人見知りの人は日々の中で戦っているという話

後藤権左ェ門

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1.靴屋

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 今日の目的地は靴屋だ。



 履きなれたこのスニーカーにサヨナラするのは残念だが、側面には穴があき始め、底も剥がれかかっている。

 これはもう買い替えるしかないな。



 突然だが、靴屋は危険な場所だ。

 客に靴を売りつけようと、店員が虎視眈々と狙っている。

 対策を立てていなければ、すぐに食われてしまうだろう。

 だが俺には数々の修羅場を乗り越えてきた経験がある。今回も無事に帰ってくることができるはずだ。




 店までの道のり、歩きながら心を静める。

 心の乱れが最も危険だからだ。



 もう着いてしまったか。

 心の準備がまだ甘いが、店の前でうろうろして怪しまれる前にさっさと店に入ろう。



 店に入り辺りを見回すと、店員は遠くにいる。

 これならいける……!!

 俺の狙いはメッシュの黒いスニーカーだ。早く見つけて退散しよう。



「お客様、何かお探しでしょうか」



 何!? 気配を一切感じなかった。

 俺に気付かれずにあの距離を一瞬で詰めてくるとは。こいつ……できる!



 ここで相手に主導権を握られては負けが確定する。

 こちらの要望を根掘り葉掘り聞きだされ、おすすめのスニーカーをいくつか紹介される。

 これだけ聞くと良い店員だと思うかもしれない。しかし、それが罠だ。

 いつの間にか選択肢は狭められ、『買う』か『買わない』かの選択肢は無くなる。

 そう、『どの』スニーカーを買うかを迫られる。

 こうなってしまっては、仮に気に入ったものが無くとも買わざるを得なくなる。



「い、いえ……。あの、じ、自分で探しますので……」

「では、何かありましたらお声がけください」



 危なかった。一先ず危機は脱した。これでゆっくりと店内を見られるだろう。



 しばらく探して、ようやく良さそうなスニーカーが見つかった。

 これは色もデザインもしっくりくる。4Eなのも幅広な俺の足にはうれしい。

 ただ、探してもサイズが無い。これは困った。

 裏に在庫がある可能性もあるが、さっき案内を断った手前あの店員に聞くのは負けに等しい。

 どうする……

 くっ、背に腹は代えられない。

 相手に小さい勝ちを拾わせておいて、こちらは大きい勝ちをつかむ。

 これでいこう。



「あの、すみません」

「はい、なんでしょうか」



 良い笑顔だ。だが、この笑顔が張り付いた皮の下には、鬼が潜んでいるから気を付けろ。



「このスニーカーの27.5cmありますか?」

「この棚には無いみたいですね。在庫を確認してきますので、少々お待ちください」



 ふぅ、人に話しかけるのはパワーを消費するが、なんとかうまくいったな。

 あとは結果を待つだけだ。



「お待たせいたしました。お客様申し訳ありません、現在在庫を切らしているようです」



 !? こいつ、また気配を消して近づいて来やがった。



「似たような商品を見繕って参りましたので、ご説明させていただきます」



 まずい、油断した! この流れは、まずい。



「まず右側の商品は独自の生地を使用することによって、通気性、耐久性共に高水準となっております。また、靴底にエアーが入っているためクッション性に優れ、足への負担を軽くします。そして左側の商品ですが、こちらは現在発売されているスニーカーの中でも最軽量のものとなっておりまして、どんなに歩いても疲労感が少なくなるように設計されております。どちらも間違いなくおすすめの商品となっております。お客様はどちらの靴が気に入られたでしょうか?」



 やってしまった! 店員を在庫確認に行かせることに成功して、完全に安心しきってしまっていた。

 こうなってしまってはもう手遅れだ。

 相手の方が上手だったと思う他ない。完敗だ。



「右の方をください……」

「お買い上げありがとうございます!」



 こうして今日もまた世界は回っていく。
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