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第二章 『トリプルナイン』
CHAPTER.25『天は自ら行動しない者に救いの手をさしのべない』
しおりを挟む翌日の夕方。
誉と惣一は全魔女魔法啓蒙会の教会に訪れていた。
「導かれたのですか?」
「西に背を向けた」
前回、誉が合言葉を知らずに信者に押し潰されそうになったホールで教えて貰っていた合言葉を言う。
信者たちの洗脳は解けて自我を取り戻していたが、なおさら合言葉を知らない時の対処は厳しくなっているだろう。
もし間違えてたら……という誉の恐怖も肩透かしに無事に通過し、奥の窓口に着いた。
「今日はどう言ったご要件でしょうか?」
「あー、ファイエットにちょっと用事があって……」
こういった場に不慣れな誉と惣一は歯切れ悪くそう答えた為、受付の女性は不審そうに二人を見た。
「失礼ですが、お名前を教えて貰って宜しいでしょうか?」
「俺は鷺山 誉って言います」
「僕は中村 惣一です」
受付の女性は名前を手元のパソコンに打ち込んで、しばらく画面とにらめっこしていたが、直ぐにハッとしたような顔になった。
「大変申し訳ございません!鷺山様、中村様、直ぐにファイエット様のお部屋を手配しますので!」
「あ、ハイ」
彼女はそう平謝りしたのちに、パソコンの横に置いてあったパッドを操作する。
お部屋を手配する?とはどういう意味かと惣一が首を捻っていると、直ぐにその意味は明らかになった。
受付の後ろの壁が動いているのだ。壁だけじゃない、ドアも床も全部がスライドする。
「ファイエット様のお部屋は向かって右側へとなります」
「あ、ありがとうございまーす」
SESの技術力に驚愕しながらも二人は部屋に入った。
「……」
暗い部屋、床には太いコードが張り巡らされている。部屋の中央で存在感を放つ円形の魔法陣が描かれた台。その前に置かれた背もたれの無い椅子にファイエットは座ってこちらを見ていた。
「突然押しかけてごめん。ちょっと聞きたいことあるんやけど」
「……」
ふん、と横に顔を逸らして、ファイエットは誉を完全に無視した。
誉が泣きそうな顔してガックリしているのを見て、今度は惣一は笑いながら話しかける。
「ごめん、ちょっと聞きたいことがあるだけやねん。狼男についてな」
「……」
惣一のにこやかな笑顔にも、ファイエットは靡くことなく惣一の表情も崩れる。
「「「……」」」
三人とも口を噤み、気まずい沈黙が流れた。
と、その時、部屋の隅に自立しているⅭのような形をしている白い棒が向かい合って出来ている円形のゲートに空間の孔のようなものが空いた。
「ちょっと~、ファイエットもちゃんと喋らないと」
「ちっ……人間は嫌いなんだよ。利もねぇのに喋る道理もねぇ」
「まー、分からなくもないケドさ」
真っ暗な孔から顔を出したのはエメだった。
「ごめんねぇ、ファイエットはこんな感じだし。ボクが聞いてあげるよぉ」
「ちょ、ちょその前に。それなに?何処とどう繋がってるん?」
「あー、コレはねぇモルちゃんのゲートだよぉ」
モルちゃん、モルフェウスのことだ。魔女の教会と直接モルフェウスの空間を行き来できるゲートを作ったとエメは説明した。
「それでぇ、何を聞きに来たの?」
「狼男について。だから召喚魔法とか使えるファイエットに聞きに来てん」
「あー、それならぁエレーヌの方が詳しいかも」
エメはそこまで言って、手招きしながらゲートの中へまた帰っていく。
魔女と神話上の生物が作った空間、普通は警戒するが二人は迷いなく足を踏み入れた。
「意外と……普通やな」
大きな円形の部屋の壁には四方八方にドアがあるという点以外は至って普通の部屋、誉たちは入ったドアの三つ横のドアに向かう。
