21 / 29
sideイリアス
9話
しおりを挟む
今日もウィリテが眠る樹を訪れる。
すっかり精霊たちに嫌われてしまった私は、樹から人ひとり分離れた距離まで近付くと、それ以降は近付けないように何かに弾かれてしまう。
しかし初めの時みたいに崖下に突き落とされる事はなかったので、その待遇も甘んじて受け入れた。
樹から少し離れた場所に腰を下ろして樹を見上げる。
春と呼ぶにはまだ肌寒いこの時期なのに、葉がしっかりと生い茂っていて、サワサワと微かな風に葉を揺らしていた。
ウィリテが眠りにつくことを願った樹について、母の伝手を使って調べてみた。この樹は森の民の守りの樹であり、神木として祀られていたそうだ。投獄していた男の記憶から察するに、ウィリテは逃げる最中にその枝を拾ってそのままこの地まで持ってきたのだろう。
生まれ育った地から離れざる得なかった彼を思うと胸が痛む。視線を樹の幹に移して少しでも彼の慰めになれば、と思い出話やこの街であった出来事など、些細な話をゆっくりと紡いだ。
本来なら仕事を放棄した状態でこの街に長く留まることは、国政を預かるものとして許されることではない。でも私はどうしてウィリテから離れたくなかった。
だから父に頭を下げ、宰相に復職してもらえないかと願ったのだ。
その無責任な願いに、父は眉間の皺を深めて物凄く嫌そうな表情になった。………が、同席していた母の「え、もしかして官服姿がまた見れるの?似合っててカッコ良かったんだよね」と頬を染める姿を見た瞬間に、首を縦に振っていた。
そんな母の無意識の協力もあり、今、私はここで時間を気にすることなく過ごすことが出来ている。
でもきっとこのままでは何も解決しないし、私はウィリテに会うことも叶わないままだろう。
私はそっと瞳を閉じて、父の言葉を心の中で思い出した。
□■□■
『何故これほどまでに我々「獏」が番に焦がれるか知っているか?』
宰相復帰を承諾したあと、父は私にそう声をかけてきた。神獣などと言われても、獏も結局は獣人。その性が番を追い求めさせるのだろうと思っていた私は、彼の口ぶりに違和感を感じた。訝しく思いながら首を振ると、父は私を真っすぐに見つめて言葉を続けた。
『獏には全ての物を手に入れることが出来る力がある。もし現実世界で手に入らない物があっても、精神世界で作り出せば良い。それ故に現実世界に固執する理由が全くないのが「神獣・獏」だった』
一旦言葉を切ると父は考え込むように口を噤み、退室した母の姿を探すかのように扉に視線を向けた。暫く扉を見つめていた父は、やがて「ふぅ」と息を吐きだしてもう一度私に目を向けた。
『そもそも神獣とは、この世をより良い方向へ導きくために神が創造した生き物とされている。それが現実世界から離れてしまっては意味がない。獏が自ら望んで現実世界に居続けるようにするために作られたものが、「獏」の番だ。だからほかの獣人よりも番に対して執着するし、是が非でも手に入れようと足掻く』
『……父上も足掻いたのですか?』
『………。結果が全てとだけ言おう。しかしお前が番を求める気持ちは理解できる。だから父親として協力はしてやろう。たからこれ以上私の番に心配をかけるな』
きっぱりと言う彼に、私は思わず笑いを浮かべた。王宮に勤めていれば自然と聞こえてくる、前宰相閣下とその番のあれやこれやの逸話。彼らも相当やらかして、今の状態があるのだと思うと少し慰められた気持ちになった。
■□■□
私は、心ない行動で傷つけてしまったウィリテに、穏やかな生活を返してあげたいと思っている。
そう思っているのに、私の獣の部分が君を求めて激しく哭くのだ。だから………。この神木の話を聞いて知った方法を試そうと思う。
ーーーー暫く君と離れることになるけど………。
「…また来るよ」
君に聞こえているかどうか分からないけれど。でも君を見捨てて来なくなったとは思われたくなくて、いつものようにそう言い残し、私は次の行動へと移したのだった。
