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番外編
貴方を心から愛する者として……
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以前投稿していた番外編です。
書籍化に伴い、引き下げとなっていましたが、書籍に含まれる部分を削除して、もう一度投稿致しました。
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「……ん」
僅かに開いた艶めかしい唇から、小さな声が漏れる。起きたのかと顔を覗き込めば、美しいセルリアンブルーの瞳は瞼に隠れ、穏やかな寝息が聞こえている。
トランファームの一件でレイが怪我を負い、暫く意識が戻らない日々が続いた。
傷そのものは治癒したけれど、彼が目覚めない日々は、守りきれなかった自分の不甲斐なさへの憤りと、もしかしたら目覚めた時、私を恐れ拒絶するかもしれないという恐怖に苛まれた日々だった。
しかし目覚めた彼は、あっさりと言ってくれた。
「怖くないよ」「マイナさんを怖いと感じる日が来ても、俺、離れるつもりはないし」
あの言葉が、どれ程嬉しかった事か……。
彼は華奢な身体をしているのに、私がどんな事をしても受け止め、受け入れる豪胆さがある。それがどれ程の安心感を私に与えているのか、きっと彼は知らないだろう。
そんな強く優しいレイから、ああも甘く誘われれば番冥利に尽きるし、男としても嬉しい限りだ。
お陰で思うまま、積年の思いを、それはもうしつこいくらいに華奢な身体にぶつけ、その結果彼はぐったりと眠りについてしまっているのだ。
既に日は昇り、辺りも明るくなっていたけれど、今日の仕事に急ぎの案件はない。
ーー今日くらいはゆっくりしても許されるでしょう。
そう考え、眠る愛しい番の顔をじっと眺める。
彼の昨日の恥態を思い出しながら、白い肌に散らばる赤い跡を指で辿った。
昼間は美しくも可愛らしい私の番も、夜は艶めかしく淫靡な姿を晒し、私の劣情をこれでもかというくらい刺激してくれた。
ああ、それはもう素晴らしい夜だった……。
うっとりと美しく成長した番を眺めていると、ふとあの日を思い出す……。
改めてまじまじと整った顔を見つめ、ゆらりと湧き上がる愛しさに促されるように、投げ出された手をゆったりと持ち上げた。
「愛しい人。私の唯一。生まれてきた貴方を守る事こそが、私の幸せであり喜びであり、使命なんです。だから……」
力のないレイの掌を私の頬に押し当てる。そして、あの時そうしたように、白い額にそっと口付けた。
「私が必ず幸せにしますね」
□■□■□■□■□■□
「まいにゃ……」
初めて私を呼んだ、あの舌っ足らずな声。
可愛らしい顔、鈴を転がすような愛らしい声で名を呼ばれて、私は感激のあまり膝から崩れ落ちそうになったのを覚えている。
我が家は『獏』の獣人が生まれたら、宰相の任に就くと決まっている変わった家系だ。
祖父、父、私が『獏』の獣人なのだが、これもとても珍しいこと。
大体は一人の王の治世に、『獏』は一人か二人居るかどうか。それ以外のダンカン公爵家の者は、見た目はまるっきり人族の様相をしている、『血筋』のみ獣人の家系だった。
三代続いて宰相の任に就くとなると、権力の偏りから王宮の派閥問題に絡むいざこざも多くなる。
そうなると、行動一つも慎重にならざるを得ない状況だ。
そんなのは、公爵家嫡男としての教育を少し噛じれば分かるくらいのことなのに、父上は私の『番の匂いがする』という曖昧な言葉のみで伯爵家の令嬢との婚約をさっさと決めてしまっていた。
「マイナ君!君の番の子との婚約は成立したからねっ!」
褒めて!と言わんばかりの、満面の笑みを浮かべる父上を見て、私は目眩がした。
いくら何でも軽率すぎる!
