Z ~heaven of ideal world~

Cheeze Charlotte

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プロローグ

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 僕は手を引かれている。
 ビルが立ち並ぶ街。いつも変わらない景観。周囲では何一つおかしなところはない。だからこそ、周囲の人が僕ら奇異の視線を向けてくるのも分かる。
 けれども前の少女はそんなことを気にする様子がない。それどころか必死に歯を食いしばっていた。
 「どこに行くの!」
 少女は一瞬だけ僕を見た。けれども言葉はなかった。なんで僕を連れていくのかも、一体なにが目的なのかも、なにもかも。
 唐突に家に押しかけてきたと思えば僕の手を引いて連れていかれた、これは誘拐になるのだろうか?
 肩までありそうな長い髪は、ただただ黒かった。
 少女はかなり疲れているのか、息は乱れ、顔を真っ赤にしていた。自分も似たり寄ったりな様子だと思う。人生でここまで走ったことはない。
 ふと、この少女はなぜバスや電車にでも乗らないのか気になった。わざわざ走りにくそうなセーラー服で見知らぬ人のてを引いて全力疾走する必要はない。少なくとも僕は電車に乗る。
 けれども、こうやって走るもの悪くない気分。
 連れ去られているとはいえ、僕は自分から世界に飛び出そうとはしなかったのだから。
 その時、少女の動きが止まった。
 「伏せて!」
 次の瞬間、僕は少女に突き飛ばされた。あまりに突然のことで一体なにが起きたのかわからない。けれども僕の耳には、大勢の人の悲鳴が聞こえた。「救急車を呼べ」だとか「いやまず警察に!」とか「なんだよあれ!」とか言っているのが聞こえる。いや、それよりも単純な悲鳴だ。誰もがパニックに陥っている。
 僕は上に覆いかぶさる少女の隙間から外を見た。

 そこには鮮血を吹いて倒れる人の姿があった。

 「はぐっ……うがぅっ」
 少女が僕の悲鳴を止める。
  静かに  
 少女は口の動きだけでそう言った。
 努めて周囲を見ないようにして少女についていった。見てしまえばもう戻れなくなる。見なければそれは僕の中では存在しないと自分に言い聞かせて。
 ひたすら地面に目を向ける。
 さらに二回、人が倒れるような鈍い音がする。少女も、僕も、恐怖で震えている。怖い。
 そこからは無我夢中だった。少女が手を引く方向へただ走り続ける。もう、周囲の景色なんて目に入ってこなかった。その代わり、鮮血を吹いて倒れたあの人のことが焼き付いて離れなかった。
 そうしているうちに、僕らは人のいない場所にいた。住宅街の中にある公園。今までひたすら走り続けたからだろうか。一気に疲れが噴き出してくる。
 僕はそこで手を振り払った。これ以上は体力的にもだいぶ厳しかった。少女の体力もそろそろ限界に近いだろう。それに、これ以上は色々と限界だった。
 「あの、誰ですか?」
 この時初めて目があった。今までは一方的に手を引かれるだけだったので、正面から目を合わせる機会はなかった。
 「そこに座って」
 息を整えながらそう言った。とは言っても僕より彼女の方が座るべきであるように見える。それに、相手も疲れいるはずなのに自分だけが座ることなんてできない。
 「いえ、僕は平気です」
 季節的に暑いのはあるとは思うけども、僕の手をつかむ前から走っていただろう彼女のセーラー服は、汗でひどく湿っていた。やはり彼女の方が疲れているはずだ。
 どうしていいかわからない。多くのことが置きすぎて
 「あの……座らないんですか?」
 「私はいい。それよりも君に話があるから」
 少女の頑なな態度に僕は言葉を失った。なにを言えばいいのかわからない。
 そうしているとどこから取り出したのかペットボトルの水を飲み始めた。
 よく見てみると、少女の肌は信じられないくらいに白く、華奢な子だった。一見、普通の少女に見えるのだけれどもどこか消えてしまいそうな雰囲気を感じた。
 「雪奈カノ。よろしく」
 そういって少女こと雪奈カノは手を差し出してきた。
 「月影ユウ、です。はじめまして」
 僕はそう言って手を握った。
 その時、カノと名乗った少女は曖昧に微笑んだ。それはあまりにも不自然な笑顔だった。