すっかり精霊たちに嫌われてしまった私は、樹から人ひとり分離れた距離まで近付くと、それ以降は近付けないように何かに弾かれてしまう。
しかし初めの時みたいに崖下に突き落とされる事はなかったので、その待遇も甘んじて受け入れた。
樹から少し離れた場所に腰を下ろして樹を見上げる。
春と呼ぶにはまだ肌寒いこの時期なのに、葉がしっかりと生い茂っていて、サワサワと微かな風に葉を揺らしていた。
ウィリテが眠りにつくことを願った樹について、母の伝手を使って調べてみた。この樹は森の民の守りの樹であり、神木として祀られていたそうだ。投獄していた男の記憶から察するに、ウィリテは逃げる最中にその枝を拾ってそのままこの地まで持ってきたのだろう。
生まれ育った地から離れざる得なかった彼を思うと胸が痛む。視線を樹の幹に移して少しでも彼の慰めになれば、と思い出話やこの街であった出来事など、些細な話をゆっくりと紡いだ。
本来なら仕事を放棄した状態でこの街に長く留まることは、国政を預かるものとして許されることではない。でも私はどうしてウィリテから離れたくなかった。
だから父に頭を下げ、宰相に復職してもらえないかと願ったのだ。
その無責任な願いに、父は眉間の皺を深めて物凄く嫌そうな表情になった。………が、同席していた母の「え、もしかして官服姿がまた見れるの?似合っててカッコ良かったんだよね」と頬を染める姿を見た瞬間に、首を縦に振っていた。
そんな母の無意識の協力もあり、今、私はここで時間を気にすることなく過ごすことが出来ている。
でもきっとこのままでは何も解決しないし、私はウィリテに会うことも叶わないままだろう。
私はそっと瞳を閉じて、父の言葉を心の中で思い出した。
□■□■
『何故これほどまでに我々「獏」が番に焦がれるか知っているか?』
宰相復帰を承諾したあと、父は私にそう声をかけてきた。神獣などと言われても、獏も結局は獣人。その性が番を追い求めさせるのだろうと思っていた私は、彼の口ぶりに違和感を感じた。訝しく思いながら首を振ると、父は私を真っすぐに見つめて言葉を続けた。
『獏には全ての物を手に入れることが出来る力がある。もし現実世界で手に入らない物があっても、精神世界で作り出せば良い。それ故に現実世界に固執する理由が全くないのが「神獣・獏」だった』
一旦言葉を切ると父は考え込むように口を噤み、退室した母の姿を探すかのように扉に視線を向けた。暫く扉を見つめていた父は、やがて「ふぅ」と息を吐きだしてもう一度私に目を向けた。
『そもそも神獣とは、この世をより良い方向へ導きくために神が創造した生き物とされている。それが現実世界から離れてしまっては意味がない。獏が自ら望んで現実世界に居続けるようにするために作られたものが、「獏」の番だ。だからほかの獣人よりも番に対して執着するし、是が非でも手に入れようと足掻く』
『……父上も足掻いたのですか?』
『………。結果が全てとだけ言おう。しかしお前が番を求める気持ちは理解できる。だから父親として協力はしてやろう。たからこれ以上私の番に心配をかけるな』
きっぱりと言う彼に、私は思わず笑いを浮かべた。王宮に勤めていれば自然と聞こえてくる、前宰相閣下とその番のあれやこれやの逸話。彼らも相当やらかして、今の状態があるのだと思うと少し慰められた気持ちになった。
■□■□
私は、心ない行動で傷つけてしまったウィリテに、穏やかな生活を返してあげたいと思っている。
そう思っているのに、私の獣の部分が君を求めて激しく哭くのだ。だから………。この神木の話を聞いて知った方法を試そうと思う。
ーーーー暫く君と離れることになるけど………。
「…また来るよ」
君に聞こえているかどうか分からないけれど。でも君を見捨てて来なくなったとは思われたくなくて、いつものようにそう言い残し、私は次の行動へと移したのだった。
51
お気に入りに追加
1,468
あなたにおすすめの小説
いつの間にか後輩に外堀を埋められていました
雪
BL
2×××年。同性婚が認められて10年が経った現在。
後輩からいきなりプロポーズをされて....?