こんな八歳の私にすら分かるのに、父上は何を考えているのか……。
しかし幾らムカついたとしても、一度結んだ婚約が早々解消できるはずもなく、暫く様子をみることになった。
令嬢に番の匂いがするということは、先ず考えるべきは彼女が私の番である可能性。
しかし、様子を見る中でこれはないだろうと否定することにした。何故って香る匂いが恐ろしく薄く、彼女自身へ愛情を持つまでに至らないのだから。
だとするとあと一つ、彼女の血縁者の誰かが私の番である可能性が出てくる。
まぁ、慌てる事はない。彼女の周囲に注意していれば、自ずと番にも出会えるだろう。私はそんな風に楽観視していた。
だけど、まさか彼女の子供が番だったなんて……。
それまで考えていた予想の全てを上回る、最悪の状態に私は呻きたくなった。
胎児が番……、これは一つ間違えれば大変な事になる。
番を盾に、何らかの政略的交渉をされかねないし、要求を撥ねつけた事で、墮胎されれば私は永遠に番を喪う事になるのだ。
私は婚約破棄を申し出る彼女の腹を凝視しつつ、忙しく頭を回転させた。
幸いな事に、婚約破棄の件に関しては明らかに向こうに瑕疵がある。そこを突いて番を我がダンカン家以外の貴族から引き離さなければ……。
手っ取り早く片を着けるとしたら、元婚約者たちの貴族籍からの抹消……。
今のままでは、私は婚約者を寝取られた挙句に婚約を解消した立場だ。そんな人間が番に近づける訳がない。
だからこそ、彼らの貴族籍を剥奪して平民に落とし、他の貴族が手を伸ばしてこないようにダンカン家で囲い込むつもりだったのだ。
私の思惑通りに、元婚約者とその『運命の恋人』やらは貴族籍から抹消された。
しかし貴族として傅かれて生きてきた人間が、平民として生きていける訳が無い。
彼らは子供が生まれて間もなく、最悪なことにアッサリと離婚してしまった。
私は是非ともレイを引き取りたいと願い出たものの、人族との軋轢を懸念した父上に却下されてしまった。
結局、私はレイを貴族の婚外子を集めた施設へ送るしかなかった。
この施設は、職員が子供たちを悪用しないために、職員と子供たちの馴れ合いを禁じている。
そして、万が一貴族の横槍が入るようであれば、国に通報するシステムが備わっていた。
これは過去、対立関係にあった片方の貴族が、もう片方の貴族の婚外子を拉致し、脅迫したことが元となりできたシステムだ。
そう、この施設は外からの伸びる魔の手から、子供を守る役割があるのだ。
いつ誰に私の番だと気付かれるかも分からないため、表立って動けなかった私は、レイが孤児院では無く、少しは安全で環境が整った場所で暮らせる事に僅かばかりの安堵を得るしかなかった。
それから暫く、私はレイと会うことはできなかった。
現実世界では、私の動向を探る者たちからレイを守るために。そして精神世界では、レイの性格構築を妨げないために。
夢は精神世界、とても曖昧で繊細なモノとされている。故に未成熟な精神の子供の夢を訪れるのは、本来は禁忌とされていた。
しかし今回に限り、私が長く番に会えない環境であることを加味して、自我が芽生え正しく確立したと言える三歳になったら可と我が一族から承認を得ていたのだ。
そして今日。
愛しき我が番が三歳の誕生日を迎える。
十六歳になっていた私はいそいそとその日の予定を片付け、番が見る夢へと渡った。
ーーああ、君に会うのが待ち切れない……。
するりと番の夢に入る。陽だまりの様な暖かみのある淡い黄色一色の世界に、その姿はあった。
こちらに背中を向けて地面に座り込んでいる。優しく吹く風が、ふわふわの髪を弄ぶように揺らしていた。
「……。レイ?」
驚かせない様にゆっくり声をかけると、ぴくんと、とても小さな背中が揺れる。そしてぱっと振り返ると、零れ落ちそうなくらい大きな瞳を瞬かせて私を見た。
「だあれ?」
コテンと音が付きそうな感じで首を傾げている。
ああ……君の瞳は、美しきセルリアンブルーなんだね……。
最後に会った時、彼の目は硬く閉じていて、私は彼の目の色さえ知ることができなかったのだ。
うっとりと、初めて対面する番の美しい瞳に見惚れる。
ーー早く、早く、この手の中に……!!
