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番外編

Happy Halloween!!

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「ノアー!ただいま!ノア!!」

5日間の遠征から帰宅し、勢いよく玄関の扉を開けて名を呼ぶ。いつもだったら俺の気配を察知して、玄関まで迎え出てくれるノアがいない。あれ?っと思ってスンと鼻を鳴らし匂いを探ってみたけど、家にいる気配はなかった。

どこ行ったんだ……。

俺は愛しい番を求めて居間へと足を進めた。
俺のいない間にクエストを受けて遠出するようなら居間のテーブルに書置きが残してあるはず。もし急なクエストを受けたとしても、ギルドに言付けを残すのが常だ。だけど俺が一時間ほど前に依頼達成の報告でギルドに寄った時、何も言われなかった。
覗いた居間のテーブルにメモはないし、買い物にでも出かけてるのかもしれない……。

ノアを待つ間、先ずは旅で薄汚れた身体でもキレイにしようとシャワーを浴びに浴室へと向かった俺は、その後冒険者ギルドがとある現象で大騒ぎになる事など知る由もなかった。




「……で?何がどうしてこうなった?」

シャワーを浴び寛いでいると、冒険者仲間のダンが転がるような勢いで俺ん家にやってきて、凄い形相で引っ張って行った先が冒険者ギルドだった。

ギルドマスターの部屋の通された俺は、机を挟んで部屋の持ち主と向かい合って座る。ギルマスは机に両肘をついて頭を抱え込んで唸っていたし、俺は俺で目の前のモノを凝視することで忙しく、扉の向こうで繰り広げられる喧噪など気にしている余裕もない。
俺の問いかけに何の返事も返さないギルマスには苛立つが、それより何より……。

「ーーわんちゃん!」

俺を無邪気に指さす幼子の存在が気になって仕方がない。
見覚えのある深い紫紺の髪、黒曜石のような真っ黒の瞳。どうやら、4~5歳くらいの大きさになってしまったノアのようだった。もともとのキレイな顔立ちは、幼くなったことで美しさより愛らしさが際立つ。ふっくりと幼児特有のまろい頬をほんのり赤く染めて、上目遣いで俺を見ている姿は、もう正しく天使と言っていいくらいの愛らしさだ!

いや天使そのものだろう、これは!天界に戻る前に繋ぎとめておかなければ!!
いや、それより天使の羽はどこだ?地上に残すために、いっそ羽を切ってしまうか!?
色んな事をグルグル考えてしまう。しかし、それより何より、先ずは……。

「……ノア、何でギルマスの横に座ってるんだ?俺の所に来いよ」

すっと手を伸ばす。いつも何だかんだ言いながら俺の胸の中に納まってくれるノアのことだから、幼くなったといっても絶対俺の所に来るだろうと思っていたのに、無情にもその予想は裏切られてしまった。

じっと俺を見ていたノアは瞳孔をキュッと縦長・・に絞るとふるりと身を震わせた。そしてあろうことか、身体を縮こませてギルマスの腕にしがみ付いてしまったんだ。

「!!!!!」

ーー俺の番が!!!
思わず洩れ出た殺気と威圧に、ギルマスが迷惑そうに顔を上げる。
チラッと自分の腕に顔を押し付けているノアを見ると、大きなため息をついた。

「ルーカス、諦めるんだ。見てみろ、今のノアを……」

名前を呼ばれて、「なぁに?」とばかりにノアが顔を上げた。きゅるんっという擬音が聞こえてきそうなくらい可愛い顔で瞳を瞬かせ、小首を傾げてギルマスを見上げている。
俺ではなく、ギルマスにその可愛い顔をさらす姿に苛立ちが募る。

そんなオッサンじゃなくて、俺を見ろ!!
額に青筋を立ててグググっと拳を握り締めていると、ギルマスは小さいノアの両脇に手を差し入れてぷらんと持ち上げた。

「見ての通り、今のノアは『猫』だ……。『わんこ』のお前とは相性が悪かろう」

力なく呟くように言ったギルマスの言葉に反応して、幼いノアの紫紺色の細い尻尾がしなやかに揺れた。



ギルドマスターの話によると、今この国に南西部の魔術大国の大使が訪れているらしい。その国は魔術大国と言われるだけあって、魔導士やら魔女やらが多く住んでいる。そんな魔術を使う彼らと一般の国民との親睦を図るために『魔女の日』なるものが設けてあるそうだ。そして今日が、その『魔女の日』だったらしい。

