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第一章
第三話
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思えば、あの時の会議はかなり雑なものだった。今でもふと思うが、あれがもし盗聴されていたとして聞いている側はどう思っただろうか。
あの会議はただの飾りだったように思う。ただの高校生(いや人じゃないけど)でも分かるくらい、というかあまりにも露骨な雰囲気だった。不自然すぎる。具体的な説明はできないけれどもなんかこう、違和感が付きまとって仕方がない。
多分、研究者という属性が会議をすると、もっと面倒な話し合いになると思っていたからだろう。なぜか全員が僕を生かすことに賛成だった。不毛な話し合いはすでに終えていたというのだろうか。
まあ、どうでもいい。関係ないことだ。多分、おそらく。
「作戦概要を確認する」
この瞬間、僕は国連軍日本自治区駐留部隊三班に所属している。名称があっているかは分からない。要するに自分が所属する部隊名なんぞ言えなくともなんの問題がないということだ。知らんけど。
「日本自治区周縁部に全ての班が待機している。しかし我々は国連施設から直接日本自治区中心部に出る。出た後は発煙筒での作戦開始の合図と周縁部の班がやってくるまでに奴らの数を減らすことだ。いいな、あいつらは数が多ければ多いだけ指数関数的に強くなる。一秒たりとも油断するな」
最終確認。別にここで水を差すようなことを言うつもりはない。が、一つ突っ込みたいところは『数が多ければ多いだけ指数関数的に……』というくだりだ。そもそも僕らは奴らがうじゃうじゃいるはずの中心部で戦うのだから油断はしなくとも何をどう気を付ければいいのか全く思いつかない。
つい数週間前までは普通の高校生だったはずなのに、僕は今一体何をしているのだろうか。
銃を握りしめる。僕が持つのはマシンガンらしい。とりあえず誤射さえしなければ班の人間がどうにかしてくれるだろう。きっと。
「作戦開始まで五、四、三…………」
秒読みが始まる。
「開始」
この瞬間、日本自治区の奪還が始まった。
瞬間、先陣を切っていくのは僕だ。なんかグダグダと理由を説明された内容は、『お前Zなんだからはじめくらいは人間の盾になって突っ走れ』というものだった。軍のお偉いさん達からは丁寧に回りくどく説明されたが、サトル主任が言うにはそうゆうことだった。
そういえば、まだ僕は触手の使い方が分からない。そもそも使いたいという状況に陥っていないのが理由だろうけれどもどうすれば使えるのか気になる。
いざという時のために使えるようにしておきたかった。もう遅いけど。
まだZはいない。目的地に向かって一直線に走り抜ける。なんの因果かは分からないが、発煙筒を上げるビルはミチルと隠れたあのビルだった。今は周囲にZはいない。このままならば合図を上げるまでは思っていたほど難しくはなさそう に見えた瞬間に事件と呼ぶべきものは起こる。
ビルが爆発した。
「ふがっっっ…………」
情けない声とともに体が吹き飛ばされる。爆発した部分は一階部分だ。すぐに顔だけを上に向けるとビルは下から燃え盛っていた。今すぐにでも倒壊しそう、には見えない。とりあえずビルの下敷きにはならずに済みそうだ。
「急いで離脱して!!」
僕が叫ぶことでもないけれども叫ぶ。周囲には同じく吹き飛ばされた班員が転がっていた。全員生きているのは動いているので分かった。
幸いなことに、爆発時のビルとの距離は絶妙だったためダメージは負ったが命に別状はない。
「…………なんで?」
Zによる襲撃時からガス漏れでもしていたのだろうか。それにしては爆発するタイミングが絶妙すぎる。命に別状はなくとも作戦続行を格段に難しくさせるタイミング。絶対にこの轟音にZは反応している。