急く気持ちはあるけど、足取りは敢えて緩やかに進める。これでレイに怖がられたら身も蓋もない。
そして彼の目の前まで来ると、目線を合わせるために片膝を地面について、にっこりと微笑んだ。
「初めまして、レイ。私はマイグレース・ダンカンと申します」
ぱちくりとレイが瞬く。
「ま……まい……?」
「ふふ……難しいですよね?では『マイナ』と言ってみて?」
そして始めに戻る。
「まいにゃ……」
「ぐ…………っ」
可愛らしさの大集結に、思わず顔を逸しぐっと拳を握る。
どうしたら良いんだ……可愛すぎて直視できない……っ!
「何と愛らしい……」
名を呼んでもらえた幸福に感涙する。勿論、心の中で、だ。
「まいにゃ?」
褒められて嬉しかったのか、レイはにこにこの笑顔で繰り返す。
ーー あぁ……、攫ってしまいたい……。
暴走しそうな自分を何とか抑え込み、そっとレイの両手を掬うように持ち上げた。
「誕生日おめでとうございます、レイ。貴方に会えて本当に嬉しいです」
優しく見えるように微笑むと、何故かレイは天使の様に美しくも愛らしい顔をサッと強張らせた。そしてしょぼんと項垂れる。
先程まで陽だまりみたいだった夢の世界は、一転して曇天の様な沈鬱な薄暗い青灰の世界へと変わった。
さっきまでの笑顔と柔らかな色の世界との落差に、私の胸のざわめきが止まらない。
「どうしたのですか?そんな悲しそうな顔をして……」
「あのね、おめでたくないの」
俯いたまま、ポツンとレイが呟く。
「え?」
「レイね、望まれなかったの、この世にいてはいけない子なの」
ぷっくりと涙が浮かび、セルリアンブルーの瞳が悲しく潤む。やがて溢れた涙はパタパタと大粒の雫となり、幼子特有のまろい頬を伝って落ちた。
「誰がそんな酷いことを……」
まだたった三歳の子供に与えるべき言葉じゃない。
誰がそんな酷い言葉を……。
私は眉を顰めてレイの顔を覗き込んだ。
「『きみたちは、罪の結果である生き物』」
「!!」
「『存在そのものが、悪しきもの、許されざるもの。立場を弁えてひっそりと生きなさい』」
回らぬ舌で、レイが辿々しく言葉を紡ぐ。生まれた事を寿がれることなく、そんな酷い言葉を聞かされたというのか。
「お誕生日はおめでとうじゃないの。反省する日なの」
そっと小さな手を引き抜く。そして胸の前で硬く祈りの形に組み、ギュッと力を込めた。
「生まれてきて、ごめんなさい……」
ーーっ……なんてことを!!
