
「えっと、俺は見える、な。普通は見えないけど、まぁ……ここら辺の話は後で説明する」

 俺だけが見えるってことに首を傾げるユミには悪いが、取り敢えず先にステータスを見る。

 ユミの転生者特典の欄には『代償成就』と書かれてあった。
しおりを挟む
感想 3

あなたにおすすめの小説

凡人がおまけ召喚されてしまった件

根鳥 泰造
ファンタジー
 勇者召喚に巻き込まれて、異世界にきてしまった祐介。最初は勇者の様に大切に扱われていたが、ごく普通の才能しかないので、冷遇されるようになり、ついには王宮から追い出される。  仕方なく冒険者登録することにしたが、この世界では希少なヒーラー適正を持っていた。一年掛けて治癒魔法を習得し、治癒剣士となると、引く手あまたに。しかも、彼は『強欲』という大罪スキルを持っていて、倒した敵のスキルを自分のものにできるのだ。  それらのお蔭で、才能は凡人でも、数多のスキルで能力を補い、熟練度は飛びぬけ、高難度クエストも熟せる有名冒険者となる。そして、裏では気配消去や不可視化スキルを活かして、暗殺という裏の仕事も始めた。  異世界に来て八年後、その暗殺依頼で、召喚勇者の暗殺を受けたのだが、それは祐介を捕まえるための罠だった。祐介が暗殺者になっていると知った勇者が、改心させよう企てたもので、その後は勇者一行に加わり、魔王討伐の旅に同行することに。  最初は脅され渋々同行していた祐介も、勇者や仲間の思いをしり、どんどん勇者が好きになり、勇者から告白までされる。  だが、魔王を討伐を成し遂げるも、魔王戦で勇者は祐介を庇い、障害者になる。  祐介は、勇者の嘘で、病院を作り、医師の道を歩みだすのだった。

悪役貴族の四男に転生した俺は、怠惰で自由な生活がしたいので、自由気ままな冒険者生活(スローライフ)を始めたかった。

SOU 5月17日10作同時連載開始❗❗
ファンタジー
俺は何もしてないのに兄達のせいで悪役貴族扱いされているんだが…… アーノルドは名門貴族クローリー家の四男に転生した。家の掲げる独立独行の家訓のため、剣技に魔術果ては鍛冶師の技術を身に着けた。 そして15歳となった現在。アーノルドは、魔剣士を育成する教育機関に入学するのだが、親戚や上の兄達のせいで悪役扱いをされ、付いた渾名は【悪役公子】。  実家ではやりたくもない【付与魔術】をやらされ、学園に通っていても心の無い言葉を投げかけられる日々に嫌気がさした俺は、自由を求めて冒険者になる事にした。  剣術ではなく刀を打ち刀を使う彼は、憧れの自由と、美味いメシとスローライフを求めて、時に戦い。時にメシを食らい、時に剣を打つ。  アーノルドの第二の人生が幕を開ける。しかし、同級生で仲の悪いメイザース家の娘ミナに学園での態度が演技だと知られてしまい。アーノルドの理想の生活は、ハチャメチャなものになって行く。

最強無敗の少年は影を従え全てを制す

ユースケ
ファンタジー
不慮の事故により死んでしまった大学生のカズトは、異世界に転生した。 産まれ落ちた家は田舎に位置する辺境伯。 カズトもといリュートはその家系の長男として、日々貴族としての教養と常識を身に付けていく。 しかし彼の力は生まれながらにして最強。 そんな彼が巻き起こす騒動は、常識を越えたものばかりで……。

チートがちと強すぎるが、異世界を満喫できればそれでいい

616號
ファンタジー
 不慮の事故に遭い異世界に転移した主人公アキトは、強さや魔法を思い通り設定できるチートを手に入れた。ダンジョンや迷宮などが数多く存在し、それに加えて異世界からの侵略も日常的にある世界でチートすぎる魔法を次々と編み出して、自由にそして気ままに生きていく冒険物語。

【超速爆速レベルアップ】~俺だけ入れるダンジョンはゴールドメタルスライムの狩り場でした~

シオヤマ琴@『最強最速』発売中
ファンタジー
ダンジョンが出現し20年。 木崎賢吾、22歳は子どもの頃からダンジョンに憧れていた。 しかし、ダンジョンは最初に足を踏み入れた者の所有物となるため、もうこの世界にはどこを探しても未発見のダンジョンなどないと思われていた。 そんな矢先、バイト帰りに彼が目にしたものは――。 【自分だけのダンジョンを夢見ていた青年のレベリング冒険譚が今幕を開ける!】

やっと買ったマイホームの半分だけ異世界に転移してしまった

ぽてゆき
ファンタジー
涼坂直樹は可愛い妻と2人の子供のため、頑張って働いた結果ついにマイホームを手に入れた。 しかし、まさかその半分が異世界に転移してしまうとは……。 リビングの窓を開けて外に飛び出せば、そこはもう魔法やダンジョンが存在するファンタジーな異世界。 現代のごくありふれた4人(+猫1匹)家族と、異世界の住人との交流を描いたハートフルアドベンチャー物語!

45歳のおっさん、異世界召喚に巻き込まれる

よっしぃ
ファンタジー
2月26日から29日現在まで4日間、アルファポリスのファンタジー部門1位達成!感謝です! 小説家になろうでも10位獲得しました! そして、カクヨムでもランクイン中です! ●●●●●●●●●●●●●●●●●●●● スキルを強奪する為に異世界召喚を実行した欲望まみれの権力者から逃げるおっさん。 いつものように電車通勤をしていたわけだが、気が付けばまさかの異世界召喚に巻き込まれる。 欲望者から逃げ切って反撃をするか、隠れて地味に暮らすか・・・・ ●●●●●●●●●●●●●●● 小説家になろうで執筆中の作品です。 アルファポリス、、カクヨムでも公開中です。 現在見直し作業中です。 変換ミス、打ちミス等が多い作品です。申し訳ありません。

アラヒフおばさんのゆるゆる異世界生活

ゼウママ
ファンタジー
50歳目前、突然異世界生活が始まる事に。原因は良く聞く神様のミス。私の身にこんな事が起こるなんて…。 「ごめんなさい!もう戻る事も出来ないから、この世界で楽しく過ごして下さい。」と、言われたのでゆっくり生活をする事にした。 現役看護婦の私のゆっくりとしたどたばた異世界生活が始まった。 ゆっくり更新です。はじめての投稿です。 誤字、脱字等有りましたらご指摘下さい。

処理中です...