「ここ経由するだけですっごい時短になるんだぁ。ほら、あのドアなんて協会からちょうど反対にある駅まで行けるんだよ」
エメが指すドアには電車のマークが付いていた。その他にも、山のマークや海のマーク、学校のマークに各魔女の属性を表すマークもある。
「はい、と~ちゃく!」
三人が立ち止まったのは、天使の輪っかのマークが描かれたドアの前だった。
「じゃあ、行ってらっしゃ~い」
「うおっ、押すな押すな」
エメは勢いよくドアを開けて誉と惣一を押し込んだ後、時間を確認して頭に手をやった。
「あちゃ~、この時間エレーヌ配信してるんだった……」
「はい、じゃあ今日は配信おしまーい」
今やチャンネル登録数五十万を超える大人気ブイチューバーの『光天使ちゃん』ことエレーヌは配信の終わりを告げる。
「だから~さっきの男の人の声はお隣さんだってば。じゃ、明後日は話題のアンドロイドについて特集していくよ~。SESも襲われたって聞くからねぇ、みんなもどしどし情報送ってね。はい、おつてんし~」
エレーヌは憶測だけで飛び交うコメントにうんざり返しながら、次の配信の告知もして、早々に配信を切り上げた。
誉は普段の気だるそうな彼女からは想像もつかない明るいキャラにギャップを感じていたが、惣一は彼女がいつも部屋に帰りたがっていたのは、この為だったのかと納得していた。
「いやぁそれにしても驚いたな。エレーヌが配信者やったとは」
「別にぃ言う必要もないしねー。で、なんの用なの?」
エレーヌはテーブルに置いてあった配信用のパソコンの横に向かって、何か魔法を唱えお菓子を大量に出現させた。
「今、僕たちは『笛の男』ってやつを追ってて」
エレーヌは惣一の話を聞きながらスナック菓子の袋を手に持ち一気に口へ流し込む。
「そいつの能力は幻獣を操るっていうものらしい。それで、未来の記録によると初めて操ったのがこの町のどこかに居る狼人間らしいねん」
「あー狼人間か。確かにこの町に一人いるらしいね」
ちらっとパソコンを見ながらエレーヌはそう言った。
「じゃあこっちで情報収集しとくからさ、また何か分かったら教えるから、それで良い?」
軽く了承されて、誉と惣一は拍子抜けした。
「え、良いん?それは助かるわ、ホンマに」
「まぁー、いつかの配信のネタになるかもだし」
エレーヌはそう言って、自身のアカウントで書き込みを始めた。
「そういや、その配信サイトって何?見たことないんやけど」
惣一が聞いたが、誉も気になっていた。Metubeなどでは無い初めて見るサイトだったが、かなりの人数が配信を見に来ていたことから察するに大手なのだろう。
「あー、これは『ナラザル』って言ってー、人ならざる者限定の配信サイト……だけじゃないね。こうやってタイムラインもあって交流とかも出来るの」
「なるほどな。だから大っぴらにさっきみたいなアンドロイドの話題とか出来るんか」
「そうそう……はい、これで完了」
エレーヌは情報募集の書き込みを終えて送信した。
「あ、誉。『幽霊屋敷』の募集もわんちゃん『ナラザル』経由の可能性ない?」
「俺もそう思ってた、俺らもアカウント作っとくか」
エレーヌが聞きなれない『幽霊屋敷』という単語に興味を持ったのを見て誉はデスゲームの話を説明した。
「あー、じゃあ私が紹介しとく。紹介がないとアカウントも作れないから」
誉は長ったらしい条項を飛ばして、惣一は慎重に全てに目を通して、同意にチェックを入れ、紹介パスコードを入力してアカウント作成を行った。
「よし、じゃあ有難うな」
「ほんまたすかったわぁ」
「『笛の男』、動物を操るんだっけ。まぁ頑張って、まぁ二人とも子供じゃないから大丈夫だと思うけど」
そうして二人は教会を後にした。
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