「作戦変更、目標地点を変更する」
指示が下る。僕の仕事は生き延びることだ。僕を信じて待っていてくれるであろう研究者の元へ、人類の為という理由で殺されるために生き延びなければならない。いや死にたくはないけど、でも死ぬのであれば理由がほしい。誰かの命のためとか、大義のためとか、そうゆうものが。
「了解」
僕が「今、考えていたこと」は少なくとも「今すること」ではないかもしれない。今更ながらに冷静になってきた。
てかこんな状況で冷静になれる高校生にはなりたくなかった。
「爆音で敵が集まる可能性がある。警戒しろ!」
ちなみにこれは爆発ではなく爆燃だということは指摘してもいのだろうか。いや、指摘しないほうがいいだろう。今回はビルが炎上している時点で燃焼しているわけだから完全な爆発ではない。
とりあえずここから500メートルくらいのもうひとつのビルに移動する。ここからは完全に隊列を組んでの移動。僕は左後方の位置。僕の方向からは敵が来てほしくないと思う。
そう思っているうちに、来る。
「右前方に確認」
という言葉と共に銃声が響く。
「総員隊列を乱すな!現状維持で行くぞ」
班長の頼れそうな声が飛んでくる。漫画とかならばここで班長が殺されるところまでがセットのはずだが、現実はそうではない。班長を任されるくらいの人物なのだから僕が心配する必要など全く無いだろう。というか心配することが失礼に値しそうなくらいだ。
とは思っていてもどうしても不安になる。自分の持ち場を離れて班長の補佐に回りたくはなるけれども、自分の力量では無駄だ。それだったら隊列を死守するべきだとわかる。そのためにこの数週間もの間、死にそうな訓練を積んできたのだから。
「左後方に複数のZを確認!」
来やがった。
マシンガンの引き金を絞る。これがかなり難しい。引き金を絞るのだけれども、撃っているうちに反動で銃口が段々と上に向いてしまうことが多々あった。まあ、訓練のおかげでなんとか地面と平行に保てるようにはなったのだけれども。
「月影は俺について閃光弾を撃つ!カバーは新藤、邦人がやれ!」
そして班長から指名された。確かにちょうどいい盾にはなるだろうけども、怖い。本当に怖い。
「了解」
でも従うしかない。こんな高校生になるなんて思ってもいなかった。今でも実感が湧かない。本当に僕は高校生かどうか疑問になる。けれども高校生というものを人間であることが前提となっているのならば、僕は高校生にはなれない。ただの怪物だ。
そんなことを考えていても意味はない。現実逃避をしているだけだ。それに今は現実からではなく、僕と同じような(同じじゃないことを願うけど)怪物から逃げて作戦を遂行させること。それに限る。
「お前は後ろを警戒しろ。撃つ必要はない。本当にまずいときにだけ撃て」
「はい」
前方は班長が切り開いてくれるそうだ。それもそうだろう。新人の僕に先陣を切らせるのは間違えている。どう考えても。
それを言ってしまえばそもそも僕を軍に組み込んだこと自体が間違いな気もする。人類を救うための軍隊に殺したい人間を入れるのは、はっきり言って矛盾しかない。
背中からは銃声と物が破壊される音がする。
「数が多いですね」
「もう着く!お前は後ろを殺れ」
言葉通りに引き金を引いた。Zの体をいとも簡単に貫通する銃弾。銃弾は性別年齢関係なく、かつて人だったものを破壊する。対Z特殊素材による銃弾は奴らの触手を貫通し、再起不可能とする。脳細胞そのものである触手を破壊してしまえば植物状態-廃人と化す。嫌なことに僕もそうなってしまったが......。
フレンドリーファイアでもすれば僕はそれこそ即死だ。いやまあZじゃなくてもそうなったら即死なんだろうとは思う。
「飛び込め」
叫び声ではないけれども、妙に響くその声に導かれるように飛び込んだ。
そこに待っているのは作戦成功への鍵だ。
「閃光弾、撃ち上げ終了。これより作戦はフェーズ2に移行する」
