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第三章 『落ちた薬莢』

CHAPTER.46 『好きな人の嘘がいい』

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夕日に照らされる大きな門を中心に、放射状に広がる街路。その中でも、誰でも名ぐらいは聞いたことがあるであろうシャンゼリゼ通りに誉たちは居た。

「おお、デカいなぁ」

誉が思わず心の声が漏れたようにそう呟く。その横に立って同じように目の前の門を見るプロ子も惣一も全く同じ感想を抱いていた。
テレビやネットで何度も見たことがあるパリの凱旋門、実際に見るとその迫力に圧倒される。
そんな三人とは違って、魔女たちは目を細めどこか懐かしむように見ていた。

「もう二度と来ないと誓ったはずなんだけどねぇ」
「まったく……何でまた来なきゃいけないのよ」
「ボク、もう帰りたいなぁ」

二ネットとマノン、エメはそう言いながらも、言葉とは裏腹に目がきょろきょろと泳ぎ、変化への驚きを顔に出していた。
彼女たちにとって、パリは嫌な思い出もあるが、それと同じくらい楽しい思い出もある場所だった。

「おい、シヴィルは……」

ファイエットはそう言って、後ろでちょこんと立つシヴィルを見た。シヴィルは無言のまま小さく頷く。

「そうだね、行ってきな。終わったら連絡するんだよ」
「本部の方にはシヴィルのこと、誤魔化しとくから大丈夫だよ」

二ネットとマノンの言葉を聞いて、シヴィルは再び小さく頷き、くるんとその場で後ろを向いて、たたたっと駆けていく。

「え、ちょ、シヴィルはどこ行ったん?みんな知ってるみたいやけど」
「ボクたちの中で、シヴィルだけ親が居るからね~。会いに行ったんだぁ」

エメは惣一にそう答えて「じゃ、行くよぉ」と、足早に凱旋門まで歩き始めた。



凱旋門の下まで来た誉たちは、シャンゼリゼ通りから見て右下に位置する彫像の前で止まった。ファイエットとマノン、二ネット、エメは真剣な顔でその彫像の下で手を付いて、魔法陣を光らせている。

「これは、1792年の義勇軍の出発って作品やな」
「へぇー、これも凄いな」
「そやんな、これ作ったリュードって人は他にもルーヴル美術館にあるメルク……」

惣一の解説を話半分に聞きながら、誉はカメラを起動させて写真を撮る。プロ子も長ったらしい説明にうんざりしたのか、横から口を挟む。

「まぁ、今から80年後には壊されたけどね」
「「「「「え!?」」」」」

ファイエット以外の全員が一斉に、プロ子の言葉に振り向く。

「何があったんだい!?」

目をまん丸にして二ネットが、目の前の作業を放ったらかしてそう聞いたのに対してファイエットとエメが非難めいた目をする。

「おい……」
「あ、すまないね。とは言え、これでっ……終わりだ」

二ネットが、足でさっきまで浮かび上がっていた魔法陣を踏み付ける、その瞬間に全員の周りが紫色に輝いた。

「おぉ……まぶしっ」

紫色の光に覆われる誉たちを観光客は気にする様子もなく、見えていないかのように写真を撮ったりしている。が、そんな風に周りみていた誉たちの視界はどんどんと変貌を見せる。
夕方の景色はゆっくりと天から溶けてゆき、禍々しい紫色の空が現れる。凱旋門も周りの建物もまったく同じだが、どこか色褪せており寂しげな雰囲気を醸し出す。
三十秒と経たないうちに、誉たちは先までのパリとは違う世界に来ていた。

「これが本部よ。裏、のパリとも呼ばれるの」

そう言ったマノンの横でエメは、目の前に居た如何にもな格好の魔女に手紙を渡した。

「これ、本部からの召喚状だからぁ。案内してくれるぅ?」

手紙を渡された魔女は、少しだけ手紙を読んでから無言で歩き出した。誉たちも、案内役と思われるその魔女に従いついて行く。




10分ほど歩いて着いた場所は、レンガ造りの古びた建物だった。趣ある木の扉は、改修前のSESの教会を思わせる。そんな扉を抜けて、1~6の数字を頭上に浮かばせる魔女たちが居るホールも抜けた、その先の扉。
その部屋には扉を開けてすぐの場所に、黒いソファがガラス張りのローテーブルを挟むように向かい合って置かれ、その奥は立派な意匠が拵えてある木製のデスクがある。
二ネット、マノン、ファイエット、エメの四人は、部屋に入って真っ先にデスクに座って居る高齢の魔女に頭を下げた。遅れるようにして、誉とプロ子、惣一も頭を下げる。

