上 下
36 / 46
sideルーカス

20.

しおりを挟む
縛られたように動けなくて空を見上げていた俺の目の端に、白夜月が見えた。
ぼんやりと白く、青い空に溶けて消えそうなくらい儚いのに。

そこに確かに存在する、月。

俺はそっと目を閉じる。
狂気の中にあって揺れ動くノアの存在意義とは……。
一つだけ確かなことは。狂気であっても正気であってもこいねがう気持ち。

――――ノアに、逢いたい。

身体に入っていた力が抜けて動くようになった。
俺は小さくかぶりを振って、焼け付くように求めてしまうその存在を追うために足を動かしたのだった。


街を出て半日程の場所に小さな集落がある。
その先暫く人が暮らす町も村もない事を考えると、その集落に立ち寄る可能性が高い。

ザクザクとわだちの跡が残る街道を歩く。
この辺は人の行き来が少ないみたいで、道こそ雑草もなく整えられていたが、その周囲は背の高い草木が茂って視界を悪くしていた。

そんな場所でも魔物避けが律儀に設置してあって、無駄に魔物を警戒しなくて済む。
その分足を早めて先を急いだ。

その時。

ふと何かを感じて足を止める。
油断なく辺りを見渡していると、小さな風にのって、匂いが漂ってきた。

瞬間、雷で打たれたような衝撃が全身を襲う。
カッと目を開き、素早く行動に移した。
草木を踏み分け匂いの元を辿る。
――街道から少し離れた場所に見覚えのある天幕が張ってあった。

心臓が耳にあるんじゃないのかと思うくらい、ドクドクと煩く脈打つ。
ノアの匂いに混じり微かに血臭がして、眉を顰めた。

天幕の入り口に近寄り、中と外を隔てる布をそっと持ち上げる。


そこに、ノアがいた。

天幕の床に顔だけを横向きにし腹這いとなって、毛布を被り眠っていた。
怪我が痛むのか顔を歪めて、呼吸も促迫していて苦しそうだ。
誘われるように近付く。
トスっとノアのすぐ近くで両膝が落ちた。
熱があるようで、額に滲む汗で髪が貼り付いている。

震える手で顔を包む。親指で下瞼を辿りそのまま頬を伝い耳へ、そして顎へ首筋へと指を滑らせた。

「………ぁぁぁ……」

僅かにノアが身じろぐ。

シャツの隙間からそっと指を滑り込ませると、今まで気付かなかった魔物の臭いの残滓が立ち上がる。
目の前が真っ赤になるような、はらわたが煮えくり返るような……制御できない怒りが湧き上がってきた。

思わず手を引っ込め、キツく握り締める。

徐に、今度は服の上から掌を当てると手当てされた背中の怪我を感じ、そのままゆっくり指の背でノアの存在を確かめるように身体のあちこちを辿った。
すると怠そうに閉じられていた瞼が震え、ノアは薄っすらと瞳を開いたのだった。

熱に潤む瞳は煽情的で、情欲や支配欲を刺激する。

俺が居ることが分からないのか、ノアは視点が合わない様子で床辺りをぼんやりと見つめていた。

「ああ、起きたんだ?」

冷ややかに声をかける。その声に促され、ノアはノロノロと首を動かし俺を見上げた。
なんでここに……?とでも言いたげな視線。

「お前の様子が変だったからさ、別れた次の日お前んちに行ったんだよ」

噛んで含めるように、ゆったりと言葉を紡ぐ。

「そしたらもぬけの殻じゃん。何事かと思うよな」

同時に背中で遊ばせていた指を傷の上に移動させて、グッと押した。
嘲るような声の響き、酷薄な顔。逃げ出したお前に、絶対に優しさも労りも温もりも渡さない。

「……っつ!」

ノアの呻き声が俺の嗜虐性しぎゃくせいを突く。
コレは狩りを本能とする獣に潜む闇。
俺の理性はその声に依って引き千切られ、跡形もなく散っていく。
傷の上に置いていた手に力を籠める。シャツと周囲の肉諸共抉るようにガリッと引っ掻いた。

「ああぁぁっっ!!!」

飛び出した狼族の鋭い爪に、ノアの破れたシャツが纏わりつく。ガーゼが剥がれた傷は、四脚の魔獣特有の爪の跡をしていて、俺のカンに触った。

時折爪を立てながら僅かに残るシャツをビリビリにして、溢れる血をノアの全身に擦り付けた。そしてそれを堪能するように舌で舐め取る。
ゼイゼイと肩で息をするノアを嘲笑うように見下ろした。
立ち篭める血の匂いが益々俺を狂わせていく。

「いつの間にか俺から離れて、俺の知らない間に他の犬っコロにこんな傷付けられちゃ、笑うしかないだろ」

背中をぐいっと押すとノアが抵抗する気配があった。笑える程か弱い抵抗をあっさり封じて、ズボンを抜き取る。

どくどくと傷から溢れる血液。指2本で血を掬い、後孔へ押し込んだ。
くちくちと、態と快楽を引き出すようにナカを刺激する。潤いが足りないのか、ノアは苦痛の声色で静止を求めた。

