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星に願う sideソルネス
3話
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春を幾分か過ぎた頃、バラハン子爵家では頻回にパーティが開かれるようになった。広いフロアがよく見渡せる場所を陣取りパーティ会場をそっと見渡すと、後ろ暗い噂が囁かれる貴族ばかりが招待されている。僕はそれを見て僅かに眉を潜めた。
ーーアブナイこと、企んじゃってるのかなぁ……。
先日ラセジェスから受け取り、目を通した報告書の内容を思い出す。無敵の獣人である宰相閣下の番かもしれない人物が、何の力も持たない人族とあって、いろんな輩が暗躍を始めたらしい。
腹黒の割には計画する策略が穴だらけのライト公爵は、おそらく自滅するから問題はない。
王弟妃殿下の血縁者であるテルベルン候爵も何やら企んでいるらしいけど、力的には宰相閣下は元より国王にも及ばないだろう。こちらも問題はない。
だけど……。
来客と上機嫌に談笑しているバラハン子爵をチラリと流し見る。
ライト公爵やテルベルン侯爵に資金を流している人間が、我が父・バラハン子爵というのが気になる。
たかが子爵如きが、なぜ公爵や侯爵に資金援助できるほど金策できるのか。そしてライト公爵とテルベルン侯爵の企みは、全くの別物だ。それぞれが良からぬ事を企んでいる。
こういう場合、成功させようと思うなら謀は一本に絞るべきだろうに……。
敢えて金だけばら撒き、彼らを好き勝手させている子爵は、一体何処と繫がっているのか……。
その答えは、恐らくパーティ会場の片隅にひっそりと佇んでいる異国の者たち。服装こそこの国のものに整えているけれど、よく見ればその風貌から隣国のトランファームの者だと分かる。
僕は既に懐柔済みの執事からこの家の帳簿を見せて貰っているから、子爵家の資金の流れの全てを把握していた。上手く誤魔化してはいたけれど、資金はトランスファームからバラハン子爵へ齎されていた。そしてバラハン子爵から権力の簒奪を狙う貴族達へとばら撒かれている。
この怪しいパーティも、表向きは権力簒奪を企む者達との繋がりを強くするため。でも本当はトランファームとの接触を図るのが目的、かな?
そして宰相閣下の運命の番であるレイが王宮で働き始めたこの時期に、トランファームから大使の来訪が決まったとラセジェスが情報を入手していた。
獣人は運命の番を完全に手中に収めるまで、番だけに執着し周りの事が疎かになる性質らしい。ということは、世界最強である宰相閣下に、唯一隙が出来てしまうということだ。その時期を狙ったかのようにこの国を訪れるトランファーム……。
僕は冷めた目でバラハン子爵を眺める。そして、その時に思い出した。バラハン子爵婦人の縁戚にトランファームの人間が居たことを……。
ーー国を売ったのか………。
ライト公爵もテルベルン候爵も、彼らが起す騒動が必ずしも成功する必要はない。ただその騒ぎで軍事力を多少なりとも削ぐことができれば、自分たちの時に益になる。そう思い至った時、僕は睨むようにバラハン子爵を見てしまった。
「ソルネス様」
ラセジェスが優雅な足取りで僕に近付いてくる。大きな掌で僕の目を覆って、そっと近くの柱の影に引き込んだ。
「見すぎると、気付かれてしまいますよ?」
「ふふ……。平民上がりの未熟な嫡男が、物珍しさに見てるだけだよ」
「貴方のその綺麗な瞳で、あんな汚物を見ないでください」
「……っは! ヒドイ言いぐさ……」
思わず吹き出して、僕はそっとラセジェスの手を外した。
「ねぇ、ラセジェス。方針を変えようかと思って」
「どのように?」
「潰すよ、この家」
「乗っ取るのではなかったのですか?」
「こんな汚いモノ、要らない」
ぐっとラセジェスの紫紺の瞳の色が濃くなる。そして彼は陶然と微笑んだ。
「こんなの手に入れても、僕は嬉しくないし幸せにもならない。だったら要らない」
「……。この家を潰したら、貴方は貴族にはなれなくなりますね」
「別に気にしないよ、元々平民だし。それに僕だったらどんな手を使ってでも、のし上がれる自信ある。それともラセジェスは貴族になるはずの『僕』じゃないと仕える気がしない?」
「それこそ『気にしない』ですよ。ただその場合、私は貴方の側に在れますか?」
「さぁ? それはラセジェス次第?」
僕がひょいと肩を竦めて見せると、珍しくラセジェスがその瞳に独占欲を滲ませた。僕の手首を掴み、眉間にシワを寄せてその手にギュッと力を籠める。
「――まさか、私以外の誰かを貴方のお側に侍らせるのですか?」
「有益な者ならね」
「…………。ならば私以外を使う気にならないように、全力でこの家を潰して能力をご覧入れましょう」
ラセジェスはいつもの作ったような笑みを消し、強い光を宿す瞳で僕をじっと見下ろし誓いの言葉を告げるように囁いた。
「はは……、やっぱりラセジェスはアブナイね」
「でも好きでしょう? この思考」
「自分で言う?」
呆れて見上げると、ラセジェスはいつもの微笑みを浮かべ、冷酷に言い切った。
「貴方が要らないと言うものに、この世に存在する価値はありませんから」
正しくバラハン子爵の終わりを宣告する言葉を、王侯貴族に捧げる賛美のように恭しく告げる。
「まぁ、有能な者は大好きではあるけどね……」
一切の躊躇も見せないラセジェスに、僕は「やっぱりアブないヤツ」と思いながらその言葉を吐き出す。するとラセジェスは、至高の報奨を賜ったような恍惚な表情となった。