あれ、俺たち付き合ってなかったよね?
わんこ(を装った狼)イケメン×お人よし無自覚美人
続編更新中!
結婚して五年後のお話です。
妊娠、出産、育児。たくさん悩んでぶつかって、成長していく様子を見届けていただけたらと思います!
好きか?嫌いか?
秋元智也
BL
ある日、女子に振られてやけくそになって自分の運命の相手を
怪しげな老婆に占ってもらう。
そこで身近にいると宣言されて、虹色の玉を渡された。
眺めていると、後ろからぶつけられ慌てて掴むつもりが飲み込んでしまう。
翌朝、目覚めると触れた人の心の声が聞こえるようになっていた!
クラスでいつもつっかかってくる奴の声を悪戯するつもりで聞いてみると
なんと…!!
そして、運命の人とは…!?
悪役令息物語~呪われた悪役令息は、追放先でスパダリたちに愛欲を注がれる~
トモモト ヨシユキ
BL
魔法を使い魔力が少なくなると発情しちゃう呪いをかけられた僕は、聖者を誘惑した罪で婚約破棄されたうえ辺境へ追放される。
しかし、もと婚約者である王女の企みによって山賊に襲われる。
貞操の危機を救ってくれたのは、若き辺境伯だった。
虚弱体質の呪われた深窓の令息をめぐり対立する聖者と辺境伯。
そこに呪いをかけた邪神も加わり恋の鞘当てが繰り広げられる?
エブリスタにも掲載しています。
【完結】可愛い女の子との甘い結婚生活を夢見ていたのに嫁に来たのはクールな男だった
cyan
BL
戦争から帰って華々しく凱旋を果たしたアルマ。これからは妻を迎え穏やかに過ごしたいと思っていたが、外見が厳ついアルマの嫁に来てくれる女性はなかなか現れない。
一生独身かと絶望しているところに、隣国から嫁になりたいと手紙が届き、即決で嫁に迎えることを決意したが、嫁いできたのは綺麗といえば綺麗だが男だった。
戸惑いながら嫁(男)との生活が始まる。
鬼上司と秘密の同居
なの
BL
恋人に裏切られ弱っていた会社員の小沢 海斗(おざわ かいと)25歳
幼馴染の悠人に助けられ馴染みのBARへ…
そのまま酔い潰れて目が覚めたら鬼上司と呼ばれている浅井 透(あさい とおる)32歳の部屋にいた…
いったい?…どうして?…こうなった?
「お前は俺のそばに居ろ。黙って愛されてればいい」
スパダリ、イケメン鬼上司×裏切られた傷心海斗は幸せを掴むことができるのか…
性描写には※を付けております。
紹介なんてされたくありません!
mahiro
BL
普通ならば「家族に紹介したい」と言われたら、嬉しいものなのだと思う。
けれど僕は男で目の前で平然と言ってのけたこの人物も男なわけで。
断りの言葉を言いかけた瞬間、来客を知らせるインターフォンが鳴り響き……?
初夜の翌朝失踪する受けの話
春野ひより
BL
家の事情で8歳年上の男と結婚することになった直巳。婚約者の恵はカッコいいうえに優しくて直巳は彼に恋をしている。けれど彼には別に好きな人がいて…?
タイトル通り初夜の翌朝攻めの前から姿を消して、案の定攻めに連れ戻される話。
歳上穏やか執着攻め×頑固な健気受け
白熊皇帝と伝説の妃
沖田弥子
BL
調理師の結羽は失職してしまい、途方に暮れて家へ帰宅する途中、車に轢かれそうになった子犬を救う。意識が戻るとそこは見知らぬ豪奢な寝台。現れた美貌の皇帝、レオニートにここはアスカロノヴァ皇国で、結羽は伝説の妃だと告げられる。けれど、伝説の妃が携えているはずの氷の花を結羽は持っていなかった。怪我の治療のためアスカロノヴァ皇国に滞在することになった結羽は、神獣の血を受け継ぐ白熊一族であるレオニートと心を通わせていくが……。◆第19回角川ルビー小説大賞・最終選考作品。本文は投稿時のまま掲載しています。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる