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第二章 『トリプルナイン』

CHAPTER.41 『真実は人が持っている最高のもの』

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三時五十四分。
グランは、目の前のアンドロイドとの戦いに辟易していた。
いくら未来が見えるといっても、彼の能力は最短で五分先しか見えない。彼は戦闘中、常に『未来視』で五分先を見続けながら、体だけ五分遅らせて動かすという超人的な技を身に着けていたが、それでも一時間近くもその状態を維持するのは初めてだった。
さらに、仲間のことが不安だった。
襲撃前に、誰を誰にぶつければいいのか未来を見て、最適解を取った。さらに、ライとローザは『蓄積』を利用した特殊な方法で一時間のあいだ、自分がどう動いたら、相手がどう動くのかも完全に記憶している。ザックだけは、効果範囲から出てしまったので『未来視』の助言を与えてやれなかったが、それでもザックなら何とかしてくれると信じていた。
だが、グランたちは『未来視』の能力に頼った戦いしか経験したことが無い。
彼自身は、常に未来を見ることが出来る。しかし仲間は、四時から『未来視』なしで戦わなければならない。仲間が勝てるのかどうなのか、グランは視たかったが目の前のアンドロイドとの戦闘にそこまでの余裕は無かった。

そして、時刻三時五十五分。

「……え?」

グランは最悪の未来を視る。

「なんや、手ぇ止まったなあ。一体、何を見たんや?」

惣一の声が、グランの意識を初めて現時間に連れてくる。

「……一時間ちょうどで?偶然な筈がない……俺の能力を事前に知っていたのか?」

グランの半ば自問自答のような問いに惣一はほくそ笑んだ。

「一回目の君に感謝ってことや」

惣一の言葉の意味が理解できずにグランいっそう眉をひそめた。




三時五十九分、一階。
ライの畳みかけるような猛攻を避けながら、誉は笑う。
自由に軌道を変え確実に動きを読んで迫る矢、足場破壊などの数多の罠、攻撃を仕掛けても『蓄積』によって止められ、逆に罠とされる。傍から見れば、圧倒的劣勢に見える状況。
それでも、余裕の表情を崩さないエレーヌと誉にライはさらに焦りの表情を浮かべ、空中で『蓄積』させていた数百本の矢を一斉に解除した。

「はぁっ、はぁっ……これでどうっスか?」

矢は全て、まっすぐ二人との距離を縮め、そしてそのまま――命中した。
胸の中心に刺さった矢に二人は驚きの表情を浮かべ、前方に倒れこんだ。

「え……やった?」

あまりにも呆気ない勝利にライが小首を傾げた。
そんなライの挙動を地に伏せながらも見た誉は、口から血を出しながらこう言った。

「お!?げほっ……予想外?ってことは四時になったみたいやな」
「やっと本気、出せるってことね」

平然と再び話し出した誉とエレーヌを見て、ライは二十分ほど前の光景を思い出す

「身代わッ……え?」

ライが突如襲った両手両足の鋭い痛みに下を見れば、彼女の身体は既に光の鎖で拘束されていた。




三階、同じく三時五十九分。
火の魔女が懸命にツタを炎の盾で防ぎ続けるのを、カメラの機能を持つ植物で観察しながらローザはスナック菓子を食べていた。

「あと十秒!」

水の魔女の声で、はじめてローザはもうすぐ四時になることを知った。
だが、彼女は気にしなかった。
『未来視』によれば、自分がどれだけ手を抜いてもこの一時間のあいだに、魔女らが自分の元へたどり着く可能性はゼロパーセント。それほどに力の差があるのだ。だからこそ、彼女は『未来視』など無くとも、十二分に対応できると考えていた。

「あと五秒!」

そもそも彼女が居る場所は、魔女が居る階段の前から一番距離のある部屋の隅。ある程度、木々を破壊されて近付かれたとしても、再び木を生やしながら逃げれば良いと考えていた。
ただ、ローザは知らなかった。
確かに『未来視』にあった未来の中に、魔女が彼女にたどり着くものは無い。しかし逆に、彼女が魔女の中の一人でも倒した未来もなかったのだ。

「四時!制限解除!」
「っ!?」

マノンが叫んだのと同時にローザは、全身の毛が逆立ったのを感じた。空気が震えるほどの膨大な魔力の奔流、あまりの威圧感に魔法が使えないローザでさえも本能的な恐怖を覚える。

「よし、肩慣らしは十分だ。火魔法マージドゥフュ裂焼刃れっしょうじん現世うつしよ断ち』!」
「いい加減、鬱陶しかったのよね。水魔法マージドゥルゥ絶槍ぜっそう』」
影魔法マージドゥブル召喚サモン……フェニックス』」
「……彼者誰時かはたれどき地魔法マージドゥテール砂龍陣さりゅうじん』」

何か詠唱している、そうローザが気付いた頃には目前まで魔法が迫っていた。




ローザが気を失い、植物たちが消えたあと直ぐに、ニネット達は階段へ向かった。
ここからは一分一秒を争う、という惣一の言葉を思い出して、魔法の詠唱をしながら駆け降りる。
そして、二階に到達。
見知らぬ男が視界に入った瞬間、一斉に魔法を放つ。
事前に惣一に言われた通り狙うのは、プロ子と男のあいだ、そして男の左側だ。
同時に、階段を駆け上がってきていた誉とエレーヌもあの日見た男に目掛けて攻撃する。誉は手榴弾、エレーヌは天弓で、男の逃げ場をさらに制限する。

予測していたとはいえ、多方向からの同時攻撃。
グランは唯一無事に逃れることが出来る右へと転がる。たとえそれが仕組まれたもので、時軸を奪われる未来が視えていたとしても、グランが時軸をプロ子から守るという選択肢を取った場合、確実に死ぬことが分かっている以上、時軸を捨てるしか無かった。

魔法や手榴弾による煙の中、プロ子の身体が赤く赤く発光する。

「速度制限解除。自壊確率……承認」

刹那、プロ子は光速に限りなく近付き、時軸を奪還した。

「勝った!!プロ子、急いで!」

プロ子はそのまま惣一の方を見ずに頷き、やや緊張した面持ちでこう言った。

「時間跳躍、行く先は99年9か月後の通信室!」
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