待ち侘びて、気が狂いそうになるほど、焦がれるほど望んだ相手に、そんな言葉を言わせるなんて。
私は思わずぎゅっとレイを抱きしめた。これ程の悲しみを、私の番に与えた者たちを許せるはずがない。
ギリギリと奥歯を噛み締める。剣呑な光が目に浮かんでいる自覚はあるけれど。
でも今は自分の感情に振り回されている場合ではない。
生まれた日を、悲しみ一色で包んでしまっている大事な番を癒やす事が先だ。
子供特有の、ふわふわと柔らかな髪をそっと分け、額に唇を落とす。
「私の愛しき人、大事な番。私は貴方が生まれる日を、とても楽しみに待ち望んでいました」
もぞり、と腕の中でレイが身じろぐ。顔を上げて涙に潤む瞳で私を見つめた。
尊き番の瞳に我が身が映る事に、至高の喜びを感じる。私は眦に唇を寄せ、チュッと目尻に口付けた。
「今日この日は、愛しい貴方が私の元に来てくれた日、私にとって祝うべきなんです。だから『ごめんなさい』ではなくて『ありがとう』と言って?」
次の瞬間、ほわほわと、無数の小さな光の粒が上から落ちてきた。沈鬱な青灰の世界はその色を美しい青のグラデーショへと移し、光の粒も満天の輝く星へと変貌する。
「ああ……貴方の夢は、なんと美しい世界なんでしょうね」
夜空を模した世界を見渡して微笑むと、レイは再びぱちくりと瞬いた。
そしてまろい頬を赤く染めて、きゅっと抱きついてきた。
柔らかな子供の身体の感触に、私は番を求める狂おしい程の気持ちとは別の、暖かで柔らかく擽ったい愛情が湧き上がるのを自覚した。
正直、番を前にして獣人としての性が先走るのではないか、理性が保てないのではないか、と不安もあった。
でもこの柔らかな愛しい者を前にして、その不安もあっさり霧散する。
私はその時、この『子供』が成長して『番』へと変化していく様を見ることができる、得難い権利を手にしたのだと理解したのだ。
「さぁ、レイ。これをどうぞ」
リボンで飾られたプレゼントをレイに渡す。
「クマさん?」
レイは恐る恐る腕を伸ばして受け取った。
「そうですよ」
ふんわり笑う。プレゼントは栗毛に赤い色の瞳を持つ、クマのぬいぐるみ。
まだまだ三歳の彼に、何をプレゼントしようかと悩んだ末、私の色を纏うぬいぐるみに行き着いた。
レイの小さな腕が、ぬいぐるみをギュッと抱きしめる。
私の色を抱き締めているんですよ?
堪りませんよね??
内心ニンマリとほくそ笑む。
……が、そんな爛れた気持ちは表面上きれいに隠して、見上げるレイの額にもう一度そっと唇を落とした。
「誕生日おめでとう、私の愛しい人」
祝いの言葉に、レイは少しはにかみモジモジしていたけど、嬉しそうな顔で再び抱きついてきた。
「まいにゃ、ありがとう」
曇りのない可愛らしい笑顔に、私は今度こそ耐えきれず膝から崩れ落ちた。
「ぐ……っ、もう監禁してしまいたい………ッ!!」
ぐぐっと握り拳を作り、監禁欲を必死に抑える。
そんな挙動不審な私に気付きもせず、ぬいぐるみに顔を埋めてレイは幸せそうに笑う。
陳腐な言い方ですが、貴方が幸せだと私も本当に幸せなんです。
だから、これから私の愛を惜しみ無く注ぐので、何時までもその笑顔を私に……、私だけに見せて欲しい。
それからは、レイの心身の負担にならないように間隔を調整しながら夢を訪問して、優しく穏やかな時間を共に過ごした。
子供の成長に与える影響を考えて、夢の世界での出来事は記憶に残らない様にしなければならなかったけど、それでも曇のない笑顔を向けてくれる番の存在は、私の精神にも安寧を齎した。
程なくして私も成人し、宰相補佐として宮廷に上がるようになった。次期宰相としての仕事を覚える日々の中で、あの子の存在は何ものにも代え難い癒やしとなり、なくてはならない……いや、居ない事など想像もしたくないほど大事な存在となった。
『番だから』じゃない。
『レイ』だから。だから側にいて欲しい。微笑んで欲しい。私を、求めて欲しい。
膨れ上がる欲求はあれど、今はただ陽だまりの様に笑う貴方を、ただただ見ていたい。
でも。
正直に告白するならば、ちょっと君を見ているとウズウズしてしまって、キスとハグが多くなる点は見逃してくださいね?