「っあ!ルー……ルーカス……止めてくれ……っ!」

ガリッと床部分の布を掴み、痛みから逃れようとする。そんなノアに俺は覆いかぶさるように身を倒して、布を掴む手に指を絡めて押さえ付けた。
首を傾け背中の血液を啜る。大きく口を開けて、迷うことなく喰んだ。

ビクビクッ!!とノアの身が踊る。
苦痛で後孔はキツく締まり、無遠慮に動き回る俺の指を制限してきた。

薄っすらと笑い、ノアのスキなポイントを集中して嬲ると、呆気なく精を放った。

「くっ……あぁぁ……っ!」

はぁはぁと荒く息をつくノアを、ごろりと仰向かせる。
布だけの薄い床は地面の横突を防ぐことはなく、そのままノアの傷に刺激を与えた。
グッと喉の奥が詰まったような声。歯を食いしばり激痛を耐えるノアを無言で見つめる。

そのままノアの足の間に割入り、伸し掛かって動きを封じた。血の匂いに煽られて、痛いほど隆起した自身を取り出す。
掌にトロリと混在する白濁と血を昂りに塗りたくる。
そして何の躊躇もなく一気にノアに押し入った。

ばちゅん!と肉がぶつかる。

「っひ!い……ああぁぁっっ!ルーカス!ルーカス!止めてくれっ!あああああぁぁぁっっ!」

ノアの悲鳴が上がった。
俺はその声にうっとりと聞き入る。
ノアが俺を意識している。そう思うと興奮が抑えられない。
貪るような俺の律動に、背中の傷は更にズタズタになったのだろう。

籠もる血の匂いの濃さが増す。床にも擦ったような形で、ベッタリと血の跡が残り凄惨な様を呈していた。

意識が朦朧としてきたのか、ノアの焦点が合わなくなっていく。
俺は俯き、クスクスと嗤った。

俺のモノだとマーキングしたら。そうしたらお前を喰ってやるよ、ノア。
俺のナカに収まればもう苦痛なんて感じないし、俺から離れては行けないだろ?

「はっ……はっ……」

短く息をつくだけで、力なく身体を投げ出すノアに諦めの雰囲気が漂い始める。

それが何故か苛立たしい。

ガツガツ揺すりながら、ノアの反応が欲しくて嘲りの言葉を口に乗せる。

「……っ嫌がってる割には、孔はトロトロだな……っ」

ぴくん、と指先が動いた。

「こんなイヤらしい身体で、これからどうするつもりだっだんだ?もう女とじゃ無理だろ?
それとも誰か適当に見繕って突っ込んで貰うのか?」

ぐいぐいっと腰を密着させて、もう何回目か分からない精を最奥に放つ。

「ぁぁぁ…………」

小さくため息のような喘ぎ。はくはくと息継ぐノアを嘲笑うように見つめ、昂りをノアに埋めたままグイッと身体を引き寄せた。
太腿に跨がらせると、俺の欲望は更に深く奥を求めてずぶずぶと入って行った。

苦しいのか、肩に頭を乗せていたノアが力なく首を振った。ふわりと柔らかい髪の感触が肌を擽る。

無言の懇願。

その非力な様に、ふと狂気に蝕まれた俺の中に憐れむ気持ちが浮かんだ。正気に戻るよう促す感情に、俺のナカの獣が咆哮を上げる。

――――憐情などと、何をバカなことを!

苛立つままに激しく突上げる。
これ程までに交わっているのに、気持ちは絶対に交わらず寄り添わない。

―――分かっているじゃないか。コレは目を離したら逃げるモノ、側には決して留まってくれないモノ……。

………ホントウニ?

密かに囁くのは、引き千切られた理性の欠片?

……ホントウニ、番ニナレナイ……ノカ?

……逃ゲテ行クノ、カ?ホントウニ……?

ポツリと。
温もりを湛えた雫が背中に落ちた。

思わずビクン!と背中が揺れる。
顔を横に向けてノアを見ると、静かに涙を流していた。
血の気を失った顔、青褪めた唇。なのに、身体は火のように熱い。
ノアは全てを諦めた顔をして泣いていた。

「っっ!……ノアっ!ノア、ノア………っ!!」

強く掻き抱く。

「頼む……俺から離れていかないで。お願いだ………」

狂っていた筈なのに……。喰ってしまうつもりだったのに……。
俺はノアを喪う事が、怖くて堪らないんだ………っ!!
溢れてしまう涙とともに、どうしようもない苦い願いが口を就く。