彼らは特に悪意があったわけじゃない。
ただ極普通に思った。「この国でも一般の国民との交流を図っておこう」と。
その結果、魔術を施した菓子を配って回り、それを食った奴らが獣人になったり、全身を包帯でグルグル巻きにされた謎のモノになったり、日光が苦手な鋭い牙を持つ何かになってしまったらしい。で、ノアは猫の獣人になってしまった、と。
お陰で街は大混乱だ。

「だけど何でノアが?コイツ、甘いの得意じゃないんだけど」

俺が不貞腐れて問うと、ギルマスは「ああ……」と呟きノアに視線を落した。

「ノア時々買い物に行く果物屋の嬢ちゃんが、ノアのこと好きらしくってな。貰った菓子を分けてやったらいいぞ。……てか、おいルーカス、5歳の子供に嫉妬とかすんじゃねぇよ!殺気を出すな!」

ーーチッ!!

「ーーぎるどますたー?」

ぷらぷらと抱えられるがままになっていたノアが垂れ耳をピクつかせて首を傾げた。

「どうした、ノア?」

「おなか、すいた……」

ぴくぴくと猫耳を動かし小さくくぅっと鳴るお腹に手を当てたノアは、困ったような顔になっている。その可愛らしい姿に、流石のギルマスも厳つい顔に甘い笑みを浮かべた。

「そうか。だがな、ノア。オマエの家族はそっちの男だ。メシはそいつと喰うといい」

「はっ!そうだぞ、ノア!!何故、ギルマスを頼るんだ。俺がいるだろう!」

そうだ、前ノアが気になるっていていた店に食べに連れていくか!いや、しかし、この可愛いノアを誰にも見せたくないし……。
ぐるぐる考えを巡らせていると、ノアはちょっとたけ泣きそうな顔になった。

「……………。わんちゃん、コワイ」

「!!!!!!!!?」

その時の俺の気持ちが分かるか?
番に、大事な大事な番に「コワイ」って言われたんだぞ!?
愕然とする俺に、ギルマスは珍しいモン見たとばかりにニヤリと笑うと、ノアを押し付けてきた。
俺に抱かれた瞬間、ノアの尻尾がしびびびびっ!!と逆毛を立て尻尾を膨らませる。
あまりの警戒振りに、流石の俺も打ちひしがれ心が涙を流す。

「…………なぁ…ノア。俺、イヤ?俺、コワイ?」

「…………」

俺と目を合わせようとしない。黒曜石の瞳はそろりと逸され、小さな身体はふるふると震えていた。
どんなに小さくても、漂う気配は番そのもの。だというのに、その番が俺を拒絶する。
その事実に、久々に荒々しい獣としての本能が暴れだしそうになって俺は俯いた。

そっと、何かが頬に触れる。
顔を上げると、小さなノアが小さな掌を俺の頬に当て、じっと見つめていた。よく見るとまだ小さい肩が震えている。

「……どうした?」

「わんちゃん、かまない?」

「!噛むわけがないっ。あ、いや……、うん。小さいお前を噛むことなんてないぞ」

俺がお前を嚙むなんて有り得ない。ま……まぁ、夜、ベッドの中で興が乗れば噛まん事もないが……。
俺のちょっとの間から何かを察したギルマスが、冷たいし視線を向けるけど無視を決め込む。

「俺がお前を傷付けることはねぇよ、心配すんな。な、だから俺とメシ食いにいこう」

「うん!かまないなら、いいよ」

ニコッと笑って頷くノアを軽く揺すってやり、俺は意気揚々と街へと繰り出したのだった。



「ノア、何が食いたい?」

「んと、あれ」

可愛い指が露店商が集う一角を指す。そこに近付いてみて、俺はちょっとだけ訝し気な顔になってしまった。

「……ノア、コレ綿菓子だぞ?すっげぇ甘ぇヤツ。お前、甘いもん苦手じゃね?」

「でも、これがいい……」

俺の反応から買って貰えないと思ったのか、しょんぼりと悲しそうな顔になる。もともとの垂れ耳も力をなくして更にぺしょりと倒れてしまう。
誰だよ、俺の番を悲しませたヤツ!!って俺かっ!?
愛らしい顔が曇ってしまったのを見て、思わず動揺のあまりおかしな突っ込みをしてしまった。落ち着け、俺。

「いいよ、じゃ買おうか。おい、オヤジ、コレ一つくれ」

「ルーカスが、こんな菓子買う日がくるとはな……」

コインを幾つか差し出すと、露店の主が苦笑いしながらそれを受け取る。
まぁ俺もノア程じゃないにしても、甘いもんは食わねぇしな。受け取った綿菓子をノアの手に持たせてやると、満面の笑みを浮かべキラキラした目で俺を見た。

くっそ可愛いかよ!
つか、オヤジ、てめデレデレだらしない顔でノアを見てんじゃねぇよ!減るだろーが!!その目ん玉、くり抜くぞ!