「うひゃひゃひゃ……こいつぁ噂通りだ」

しわがれた声で、にやにやと意地の悪い笑みを浮かべながら老婆は左から順に誉、プロ子、惣一を見る。

「噂通りって……」

誉はそこまで言って、言葉を止めた。目の前の老獪な魔女が明らかに不快感を示したからだ。

「男が喋るんじゃないよ。そこのプロ子とやら、何か聞きたいことはあるかい?」
「え、あー、噂通りっていうのはどういうことなんでしょうか?」

突如、振られたプロ子だったが落ち着いて誉の言いたかったことを聞く。

「そりゃあ、アンタらのことさね。こっちでも噂になってるんだよ。逃げた臆病者が極東でデカいツラしてるってね」
「は?」
「ちょっと!」

魔女の言葉にファイエットが怒りを表したが、直ぐにマノンが宥める。

「そうだ、自己紹介がまだだったね。アタシはアデル、こう見えても魔女教会本部の局長だ」

アデルはそう言いながら、魔女の面々を見て、一瞬止まった。

「おや、シルヴィはどうした?」

その言葉に、マノンは直ぐに反応する。

「シルヴィは日本に残ってるのよ。えと……その」
「日本に?どうしてだい?」
「えっと……そう!飛行機が怖いって!」

マノンの必死の言い訳、それを聞いたアデルはうひゃひゃひゃと笑った。

「もうちょっとマシなのがあっただろ。まぁ良い、どうせユニコーンの所にでも行ってるんだろうね」

ユニコーン?親に会いに行ったのでは?と、思ってもしなかった単語が出て来て、誉と惣一とプロ子は眉をひそめる……が、魔女たちはそうでは無かった。ファイエットはアデルの言葉が正しいかのように、口をポカンと開けている

「おやおや、聞いていなかったと見える。うひゃひゃひゃ、情報は共有すべきだと思うけどね?」
「知っていたのか……」

二ネットは、下を向いて唇を噛む。その様子からは悔しさが滲み出ていた。

「簡単な話だ、シヴィルは親に生贄として森に捨てられたんだ。その頃、僅かよわい七歳。彼女は一人、森を彷徨っていたのさ。ただ生贄としては、不幸なことにユニコーンと出会った」

アデルはシヴィルの生い立ちを語りながら、どんどんと口角を上げていく。

「可哀想だろう!?彼女はそれから魔女養成所に入るまでずっと一人だったんだ!口も聞けない、人とは違う馬モドキとずぅーっと森の奥深くで生きていたんだ!」

アデルは喋りながら、ますますヒートアップしてゆく。

「こいつらも同じさ!二ネットもマノンもエメも!物心もついてない頃から馬鹿な親に捨てられ、孤児院で育てられた!なんだっけ?ケーキ屋になりたいとか抜かしてた、マノンとかいう可哀想な子も居たな?その子は今、どうしてるんだろうねぇ!?」

ずかずか、とマノンの前でアデルはまくし立てる。

「可哀想だろう!?あの孤児院に入っちまったら、もう夢なんて見れやしない!魔女になる以外の道は死、という人生なんだ!ファイエットだって同じさ!」

今度はファイエットをじろり、と睨みつけアデルは声を荒らげる。

「このガキも親に捨てられた可哀想!な子供。だけども、こいつにはなまじ才能があったからねぇ、学ぶこと無く魔法を使えるっていう才能が!ま、そのせいで真面目に努力する、なんて常識的なことも出来ず、ストリートチルドレンとして盗みを働くだけのガキだったけどね!」

ファイエットは怒りのあまり拳が震えていた。

「可哀想だろう!!??どうだい、そこの機械!」
「でもっ……」

プロ子が反論しようとする……が、アデルは遮る。

「可哀想なんだ!そして……その可哀想なのが」

彼女は恍惚とした表情で、首が折れるほど天井を見上げながら続けた。


「たまらなく……愛おしいんだ」


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