インカムから作戦が後半戦に入ったことを知らされる。僕が飛び込んだ時にはすでに閃光弾を打ち終わっていたとでもいうのだろうか。いや、きっとそうだろう。
「早くないですか?」
「とりあえずここに班員が来るのを待つ。休め」
質問は見事なスルースキルの前に儚く散ったようだ。休めと言った当人は武装を解く気配がない。
「部下と体力のないやつを守るのが上の仕事だ」
心を見透かされた。それになんか名言が出てきた。
僕なんていつも迷走しているのに。まあしかし、僕は先ほどの二者のでは体力のない方に分類されるのだろう。
「休みます」
僕はそう言ってそのまま目を閉じる。この屋上への入り口は一か所。それに班長のような人がいるのだからどんな大群が来ても順々に殺られておしまいだろう。きっと。
そうして意識は深層へと沈み込んで…………いかなかった。
ドアが吹き飛ばされる音がしたからだ。この状況でドアが破られるのはZが侵入した以外にあり得ない。というかそれ以外の存在がドアを破ろうとなんてしないだろう。あまりの突然のことに心臓が飛び跳ねる。
「班長!」
人型のシルエット。太陽のせいで姿はぼやける。おそらく女性。
しかし、首筋からは細く、幾つもの触手が伸びている。今までで一番黒く、不気味なほどに輝いている。
「下がれ」
銃声。
それは建物をいたずらに破壊しただけだ。
「班長!!」
シルエットは跳躍する。まるで蝶のように。太陽の光を遮る彼女は、人形のように冷たい。
浮かんでいたものが、ふわりと降りてくる。
班長は一歩下がって触手を躱す。まさに間一髪だが、そこに危なげはない。
そのまま右手に持ったナイフを一閃する。対Z特殊装備。鋼鉄すら傷つけることができる触手に対抗できる唯一の武器。とは言ってもまだまだ改良の余地はあるとサトル主任は言っていた。
Zは横にスライドして躱す。しかし、その隙は班長の実力の前には遅すぎる。
刹那、屋上には銃声が響き渡るとともに触手が空を切る。
「…………は?」
意識を失ったかのように班長が倒れる。スローモーションの映像のように見えた。
Zは何もなかったかのようにこちらを向く。対Z特殊弾は当たっていたはずだ。ほぼゼロ距離から弾丸を外すなんてことはあり得ない。それも班長だ。奪還作戦の要を率いる人間なのだから。
銃声は確かにあった。班長は確かに撃った。
「動くな」
首を触手で包まれる。触手ならば首を簡単にへし折れるだろう。
「あ、ああ…………」
班長は気を失ったのだろう。動かない。もしかしたら脳を損傷してしまっているかもしれない。
僕は、今日、死を迎える。
「黙って」
息苦しい。触手が首を絞めつけてくる。これじゃあ何も言えない。このまま首の骨でも砕かれて終わるのだろう。
「っっっ!!」
Zが呻いた。それと同時に仲間の声が聞こえた。助けが来た。その衝撃で触手が緩む。
「あああああぁぁぁっ!」
仲間が作り出した隙を逃したくない一心でナイフを一閃した―が、やはり触手は切れない。
だが、触手が離れた。
このどうであれこの隙は逃さない。全力でナイフを突き出す。一人の男子高校生の意地。人である班長がやられたのなら、人ではない僕が仕留める。
けれども刃は通らない。
「くぅぅぅっ!!」
全力で押し込む。しかしナイフは触手に包み込まれてゆく。
もっと強く押し込まなければいけないのに。
「ユウ!よくやった!!」
班員の声が聞こえる。その瞬間、僕ごとナイフが吹き飛ばされる。
触手を震わせて班員をなぎ倒し、そいつはこちらを振り向いた。同時に拳銃をそいつに向ける。
だが、撃てるはずがなかった。
「うそだ…………」
体が固まった。銃を向けることが出来ない。
それを出来るほど、僕は兵士に慣れていない。
雪のように白く、儚い肌。頬を伝っている涙。感情が飽和する。
その瞬間、視界が黒く染まった。誰かが僕の名前を叫ぶのが聞こえた……ような気がした。
