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sideキラ【後編】
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4年の学院生活の中で、俺はマグを取り戻すべくあらゆる手段を用いて策略を練り………。
そしてダスティ·モルトの実家の事業を乗っ取り、業務提携先であるマグの実家へ支援することで、マグとの婚約を取り付ける事に成功した。
モルト家は神殿との繋がりが深い。神殿が請け負う管轄は宗教としての活動以外に医療と、街道整備に関する情報管理がある。街道に関しては、巡礼で全国を遍く移動するために、神殿には様々な領地の街道に関する情報が集まるのだった。
その情報を集約して、国庫から賄う必要がある街道整備をチェックするのかモルト家。
モルト家のチェック後、資材、物流、人材を采配するのが、マグの実家シェラー家の役割だった。
しかし、マグを巻き込んだあの川の氾濫の爪痕は大きく、各領主の思惑も絡んで街道の整備が大きく遅れていた。
そこに付け込めば、事業の乗っ取りは簡単。面白いほど呆気なく、事は完了した。
シェラー家との数度のやり取りのあと、正式にマグと婚約を結んだ瞬間の喜びは忘れられない。
そして婚約発表した時の、ダスティの顔は見ものだった。あの、いつも泰然としていた男が愕然とした顔で俺を見ていたのだから、痛快としか言いようがない。
ダスティの横槍が入らないように、どれだけ情報管理に苦労したことか!
婚姻の儀はお互いに仕事に慣れてからと、学院を卒業して2年後に予定を立てた。
その念願の日の今日。
俺はマグをじっと見つめた。緊張で強張るマグの顔に、何故だろう………学院時代のあの日が思い出された。
★☆★☆★☆★☆★☆
その日は朝から沈鬱な気分になる程、どんよりと薄暗く重い曇り空だった。
今日は特別受けるべき授業もなくて、何となく学院の中を歩いて時間を潰す。気ままに歩いた結果、辿り着いたのは一度も訪れたことのない学院の図書室だった。
丁度いい、本でも読もうか…と扉を潜る。
およそ学生向けとは思えない程の量の蔵書が、立ち並ぶ書架にびっしりと詰め込まれていた。広いはずのその場所が手狭に感じるくらいで、俺は唖然として辺りをみわたした。
「―――これは……凄いな」
コツコツと、静寂が支配する空間を歩む。
初夏であるこの時期なのに、図書室特有の少しひんやりとした空気。所々に椅子とテーブルが設置してあって、静かに本を読むのに最適な空間だった。
背表紙に目を止めて気になる本を引き抜く。腰を落ち着ける場所を見つけるべく、窓際のテーブルに足を向けて……俺は立ち止まった。
そこにはマグが居た。
読んでいる最中に眠くなったのか、テーブルに突っ伏してスヤスヤと寝息を立てている。読んでいた本は潰さない様に、開いた状態で横にずらしてあった。
金の髪に恐怖心を持つマグになかなか近付く事ができない俺は、久々に近くで見るマグに湧き上がる歓喜を自覚する。多分起きたら引き攣った笑顔を見ることになるのは分かってても、どうしても近付きたくて隣の椅子にそっと座った。
手を伸ばし、あの頃みたいに優しく髪を梳く。
「………。事故のせいで記憶がなくなるのは分かるけど、何で金の髪に怯えるようになったんだろうな」
サラサラと触り心地の良い髪。マグは少し大人っぽくなっていて、ゾクリと腹の奥が震えた。
本当ならもっと近くで、その変化を見守る事ができたはずなのに。
「俺の髪、好きだったんじゃないのかよ?」
寝ている人間に話しかけてはいけないと言われているが、思わず気持ちが口を衝いた。
「………って………」
眠っているはずのマグが呟く。
「―――え?」
思わず髪を梳く手を止めて顔を覗き込むと、マグは苦悶の表情を浮べていて、そして一筋の涙を流した。
「マグ?」
「だ………て。あ…えなく…なる…。僕、死んだ……ら、………っラあ…えない……。こわ……い……。キ…………怖…」
―――――会えなくなる。僕が死んだら、会えない。怖い。キラ、怖い。
あの日、濁流に飲まれたマグが感じた恐怖。
死んだら俺に会えなくなるのが怖い?
そして記憶を無くしたあとに残ったのは、俺を思い出させる金の髪と恐怖心。金の髪の持ち主が怖いんじゃない。きっと二度と会えなくなることを恐れた結果、過剰に反応するようになったんだろう。
マグを抱き締めたくて仕方ない。大丈夫だと、もう一度会えたのだと慰めたい。怖がらなくて良い、ずっと側に居ると、これからは何ものからをも必ず護ってやると誓いたい。
でも今は夢現だから、閉じ込めている恐怖の記憶の蓋が開いただけ。
目を覚ましたら、きっとまた俺に怯える。俺はもう一度マグの髪に触れた。
「あの日、助けに行けなくて済まなかった。君が大変な時に側に居てあげれなくて………っ」
湧き上がる悔しさに涙が浮かぶが、ギリギリと奥歯を噛み締めて堪えた。
例えマグが俺に怯えたとしても、その怯える心ごと大切にすると誓った、あの日を忘れる事はできない。
★☆★☆★☆★☆★☆
時が経ち、あからさまにマグが俺に怯える事はなくなった。でもトラウマとは厄介なモノだ。いつどう反応が出るか分からない。
だから、今日この婚姻の儀も身内だけで執り行う事にした。何故なら神殿のステンドグラスに彩られた窓から降り注ぐ光が、俺の髪をより一層輝かせるのだから。
司教の祝の言葉が、神殿内に厳かに響き渡る。
それをマグと並んで受けとった後、俺はマグと向かい合い、掌をそっと持ち上げた。10歳のあの時にそうしたように、唇を落とす。あの日より遥かに低くなった声で、俺は祝言の言を唱えた。
本来ならば正式に結ばれる2人に贈られる祝の言。それを俺は、あの日と同様にマグに贈った。
俺はマグさえ居てくれたら幸せになれる。だから、これは俺からお前への誓い。
必ず、お前を幸せにする――――――。
マグはそんな俺を目を見開いて見つめていた。
「………。ぇ………あ、これ……この場面……何か、何処かで……僕………」
額にもう片方の掌を当てて困惑する。クシャリと前髪を握り締めて、苦悶の表情になった。
俺はそのマグをじっと見つめる。愛しいマグ。俺の宝物。
――――苦しまなくていい。忘れたままでいい。
「お前がいてくれるなら………それでいい」
小さな呟きは、きっとマグには聞こえていない。
口付けを落とした掌に、自分のを重ね指を絡める。もう片方で歪むマグの頬を包んだ。
「俺達は政略で婚姻を結んだ。だけどマグ、お前を大事にすると誓おう」