 「……………………あ」
 体を起こす。
 昨日見つけた小屋で一泊していたことを忘れていた。
 「……それにしても」
 久しぶりに昔の夢を見た。カノに初めて出会ったときの夢だ。
 あの時は世界中がパニックになるなんて思っていなかった。
 けれどもそれはもう終わりだ。ロシア東部に国連の保護区画が出来上がったらしい。
 首から触手を出すあの人型怪物の脅威から身を隠せる場所だ。そこまでたどり着けばひとまずは安定した生活を送ることが出来る。今はその保全区画の目の前まで近づいている。
 「起きた~?」
 部屋のドアからカノが顔をのぞかせる。手には菜箸を持っている。今日はカノさんに料理を作ってもらってしまった。本来だったら今日は僕の担当だったのに。
 「遅い。ユウの料理が楽しみだったのに…………」
 「寝坊してすみませんでしたっ!!」
 カノは僕を布団に押し戻す。けれども布団に戻るわけにはいかない。僕にも意地がある。諦めてたまるか!
 「決意に満ちた目はいいけどね、寝坊したのはユウの方だからね!今日は諦めて休んでなさい。それにユウ君が疲れてるのはわたしのせいなんだし…………」
 強気な口調が続かなかったようだ。だんだんと声が小さくなっていく。確かに、この小屋を見つける時に少し問題はあった。でもそれは別にカノの責任ではない。
 「……別にいいよ」
 台所の方からは美味しそうな匂いが流れ込んでくる。
 「はぁー」とわざとらしくカノがため息をついた。こうゆうときはどう反応していいかわからない時にでる彼女の癖だ。三年間という時間を一緒に過ごしてきて分かったことの一つ。
 「……おはようございます」
 自然と声が小さくなった。
 「なじぇ今頃?」
 カノは目を丸くした。ただ朝の挨拶をしただけなんだけどな。と思った時、彼女が耐えられなくなったように噴き出した。
 「なんで?」
 思わず聞いてしまった。
 ツボに入ったようで腹を抱えて笑っている。そういえば、カノは時々よくわからないタイミングで笑いのツボがはいる。
 「もう…………これだからユウは……っ!」
 とても楽しそうに笑っている。
 出会った頃の雰囲気はもう感じない。あの頃よりも楽しそうにしている。カノとこの事態を過ごすのは楽しいと思う。これからは僕も、カノも保全区画という場所で今まで通り二人で生活していくのだろうか。それとも二人別々に新しい生活を送るのだろうか。
 どちらにしろうまく想像できない。

 でもそれは想像できなくて当然だったかもしれない。
 だって今、僕の生活にカノはいない。
 彼女は僕の命と引き換えにその身を捧げたのだから。


 雨の音がする。保全区画に住み着いてから数年が経過しているはずなのだが、梅雨がないということにうまく馴染めずにいる。梅雨がないからこそ、なかなか降らない雨が降ると何か違いを感じるのだろうか。だとしても違和感はこれだけではない。湿度、気温、全てが東京とは違う。
 ここはロシア北東部なのだから。
 「……やば」
 時刻はもうすでに七時を過ぎている。急がなければ学校に遅刻する。
 生のトーストを薄く切る。いつもであればもう少し凝った食生活なのだが、今日は時間がない。
 トーストを三十秒で頬張り終えるとワイシャツの袖に腕を通す。この制服を着ることにも少しずつ違和感を覚え始めている。少し前までは日常的に身に纏っていたはずだった。けれどもその少しの間が決定的過ぎた。
 そうして次に顔を水で洗おうとしたその時、机で携帯が鳴った。
 無視して家を出る。今、携帯の通知を確認して返事をしたところですぐに顔を合わせることになる。ここで電話を取るのは無駄であり、いちいち面倒な作業だ。
 住むのは新築のアパート。というかこの保全区画自体ができてまだ数年なのだから新築の方が多い。東京では考えられない。
 もともとこの周辺は地形が複雑に入り組んでいるからこそ保全区画を設置できたそうだ。そんな土地に古い家があったとしても、とても住みたいと思える状態ではないはずだ。
 ドアを開けた先には数年前と似たような街が広がっている。高層ビルが立ち並び、その間を縫うようにして電車が通っている。道路は複雑に絡み合い、僕らの生活を支えている。
 ロシアにある保全区画だろうが、国家自治領内は今までと似たような風景が並ぶ。
 カノと出会ったあの日、決定的に世界が変わった。
 アパートの三階から階段で降りていく。
 急がなければ、遅刻してしまう。

 「それじゃあ今日も授業頑張ってください」
 やる気のない担任の言葉で朝礼が終わる。
 今日もいつもと変わらない。世界が変わっても社会は変わらないというのはまさにこのようなことを指すのだろう。
 「……………………」
 数年前、新しい世界だと思っていたものはすでに、僕にとっては日常となった。既存の日々は儚く散ったのだからそこに新たな姿で同じものが生まれるのは当然のことだと思う。同時に理不尽極まるものであることも確かだ。
僕がなにを考えようと時間は過ぎていく。一限目が始まり、終わる。二時限目も始まったと思えば気が付けば終わっている。
 授業中に眠っている訳でもない。確かに授業を通して知識を与えられてはいる。けれどもこの時間の意義が見いだせない。
 僕は活発に動くことをやめてしまっていた。自分の中では、数年前から変化も成長もない。あくまで精神的なものではあるけれど。
 けれども。
 確かに世界は動いていたようだった。
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