そして唐突に目が覚める。
とりあえず目を開けて状況を確認する。気を失う前のことはいやにはっきりとしていた。
ついさっきまで日本自治区の奪還作戦に参加していた。その証拠に今の服装はその時の装備-軍服的なやつ-のままだ。しかし、手錠を嵌められた上に椅子に縛られている僕には軍服に仕組んであるはずの暗器を取り出すことができない。とは言ってもどうせ抜き取られていることだろう。
あったところで僕の身体能力ではおそらく圧倒されて終わりな気もする。
部屋はどこかのオフィスビルの一室だと見える。デスクとかがそのまま置いてある。
犯人はおそらく、あのZだと思う。それ以外に該当者がいない。それだとしてもかなり人格を保ったままZとして活動していることになる。手錠に加えて、椅子に縛るなんてことはある程度の知能がなければできないはず。
「おはよ」
後ろから話しかけられる。振り向きたくてもできない。この体は厳しく縛り付けられている。
「話を、聞く気はない?」
その声を、僕は知っている。
僕の理想には必要不可欠な存在だ。
「君が、僕を殺そうとしていたとしても」
彼女にもう一度、会えるのならば。
「本当に君が雪奈カノなら」
どんな顔をして何を伝えるのかなんて。
「これだけは言わせてほしい」
ここに来た日から決まっていた。
「ずっと、会いたかった」
「私も」
正面に回り込んできた彼女は、そう言って笑った。
初めて会った時とは違う、はっきりとした表情で。
あの会議はただの飾りだったように思う。ただの高校生(いや人じゃないけど)でも分かるくらい、というかあまりにも露骨な雰囲気だった。不自然すぎる。具体的な説明はできないけれどもなんかこう、違和感が付きまとって仕方がない。
多分、研究者という属性が会議をすると、もっと面倒な話し合いになると思っていたからだろう。なぜか全員が僕を生かすことに賛成だった。不毛な話し合いはすでに終えていたというのだろうか。
まあ、どうでもいい。関係ないことだ。多分、おそらく。
「作戦概要を確認する」
この瞬間、僕は国連軍日本自治区駐留部隊三班に所属している。名称があっているかは分からない。要するに自分が所属する部隊名なんぞ言えなくともなんの問題がないということだ。知らんけど。
「日本自治区周縁部に全ての班が待機している。しかし我々は国連施設から直接日本自治区中心部に出る。出た後は発煙筒での作戦開始の合図と周縁部の班がやってくるまでに奴らの数を減らすことだ。いいな、あいつらは数が多ければ多いだけ指数関数的に強くなる。一秒たりとも油断するな」
最終確認。別にここで水を差すようなことを言うつもりはない。が、一つ突っ込みたいところは『数が多ければ多いだけ指数関数的に……』というくだりだ。そもそも僕らは奴らがうじゃうじゃいるはずの中心部で戦うのだから油断はしなくとも何をどう気を付ければいいのか全く思いつかない。
つい数週間前までは普通の高校生だったはずなのに、僕は今一体何をしているのだろうか。
銃を握りしめる。僕が持つのはマシンガンらしい。とりあえず誤射さえしなければ班の人間がどうにかしてくれるだろう。きっと。
「作戦開始まで五、四、三…………」
秒読みが始まる。
「開始」
この瞬間、日本自治区の奪還が始まった。
瞬間、先陣を切っていくのは僕だ。なんかグダグダと理由を説明された内容は、『お前Zなんだからはじめくらいは人間の盾になって突っ走れ』というものだった。軍のお偉いさん達からは丁寧に回りくどく説明されたが、サトル主任が言うにはそうゆうことだった。
そういえば、まだ僕は触手の使い方が分からない。そもそも使いたいという状況に陥っていないのが理由だろうけれどもどうすれば使えるのか気になる。
いざという時のために使えるようにしておきたかった。もう遅いけど。