泣きそうな表情のマグにそう伝えると、神聖契約の用紙にサインする。そしてペンをマグに渡した。
マグは一瞬躊躇する様子を見せたけど、こくりと唾を飲み込みペンを受け取り、俺と同様にサインをした。
『キラ・グランリス』
『マグ・グランリス』
形だけとはいえ、マグが俺のモノになった証。連なる名前を見ていると、すっと背後からダスティ・モルトが近付いてきた。
「祝杯の場へ移動が始まっています。キラ様もマグ様もこちらへ」
穏やかな笑みを浮かべているのに、笑ってはいない瞳をこちらへ向ける。
彼は神殿に駆り出されて、臨時の神官として潜り込んでいたらしい。ダスティの登場にマグは驚いていたけど、コクリと頷いて移動し始めた。
その背中を見送っていると……。
「鮮やか過ぎて、開いた口が塞がりませんでしたよ」
苦笑いしながらダスティが口を開く。
「何のことだ?」
「事業のこと、マグのこと……両方ですよ」
「事業に関しては父である侯爵に言うんだな。もっともこちらは助力を申し出た側。礼を言われる理由はあれど、恨み言を言われる筋合いはない」
「……確かに。まぁ、手こずっていた仕事がなくなって、モルト家的には有り難い話です。だから、」
言葉を区切ると、ダスティはふ、と嗤った。
「お陰で有り余る時間ができました。これからマグを奪還するために頑張るとしましょう」
「婚姻の儀を終えたばかりだというのに、とんだ祝の言葉だな」
「―――3年……」
不穏な宣告をするダスティを睨むと、ヤツはポツリと呟いた。
「3年子供ができないと離婚できる。果たして貴方達の間に子供はできるのでしょうか?」
ふふっ……と目を眇めて笑う。
「今日の神聖契約も、昨今疑問視する声が上がっている。いつ聖令が変わるかも分かりませんね……」
「―――何が言いたい」
「俺を警戒する必要はありませんよ?俺は待っていればいい。少なくとも3年したら、マグは貴方から離れてフリーになるでしょうし」
ギリギリと殺意を籠めて睨むとダスティは肩を竦めた。
「俺が騎士団所属の文官になったのは、貴方のせいですか?それも俺には有り難いことです。だって幾らでも時間を調整できるのだから」
「――――マグに近付くな」
「そう言われても……。俺達、友人ですから」
踵を返し、俺にチラリと視線を流す。
「今は……ね?」
カツカツと足音を鳴らして立ち去るダスティを、苦々しい気持ちで見送った。
そうだ。悔しい事にアイツはマグにとって親しい友人の一人。凄く頼りにしているのを知っている。
アイツが余計な入れ知恵をしてしまえば、待っているのは3年後の別離だ。それは何としても阻止しなければ。
ぐっと拳に力を籠めて、俺はヤツが出ていった扉を睨む。
やっと手に入れたんだ。渡すものか。
誓いを新たに、俺は祝杯の場へと足を向けた。
――――――そして夜。
初夜を迎える。
緊張して顔が強張るマグの横に座ると、俺はマグに尋ねた。
「まだ俺の髪は怖いか?」
不意の問いかけに、マグはキョトンと俺を見つめた。
「キラの髪……ですか?」
「前は怯えていただろう」
「ぁ……。確かに。でも違います。昔も今も怖くはないんです」
「怖くないなら……何だ?」
「不安……?ですかね、多分」
「不安?」
「笑われてしまうかもしれませんが、何故か金の髪を見ると消失感と言うか焦燥感と言うか……。そんなモノに襲われるんです。何でそう感じるのか、それは分かりませんが……」
困った様な顔に、俺は胸が痛んだ。あの図書室の涙を思い出す。
「そうか……」
顎に指を掛け持ち上げる。唇をギリギリまで近寄せて、そっと囁いた。
「不安な気持ちを押し殺す必要はない。その不安も全て引っ括めてマグなんだから」
優しく口付ける。
「―――大事に、する」
唯一人に誓う。重なる唇の角度を深くして、マグからの言葉を奪った。今は形だけの婚姻関係だけど、時間をかけてマグの気持ちを俺に向けさせよう。
「ぁ……ん…、……っ」
小さくマグが身動ぐ。口付けで紡がれた快感の糸が身体を支配し始めているのか、顎に掛けていた指を首筋に這わせ鎖骨を撫でると微かに喘ぐ声が漏れ出始めた。
その声に煽られて、俺の身体も熱くなる。
もどかしい気持ちでマグのシャツのボタンを外すと、性急に胸元に唇を這わせた。
びくん!とマグの身体が跳ねる。
「…ぁ。キ…ラ、まって……!僕……ぁぁ」
くちくちと胸の飾りを慰めてやる。待てるもんか……。
俺が、どのくらい待ち続けたと思ってるんだ。
漸く触れることができたマグの肌の感触に、俺自身が痛い程に昂る。
挿れたい…っ!ナカで、欲を吐き出したい…っっ!
ああ……マグっ、孕んでくれ……。
丁寧な愛撫を施し、硬い蕾を解す。滑らかな肌のあちらこちらに唇を落とし、きゅっと吸い上げて俺の印を刻んだ。
「キ…ラ、苦しい……。ぁあ、あ……ん、ふぁ……っ」
マグの腰が揺れ、後孔が切なそうにヒクンヒクンと蠢く。その蠢きに誘われるように、俺のモノを後孔に宛がった。
「マグ、力を抜け」
「…っ!ぁあ!」
くちゅん、と水音と共に先端が潜り込む。瞬間、ぎゅうぎゅうに蠕き締め付けるマグのナカ。
「っつ!」
マグの昂りを嬲ってやれば、快感で力は抜けるんだろう。だけど、それじゃダメだ。
『俺』を教え込まないと。『俺』だけを感じれるように……。
腰を抱えていた手を離す。両方の掌で首筋を擦る。親指で擽るように喉を撫で、ゆったりと鎖骨の中央の窪みへ。そして愛しさを籠めながら肩を辿り、胸の突起を擽る。
俺の撫でる動作に、後孔の違和感に耐えていたマグは次第に瞳を潤ませ始めた。唇は僅かに開き、はっはっと荒く早く息を漏らす。
肌の質感を堪能しながら胸から横腹を伝い、そして臍に辿りついた。
くりっと、臍の周りを指で刺激すると、面白いくらい背中が反らせてマグが反応した。
「っふ…っ、ぁあ……」
後孔の締め付けが緩む。その瞬間を見逃さずに、一気に押し入った。
ぱんっ!と互いの肌がぶつかる。
「――――――っっっ!!!!」
声もなく、マグが達する。俺はマグの腹の上を押さえて刺激を与えながら、ガツガツと腰を動かし始めた。
「ゃぁ、ぁあ、あ、イ…ってる、からっ!!だめ…っあ、ん、キラ……や、あ、あ、あ」
「っ…ちゃんと見てる。もっとも俺の下で乱れて…?」
「ひ……ぅ、あ、あ………ン、ふぁ……」
首を振り快感に耐えるマグの姿に、俺は嘗て無いほどの幸せを感じる。
近付きたくても、触れたくても、口付けたくても、決して叶わなかった。
10歳の、あの短くも甘やかな日々から10年もたって、漸く手に入れた!!