ああ、そうそう。
勿論、大事なレイに『存在そのものが罪』と言わしめた施設の職員は、速やかに粛清しましたけど、それが何か?
以前投稿していた番外編です。
書籍化に伴い、引き下げとなっていましたが、書籍に含まれる部分を削除して、もう一度投稿致しました。
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「……ん」
僅かに開いた艶めかしい唇から、小さな声が漏れる。起きたのかと顔を覗き込めば、美しいセルリアンブルーの瞳は瞼に隠れ、穏やかな寝息が聞こえている。
トランファームの一件でレイが怪我を負い、暫く意識が戻らない日々が続いた。
傷そのものは治癒したけれど、彼が目覚めない日々は、守りきれなかった自分の不甲斐なさへの憤りと、もしかしたら目覚めた時、私を恐れ拒絶するかもしれないという恐怖に苛まれた日々だった。
しかし目覚めた彼は、あっさりと言ってくれた。
「怖くないよ」「マイナさんを怖いと感じる日が来ても、俺、離れるつもりはないし」
あの言葉が、どれ程嬉しかった事か……。
彼は華奢な身体をしているのに、私がどんな事をしても受け止め、受け入れる豪胆さがある。それがどれ程の安心感を私に与えているのか、きっと彼は知らないだろう。
そんな強く優しいレイから、ああも甘く誘われれば番冥利に尽きるし、男としても嬉しい限りだ。
お陰で思うまま、積年の思いを、それはもうしつこいくらいに華奢な身体にぶつけ、その結果彼はぐったりと眠りについてしまっているのだ。
既に日は昇り、辺りも明るくなっていたけれど、今日の仕事に急ぎの案件はない。
ーー今日くらいはゆっくりしても許されるでしょう。
そう考え、眠る愛しい番の顔をじっと眺める。
彼の昨日の恥態を思い出しながら、白い肌に散らばる赤い跡を指で辿った。
昼間は美しくも可愛らしい私の番も、夜は艶めかしく淫靡な姿を晒し、私の劣情をこれでもかというくらい刺激してくれた。
ああ、それはもう素晴らしい夜だった……。
うっとりと美しく成長した番を眺めていると、ふとあの日を思い出す……。
改めてまじまじと整った顔を見つめ、ゆらりと湧き上がる愛しさに促されるように、投げ出された手をゆったりと持ち上げた。
「愛しい人。私の唯一。生まれてきた貴方を守る事こそが、私の幸せであり喜びであり、使命なんです。だから……」
力のないレイの掌を私の頬に押し当てる。そして、あの時そうしたように、白い額にそっと口付けた。
「私が必ず幸せにしますね」
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「まいにゃ……」
初めて私を呼んだ、あの舌っ足らずな声。
可愛らしい顔、鈴を転がすような愛らしい声で名を呼ばれて、私は感激のあまり膝から崩れ落ちそうになったのを覚えている。
我が家は『獏』の獣人が生まれたら、宰相の任に就くと決まっている変わった家系だ。
祖父、父、私が『獏』の獣人なのだが、これもとても珍しいこと。
大体は一人の王の治世に、『獏』は一人か二人居るかどうか。それ以外のダンカン公爵家の者は、見た目はまるっきり人族の様相をしている、『血筋』のみ獣人の家系だった。
三代続いて宰相の任に就くとなると、権力の偏りから王宮の派閥問題に絡むいざこざも多くなる。
そうなると、行動一つも慎重にならざるを得ない状況だ。
そんなのは、公爵家嫡男としての教育を少し噛じれば分かるくらいのことなのに、父上は私の『番の匂いがする』という曖昧な言葉のみで伯爵家の令嬢との婚約をさっさと決めてしまっていた。
「マイナ君!君の番の子との婚約は成立したからねっ!」
褒めて!と言わんばかりの、満面の笑みを浮かべる父上を見て、私は目眩がした。
いくら何でも軽率すぎる!