ジロリと綿菓子屋を睨んで歩き出すと、ノアが手にした菓子を俺の口元の差し出してきた。

「わんちゃんも、どうぞ」

綿菓子みたいにふわふわと笑う番がマジ天使過ぎるんだが……。俺はノアを抱っこしていない方の手で目元を覆って密かに悶絶した。

「ノアちゃん?その駄犬、今は胸いっぱいで食べられないと思うから先に食べなよ」

背後から綿菓子屋がフォローを入れてくる。意外にオマエいい奴だったんだな。その目はくり抜かずにいてやるよ。
ノアは良く分からないって首を傾げながらも、嬉しそうに菓子を頬張り始めた。

「ま、甘いもんもいいけど、何か腹に溜まるもんも食べようか」

コクコク頷きながら、ちまちまと小さい口で菓子を食む姿は、もう可愛いの一言に尽きる。……が、遠征から戻ったばかりの俺には、ノア成分が不足していたらしい。口の動きをじっと見ていると、大人なノアが俺のモノを咥えて濡れた瞳で見上げてくる姿を思い出してしまう。

「ーーぐっ……っふぅうううう」

愚息が反応しそうになって、思わず深呼吸してしまった。そんな俺にビクンと反応したノアが、ちっこい尻尾を不愉快そうにゆらゆら揺らす。
俺は慌ててごめんごめんとばかりに、背中を擦ってやった。

「なぁ、ルーカス……」

そんな俺の様子を見ていた綿菓子屋が、もう一度声を掛けてくる。

「分かってると思うけどな。いくら番っていっても、その年の子供に手ぇ出したら犯罪だからな」

ーーー今度奴にあった時に、シメてやる。
そう心に誓うと、俺は殺意を押さえて足早に次の露店商へと向かった。

そこからは、ノアが指さすままに肉の串焼きやらソーセージやら、海鮮バーベキューやらを買って食べた。
勿論ちっこいノアがそんなに食べれる訳もなく、俺と分けて食ったんだが……。
俺はノアを抱き上げているから、片腕が塞がっている。それに気付いたノアが、いちいち俺に「あーん」と食べさせてくるんだぞ!?
俺を萌え殺す気か、ノア!本望過ぎてあっという間に昇天しそうだ!!

露店商の主達も綿菓子屋と同様に、小さくなったノアを見ては「可愛い可愛い」と大絶賛。そして猫耳と尻尾が付いている状態に気付くと、血走った目になってはぁはぁしだすヤツもいたんだ。
ここの露天商、大丈夫か?変態ばっかりじゃねぇか。今度ノアには「近づくな」って注意しなきゃな。

そんなこんなで、しっかり楽しみながら腹を満たしていると、冒険者ギルドのフタッフが小走りに近付いてきたんだ。

「ルーカスさん!」

息を切らしながら俺の側で立ち止まると、すっとメモを手渡してきた。

「なんだ?」

「ノアさんの戻し方が書いてありますので、どうぞ」

「……分かった」

受け取ると、スタッフは足早に去っていく。どうやら他の被害者達にもメモを配って回っているらしい。
俺はぺらっとメモを開いて、中を文字に目を通す。
そんな俺を、ノアはご機嫌な様子で尻尾をピン!と伸ばしカヌレを頬張りながら眺めていた。
愛くるしいノアの姿が見納めになるのは恐ろしく辛いが、やっぱり愛しい大人の番に俺は会いたいんだ。

「ーーノア、これ読める?」

ノアにも見えるようにメモをぺらっとひっくり返すと、新しいカヌレに噛り付きながら覗き込んできた。

「Trick or Treat……?」

不思議そうに呟いた直後。ぽん!!と軽い音がして腕に掛かる重みが増す。
いつもの愛しい番の姿を目に映しながら、俺は可愛い可愛いちっさなノアの姿を思い浮かべた。

Come again next year!! 来年もまたおいで

小さく呟くと、腕の中の大きなノアが不思議そうに瞬くのだった。
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