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sideイリアス
7話
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気配を辿ってウィリテの元へ行くと、彼はちょうど目を覚ますところだった。
しかし一旦狭間に身を潜めて彼の動向を探ることにしたのは、本当にウィリテが私の番の立場を望んでいないのかを知りたかったから……。
祈るように見つめる私の目の前で、ウィリテは荷物を纏め始めていた。そして一通り荷物が纏まると、机に目を向けて悩む様子を見せ、そして僅かに首を振ると荷物を抱えて家を出て行ってしまった。
それを見送る私の気持ちはどう言い表せはいいのだろう………。
私は獏の獣人だと彼に伝えた。この国に住むものであれば、獏の獣人が何者かは知っているはず。
なのに、ウィリテは私から離れることを選択したのだ。
ーーーー何故?
まだウィリテには番だとは告げていない。ひと一人の人生を左右する事柄なのだから、きちんと現実世界で向き合ってから彼に告げたかった。
でも何も伝えることができていないのに、彼は私を拒否して逃げていく。
ーーーーどうして……。私ならあらゆる物事から、君を守ってあげられる。森の民を欲する国が出てきても、私ならどんな手段を使ってでも守れるのに………。
渇望する番が私の手を取ることなく去っていく。その事実が、私の焦燥感を煽った。
だからこそ強引な態度に出て………そして私は失敗してしまったのだ。
「ねぇ、イリアス様?僕は傍若無人な権力者が一番嫌いなんです」
ふ、と片方の口角を上げて、自嘲するように彼は笑う。
「力づくで言うことを聞かせる輩なんて皆、僕の前から消えてしまえばいいんだ………」
怒りを滲ませるでもなく、嫌悪感を顕にするでもなく、ただそうポツリと呟いた。
はっとして彼を見る。
そこには、感情が伺えない空っぽの瞳をどこか遠くに向けているウィリテがいた。
ーーーーマズい……っ!
そう感じて彼の名前を呼ぶのと、ウィリテの懇願するような呟きは同時だった。
「ウィリテ、君は………」
「『眠らせて』」
とっさに身体が動いてウィリテの外套を掴む。瞬間、ジワリと周りの景色が滲み、はっと視線を巡らせる間にあの崖の上に移動していた。
恐ろしく狭い場所に樹が一本だけ植わっている、あの場所。
ーーーー何故、ここに………。
嫌な予感がした。
今、行動を起こさないと、取り返しの付かない事になる……!
慌ててウィリテに視線を戻すと、彼はゆっくりと樹を振り仰ぎ見るところだった。
「ウィリテ、待って!」
「さよなら、イリアス様。僕なんていなくても生きていけるよ、きっと」
ウィリテは薄く微笑むと、樹の幹にゆるりと身体を預ける。直ぐ側にいるのに、何かが邪魔をしてウィリテに近付けない。
必死に名を呼ぶ私は、きっと物凄く情けない表情をしていたのだろう。ウィリテは憐れむような目を私に向けると、後は全てを拒絶するように瞼を閉じた。
伸ばした手がウィリテに届かない。私の眼の前で彼の身体は樹の幹に吸い込まれ、そして跡形もなくその場から消えてしまったのだった。
□■□■
ウィリテが姿を消した後も、私は樹の元に近付く事は出来ずにいた。
樹から人ひとり分離れた距離。それ以上は近付けない。
ウィリテは『眠らせて』と願っていた。ならば彼は今、樹に守られて眠りについているのだろう。
そして精霊たちが、そんな彼を守っているに違いなかった。
ーーーー何故、ウィリテは私を拒んだのだろう………。どうすれば私の元に来てくれたのだろう……。
どうしてもそれが分からない。
後悔と解決できない疑問を抱えて、どれ程の時間をそうしていたのか………。
「イリアスさまー!そこに居るんでしょー!?」
崖の下から声が響いてきた。ブシアが探しに来たらしい。
力なく項垂れていた私は、返事すら返すことができなかった。そんな私にブシアは続けて叫ぶ。
「俺、ちゃんと言いましたよね?次、何かしでかしたら母君に連絡するって!二日もお戻りにならないから!俺、告げ口しちゃいましたよーーっ!」
その言葉にのろりと首を動かした時、聞き慣れた声が私の鼓膜を叩いた。
「番を探しに行ったって聞いて喜んだのに!何しちゃってんのさ!」
唇を尖らせて怒りの表情を浮かべた母上が、その場に姿を現した。
しかし一旦狭間に身を潜めて彼の動向を探ることにしたのは、本当にウィリテが私の番の立場を望んでいないのかを知りたかったから……。
祈るように見つめる私の目の前で、ウィリテは荷物を纏め始めていた。そして一通り荷物が纏まると、机に目を向けて悩む様子を見せ、そして僅かに首を振ると荷物を抱えて家を出て行ってしまった。
それを見送る私の気持ちはどう言い表せはいいのだろう………。
私は獏の獣人だと彼に伝えた。この国に住むものであれば、獏の獣人が何者かは知っているはず。
なのに、ウィリテは私から離れることを選択したのだ。
ーーーー何故?