ぐん!と一際奥へ昂りを押し込むと、欲を開放し白濁を撒き散らした。
「っ、はぁ…」
痺れる程の快感にうっとりと目を細めてマグに視線を向けた。俺の欲望を身に受けてはぁはぁと荒い息をしている。過ぎる快感に、少し気を飛ばしているのか、潤む瞳はやや虚ろだ。
上気して赤くなった頬が艶めかしいマグの姿に、ナカに埋めたままの自身が、再び力を持つ。
「……っぅ、あ…」
敏感になっているのか、俺の昂りにマグが反応した。
ヤバいな。今晩は眠らせてやれないかも………。
果てることのない自身の欲に苦く笑いを漏らしながら、俺はマグに快楽を与えるべくゆるゆると腰を動かし始めていた。
王宮に勤める文官と騎士団に所属する俺では、なかなか生活の時間が合わず擦れ違うことも多かった。それでもマグとの生活に不満はなく、互いの予定を確認しては孕む事を願い閨の営みを繰り返していた。
そう、俺達の間には何の問題もないはずだったのに、いつの間にか社交界では一つの噂が飛び交う様になっていた。
―――グランリスのキラとマグは不仲―――
確かに学院時代はダスティの油断を誘うために、マグとは不仲である様に振る舞っていた。
しかし婚約を結んだ後は、節度を守った婚約者の距離で関わりを持っていた筈なのに……。
今頃不仲説が再浮上する理由は一つ。
ダスティ・モルトが、情報操作をしているんだろう。
そもそも騎士団に入ってから周りをウロチョロし始めたルファも、ヤツが回した手の者だと思っている。
何とかマグと話をして拗れない様にしたいけど、なかなか時間が合わず、少しずつマグの表情は強張る様になっていった。
そして俺も、マグの言葉や行動の端々にダスティの気配を感じ取る事が多くなり、少しずつ余裕をなくしていった。
分かっている。全てはダスティの思惑で、マグは何も知らない。
それでも俺を見る目や雰囲気に、この婚姻への諦めを感じて苛立ち、つい見つめる目に力が籠もってしまうのだった。
これじゃダメだ。ちゃんと話をしないと、ダスティの策から抜け出せない。
今度、文官達が多忙となる決済の時期になる。その後は少しの休暇があるはず。その時に2人で話をしよう。
「マグ、お前今度はいつまで王宮に詰めるんだ?」
予定を確認するために声をかけると、作られた笑顔で不愉快な返事がくる。思わず睨んでしまったが、予定を聞き出す事はできた。
3日後、マグが戻って家に来た時に話をしよう。
そう考えて、自分の仕事も調整してマグが帰宅する日に備えた。
当日の朝、執事にマグが帰宅したら夕食を一緒に、と言付け、仕事に向かった。できる限り早く仕事を片付ける。
この3日、ダスティの姿は見えない。どうやら文官側のトップの命令で、決済の仕事を手伝うため出向となったらしい。
俺は舌打ちを堪えて、帰宅の準備を進めた。文官トップはモルト家と同じ派閥だ。きっとダスティが頼んだんだろう。3日間もヤツと一緒だったのかと思うと、ドス黒いナニかが湧き上がり押さえれなくなりそうだ。
ぐっと苦い思いを飲み込み、自宅へ戻った。
出迎えた執事によると、マグは酷く疲れていて夕食を共にはできないと言う。一瞬イラっとしたけど、噂にも聞こえ来る地獄の決済期の後だし仕方ないとため息をつき、マグの部屋を訪れた。
奥の浴室から水音がする。
扉を開けて覗くと、浴槽に浸かったままうたた寝するマグがいた。目の下の隈も酷いし、顔色も悪い。
これは確かに夕食は無理だ。早く休ませた方が良い。
浴槽の縁に座り、そっと頬を撫でた。
もう丸2年文官として働いている。首席卒業だったから大きな期待を寄せられ、一度は働きに出るようにと強く王宮から要望があったらしい。
でも、もう2年だ。そして婚姻も結んだ。
こんなに消耗してるんだ。辞めたって良いはずだ……。
水滴が滴る髪をそっと梳く。
ふと、マグが懐かしそうにふわりと表情を緩めた。『……ん、』と腰に響く様な悩ましい声の後、ゆっくりと唇を開いた。
「………ダスティ……?」
バンっ!!と浴槽の縁に殴るように拳を叩き付ける。水面が揺れ、ぱしゃぱしゃと波打つお湯が俺の服を濡らした。
音に驚いたのか、マグが瞼を開けてキョトンと俺をみあげる。
「家に帰って来たと思えば、他の男の名前を呼ぶのか」
地底から響くような声が出る。ビクンと肩を揺らしながらも、イマイチ現状を把握できていないマグの腕を引っ張りベッドに突き飛ばした。
俺の乱暴な行動に抵抗を見せたマグの腕を拘束する。
「婚姻を結んだ以上は、これも義務だろ。邪魔するな」
優しさの欠片もない愛撫をおざなりに施し、剛直を一気に押し入れた。ひくり、とマグの全身が戦慄いた。
ズンズンと抉るように突き立て奥を暴く。
分かっている。これは嫉妬だ。分かっているけど、抑えられない……っっ!
「婚姻を結んだというのに、まだ仕事を続けるのはどういう了見だ?」
「はっ………あ、だって…、3…年後……仕事がないと…。困るっ……し…、あ、あ、あ、あ……っっ!!」
「……。3年?」
その瞬間、頭が真っ白になった。
マグは……まさかマグは、俺から離れたいのか……?
「……、っつ!?お前っ…はっ!!」
ギリギリと歯を食い縛る。ダスティに何を唆された?
俺に離婚を要求して。別れたらヤツと一緒になるのか?
こんな淫らな身体を、ヤツにも開くのか………っ
もはや暴力と言っていい勢いでマグを追い詰め、快楽の海に叩き落とし、全てを奪う。
「キ……ラっ…、キラぁ…っ…、もう許して………」
啜り泣き懇願するマグが哀れだ。こんな男に執着されてしまって、組み敷かれ身体を暴かれ、苛まされる。そんなマグが、………本当に哀れだった。
欲望をマグのナカに吐き出す。マグはハクハクと乱れた呼吸を漏らしつつ、力なく四肢をベッドに投げ出していた。ふと腕が重たげに持ち上がり、そろりと薄い自身の腹を擦る。
その行動を、俺は悲しく見守った。
どんなに孕ませたいと願っても。マグの気持ちは俺にはない。
決して孕むことのない、その腹。どんなに身体を重ねても、心が伴わなければ子供はできない。
―――――俺たちに、子供ができる日なんて………来ない。
意識を手放してしまったマグに、俺はもうどんな言葉をかけて良いのか分からなくなっていた。
あの後体調を崩したマグは、暫く寝込んだあと仕事に復帰した。連日の徹夜からの陵辱、そして発熱と続き、マグは明らかに窶れてしまっていた。
ただでさえ細いのに、今は更に頼りなく儚く見える。
その日も顔色が悪く、食欲もなさそうなマグの姿に心配で眉を顰めた。
「……。食べないのか?」
「あ――、うん。ちょっと疲れてるみたい。食べたくない」
取り繕う微笑みを浮かべて、マグは仕事に向かった。思えば文官の繁忙期は過ぎているのだから、無理にでも休ませれば良かったのに……。
俺には引き止める言葉すら選ぶ事ができなかった。
「――――は……?なん、だと?」
突然の知らせに、愕然とする。
「マグ様が階段から突き落とされて、意識不明とのことです」
聞けばルファがマグを突き飛ばしたらしい。
「くそっ!!!」
俺は踵を返してマグが運ばれた医務室へと走った。荒々しく扉を開くと、ビックリした医務官が振り返る。
「これはキラ様、お早めに来ていただき、ありがとうございます」
「マグは?」
「あちこち打撲はありますが、命に別状ありませんよ」
ニヤリと笑う。コイツは俺の親戚筋の男だ。昔のマグを知っている唯一の人間。仕事上は爵位が上である俺に対して丁寧に喋るが、中身は俺の恋路が気になって仕方ないお節介人間だ。
そのヤツが、やたらニヨニヨ笑いながら俺を見る。
俺は眉を顰めてヤツを睨みつつマグに近寄った。
顔色は朝より更に悪く、吐く息も荒い。
「……本当に大丈夫なのか?」
不安になり医務官を振り返ると、ヤツは肩を竦めた。
「大丈夫ですよ。今の体調の悪さは打撲のせいじゃなくて、悪阻のせいですから」
「………………え……?」
医務官の言葉に目を見開く。今、何て言った…?
「身体は大丈夫ですから、それはそう心配されずに。悪阻は……検査の結果では確実ですね。目覚めたら本人を診察しますけど、ええ間違いなくご懐妊ですよ」
――――懐妊?子供……だと……?
俺は額に掌を当て、掻きむしるように髪を握りしめた。
心臓が不愉快なくらいに狂った音をたてる。バクバクと耳元で響く鼓動に、周囲の音は掻き消えた。
俺が自失している間にマグは目覚めて、医務官の診察を受けていた。
そして。
「ご懐妊ですよ。検査の時に引っ掛かりまして。詳しく追加検査をしたんです。症状からも間違いないですね」
にこやかに告げる医務官に、マグはポカンとした表情になっていた。そして自分の薄い腹を見下ろす。
信じられない……そう表情が語っている。
誰に身体を許したんだ…………。
子供が出来たと言うことは、お前は相手の事を……………。
「………誰の子だ?」
医務官が居るのは分かっていても、つい言葉は口を衝く。
医務官は、俺の言葉にギョっとしてマグを見ていた。
マグはぐっと息を飲むと、顔を歪めながら身を起こして俺を睨んだ。
「言いがかりは止めてください。婚姻を結ぶ時に神聖契約をしたのをお忘れですか?」
「最近神殿も聖令を変えていると聞く。神聖契約も金次第で解約出来るようになったのかもな」
蔑むような言葉が止まらない。医務官ははっとなり、俺を止めようとするけど無駄だった。
マグはそんな俺を見据えて、努めて静かな声を紡ぎ出した。
「そうですね、聖令を変えている話しは、僕もさっき耳にしました。何にせよ、今あなたと話す事はありません。ここから出ていって頂けますか?」
キッパリとした発言に、マグの拒絶を悟る。俺は彼から顔を背けて、足音も荒くその場を立ち去った。
子供?子供だと……?何故、どうして……。
神聖契約をしたはずなのに……っ。―――いや、確か。
「あの場にダスティが居た……」
足を止める。そうだ。婚姻の儀の後、神聖契約にサインをした時にダスティが現れた。
あの神聖契約は本当に受理されたんだろうか……。
疑えば疑う程、それらは真実味を帯びて不安を誘う。
こんな顔、誰にも見られたくない………。
邸に戻ると使用人全て、両親が住まう本邸に行くように命じた。
執事だけは心配そうにしていたが、そすらも煩わしくて堪らない。再度強く命じると、漸く重い腰を上げて移動してくれた。
自室のソファの背に凭れ、俺は酒を呷った。酔いたいのに、アルコールが回る気配すらない。キツく目を閉じても、瞼の裏に写るのは仲睦まじく寄り添うマグとダスティの姿。
その映像に、俺は思わず手にしていたグラスを壁に投げ付けた。
苦しい。苦しくて仕方ない……っ!