―――どこにも行かないで。側に、居て。

その願いは、意識を無くしてしまったノアには届く事はなかった。

しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

【短編】睨んでいませんし何も企んでいません。顔が怖いのは生まれつきです。

cyan
BL
男爵家の次男として産まれたテオドールの悩みは、父親譲りの強面の顔。 睨んでいないのに睨んでいると言われ、何もしていないのに怯えられる日々。 男で孕み腹のテオドールにお見合いの話はたくさん来るが、いつも相手に逃げられてしまう。 ある日、父がベルガー辺境伯との婚姻の話を持ってきた。見合いをすっ飛ばして会ったこともない人との結婚に不安を抱きながら、テオドールは辺境へと向かった。 そこでは、いきなり騎士に囲まれ、夫のフィリップ様を殺そうと企んでいると疑われて監視される日々が待っていた。 睨んでないのに、嫁いだだけで何も企んでいないのに…… いつその誤解は解けるのか。 3万字ほどの作品です。サクサクあげていきます。 ※男性妊娠の表現が出てくるので苦手な方はご注意ください

螺旋の中の欠片

琴葉
BL
※オメガバース設定注意!男性妊娠出産等出て来ます※親の借金から人買いに売られてしまったオメガの澪。売られた先は大きな屋敷で、しかも年下の子供アルファ。澪は彼の愛人か愛玩具になるために売られて来たのだが…。同じ時間を共有するにつれ、澪にはある感情が芽生えていく。★6月より毎週金曜更新予定(予定外更新有り)★

薬屋の受難【完】

おはぎ
BL
薬屋を営むノルン。いつもいつも、責めるように言い募ってくる魔術師団長のルーベルトに泣かされてばかり。そんな中、騎士団長のグランに身体を受け止められたところを見られて…。 魔術師団長ルーベルト×薬屋ノルン

平凡な俺が双子美形御曹司に溺愛されてます

ふくやまぴーす
BL
旧題:平凡な俺が双子美形御曹司に溺愛されてます〜利害一致の契約結婚じゃなかったの?〜 名前も見た目もザ・平凡な19歳佐藤翔はある日突然初対面の美形双子御曹司に「自分たちを助けると思って結婚して欲しい」と頼まれる。 愛のない形だけの結婚だと高を括ってOKしたら思ってたのと違う展開に… 「二人は別に俺のこと好きじゃないですよねっ?なんでいきなりこんなこと……!」 美形双子御曹司×健気、お人好し、ちょっぴり貧乏な愛され主人公のラブコメBLです。 🐶2024.2.15 アンダルシュノベルズ様より書籍発売🐶 応援していただいたみなさまのおかげです。 本当にありがとうございました!

美貌の騎士候補生は、愛する人を快楽漬けにして飼い慣らす〜僕から逃げないで愛させて〜

飛鷹
BL
騎士養成学校に在席しているパスティには秘密がある。 でも、それを誰かに言うつもりはなく、目的を達成したら静かに自国に戻るつもりだった。 しかし美貌の騎士候補生に捕まり、快楽漬けにされ、甘く喘がされてしまう。 秘密を抱えたまま、パスティは幸せになれるのか。 美貌の騎士候補生のカーディアスは何を考えてパスティに付きまとうのか……。 秘密を抱えた二人が幸せになるまでのお話。

秘花~王太子の秘密と宿命の皇女~

めぐみ
BL
☆俺はお前を何度も抱き、俺なしではいられぬ淫らな身体にする。宿命という名の数奇な運命に翻弄される王子達☆ ―俺はそなたを玩具だと思ったことはなかった。ただ、そなたの身体は俺のものだ。俺はそなたを何度でも抱き、俺なしではいられないような淫らな身体にする。抱き潰すくらいに抱けば、そなたもあの宦官のことなど思い出しもしなくなる。― モンゴル大帝国の皇帝を祖父に持ちモンゴル帝国直系の皇女を生母として生まれた彼は、生まれながらの高麗の王太子だった。 だが、そんな王太子の運命を激変させる出来事が起こった。 そう、あの「秘密」が表に出るまでは。

夫の色のドレスを着るのをやめた結果、夫が我慢をやめてしまいました

氷雨そら
恋愛
夫の色のドレスは私には似合わない。 ある夜会、夫と一緒にいたのは夫の愛人だという噂が流れている令嬢だった。彼女は夫の瞳の色のドレスを私とは違い完璧に着こなしていた。噂が事実なのだと確信した私は、もう夫の色のドレスは着ないことに決めた。 小説家になろう様にも掲載中です

身代わりになって推しの思い出の中で永遠になりたいんです!

冨士原のもち
BL
桜舞う王立学院の入学式、ヤマトはカイユー王子を見てここが前世でやったゲームの世界だと気付く。ヤマトが一番好きなキャラであるカイユー王子は、ゲーム内では非業の死を遂げる。 「そうだ!カイユーを助けて死んだら、忘れられない恩人として永遠になれるんじゃないか?」 前世の死に際のせいで人間不信と恋愛不信を拗らせていたヤマトは、推しの心の中で永遠になるために身代わりになろうと決意した。しかし、カイユー王子はゲームの時の印象と違っていて…… 演技チャラ男攻め×美人人間不信受け ※最終的にはハッピーエンドです ※何かしら地雷のある方にはお勧めしません ※ムーンライトノベルズにも投稿しています

処理中です...