宰相閣下の執愛は、平民の俺だけに向いている

飛鷹

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番外編

Happy Valentine's day! ♥ 前編

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「おや、レイ様。いったいどちらへお出かけに?」

こっそりと屋敷を出ようとした所で、バンガーに呼び止められてしまった。
ここはダンカン公爵邸。目茶苦茶大きい屋敷には、それに相応しく執事というものが存在していた。
バンガーは、ロマンスグレーの髪をキレイに整え、真っ白なシャツ、皺一つないロングテールコートを纏い、隙のない雰囲気を醸し出す人物。そんな彼は、先代ダンカン公爵から仕えている、極めて有能な執事だった。

「あ…………。えっと……?」
「マイグレース様から、お一人でのお出かけは禁止されていたかと思いますが。覚えていらっしゃいますよね?」

ニコリと整えられた笑みを浮かべたまま、平民の服を着ている俺を見据え、ピシリとした姿勢で玄関扉の前に佇んでいる。
この格好を見りゃ、俺が街にお忍びで出かけようとしているのは分かるだろうに。敢えて聞いてくる辺り、全くもって容赦がない。
俺は苦笑いを洩らしてバンガーを見つめた。
やっぱ、計画を実行するにはバンガーを懐柔するしかないのか。ある意味、マイナさんを懐柔するより難しそう……。
そう思いながら、俺は玄関扉の横にある窓を指さした。

「一人じゃないよ、ソルネスと一緒だ。ちょっと欲しいものがあってさ。街に行ってくる」

表門の所には飾りを抑えた馬車が一台停まっている。ソルネスが手配してくれたやつだ。
その馬車の存在にも、バンガーはとっくに気付いているんだろうけど。

「左様でございますか。然しながらレイ様の外出に関してマイグレース様のご許可を頂いていない事には変わりません。どうぞお部屋にお戻り下さい」

揺るぎない姿勢に、俺はひっそりとため息をつく。
やっぱり懐柔はムリ。恥ずかしいけど正直に話して協力してもらおう。

「バンガー、あのさ………」

小首を傾げ声を潜めると、バンガーは大きく片眉を跳ね上げた。
今、この場にはバンガーと俺しかいないのに声を潜めてしまうのは、やっぱり屋敷の主の桁外れの能力と、常識外れの俺への執着心を、イヤっていう程知っているせいだ。

俺の言葉に黙って耳を傾けていたバンガーは、表情を変える事なくじっと俺を見つめた。その間、僅か三秒。
彼は鷹揚に頷くと、すっと立ち位置を変えて玄関扉を開けてくれた。

「レイ様のお気持ちはご理解致しました。外出には目を瞑りましょう」
「ありがとう!」

意外に話の分かるバンガーに、俺はぱっと笑顔を浮かべてお礼を言った。そんな俺を目を細めて見つめると、バンガーは珍しく素の顔で微笑んでくれた。

「但し、護衛騎士は付けさせて頂きます。貴方様に万が一の事があったら、この世が滅んでしまいますので」

あー……まぁねぇ……。十分あり得るだけに笑えないなぁ、その言葉……。
若干顔を引き攣らせつつ、バンガーの気が変わらない内にと、勢い良く外へと飛び出していった。



♥♡♥♡♥♡♥♡♥♡


「それで?」

欲しい物を手に入れて、意気揚々と帰ってきた俺を待ち構えていたのは、玄関フロアで腕を組んで立つマイナさんだった。
麗しい顔に、それはそれは眩しい笑顔を張り付けているけど、目が笑ってない。
思わず開けた玄関扉を閉めそうになったけど、僅かに首を傾げるその姿に、俺は逃亡を諦めて屋敷内に脚を踏み入れた。

「……ただいま、マイナさん」
「お帰りなさい、レイ。それで?無断の外出は楽しかったですか?」

にこにこと微笑む顔とは裏腹に、身に纏う空気はひんやりと冷たい。ここまで怒るマイナさんも珍しいけど、ま、こうなる事は想定内だから仕方ない。
俺はちょっとため息をつくと、そのままマイナさんに近付いた。

「楽しかったよ?ソルネストとも久々にゆっくり話せたし」

にこっと笑ってみせると、マイナさんは笑顔はそのままに目を眇め、不快感を顕にしてきた。
そんなマイナさんの胸元に、ぐいっとラッピングされた品物を押し付ける。

「それに、マイナさんが喜んでくれるかなって考えながらプレゼント選ぶのも楽しかったし」
「……………はい?」

俺からの突然のプレゼントに、マイナさんは怒りのオーラをあっという間に引っ込めてパチクリと瞬いた。不思議そうな顔で俺の顔を見て、胸に押し付けられたプレゼントを見る。
そしてもう一度俺の顔に視線を向けた。

「ーーーーーーえ?」
「プレゼント。ソルネスから聞いたんだ。よその国から新しいお菓子が入ってきたって。それを大事な人にプレゼントするのが流行ってるって。だから、マイナさんに渡したくて、買いに行ったんだ」
「………………………」
「……俺のこと、怒ってる?」

マイナさんの真ん前まで来ちゃったから、身長の高い彼を見上げる形になる。
あ、これってちょっとあざとい感じに上目遣いになってない?
………って思った瞬間。

「うわっ!?うわわわっっ!!!」

ガシッと腕を掴まれた、と思ったら、一気に引き寄せられ縦抱きに抱き上げられてしまっていた。

「マ、マ、マ、マイナさん!?」
「何っって可愛いんでしょう!!!」

ギュウギュウに抱き締めてくる。
いや、ココ、玄関フロアだよ、マイナさん。
屋敷で働いてる人達が見てるよ、マイナさん!
主としての威厳とか体面とか体裁とか、何かイロイロダメじゃないかな、マイナさん!?

「愛しい貴方からプレゼントを頂ける日がくるなんて!」

想像以上の喜び具合に、俺の方が慌ててしまう。
誰か助けてよって視線を巡らせると、少し離れた場所で嬉しそうに「うんうん」と頷くバンガーが見えたけど、どうやら助けては貰えないらしい。

「さぁ部屋に行きましょう、レイ。ゆっくり貴方が選んだプレゼントを私に見せて?」

心底幸せそうに目尻を緩め、甘やかに微笑む。
その顔を見て、俺は「ま、いっか」と苦笑いした。何だかんだ言って、そうやって嬉しそうに笑うマイナさんが見たくて街に出たんだし。だから「うん」と頷いた。
そうしたら、もう一分一秒時間を無駄にしたくなかったマイナさんは、俺を抱き上げたままするりと空間の狭間に身を滑り込ませたんだ。
いや、マイナさん。屋敷の中の自室に行く時くらい、ムダに力を使わずに脚を使おうよ……………。

♥♡♥♡♥♡♥♡♥♡
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