ローテーブルの上の物を薙ぎ払う。騒がしい音を立てながら床に散らばるそれらに、更に苛立ちが募った。
だんっ!と拳を叩きつけると、テーブルに亀裂が入る。何度も叩きつけて、テーブルは呆気なく砕けて壊れた。
10年、ずっとマグを……マグだけを欲していた。
なのに、マグの気持ちはとうとう俺に戻ることはなかったのか。あの10歳の思い出に囚われて、先に進めなかった俺が愚かだったのだろうか……。
キツく唇を噛み締めて俯いたその時。
「キラ?僕だけど。話がしたいんだ」
小さなノックのあと、マグの声が聞こえた。ハッと扉に目を向けるけど、声がでない。
「………」
「暴れたって、なんにもならないよ。ここ、開けて?」
沈黙に何を思ったのか、再度コツコツと扉を叩く。
「………煩い」
唸るように呟くと、挑発するような言葉が聞こえた。
「……話し合う勇気すらないの?」
苛立ちのまま扉を開け、マグの腕を乱暴に引っ張ると壁に押し付けた。バンっ!!と激しい音を立てて、マグの顔の横に拳を叩きつけ逃げ場を奪う。
「何しに来た?弁明でもするつもりか?」
「さっきも言ったでしょ?話がしたい」
その言葉に、はっ!と嘲るような笑いが出る。
「何の話し合いだ?離婚のか?子ができたから、さっさと別れると?」
睨みつけてそう吐き捨てると、マグがそっと頬に手を伸ばしてきた。
「キラはいつも僕の気持ちを聞かないね」
「……っ!!」
思わず動揺する。
「聞いて……聞いて、どうする?嫌いだと言われたい訳じゃない……っ!3年後を楽しみにしていると、そんな言葉を聞きたい訳じゃない!!」
「ルファ君に聞いたの?」
「……お前がそう言った、と。彼奴はいつも纏わりついて鬱陶しいが、お前の気持ちを知らせてくる」
「僕の言葉を直接聞くんじゃなくて、他の人から聞くんだね。そしてそれを信じるの?」
「お前は俺と話すのを嫌がるだろう」
「嫌だよ。だってずっと睨んでくる人となんて、怖いよ」
ピクリと眉が動く。
そうだ。俺はお前とどう話して良いのかすら分からなくなったんだ……。
真っ直ぐに見つめてくるマグから目をそっと反らして、悔しさに唇をかんだ。
「キラ、僕は神聖契約を解除していない。調べたら直ぐに分かる事だよね?」
「………。」
「だから僕は君以外から子種を得ることは出来ないんだよ。ね、キラ?この意味が、君には理解できてる?」
視線を反らしていても、俺を見つめるマグの気配は分かった。静かに訴えるマグの言葉をゆっくり反芻する。
契約は継続中。
子種は、俺からしか得られない。そして、2人の間に子供ができた。
大きく目を見開き、息を飲む。ばっ!と凄い勢いで顔をマグに向けた。
「マグ…、まさか……?」
「……キラはいつも僕の気持ちを聞かないね」
もう一度、繰り返す言葉。マグは肩を竦めて、イタズラっぽく笑った。いつもの取り繕った顔じゃない。
「マグ、お前は俺の事をどう思っているんだ?」
震える声で、この世で一番恐ろしい質問をする。
「……やっと聞いた」
にっこりと微笑む。
「キラが、好き。キラだけが好き。でもずっと嫌われてると思ってたから、子供ができなくて3年後には離婚だと思ってた」
「…ば、かな…事を…。」
信じられない言葉。震える手で口元を覆う。
「僕、自分の子供の頃の記憶が曖昧なのは、単に成長の過程で朧気になったんだって思ってたよ。まさか記憶を無くしてるなんて、全く思わなかった」
もしかして医務官に話を聞いたのか?
マグは笑みを消して目を伏せた。
あの愛しくも甘やかで優しい時間。マグの記憶が戻らない今、あれは俺の中にだけに存在する哀しい思い出。
でも今マグはその過去の欠片に触れて、無くした自分を責めて後悔している。
ぱっと顔を上げて、マグは俺を真剣に見つめた。
「ねぇキラ。この子は誰の子?」
マグはそっと俺の手を取り腹に導く。まだまだ子が居る気配すらない、薄い腹。
ココに、存在する……魂…。
「俺の…子だ」
涙が溢れて頬を伝う。あの時に紡いた祝言の言が耳の奥で響く。
マグと、俺の………。
「俺の子供だ」
マグの髪に顔を埋めて、囁くように呟いた。
「マグ……ごめん。――――――ありがとう」
コテンとマグの頭の重さが胸にかかる。背中に腕が回り、俺を優しく抱きしめてくれた。
「うん」
もう一度。マグ、君と俺の子に祝言の言を贈ろう。幸せに、沢山幸せになろう。
何もかも後手後手の僕達だけど、きっと家族になれるね。
マグの囁きに、俺は彼を強く抱きしめた。
沢山の幸せの思い出を作ろう。もう10歳の、あの思い出に縋る必要はないのだから。
―――――マグ、愛している。
そしてダスティ·モルトの実家の事業を乗っ取り、業務提携先であるマグの実家へ支援することで、マグとの婚約を取り付ける事に成功した。
モルト家は神殿との繋がりが深い。神殿が請け負う管轄は宗教としての活動以外に医療と、街道整備に関する情報管理がある。街道に関しては、巡礼で全国を遍く移動するために、神殿には様々な領地の街道に関する情報が集まるのだった。
その情報を集約して、国庫から賄う必要がある街道整備をチェックするのかモルト家。
モルト家のチェック後、資材、物流、人材を采配するのが、マグの実家シェラー家の役割だった。
しかし、マグを巻き込んだあの川の氾濫の爪痕は大きく、各領主の思惑も絡んで街道の整備が大きく遅れていた。
そこに付け込めば、事業の乗っ取りは簡単。面白いほど呆気なく、事は完了した。
シェラー家との数度のやり取りのあと、正式にマグと婚約を結んだ瞬間の喜びは忘れられない。
そして婚約発表した時の、ダスティの顔は見ものだった。あの、いつも泰然としていた男が愕然とした顔で俺を見ていたのだから、痛快としか言いようがない。
ダスティの横槍が入らないように、どれだけ情報管理に苦労したことか!