「私の全ては、ソルネス様のためだけに……」
ゆっくりとラセジェスの顔が傾き近付けられる。
「もの好きな奴」
そう呟くはずだった声は、重ねられたラセジェスの唇に吸い込まれ、誰の耳にも届くことはなかった。
ーーアブナイこと、企んじゃってるのかなぁ……。
先日ラセジェスから受け取り、目を通した報告書の内容を思い出す。無敵の獣人である宰相閣下の番かもしれない人物が、何の力も持たない人族とあって、いろんな輩が暗躍を始めたらしい。
腹黒の割には計画する策略が穴だらけのライト公爵は、おそらく自滅するから問題はない。
王弟妃殿下の血縁者であるテルベルン候爵も何やら企んでいるらしいけど、力的には宰相閣下は元より国王にも及ばないだろう。こちらも問題はない。
だけど……。
来客と上機嫌に談笑しているバラハン子爵をチラリと流し見る。
ライト公爵やテルベルン侯爵に資金を流している人間が、我が父・バラハン子爵というのが気になる。
たかが子爵如きが、なぜ公爵や侯爵に資金援助できるほど金策できるのか。そしてライト公爵とテルベルン侯爵の企みは、全くの別物だ。それぞれが良からぬ事を企んでいる。
こういう場合、成功させようと思うなら謀は一本に絞るべきだろうに……。
敢えて金だけばら撒き、彼らを好き勝手させている子爵は、一体何処と繫がっているのか……。
その答えは、恐らくパーティ会場の片隅にひっそりと佇んでいる異国の者たち。服装こそこの国のものに整えているけれど、よく見ればその風貌から隣国のトランファームの者だと分かる。
僕は既に懐柔済みの執事からこの家の帳簿を見せて貰っているから、子爵家の資金の流れの全てを把握していた。上手く誤魔化してはいたけれど、資金はトランスファームからバラハン子爵へ齎されていた。そしてバラハン子爵から権力の簒奪を狙う貴族達へとばら撒かれている。
この怪しいパーティも、表向きは権力簒奪を企む者達との繋がりを強くするため。でも本当はトランファームとの接触を図るのが目的、かな?
そして宰相閣下の運命の番であるレイが王宮で働き始めたこの時期に、トランファームから大使の来訪が決まったとラセジェスが情報を入手していた。
獣人は運命の番を完全に手中に収めるまで、番だけに執着し周りの事が疎かになる性質らしい。ということは、世界最強である宰相閣下に、唯一隙が出来てしまうということだ。その時期を狙ったかのようにこの国を訪れるトランファーム……。
僕は冷めた目でバラハン子爵を眺める。そして、その時に思い出した。バラハン子爵婦人の縁戚にトランファームの人間が居たことを……。
ーー国を売ったのか………。
ライト公爵もテルベルン候爵も、彼らが起す騒動が必ずしも成功する必要はない。ただその騒ぎで軍事力を多少なりとも削ぐことができれば、自分たちの時に益になる。そう思い至った時、僕は睨むようにバラハン子爵を見てしまった。
「ソルネス様」
ラセジェスが優雅な足取りで僕に近付いてくる。大きな掌で僕の目を覆って、そっと近くの柱の影に引き込んだ。
「見すぎると、気付かれてしまいますよ?」
「ふふ……。平民上がりの未熟な嫡男が、物珍しさに見てるだけだよ」
「貴方のその綺麗な瞳で、あんな汚物を見ないでください」
「……っは! ヒドイ言いぐさ……」
思わず吹き出して、僕はそっとラセジェスの手を外した。
「ねぇ、ラセジェス。方針を変えようかと思って」
「どのように?」
「潰すよ、この家」
「乗っ取るのではなかったのですか?」
「こんな汚いモノ、要らない」
ぐっとラセジェスの紫紺の瞳の色が濃くなる。そして彼は陶然と微笑んだ。
「こんなの手に入れても、僕は嬉しくないし幸せにもならない。だったら要らない」
「……。この家を潰したら、貴方は貴族にはなれなくなりますね」
「別に気にしないよ、元々平民だし。それに僕だったらどんな手を使ってでも、のし上がれる自信ある。それともラセジェスは貴族になるはずの『僕』じゃないと仕える気がしない?」
「それこそ『気にしない』ですよ。ただその場合、私は貴方の側に在れますか?」
「さぁ? それはラセジェス次第?」
僕がひょいと肩を竦めて見せると、珍しくラセジェスがその瞳に独占欲を滲ませた。僕の手首を掴み、眉間にシワを寄せてその手にギュッと力を籠める。
「――まさか、私以外の誰かを貴方のお側に侍らせるのですか?」
「有益な者ならね」
「…………。ならば私以外を使う気にならないように、全力でこの家を潰して能力をご覧入れましょう」
ラセジェスはいつもの作ったような笑みを消し、強い光を宿す瞳で僕をじっと見下ろし誓いの言葉を告げるように囁いた。
「はは……、やっぱりラセジェスはアブナイね」
「でも好きでしょう? この思考」
「自分で言う?」
呆れて見上げると、ラセジェスはいつもの微笑みを浮かべ、冷酷に言い切った。
「貴方が要らないと言うものに、この世に存在する価値はありませんから」
正しくバラハン子爵の終わりを宣告する言葉を、王侯貴族に捧げる賛美のように恭しく告げる。
「まぁ、有能な者は大好きではあるけどね……」
一切の躊躇も見せないラセジェスに、僕は「やっぱりアブないヤツ」と思いながらその言葉を吐き出す。するとラセジェスは、至高の報奨を賜ったような恍惚な表情となった。
「私の全ては、ソルネス様のためだけに……」
ゆっくりとラセジェスの顔が傾き近付けられる。
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