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side安曇:後編

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「紬さまぁ……、大丈夫か?」

小さーく丸まって顔すら上げない紬さまの様子に、俺は心配のあまり眉根を寄せた。

紬さまは、そのまんま『紬さま』が名前の、キジ猫の女のコ。ツン、と高飛車で、オヤツを貰う時も『私に好物を食べさせる栄誉を与えよう』的な傲慢な態度。喰む姿は正しく『紬さま』に相応しく、食べてやってる感満載の、可愛いツン猫なのだ。
そのツンな姿に惚れ込んで下僕と化す愚かな人間は多く、俺もその『下僕化』した人間の一人だった。

体調が悪い猫は、他の猫に虐められる可能性もあるからゲージに入れて保護するそうだが。
普段の『紬さま』からは想像もできない弱々しい姿に、思わず胸が痛くなってしまう。

「安曇さん、コーヒーでもどうですか?って、安曇さん!?」

一度奥に引っ込んでいた蘇芳は、戻ってきた途端に慌てたような声を上げた。

「ど……、どどどどっ!?どとうしましたっ!?」

「………落ち着けよ」

目尻に浮かぶ涙をさり気なく指で拭いつつ、ソワソワと手を上げたり下ろしたりしてる蘇芳を嗜める。

「紬さまが休めねーだろ」

「………あ。」

はっと我に返った蘇芳は、ソロリと俺の隣に並んで床に座り込むと、優しい手付きでゲージに布を掛けた。

「そうですよね。紬さまにはこのまま休んでもらいましょう。あっちにコーヒーあるんで、良かったらどうぞ」

「あ、わりぃ」

蘇芳に促されて、病気の猫を隔離する小さな部屋からカフェスペースへ移動した。
ドカリとラグに座り込み、マグカップを受け取る。

「紬さま、どこわりぃの?」

「先日お腹壊して、あんまり水分取らない時があって。紬さま、もともと腎臓強くないから、ちょっと調子崩したみたいです。でも点滴もしてもらったし、大丈夫。…………大丈夫だから」

そっと手が伸びてくる。少しカサついた親指が、さっき拭いそびれた涙の残りにゆるりと触れた。

「ーーーー泣かないで」

「…………っ!」

ぴくんと肩を揺らすと、蘇芳は真剣な瞳で俺をじっと見つめた。

「俺、下心あるって言いました」

「………。違うっても、言ってたよな」

「猫と距離詰めるには、色んな手を考える必要、あるでしょ?」

「………ワザとかよ」

「とも、限りませんけど……」

「タチわりぃな、お前」

「すみません」

ちっとも悪びれてない顔で謝られてもね………。
ジロリと睨むと、蘇芳は割と端正な顔を近付けてペロリと目尻を舐めてきた。

「この間、仕事の人とここに来たでしょう?」

この間?ああ……、俺の事を『猫っぽい』って言った奴と来たな。

「ああ……」

「あの時、安曇さんはその人に『付き合うならワンコ属性に限る』って話してて」

「話したな、確かに」

だが、その『付き合う』は人としてだ。恋人としてじゃねぇ。
胡乱な眼差しを向けると、蘇芳はクスっと笑った。

「猫って急に距離詰めると警戒して逃げちゃうでしょ?だったら安曇さんの好きなワンコ属性になって、飼って貰おうかなって思ったんですよね」

目尻に触れたままの指を滑らせて、おとがいをすくい上げるように持ち上げてきた。

「ねぇ、安曇さん。俺の事、飼ってくれませんか?」

「お前、ね」
「俺、付き合うなら断然ネコ属性派なんですよ……」

俺の言葉を遮るように言い募る。

「初めて安曇さんを見た時から、その猫っぽい所が本当に好きで………」

ちゅっ、と唇が触れ合う。

「好きで、好きで。…………堪らなく興奮する」

「あのさ、俺の性的嗜好は無視?」

「あぁ……。俺、上手いんで大丈夫。安心してください、ね?」

俺の心配はそこじゃねぇ。

「貴方の好きなワンコ属性の愛情表現、しっかり堪能してください」

お前、ホンっと人の話を聞かねぇな、おい。でも、まぁ……。
ゆったりとした仕草で唇を重ねて舌を絡めてくる男に、俺は『やれやれ』とため息をついた。

俺、あんまり人に興味持てなくて、男だろうが女だろうが、基本どっちでもいい。関係ねーし。
誰だ、今、『童貞?』とか思ったやつ!?
違うからな。昔、彼女居たし、男とも、まぁワンナイト的に経験あるからな!