婚姻の儀はお互いに仕事に慣れてからと、学院を卒業して2年後に予定を立てた。
その念願の日の今日。
俺はマグをじっと見つめた。緊張で強張るマグの顔に、何故だろう………学院時代のあの日が思い出された。
★☆★☆★☆★☆★☆
その日は朝から沈鬱な気分になる程、どんよりと薄暗く重い曇り空だった。
今日は特別受けるべき授業もなくて、何となく学院の中を歩いて時間を潰す。気ままに歩いた結果、辿り着いたのは一度も訪れたことのない学院の図書室だった。
丁度いい、本でも読もうか…と扉を潜る。
およそ学生向けとは思えない程の量の蔵書が、立ち並ぶ書架にびっしりと詰め込まれていた。広いはずのその場所が手狭に感じるくらいで、俺は唖然として辺りをみわたした。
「―――これは……凄いな」
コツコツと、静寂が支配する空間を歩む。
初夏であるこの時期なのに、図書室特有の少しひんやりとした空気。所々に椅子とテーブルが設置してあって、静かに本を読むのに最適な空間だった。
背表紙に目を止めて気になる本を引き抜く。腰を落ち着ける場所を見つけるべく、窓際のテーブルに足を向けて……俺は立ち止まった。
そこにはマグが居た。
読んでいる最中に眠くなったのか、テーブルに突っ伏してスヤスヤと寝息を立てている。読んでいた本は潰さない様に、開いた状態で横にずらしてあった。
金の髪に恐怖心を持つマグになかなか近付く事ができない俺は、久々に近くで見るマグに湧き上がる歓喜を自覚する。多分起きたら引き攣った笑顔を見ることになるのは分かってても、どうしても近付きたくて隣の椅子にそっと座った。
手を伸ばし、あの頃みたいに優しく髪を梳く。
「………。事故のせいで記憶がなくなるのは分かるけど、何で金の髪に怯えるようになったんだろうな」
サラサラと触り心地の良い髪。マグは少し大人っぽくなっていて、ゾクリと腹の奥が震えた。
本当ならもっと近くで、その変化を見守る事ができたはずなのに。
「俺の髪、好きだったんじゃないのかよ?」
寝ている人間に話しかけてはいけないと言われているが、思わず気持ちが口を衝いた。
「………って………」
眠っているはずのマグが呟く。
「―――え?」
思わず髪を梳く手を止めて顔を覗き込むと、マグは苦悶の表情を浮べていて、そして一筋の涙を流した。
「マグ?」
「だ………て。あ…えなく…なる…。僕、死んだ……ら、………っラあ…えない……。こわ……い……。キ…………怖…」
―――――会えなくなる。僕が死んだら、会えない。怖い。キラ、怖い。
あの日、濁流に飲まれたマグが感じた恐怖。
死んだら俺に会えなくなるのが怖い?
そして記憶を無くしたあとに残ったのは、俺を思い出させる金の髪と恐怖心。金の髪の持ち主が怖いんじゃない。きっと二度と会えなくなることを恐れた結果、過剰に反応するようになったんだろう。
マグを抱き締めたくて仕方ない。大丈夫だと、もう一度会えたのだと慰めたい。怖がらなくて良い、ずっと側に居ると、これからは何ものからをも必ず護ってやると誓いたい。
でも今は夢現だから、閉じ込めている恐怖の記憶の蓋が開いただけ。
目を覚ましたら、きっとまた俺に怯える。俺はもう一度マグの髪に触れた。
「あの日、助けに行けなくて済まなかった。君が大変な時に側に居てあげれなくて………っ」
湧き上がる悔しさに涙が浮かぶが、ギリギリと奥歯を噛み締めて堪えた。
例えマグが俺に怯えたとしても、その怯える心ごと大切にすると誓った、あの日を忘れる事はできない。
★☆★☆★☆★☆★☆
時が経ち、あからさまにマグが俺に怯える事はなくなった。でもトラウマとは厄介なモノだ。いつどう反応が出るか分からない。
だから、今日この婚姻の儀も身内だけで執り行う事にした。何故なら神殿のステンドグラスに彩られた窓から降り注ぐ光が、俺の髪をより一層輝かせるのだから。
司教の祝の言葉が、神殿内に厳かに響き渡る。
それをマグと並んで受けとった後、俺はマグと向かい合い、掌をそっと持ち上げた。10歳のあの時にそうしたように、唇を落とす。あの日より遥かに低くなった声で、俺は祝言の言を唱えた。
本来ならば正式に結ばれる2人に贈られる祝の言。それを俺は、あの日と同様にマグに贈った。
俺はマグさえ居てくれたら幸せになれる。だから、これは俺からお前への誓い。
必ず、お前を幸せにする――――――。
マグはそんな俺を目を見開いて見つめていた。
「………。ぇ………あ、これ……この場面……何か、何処かで……僕………」
額にもう片方の掌を当てて困惑する。クシャリと前髪を握り締めて、苦悶の表情になった。
俺はそのマグをじっと見つめる。愛しいマグ。俺の宝物。
――――苦しまなくていい。忘れたままでいい。
「お前がいてくれるなら………それでいい」
小さな呟きは、きっとマグには聞こえていない。
口付けを落とした掌に、自分のを重ね指を絡める。もう片方で歪むマグの頬を包んだ。
「俺達は政略で婚姻を結んだ。だけどマグ、お前を大事にすると誓おう」
泣きそうな表情のマグにそう伝えると、神聖契約の用紙にサインする。そしてペンをマグに渡した。
マグは一瞬躊躇する様子を見せたけど、こくりと唾を飲み込みペンを受け取り、俺と同様にサインをした。
『キラ・グランリス』
『マグ・グランリス』
形だけとはいえ、マグが俺のモノになった証。連なる名前を見ていると、すっと背後からダスティ・モルトが近付いてきた。
「祝杯の場へ移動が始まっています。キラ様もマグ様もこちらへ」
穏やかな笑みを浮かべているのに、笑ってはいない瞳をこちらへ向ける。
彼は神殿に駆り出されて、臨時の神官として潜り込んでいたらしい。ダスティの登場にマグは驚いていたけど、コクリと頷いて移動し始めた。
その背中を見送っていると……。
「鮮やか過ぎて、開いた口が塞がりませんでしたよ」
苦笑いしながらダスティが口を開く。
「何のことだ?」
「事業のこと、マグのこと……両方ですよ」
「事業に関しては父である侯爵に言うんだな。もっともこちらは助力を申し出た側。礼を言われる理由はあれど、恨み言を言われる筋合いはない」
「……確かに。まぁ、手こずっていた仕事がなくなって、モルト家的には有り難い話です。だから、」
言葉を区切ると、ダスティはふ、と嗤った。
「お陰で有り余る時間ができました。これからマグを奪還するために頑張るとしましょう」
「婚姻の儀を終えたばかりだというのに、とんだ祝の言葉だな」
「―――3年……」
不穏な宣告をするダスティを睨むと、ヤツはポツリと呟いた。
「3年子供ができないと離婚できる。果たして貴方達の間に子供はできるのでしょうか?」
ふふっ……と目を眇めて笑う。
「今日の神聖契約も、昨今疑問視する声が上がっている。いつ聖令が変わるかも分かりませんね……」
「―――何が言いたい」
「俺を警戒する必要はありませんよ?俺は待っていればいい。少なくとも3年したら、マグは貴方から離れてフリーになるでしょうし」
ギリギリと殺意を籠めて睨むとダスティは肩を竦めた。
「俺が騎士団所属の文官になったのは、貴方のせいですか?それも俺には有り難いことです。だって幾らでも時間を調整できるのだから」
「――――マグに近付くな」
「そう言われても……。俺達、友人ですから」
踵を返し、俺にチラリと視線を流す。
「今は……ね?」
カツカツと足音を鳴らして立ち去るダスティを、苦々しい気持ちで見送った。
そうだ。悔しい事にアイツはマグにとって親しい友人の一人。凄く頼りにしているのを知っている。
アイツが余計な入れ知恵をしてしまえば、待っているのは3年後の別離だ。それは何としても阻止しなければ。
ぐっと拳に力を籠めて、俺はヤツが出ていった扉を睨む。
やっと手に入れたんだ。渡すものか。
誓いを新たに、俺は祝杯の場へと足を向けた。
――――――そして夜。
初夜を迎える。
緊張して顔が強張るマグの横に座ると、俺はマグに尋ねた。
「まだ俺の髪は怖いか?」
不意の問いかけに、マグはキョトンと俺を見つめた。
「キラの髪……ですか?」
「前は怯えていただろう」
「ぁ……。確かに。でも違います。昔も今も怖くはないんです」
「怖くないなら……何だ?」
「不安……?ですかね、多分」
「不安?」
「笑われてしまうかもしれませんが、何故か金の髪を見ると消失感と言うか焦燥感と言うか……。そんなモノに襲われるんです。何でそう感じるのか、それは分かりませんが……」
困った様な顔に、俺は胸が痛んだ。あの図書室の涙を思い出す。
「そうか……」
顎に指を掛け持ち上げる。唇をギリギリまで近寄せて、そっと囁いた。
「不安な気持ちを押し殺す必要はない。その不安も全て引っ括めてマグなんだから」
優しく口付ける。
「―――大事に、する」
唯一人に誓う。重なる唇の角度を深くして、マグからの言葉を奪った。今は形だけの婚姻関係だけど、時間をかけてマグの気持ちを俺に向けさせよう。
「ぁ……ん…、……っ」
小さくマグが身動ぐ。口付けで紡がれた快感の糸が身体を支配し始めているのか、顎に掛けていた指を首筋に這わせ鎖骨を撫でると微かに喘ぐ声が漏れ出始めた。
その声に煽られて、俺の身体も熱くなる。
もどかしい気持ちでマグのシャツのボタンを外すと、性急に胸元に唇を這わせた。
びくん!とマグの身体が跳ねる。
「…ぁ。キ…ラ、まって……!僕……ぁぁ」
くちくちと胸の飾りを慰めてやる。待てるもんか……。
俺が、どのくらい待ち続けたと思ってるんだ。
漸く触れることができたマグの肌の感触に、俺自身が痛い程に昂る。
挿れたい…っ!ナカで、欲を吐き出したい…っっ!
ああ……マグっ、孕んでくれ……。
丁寧な愛撫を施し、硬い蕾を解す。滑らかな肌のあちらこちらに唇を落とし、きゅっと吸い上げて俺の印を刻んだ。
「キ…ラ、苦しい……。ぁあ、あ……ん、ふぁ……っ」
マグの腰が揺れ、後孔が切なそうにヒクンヒクンと蠢く。その蠢きに誘われるように、俺のモノを後孔に宛がった。
「マグ、力を抜け」
「…っ!ぁあ!」
くちゅん、と水音と共に先端が潜り込む。瞬間、ぎゅうぎゅうに蠕き締め付けるマグのナカ。
「っつ!」
マグの昂りを嬲ってやれば、快感で力は抜けるんだろう。だけど、それじゃダメだ。
『俺』を教え込まないと。『俺』だけを感じれるように……。
腰を抱えていた手を離す。両方の掌で首筋を擦る。親指で擽るように喉を撫で、ゆったりと鎖骨の中央の窪みへ。そして愛しさを籠めながら肩を辿り、胸の突起を擽る。
俺の撫でる動作に、後孔の違和感に耐えていたマグは次第に瞳を潤ませ始めた。唇は僅かに開き、はっはっと荒く早く息を漏らす。
肌の質感を堪能しながら胸から横腹を伝い、そして臍に辿りついた。
くりっと、臍の周りを指で刺激すると、面白いくらい背中が反らせてマグが反応した。
「っふ…っ、ぁあ……」
後孔の締め付けが緩む。その瞬間を見逃さずに、一気に押し入った。
ぱんっ!と互いの肌がぶつかる。
「――――――っっっ!!!!」
声もなく、マグが達する。俺はマグの腹の上を押さえて刺激を与えながら、ガツガツと腰を動かし始めた。
「ゃぁ、ぁあ、あ、イ…ってる、からっ!!だめ…っあ、ん、キラ……や、あ、あ、あ」
「っ…ちゃんと見てる。もっとも俺の下で乱れて…?」
「ひ……ぅ、あ、あ………ン、ふぁ……」
首を振り快感に耐えるマグの姿に、俺は嘗て無いほどの幸せを感じる。
近付きたくても、触れたくても、口付けたくても、決して叶わなかった。
10歳の、あの短くも甘やかな日々から10年もたって、漸く手に入れた!!
ぐん!と一際奥へ昂りを押し込むと、欲を開放し白濁を撒き散らした。
「っ、はぁ…」
痺れる程の快感にうっとりと目を細めてマグに視線を向けた。俺の欲望を身に受けてはぁはぁと荒い息をしている。過ぎる快感に、少し気を飛ばしているのか、潤む瞳はやや虚ろだ。
上気して赤くなった頬が艶めかしいマグの姿に、ナカに埋めたままの自身が、再び力を持つ。
「……っぅ、あ…」
敏感になっているのか、俺の昂りにマグが反応した。
ヤバいな。今晩は眠らせてやれないかも………。
果てることのない自身の欲に苦く笑いを漏らしながら、俺はマグに快楽を与えるべくゆるゆると腰を動かし始めていた。
王宮に勤める文官と騎士団に所属する俺では、なかなか生活の時間が合わず擦れ違うことも多かった。それでもマグとの生活に不満はなく、互いの予定を確認しては孕む事を願い閨の営みを繰り返していた。
そう、俺達の間には何の問題もないはずだったのに、いつの間にか社交界では一つの噂が飛び交う様になっていた。
―――グランリスのキラとマグは不仲―――
確かに学院時代はダスティの油断を誘うために、マグとは不仲である様に振る舞っていた。
しかし婚約を結んだ後は、節度を守った婚約者の距離で関わりを持っていた筈なのに……。
今頃不仲説が再浮上する理由は一つ。
ダスティ・モルトが、情報操作をしているんだろう。
そもそも騎士団に入ってから周りをウロチョロし始めたルファも、ヤツが回した手の者だと思っている。
何とかマグと話をして拗れない様にしたいけど、なかなか時間が合わず、少しずつマグの表情は強張る様になっていった。
そして俺も、マグの言葉や行動の端々にダスティの気配を感じ取る事が多くなり、少しずつ余裕をなくしていった。
分かっている。全てはダスティの思惑で、マグは何も知らない。
それでも俺を見る目や雰囲気に、この婚姻への諦めを感じて苛立ち、つい見つめる目に力が籠もってしまうのだった。
これじゃダメだ。ちゃんと話をしないと、ダスティの策から抜け出せない。
今度、文官達が多忙となる決済の時期になる。その後は少しの休暇があるはず。その時に2人で話をしよう。
「マグ、お前今度はいつまで王宮に詰めるんだ?」
予定を確認するために声をかけると、作られた笑顔で不愉快な返事がくる。思わず睨んでしまったが、予定を聞き出す事はできた。
3日後、マグが戻って家に来た時に話をしよう。
そう考えて、自分の仕事も調整してマグが帰宅する日に備えた。
当日の朝、執事にマグが帰宅したら夕食を一緒に、と言付け、仕事に向かった。できる限り早く仕事を片付ける。
この3日、ダスティの姿は見えない。どうやら文官側のトップの命令で、決済の仕事を手伝うため出向となったらしい。
俺は舌打ちを堪えて、帰宅の準備を進めた。文官トップはモルト家と同じ派閥だ。きっとダスティが頼んだんだろう。3日間もヤツと一緒だったのかと思うと、ドス黒いナニかが湧き上がり押さえれなくなりそうだ。
ぐっと苦い思いを飲み込み、自宅へ戻った。
出迎えた執事によると、マグは酷く疲れていて夕食を共にはできないと言う。一瞬イラっとしたけど、噂にも聞こえ来る地獄の決済期の後だし仕方ないとため息をつき、マグの部屋を訪れた。
奥の浴室から水音がする。
扉を開けて覗くと、浴槽に浸かったままうたた寝するマグがいた。目の下の隈も酷いし、顔色も悪い。
これは確かに夕食は無理だ。早く休ませた方が良い。
浴槽の縁に座り、そっと頬を撫でた。
もう丸2年文官として働いている。首席卒業だったから大きな期待を寄せられ、一度は働きに出るようにと強く王宮から要望があったらしい。
でも、もう2年だ。そして婚姻も結んだ。
こんなに消耗してるんだ。辞めたって良いはずだ……。
水滴が滴る髪をそっと梳く。
ふと、マグが懐かしそうにふわりと表情を緩めた。『……ん、』と腰に響く様な悩ましい声の後、ゆっくりと唇を開いた。
「………ダスティ……?」
バンっ!!と浴槽の縁に殴るように拳を叩き付ける。水面が揺れ、ぱしゃぱしゃと波打つお湯が俺の服を濡らした。
音に驚いたのか、マグが瞼を開けてキョトンと俺をみあげる。
「家に帰って来たと思えば、他の男の名前を呼ぶのか」
地底から響くような声が出る。ビクンと肩を揺らしながらも、イマイチ現状を把握できていないマグの腕を引っ張りベッドに突き飛ばした。
俺の乱暴な行動に抵抗を見せたマグの腕を拘束する。
「婚姻を結んだ以上は、これも義務だろ。邪魔するな」
優しさの欠片もない愛撫をおざなりに施し、剛直を一気に押し入れた。ひくり、とマグの全身が戦慄いた。
ズンズンと抉るように突き立て奥を暴く。
分かっている。これは嫉妬だ。分かっているけど、抑えられない……っっ!