まだZはいない。目的地に向かって一直線に走り抜ける。なんの因果かは分からないが、発煙筒を上げるビルはミチルと隠れたあのビルだった。今は周囲にZはいない。このままならば合図を上げるまでは思っていたほど難しくはなさそう に見えた瞬間に事件と呼ぶべきものは起こる。
ビルが爆発した。
「ふがっっっ…………」
情けない声とともに体が吹き飛ばされる。爆発した部分は一階部分だ。すぐに顔だけを上に向けるとビルは下から燃え盛っていた。今すぐにでも倒壊しそう、には見えない。とりあえずビルの下敷きにはならずに済みそうだ。
「急いで離脱して!!」
僕が叫ぶことでもないけれども叫ぶ。周囲には同じく吹き飛ばされた班員が転がっていた。全員生きているのは動いているので分かった。
幸いなことに、爆発時のビルとの距離は絶妙だったためダメージは負ったが命に別状はない。
「…………なんで?」
Zによる襲撃時からガス漏れでもしていたのだろうか。それにしては爆発するタイミングが絶妙すぎる。命に別状はなくとも作戦続行を格段に難しくさせるタイミング。絶対にこの轟音にZは反応している。
「作戦変更、目標地点を変更する」
指示が下る。僕の仕事は生き延びることだ。僕を信じて待っていてくれるであろう研究者の元へ、人類の為という理由で殺されるために生き延びなければならない。いや死にたくはないけど、でも死ぬのであれば理由がほしい。誰かの命のためとか、大義のためとか、そうゆうものが。
「了解」
僕が「今、考えていたこと」は少なくとも「今すること」ではないかもしれない。今更ながらに冷静になってきた。
てかこんな状況で冷静になれる高校生にはなりたくなかった。
「爆音で敵が集まる可能性がある。警戒しろ!」
ちなみにこれは爆発ではなく爆燃だということは指摘してもいのだろうか。いや、指摘しないほうがいいだろう。今回はビルが炎上している時点で燃焼しているわけだから完全な爆発ではない。
とりあえずここから500メートルくらいのもうひとつのビルに移動する。ここからは完全に隊列を組んでの移動。僕は左後方の位置。僕の方向からは敵が来てほしくないと思う。
そう思っているうちに、来る。
「右前方に確認」
という言葉と共に銃声が響く。
「総員隊列を乱すな!現状維持で行くぞ」
班長の頼れそうな声が飛んでくる。漫画とかならばここで班長が殺されるところまでがセットのはずだが、現実はそうではない。班長を任されるくらいの人物なのだから僕が心配する必要など全く無いだろう。というか心配することが失礼に値しそうなくらいだ。
とは思っていてもどうしても不安になる。自分の持ち場を離れて班長の補佐に回りたくはなるけれども、自分の力量では無駄だ。それだったら隊列を死守するべきだとわかる。そのためにこの数週間もの間、死にそうな訓練を積んできたのだから。
「左後方に複数のZを確認!」
来やがった。
マシンガンの引き金を絞る。これがかなり難しい。引き金を絞るのだけれども、撃っているうちに反動で銃口が段々と上に向いてしまうことが多々あった。まあ、訓練のおかげでなんとか地面と平行に保てるようにはなったのだけれども。
「月影は俺について閃光弾を撃つ!カバーは新藤、邦人がやれ!」
そして班長から指名された。確かにちょうどいい盾にはなるだろうけども、怖い。本当に怖い。
「了解」
でも従うしかない。こんな高校生になるなんて思ってもいなかった。今でも実感が湧かない。本当に僕は高校生かどうか疑問になる。けれども高校生というものを人間であることが前提となっているのならば、僕は高校生にはなれない。ただの怪物だ。
そんなことを考えていても意味はない。現実逃避をしているだけだ。それに今は現実からではなく、僕と同じような(同じじゃないことを願うけど)怪物から逃げて作戦を遂行させること。それに限る。
「お前は後ろを警戒しろ。撃つ必要はない。本当にまずいときにだけ撃て」
「はい」
前方は班長が切り開いてくれるそうだ。それもそうだろう。新人の僕に先陣を切らせるのは間違えている。どう考えても。