まだウィリテには番だとは告げていない。ひと一人の人生を左右する事柄なのだから、きちんと現実世界で向き合ってから彼に告げたかった。
でも何も伝えることができていないのに、彼は私を拒否して逃げていく。
ーーーーどうして……。私ならあらゆる物事から、君を守ってあげられる。森の民を欲する国が出てきても、私ならどんな手段を使ってでも守れるのに………。
渇望する番が私の手を取ることなく去っていく。その事実が、私の焦燥感を煽った。
だからこそ強引な態度に出て………そして私は失敗してしまったのだ。
「ねぇ、イリアス様?僕は傍若無人な権力者が一番嫌いなんです」
ふ、と片方の口角を上げて、自嘲するように彼は笑う。
「力づくで言うことを聞かせる輩なんて皆、僕の前から消えてしまえばいいんだ………」
怒りを滲ませるでもなく、嫌悪感を顕にするでもなく、ただそうポツリと呟いた。
はっとして彼を見る。
そこには、感情が伺えない空っぽの瞳をどこか遠くに向けているウィリテがいた。
ーーーーマズい……っ!
そう感じて彼の名前を呼ぶのと、ウィリテの懇願するような呟きは同時だった。
「ウィリテ、君は………」
「『眠らせて』」
とっさに身体が動いてウィリテの外套を掴む。瞬間、ジワリと周りの景色が滲み、はっと視線を巡らせる間にあの崖の上に移動していた。
恐ろしく狭い場所に樹が一本だけ植わっている、あの場所。
ーーーー何故、ここに………。
嫌な予感がした。
今、行動を起こさないと、取り返しの付かない事になる……!
慌ててウィリテに視線を戻すと、彼はゆっくりと樹を振り仰ぎ見るところだった。
「ウィリテ、待って!」
「さよなら、イリアス様。僕なんていなくても生きていけるよ、きっと」
ウィリテは薄く微笑むと、樹の幹にゆるりと身体を預ける。直ぐ側にいるのに、何かが邪魔をしてウィリテに近付けない。
必死に名を呼ぶ私は、きっと物凄く情けない表情をしていたのだろう。ウィリテは憐れむような目を私に向けると、後は全てを拒絶するように瞼を閉じた。
伸ばした手がウィリテに届かない。私の眼の前で彼の身体は樹の幹に吸い込まれ、そして跡形もなくその場から消えてしまったのだった。
□■□■
ウィリテが姿を消した後も、私は樹の元に近付く事は出来ずにいた。
樹から人ひとり分離れた距離。それ以上は近付けない。
ウィリテは『眠らせて』と願っていた。ならば彼は今、樹に守られて眠りについているのだろう。
そして精霊たちが、そんな彼を守っているに違いなかった。
ーーーー何故、ウィリテは私を拒んだのだろう………。どうすれば私の元に来てくれたのだろう……。
どうしてもそれが分からない。
後悔と解決できない疑問を抱えて、どれ程の時間をそうしていたのか………。
「イリアスさまー!そこに居るんでしょー!?」
崖の下から声が響いてきた。ブシアが探しに来たらしい。
力なく項垂れていた私は、返事すら返すことができなかった。そんな私にブシアは続けて叫ぶ。
「俺、ちゃんと言いましたよね?次、何かしでかしたら母君に連絡するって!二日もお戻りにならないから!俺、告げ口しちゃいましたよーーっ!」
その言葉にのろりと首を動かした時、聞き慣れた声が私の鼓膜を叩いた。
「番を探しに行ったって聞いて喜んだのに!何しちゃってんのさ!」
唇を尖らせて怒りの表情を浮かべた母上が、その場に姿を現した。
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