こんな八歳の私にすら分かるのに、父上は何を考えているのか……。
しかし幾らムカついたとしても、一度結んだ婚約が早々解消できるはずもなく、暫く様子をみることになった。
令嬢に番の匂いがするということは、先ず考えるべきは彼女が私の番である可能性。
しかし、様子を見る中でこれはないだろうと否定することにした。何故って香る匂いが恐ろしく薄く、彼女自身へ愛情を持つまでに至らないのだから。
だとするとあと一つ、彼女の血縁者の誰かが私の番である可能性が出てくる。
まぁ、慌てる事はない。彼女の周囲に注意していれば、自ずと番にも出会えるだろう。私はそんな風に楽観視していた。
だけど、まさか彼女の子供が番だったなんて……。
それまで考えていた予想の全てを上回る、最悪の状態に私は呻きたくなった。
胎児が番……、これは一つ間違えれば大変な事になる。
番を盾に、何らかの政略的交渉をされかねないし、要求を撥ねつけた事で、墮胎されれば私は永遠に番を喪う事になるのだ。
私は婚約破棄を申し出る彼女の腹を凝視しつつ、忙しく頭を回転させた。
幸いな事に、婚約破棄の件に関しては明らかに向こうに瑕疵がある。そこを突いて番を我がダンカン家以外の貴族から引き離さなければ……。
手っ取り早く片を着けるとしたら、元婚約者たちの貴族籍からの抹消……。
今のままでは、私は婚約者を寝取られた挙句に婚約を解消した立場だ。そんな人間が番に近づける訳がない。
だからこそ、彼らの貴族籍を剥奪して平民に落とし、他の貴族が手を伸ばしてこないようにダンカン家で囲い込むつもりだったのだ。
私の思惑通りに、元婚約者とその『運命の恋人』やらは貴族籍から抹消された。
しかし貴族として傅かれて生きてきた人間が、平民として生きていける訳が無い。
彼らは子供が生まれて間もなく、最悪なことにアッサリと離婚してしまった。
私は是非ともレイを引き取りたいと願い出たものの、人族との軋轢を懸念した父上に却下されてしまった。
結局、私はレイを貴族の婚外子を集めた施設へ送るしかなかった。
この施設は、職員が子供たちを悪用しないために、職員と子供たちの馴れ合いを禁じている。
そして、万が一貴族の横槍が入るようであれば、国に通報するシステムが備わっていた。
これは過去、対立関係にあった片方の貴族が、もう片方の貴族の婚外子を拉致し、脅迫したことが元となりできたシステムだ。
そう、この施設は外からの伸びる魔の手から、子供を守る役割があるのだ。
いつ誰に私の番だと気付かれるかも分からないため、表立って動けなかった私は、レイが孤児院では無く、少しは安全で環境が整った場所で暮らせる事に僅かばかりの安堵を得るしかなかった。
それから暫く、私はレイと会うことはできなかった。
現実世界では、私の動向を探る者たちからレイを守るために。そして精神世界では、レイの性格構築を妨げないために。
夢は精神世界、とても曖昧で繊細なモノとされている。故に未成熟な精神の子供の夢を訪れるのは、本来は禁忌とされていた。
しかし今回に限り、私が長く番に会えない環境であることを加味して、自我が芽生え正しく確立したと言える三歳になったら可と我が一族から承認を得ていたのだ。
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ーーああ、君に会うのが待ち切れない……。
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「……。レイ?」
驚かせない様にゆっくり声をかけると、ぴくんと、とても小さな背中が揺れる。そしてぱっと振り返ると、零れ落ちそうなくらい大きな瞳を瞬かせて私を見た。
「だあれ?」
コテンと音が付きそうな感じで首を傾げている。
ああ……君の瞳は、美しきセルリアンブルーなんだね……。
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ーー早く、早く、この手の中に……!!