それを言ってしまえばそもそも僕を軍に組み込んだこと自体が間違いな気もする。人類を救うための軍隊に殺したい人間を入れるのは、はっきり言って矛盾しかない。
背中からは銃声と物が破壊される音がする。
「数が多いですね」
「もう着く!お前は後ろを殺れ」
言葉通りに引き金を引いた。Zの体をいとも簡単に貫通する銃弾。銃弾は性別年齢関係なく、かつて人だったものを破壊する。対Z特殊素材による銃弾は奴らの触手を貫通し、再起不可能とする。脳細胞そのものである触手を破壊してしまえば植物状態-廃人と化す。嫌なことに僕もそうなってしまったが......。
フレンドリーファイアでもすれば僕はそれこそ即死だ。いやまあZじゃなくてもそうなったら即死なんだろうとは思う。
「飛び込め」
叫び声ではないけれども、妙に響くその声に導かれるように飛び込んだ。
そこに待っているのは作戦成功への鍵だ。
「閃光弾、撃ち上げ終了。これより作戦はフェーズ2に移行する」
インカムから作戦が後半戦に入ったことを知らされる。僕が飛び込んだ時にはすでに閃光弾を打ち終わっていたとでもいうのだろうか。いや、きっとそうだろう。
「早くないですか?」
「とりあえずここに班員が来るのを待つ。休め」
質問は見事なスルースキルの前に儚く散ったようだ。休めと言った当人は武装を解く気配がない。
「部下と体力のないやつを守るのが上の仕事だ」
心を見透かされた。それになんか名言が出てきた。
僕なんていつも迷走しているのに。まあしかし、僕は先ほどの二者のでは体力のない方に分類されるのだろう。
「休みます」
僕はそう言ってそのまま目を閉じる。この屋上への入り口は一か所。それに班長のような人がいるのだからどんな大群が来ても順々に殺られておしまいだろう。きっと。
そうして意識は深層へと沈み込んで…………いかなかった。
ドアが吹き飛ばされる音がしたからだ。この状況でドアが破られるのはZが侵入した以外にあり得ない。というかそれ以外の存在がドアを破ろうとなんてしないだろう。あまりの突然のことに心臓が飛び跳ねる。
「班長!」
人型のシルエット。太陽のせいで姿はぼやける。おそらく女性。
しかし、首筋からは細く、幾つもの触手が伸びている。今までで一番黒く、不気味なほどに輝いている。
「下がれ」
銃声。
それは建物をいたずらに破壊しただけだ。
「班長!!」
シルエットは跳躍する。まるで蝶のように。太陽の光を遮る彼女は、人形のように冷たい。
浮かんでいたものが、ふわりと降りてくる。
班長は一歩下がって触手を躱す。まさに間一髪だが、そこに危なげはない。
そのまま右手に持ったナイフを一閃する。対Z特殊装備。鋼鉄すら傷つけることができる触手に対抗できる唯一の武器。とは言ってもまだまだ改良の余地はあるとサトル主任は言っていた。
Zは横にスライドして躱す。しかし、その隙は班長の実力の前には遅すぎる。
刹那、屋上には銃声が響き渡るとともに触手が空を切る。
「…………は?」
意識を失ったかのように班長が倒れる。スローモーションの映像のように見えた。
Zは何もなかったかのようにこちらを向く。対Z特殊弾は当たっていたはずだ。ほぼゼロ距離から弾丸を外すなんてことはあり得ない。それも班長だ。奪還作戦の要を率いる人間なのだから。
銃声は確かにあった。班長は確かに撃った。
「動くな」
首を触手で包まれる。触手ならば首を簡単にへし折れるだろう。
「あ、ああ…………」
班長は気を失ったのだろう。動かない。もしかしたら脳を損傷してしまっているかもしれない。
僕は、今日、死を迎える。
「黙って」
息苦しい。触手が首を絞めつけてくる。これじゃあ何も言えない。このまま首の骨でも砕かれて終わるのだろう。
「っっっ!!」
Zが呻いた。それと同時に仲間の声が聞こえた。助けが来た。その衝撃で触手が緩む。
「あああああぁぁぁっ!」
仲間が作り出した隙を逃したくない一心でナイフを一閃した―が、やはり触手は切れない。
だが、触手が離れた。
このどうであれこの隙は逃さない。全力でナイフを突き出す。一人の男子高校生の意地。人である班長がやられたのなら、人ではない僕が仕留める。
けれども刃は通らない。
「くぅぅぅっ!!」
全力で押し込む。しかしナイフは触手に包み込まれてゆく。
もっと強く押し込まなければいけないのに。
「ユウ!よくやった!!」
班員の声が聞こえる。その瞬間、僕ごとナイフが吹き飛ばされる。
触手を震わせて班員をなぎ倒し、そいつはこちらを振り向いた。同時に拳銃をそいつに向ける。
だが、撃てるはずがなかった。
「うそだ…………」
体が固まった。銃を向けることが出来ない。
それを出来るほど、僕は兵士に慣れていない。
雪のように白く、儚い肌。頬を伝っている涙。感情が飽和する。
その瞬間、視界が黒く染まった。誰かが僕の名前を叫ぶのが聞こえた……ような気がした。
そして唐突に目が覚める。
とりあえず目を開けて状況を確認する。気を失う前のことはいやにはっきりとしていた。
ついさっきまで日本自治区の奪還作戦に参加していた。その証拠に今の服装はその時の装備-軍服的なやつ-のままだ。しかし、手錠を嵌められた上に椅子に縛られている僕には軍服に仕組んであるはずの暗器を取り出すことができない。とは言ってもどうせ抜き取られていることだろう。
あったところで僕の身体能力ではおそらく圧倒されて終わりな気もする。
部屋はどこかのオフィスビルの一室だと見える。デスクとかがそのまま置いてある。
犯人はおそらく、あのZだと思う。それ以外に該当者がいない。それだとしてもかなり人格を保ったままZとして活動していることになる。手錠に加えて、椅子に縛るなんてことはある程度の知能がなければできないはず。
「おはよ」
後ろから話しかけられる。振り向きたくてもできない。この体は厳しく縛り付けられている。
「話を、聞く気はない?」
その声を、僕は知っている。
僕の理想には必要不可欠な存在だ。
「君が、僕を殺そうとしていたとしても」
彼女にもう一度、会えるのならば。
「本当に君が雪奈カノなら」
どんな顔をして何を伝えるのかなんて。
「これだけは言わせてほしい」
ここに来た日から決まっていた。
「ずっと、会いたかった」
「私も」
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初めて会った時とは違う、はっきりとした表情で。
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人は今まで色んな資源やエネルギーを消費し続けてきた。このまま使い続ければ、いずれは使い果たしてしまう可能性さえ十分にあり得る。【エクトプラズム】という未知のエネルギーから開発された【ガイスト】。
金刃 乱(かねと おさむ)はとある出来事から【フィジカルポイント(身体能力超強化】という【ガイスト】を渡され、新生活を送る事となった。
しかし、これが彼の人生を大きく狂わせてしまう事になる。
魔都★妖刀夜行 ~現代にて最強最悪の陰陽師がVRゲームを創っちゃいました!~
神嘗 歪
ホラー
現時点、生きている人間のなかで最強にして最悪の陰陽師・道川 明星(みちかわ みょうじょう)が、身勝手な理由で国家を抱き込んだ魑魅魍魎ばっこするVRゲームを創ちゃった。
高校二年の 伊田 空月(いだ あづき)は、転校してきてまもない薬袋 真白(みない ましろ)に強引に誘われ、明星が創ったゲーム『魔都★妖刀夜行』を始める。
そのゲームが普通なわけがなく、空月はとてつもなく奇々怪々な陰謀に巻き込まれていく。
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