「婚姻を結んだというのに、まだ仕事を続けるのはどういう了見だ?」
「はっ………あ、だって…、3…年後……仕事がないと…。困るっ……し…、あ、あ、あ、あ……っっ!!」
「……。3年?」
その瞬間、頭が真っ白になった。
マグは……まさかマグは、俺から離れたいのか……?
「……、っつ!?お前っ…はっ!!」
ギリギリと歯を食い縛る。ダスティに何を唆された?
俺に離婚を要求して。別れたらヤツと一緒になるのか?
こんな淫らな身体を、ヤツにも開くのか………っ
もはや暴力と言っていい勢いでマグを追い詰め、快楽の海に叩き落とし、全てを奪う。
「キ……ラっ…、キラぁ…っ…、もう許して………」
啜り泣き懇願するマグが哀れだ。こんな男に執着されてしまって、組み敷かれ身体を暴かれ、苛まされる。そんなマグが、………本当に哀れだった。
欲望をマグのナカに吐き出す。マグはハクハクと乱れた呼吸を漏らしつつ、力なく四肢をベッドに投げ出していた。ふと腕が重たげに持ち上がり、そろりと薄い自身の腹を擦る。
その行動を、俺は悲しく見守った。
どんなに孕ませたいと願っても。マグの気持ちは俺にはない。
決して孕むことのない、その腹。どんなに身体を重ねても、心が伴わなければ子供はできない。
―――――俺たちに、子供ができる日なんて………来ない。
意識を手放してしまったマグに、俺はもうどんな言葉をかけて良いのか分からなくなっていた。
あの後体調を崩したマグは、暫く寝込んだあと仕事に復帰した。連日の徹夜からの陵辱、そして発熱と続き、マグは明らかに窶れてしまっていた。
ただでさえ細いのに、今は更に頼りなく儚く見える。
その日も顔色が悪く、食欲もなさそうなマグの姿に心配で眉を顰めた。
「……。食べないのか?」
「あ――、うん。ちょっと疲れてるみたい。食べたくない」
取り繕う微笑みを浮かべて、マグは仕事に向かった。思えば文官の繁忙期は過ぎているのだから、無理にでも休ませれば良かったのに……。
俺には引き止める言葉すら選ぶ事ができなかった。
「――――は……?なん、だと?」
突然の知らせに、愕然とする。
「マグ様が階段から突き落とされて、意識不明とのことです」
聞けばルファがマグを突き飛ばしたらしい。
「くそっ!!!」
俺は踵を返してマグが運ばれた医務室へと走った。荒々しく扉を開くと、ビックリした医務官が振り返る。
「これはキラ様、お早めに来ていただき、ありがとうございます」
「マグは?」
「あちこち打撲はありますが、命に別状ありませんよ」
ニヤリと笑う。コイツは俺の親戚筋の男だ。昔のマグを知っている唯一の人間。仕事上は爵位が上である俺に対して丁寧に喋るが、中身は俺の恋路が気になって仕方ないお節介人間だ。
そのヤツが、やたらニヨニヨ笑いながら俺を見る。
俺は眉を顰めてヤツを睨みつつマグに近寄った。
顔色は朝より更に悪く、吐く息も荒い。
「……本当に大丈夫なのか?」
不安になり医務官を振り返ると、ヤツは肩を竦めた。
「大丈夫ですよ。今の体調の悪さは打撲のせいじゃなくて、悪阻のせいですから」
「………………え……?」
医務官の言葉に目を見開く。今、何て言った…?
「身体は大丈夫ですから、それはそう心配されずに。悪阻は……検査の結果では確実ですね。目覚めたら本人を診察しますけど、ええ間違いなくご懐妊ですよ」
――――懐妊?子供……だと……?
俺は額に掌を当て、掻きむしるように髪を握りしめた。
心臓が不愉快なくらいに狂った音をたてる。バクバクと耳元で響く鼓動に、周囲の音は掻き消えた。
俺が自失している間にマグは目覚めて、医務官の診察を受けていた。
そして。
「ご懐妊ですよ。検査の時に引っ掛かりまして。詳しく追加検査をしたんです。症状からも間違いないですね」
にこやかに告げる医務官に、マグはポカンとした表情になっていた。そして自分の薄い腹を見下ろす。
信じられない……そう表情が語っている。
誰に身体を許したんだ…………。
子供が出来たと言うことは、お前は相手の事を……………。
「………誰の子だ?」
医務官が居るのは分かっていても、つい言葉は口を衝く。
医務官は、俺の言葉にギョっとしてマグを見ていた。
マグはぐっと息を飲むと、顔を歪めながら身を起こして俺を睨んだ。
「言いがかりは止めてください。婚姻を結ぶ時に神聖契約をしたのをお忘れですか?」
「最近神殿も聖令を変えていると聞く。神聖契約も金次第で解約出来るようになったのかもな」
蔑むような言葉が止まらない。医務官ははっとなり、俺を止めようとするけど無駄だった。
マグはそんな俺を見据えて、努めて静かな声を紡ぎ出した。
「そうですね、聖令を変えている話しは、僕もさっき耳にしました。何にせよ、今あなたと話す事はありません。ここから出ていって頂けますか?」
キッパリとした発言に、マグの拒絶を悟る。俺は彼から顔を背けて、足音も荒くその場を立ち去った。
子供?子供だと……?何故、どうして……。
神聖契約をしたはずなのに……っ。―――いや、確か。
「あの場にダスティが居た……」
足を止める。そうだ。婚姻の儀の後、神聖契約にサインをした時にダスティが現れた。
あの神聖契約は本当に受理されたんだろうか……。
疑えば疑う程、それらは真実味を帯びて不安を誘う。
こんな顔、誰にも見られたくない………。
邸に戻ると使用人全て、両親が住まう本邸に行くように命じた。
執事だけは心配そうにしていたが、そすらも煩わしくて堪らない。再度強く命じると、漸く重い腰を上げて移動してくれた。
自室のソファの背に凭れ、俺は酒を呷った。酔いたいのに、アルコールが回る気配すらない。キツく目を閉じても、瞼の裏に写るのは仲睦まじく寄り添うマグとダスティの姿。
その映像に、俺は思わず手にしていたグラスを壁に投げ付けた。
苦しい。苦しくて仕方ない……っ!