急く気持ちはあるけど、足取りは敢えて緩やかに進める。これでレイに怖がられたら身も蓋もない。
そして彼の目の前まで来ると、目線を合わせるために片膝を地面について、にっこりと微笑んだ。
「初めまして、レイ。私はマイグレース・ダンカンと申します」
ぱちくりとレイが瞬く。
「ま……まい……?」
「ふふ……難しいですよね?では『マイナ』と言ってみて?」
そして始めに戻る。
「まいにゃ……」
「ぐ…………っ」
可愛らしさの大集結に、思わず顔を逸しぐっと拳を握る。
どうしたら良いんだ……可愛すぎて直視できない……っ!
「何と愛らしい……」
名を呼んでもらえた幸福に感涙する。勿論、心の中で、だ。
「まいにゃ?」
褒められて嬉しかったのか、レイはにこにこの笑顔で繰り返す。
ーー あぁ……、攫ってしまいたい……。
暴走しそうな自分を何とか抑え込み、そっとレイの両手を掬うように持ち上げた。
「誕生日おめでとうございます、レイ。貴方に会えて本当に嬉しいです」
優しく見えるように微笑むと、何故かレイは天使の様に美しくも愛らしい顔をサッと強張らせた。そしてしょぼんと項垂れる。
先程まで陽だまりみたいだった夢の世界は、一転して曇天の様な沈鬱な薄暗い青灰の世界へと変わった。
さっきまでの笑顔と柔らかな色の世界との落差に、私の胸のざわめきが止まらない。
「どうしたのですか?そんな悲しそうな顔をして……」
「あのね、おめでたくないの」
俯いたまま、ポツンとレイが呟く。
「え?」
「レイね、望まれなかったの、この世にいてはいけない子なの」
ぷっくりと涙が浮かび、セルリアンブルーの瞳が悲しく潤む。やがて溢れた涙はパタパタと大粒の雫となり、幼子特有のまろい頬を伝って落ちた。
「誰がそんな酷いことを……」
まだたった三歳の子供に与えるべき言葉じゃない。
誰がそんな酷い言葉を……。
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「!!」
「『存在そのものが、悪しきもの、許されざるもの。立場を弁えてひっそりと生きなさい』」
回らぬ舌で、レイが辿々しく言葉を紡ぐ。生まれた事を寿がれることなく、そんな酷い言葉を聞かされたというのか。
「お誕生日はおめでとうじゃないの。反省する日なの」
そっと小さな手を引き抜く。そして胸の前で硬く祈りの形に組み、ギュッと力を込めた。
「生まれてきて、ごめんなさい……」
ーーっ……なんてことを!!
待ち侘びて、気が狂いそうになるほど、焦がれるほど望んだ相手に、そんな言葉を言わせるなんて。
私は思わずぎゅっとレイを抱きしめた。これ程の悲しみを、私の番に与えた者たちを許せるはずがない。
ギリギリと奥歯を噛み締める。剣呑な光が目に浮かんでいる自覚はあるけれど。
でも今は自分の感情に振り回されている場合ではない。
生まれた日を、悲しみ一色で包んでしまっている大事な番を癒やす事が先だ。
子供特有の、ふわふわと柔らかな髪をそっと分け、額に唇を落とす。
「私の愛しき人、大事な番。私は貴方が生まれる日を、とても楽しみに待ち望んでいました」
もぞり、と腕の中でレイが身じろぐ。顔を上げて涙に潤む瞳で私を見つめた。
尊き番の瞳に我が身が映る事に、至高の喜びを感じる。私は眦に唇を寄せ、チュッと目尻に口付けた。
「今日この日は、愛しい貴方が私の元に来てくれた日、私にとって祝うべきなんです。だから『ごめんなさい』ではなくて『ありがとう』と言って?」
次の瞬間、ほわほわと、無数の小さな光の粒が上から落ちてきた。沈鬱な青灰の世界はその色を美しい青のグラデーショへと移し、光の粒も満天の輝く星へと変貌する。
「ああ……貴方の夢は、なんと美しい世界なんでしょうね」
夜空を模した世界を見渡して微笑むと、レイは再びぱちくりと瞬いた。
そしてまろい頬を赤く染めて、きゅっと抱きついてきた。
柔らかな子供の身体の感触に、私は番を求める狂おしい程の気持ちとは別の、暖かで柔らかく擽ったい愛情が湧き上がるのを自覚した。
正直、番を前にして獣人としての性が先走るのではないか、理性が保てないのではないか、と不安もあった。
でもこの柔らかな愛しい者を前にして、その不安もあっさり霧散する。
私はその時、この『子供』が成長して『番』へと変化していく様を見ることができる、得難い権利を手にしたのだと理解したのだ。
「さぁ、レイ。これをどうぞ」
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「クマさん?」
レイは恐る恐る腕を伸ばして受け取った。
「そうですよ」
ふんわり笑う。プレゼントは栗毛に赤い色の瞳を持つ、クマのぬいぐるみ。
まだまだ三歳の彼に、何をプレゼントしようかと悩んだ末、私の色を纏うぬいぐるみに行き着いた。
レイの小さな腕が、ぬいぐるみをギュッと抱きしめる。
私の色を抱き締めているんですよ?
堪りませんよね??
内心ニンマリとほくそ笑む。
……が、そんな爛れた気持ちは表面上きれいに隠して、見上げるレイの額にもう一度そっと唇を落とした。
「誕生日おめでとう、私の愛しい人」
祝いの言葉に、レイは少しはにかみモジモジしていたけど、嬉しそうな顔で再び抱きついてきた。
「まいにゃ、ありがとう」
曇りのない可愛らしい笑顔に、私は今度こそ耐えきれず膝から崩れ落ちた。
「ぐ……っ、もう監禁してしまいたい………ッ!!」
ぐぐっと握り拳を作り、監禁欲を必死に抑える。
そんな挙動不審な私に気付きもせず、ぬいぐるみに顔を埋めてレイは幸せそうに笑う。
陳腐な言い方ですが、貴方が幸せだと私も本当に幸せなんです。
だから、これから私の愛を惜しみ無く注ぐので、何時までもその笑顔を私に……、私だけに見せて欲しい。
それからは、レイの心身の負担にならないように間隔を調整しながら夢を訪問して、優しく穏やかな時間を共に過ごした。
子供の成長に与える影響を考えて、夢の世界での出来事は記憶に残らない様にしなければならなかったけど、それでも曇のない笑顔を向けてくれる番の存在は、私の精神にも安寧を齎した。
程なくして私も成人し、宰相補佐として宮廷に上がるようになった。次期宰相としての仕事を覚える日々の中で、あの子の存在は何ものにも代え難い癒やしとなり、なくてはならない……いや、居ない事など想像もしたくないほど大事な存在となった。
『番だから』じゃない。
『レイ』だから。だから側にいて欲しい。微笑んで欲しい。私を、求めて欲しい。
膨れ上がる欲求はあれど、今はただ陽だまりの様に笑う貴方を、ただただ見ていたい。
でも。
正直に告白するならば、ちょっと君を見ているとウズウズしてしまって、キスとハグが多くなる点は見逃してくださいね?
ああ、そうそう。
勿論、大事なレイに『存在そのものが罪』と言わしめた施設の職員は、速やかに粛清しましたけど、それが何か?
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美貌の騎士候補生のカーディアスは何を考えてパスティに付きまとうのか……。
秘密を抱えた二人が幸せになるまでのお話。
愛しい番の囲い方。 半端者の僕は最強の竜に愛されているようです
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しかし長く共にあったアデルは、『半端者』のティアではなく、別の人を伴侶に選んでしまう。
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*
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