でも特に嫌悪感もないし拒否らなかった時点で、俺の中じゃコイツは『アリ』なんだろうな。

ちゅくっ……と微かな音と共に、舌が去っていく。お互いの唾液に濡れた唇をはむっと優しく喰み、甘い疼きと痺れを呼び起こしてくる。
同時にこめかみから梳く様に髪を撫で上げられ、絶妙なタッチで頭部を刺激されると、えもいわれぬゾクゾクとした快感が生まれ、肌が粟立ってしまった。

「ふ、敏感ですね。しかし、残念だな……」

「な……に、がだよ…」

上がる息を宥めつつ言葉を紡ぐ。

「何って、安曇さん、男とスるの………初めてじゃない、でしょ?」

「………………」

「妬けちゃう、な」

間近でひたっと見据えてくる。熟れたように熱を孕む瞳には、隠しきれない欲望と、それに見え隠れする嫉妬の色があった。

「ちょっと、正直悔しいから、念入りにマーキングしますね……」

蘇芳は片腕を床に付き、のしっと上半身を覆い被せてくる。俺は思わず仰け反って逃げを打ってしまった。しかし髪を梳いていた手を背中に移して逃げられないように支えてくる。

そして腰を浮かせると、ぴたりと俺の太腿に密着させてきやがった。スリスリと、僅かに兆し始めていたソレを知らしめるかの様に押し付けてくる。

「…………っ」

潤む瞳が、壮絶に色っぽい。その瞳に雁字搦めに囚われて、俺は身動き一つできなくなっていた。

「っ、はぁ……。ここで安曇さんとシたい……。俺のたっぷり注ぎ込んで、グチャクチャに乱れる姿が見たい。あぁ、淫らに喘ぐ声、ここに響かせて。めちゃくちゃ啼かせたい」

見せ付けるように俺を使って自慰に耽る男から、目が離せない。ごくん、と大きく喉がなった。

「はは………、俺に欲情してきました?」

薄っすらと浮かぶ汗で張り付いた前髪を、無造作に掻き揚げてにっこりと笑う。

「可愛い、可愛い、俺のネコ。ツンな姿もイイけど、たまには甘えて見せて?そうしたら…………」

うっとりと目を細めて、甘やかに微笑んだ。

「たくさん、可愛がってあげる……」

今、絶対コイツ、フェロモン出したと思うわ、俺。フェロモンがナニかなんて知らんけど。
でも確実に抗い難い何かに支配されてしまった自分がいるこ事を理解した。

誘われるがまま、俺は少し身体を起して蘇芳に寄る。
ああ、きっと俺もコイツみたいに欲に塗れた瞳の色してんだろーな。

スリっと鼻の頭を擦り合わせると、喉の奥でうっそりと笑った。

「ワンコなら、ワンコらしく口開けて舌出せよ」

言葉に従って口を開け赤い舌を覗かせた蘇芳に、俺は『よし』と言わんばかりに頷いて笑んだ。

素直なワンコは好きだぜ、俺。

艶かしく存在を主張する舌に、今度は俺が自分のソレを絡めてやった。所謂、『ピクニックキス』ってヤツ。
滑る舌を丁寧になぞって舌先で擽る。焦れて動き始めたヤツの舌を甘噛みして躱し、しっかり堪能してやった。

甘えるっていうか、ちょっと挑発じみたキスに蘇芳はしっかりスイッチが入ってしまったらしく、そのまま主導権を奪うとガチなクロスキスに持ち込みやがった。

深く重なる唇と、嵐のように蹂躙してくる蘇芳の舌使い。流石に苦しくなって胸を叩くと、分かってるくせに俺の手を握り込み更に容赦なく唇の角度を変えて追い詰めてくる。
ホワホワと霞がかったように思考がボヤけ、身体が火照って堪らなくなって………。

いつの間にかラグの上に押し倒されている俺がいた。

「………っ、は……っ!」

与えられた快感に戦慄く唇を手の甲で覆って少し視線反らすと、気が逸れるのは許さないとばかりに蘇芳が顎を掴んで正面を向かせた。

「ワンコは、ご主人サマに見てもらって、声かけて貰うのが好きな生き物ですから。ちゃんと俺を見ていて?俺を見ながら、たくさん啼いて下さいね?」

言いながら、重なってくる身体。もうヤツのモノも俺のモノも痛いくらいに張り詰めてて………。

シャツをたくし上げてくる手を俺は拒まない。
啼けと言うなら、お望みの通り啼いてやる。

だから、お前の『ワンコ属性の愛情表現』と言うには執着心に塗れたその偏愛、底の底まで曝け出してやるから覚悟しろ。

過ぎる快楽に散々啼かされつつ、長い夜は過ぎて………。

朝、サリサリと額を舐める紬さまに起こされて、幸せな気分になった俺は知らない。

実はとっくの昔に職場も住んでる場所も、恋愛歴とか何もかも蘇芳のヤツに把握されていたことを………。
知らないまま、いつの間にか囲いこまれてしまっていることを……。
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