ローテーブルの上の物を薙ぎ払う。騒がしい音を立てながら床に散らばるそれらに、更に苛立ちが募った。
だんっ!と拳を叩きつけると、テーブルに亀裂が入る。何度も叩きつけて、テーブルは呆気なく砕けて壊れた。
10年、ずっとマグを……マグだけを欲していた。
なのに、マグの気持ちはとうとう俺に戻ることはなかったのか。あの10歳の思い出に囚われて、先に進めなかった俺が愚かだったのだろうか……。
キツく唇を噛み締めて俯いたその時。
「キラ?僕だけど。話がしたいんだ」
小さなノックのあと、マグの声が聞こえた。ハッと扉に目を向けるけど、声がでない。
「………」
「暴れたって、なんにもならないよ。ここ、開けて?」
沈黙に何を思ったのか、再度コツコツと扉を叩く。
「………煩い」
唸るように呟くと、挑発するような言葉が聞こえた。
「……話し合う勇気すらないの?」
苛立ちのまま扉を開け、マグの腕を乱暴に引っ張ると壁に押し付けた。バンっ!!と激しい音を立てて、マグの顔の横に拳を叩きつけ逃げ場を奪う。
「何しに来た?弁明でもするつもりか?」
「さっきも言ったでしょ?話がしたい」
その言葉に、はっ!と嘲るような笑いが出る。
「何の話し合いだ?離婚のか?子ができたから、さっさと別れると?」
睨みつけてそう吐き捨てると、マグがそっと頬に手を伸ばしてきた。
「キラはいつも僕の気持ちを聞かないね」
「……っ!!」
思わず動揺する。
「聞いて……聞いて、どうする?嫌いだと言われたい訳じゃない……っ!3年後を楽しみにしていると、そんな言葉を聞きたい訳じゃない!!」
「ルファ君に聞いたの?」
「……お前がそう言った、と。彼奴はいつも纏わりついて鬱陶しいが、お前の気持ちを知らせてくる」
「僕の言葉を直接聞くんじゃなくて、他の人から聞くんだね。そしてそれを信じるの?」
「お前は俺と話すのを嫌がるだろう」
「嫌だよ。だってずっと睨んでくる人となんて、怖いよ」
ピクリと眉が動く。
そうだ。俺はお前とどう話して良いのかすら分からなくなったんだ……。
真っ直ぐに見つめてくるマグから目をそっと反らして、悔しさに唇をかんだ。
「キラ、僕は神聖契約を解除していない。調べたら直ぐに分かる事だよね?」
「………。」
「だから僕は君以外から子種を得ることは出来ないんだよ。ね、キラ?この意味が、君には理解できてる?」
視線を反らしていても、俺を見つめるマグの気配は分かった。静かに訴えるマグの言葉をゆっくり反芻する。
契約は継続中。
子種は、俺からしか得られない。そして、2人の間に子供ができた。
大きく目を見開き、息を飲む。ばっ!と凄い勢いで顔をマグに向けた。
「マグ…、まさか……?」
「……キラはいつも僕の気持ちを聞かないね」
もう一度、繰り返す言葉。マグは肩を竦めて、イタズラっぽく笑った。いつもの取り繕った顔じゃない。
「マグ、お前は俺の事をどう思っているんだ?」
震える声で、この世で一番恐ろしい質問をする。
「……やっと聞いた」
にっこりと微笑む。
「キラが、好き。キラだけが好き。でもずっと嫌われてると思ってたから、子供ができなくて3年後には離婚だと思ってた」
「…ば、かな…事を…。」
信じられない言葉。震える手で口元を覆う。
「僕、自分の子供の頃の記憶が曖昧なのは、単に成長の過程で朧気になったんだって思ってたよ。まさか記憶を無くしてるなんて、全く思わなかった」
もしかして医務官に話を聞いたのか?
マグは笑みを消して目を伏せた。
あの愛しくも甘やかで優しい時間。マグの記憶が戻らない今、あれは俺の中にだけに存在する哀しい思い出。
でも今マグはその過去の欠片に触れて、無くした自分を責めて後悔している。
ぱっと顔を上げて、マグは俺を真剣に見つめた。
「ねぇキラ。この子は誰の子?」
マグはそっと俺の手を取り腹に導く。まだまだ子が居る気配すらない、薄い腹。
ココに、存在する……魂…。
「俺の…子だ」
涙が溢れて頬を伝う。あの時に紡いた祝言の言が耳の奥で響く。
マグと、俺の………。
「俺の子供だ」
マグの髪に顔を埋めて、囁くように呟いた。
「マグ……ごめん。――――――ありがとう」
コテンとマグの頭の重さが胸にかかる。背中に腕が回り、俺を優しく抱きしめてくれた。
「うん」
もう一度。マグ、君と俺の子に祝言の言を贈ろう。幸せに、沢山幸せになろう。
何もかも後手後手の僕達だけど、きっと家族になれるね。
マグの囁きに、俺は彼を強く抱きしめた。
沢山の幸せの思い出を作ろう。もう10歳の、あの思い出に縋る必要はないのだから。
―――――マグ、愛している。
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あの男が、アベルが、そんな事を言わなければ、エレノアは生涯ひとりで過ごすつもりだったのだ。誰にも迷惑をかけずに、ちゃんとわきまえて暮らすつもりだったのに。
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第二王子のエレノアは、アベルという騎士団団長と結婚する。そもそもアベルが戦で武功をあげた褒賞として、エレノアが欲しいと言ったせいなのだが、結婚してから一年。二人の間に身体の関係は無い。
幼いころからお互いを知っている二人がゆっくりと、両想いになる話。

歳上公爵さまは、子供っぽい僕には興味がないようです
チョロケロ
BL
《公爵×男爵令息》
歳上の公爵様に求婚されたセルビット。最初はおじさんだから嫌だと思っていたのだが、公爵の優しさに段々心を開いてゆく。無事結婚をして、初夜を迎えることになった。だが、そこで公爵は驚くべき行動にでたのだった。
ほのぼのです。よろしくお願いします。
※ムーンライトノベルズ様でも投稿しています。
既成事実さえあれば大丈夫
ふじの
BL
名家出身のオメガであるサミュエルは、第三王子に婚約を一方的に破棄された。名家とはいえ貧乏な家のためにも新しく誰かと番う必要がある。だがサミュエルは行き遅れなので、もはや選んでいる立場ではない。そうだ、既成事実さえあればどこかに嫁げるだろう。そう考えたサミュエルは、ヒート誘発薬を持って夜会に乗り込んだ。そこで出会った美丈夫のアルファ、ハリムと意気投合したが───。
契約結婚の裏側で
riiko
BL
潤は付き合って十年の恋人から、ある日「俺、結婚する」と言われた。
順調に愛を育てたはずなのに、彼は会社のために結婚することを一人で決めた。「契約結婚」の裏側で自分を愛し続けようとする恋人がわからない。心の底から愛する人の愛人になるという選択肢は絶対になかった。
だが、彼の決断の裏にはとんでもない事情があった。それを知ったとき、潤は……
大人の男の十年愛を振り返りながら綴ります。
riiko作品としては珍しく、オメガバースでも異世界でもない、現代BLラブストーリーとなっております。なぜか後半ヒューマンドラマみたいな展開に(*´∀`)
そんな世界観をお楽しみいただけたら嬉しいです!
性描写の入るシーンには
タイトルに※マークを入れているので、背後にはご注意くださいませ。
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キラ編ありがとうございました!
子供が産まれた後のお話や、ダスティのお話なども読んでみたいです♪
感想ありがとうございます!
子供のお話は考えているのですが、どう頑張ってもキラが親ばかになってしまいます笑。
遅筆で申し訳ありませんが、少しずつアップしていく予定です。
初コメント失礼します😌
とっても面白いです✨✨✨
マグ…可愛すぎる😍
二人の幸せなその後も見てみたいです😌😌
あと…悔しがるルファくんside…とか😁😁😁
感想ありがとうございます!
今、少しずつsideダスティ、医務官を書いていますが……。
ルファ君のリクエストは初めてです!笑
分かりやすい当馬の彼ですが、私は何となく好きなので、もしかしたらお話ができるかも……?
後編をありがとうございます 待っててよかった😃
むちゃくちゃよかったです
二人が心から結ばれた感じ、すばらしい終わりかた最高です
代表作が生まれたね👏
ファンタジーの世界でBLが展開されてこその展開
脇役も生かされた感じ
ぜひにKindleにしてほしい!紙なら尚うれしい
続編も希望Ψ( ̄∇ ̄)Ψ健気な脇役さんの話や同じ世界観の話読みたいです
お忙しいなか、更新ありがとうございました
感想をありがとうございます!
今、時間がかかっていますが、sideダスティも書いています。
こちらもお楽しみ頂けたら嬉しいです。
いつも本当にありがとうございます♪