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sideイリアス

6話

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☆注意☆
※今回は『獏』の怒りがテーマ。下辺りの□■以下は少し残酷な描写がありますので、苦手な方は飛ばしてください。
内容としては、ウィリテを暴行した男が残酷な罰を受ける、ってものです


□■□■□■□■□■□


夢に滑り込んでみると、そこは深い森の中だった。
そこを、今より少し若い年頃の彼が、覚束ない足で走り抜けていく。その顔は何かに怯えて、時折背後を伺う様子が見えた。

ーーーー追われている?

ふと、あの男の脳裏に浮かんだ映像が思い起こされる。

薄暗い森を一生懸命に逃げる青年。彼を嬲るように追っていたヤツは、軈て一本の樹の元に彼を追い詰めて……。そしてーーーーー…………。

あの場面………。

恐怖に顔を強張らせて、自分を組み敷く男を絶望の眼差しで見上げていた。

ゆらり、と。『獏』の力が揺れる。

あの男は………。
あの屈辱・・・・を、私のテリトリーである夢の中で何度も彼に与えていたのか。

明確な殺意と共に湧き上がるドス黒い感情。

ーーーー…………………っ。

怒りが身体を突き動かしたらしく、気付けば彼が私の腕の中に納まっていた。
彼は私の登場に困惑した様子を見せていたけど、直に我に返りジタバタと暴れ始めた。

ーーーーちょっ……、嫌、離して……っ!

『私の大事な君。大丈夫だよ……』

優しく腕の中に閉じ込めて、宥めるように囁く。

ーーーー大丈夫なんかじゃない……っ!逃げなきゃ!嫌だ、はなして!

パニックになるのも分かる。繰り返しこの夢を見せられ、絶望を植え付けられていたのだから。でも…………。

『しーーー……』

私は腕を掴んでいた手を離し、彼の髪をあやす様に撫でてそのまま自分の胸に優しく押し当てた。

『もう何者も君を害することはできない。だって私が君を見付けたのだから……』

そう。もう私は、君を見付けた。
ならば、あの男には用はない。

警戒心を抱いて私を見ていた彼は、背後から現れたヤツに気付くとビクリと身体を竦ませた。

大丈夫だよ、私の大切な君。私の愛しい……、唯一愛を捧げるべき人。

『君を害するなど、そんな許し難い事案を私が放置できる訳ないじゃないか』

彼は私を見上げて、そしてはっと息を飲んで固まった。冷ややかな視線をヤツに向けて、私は怒りで揺らめく『獏』の力で古の魔獣を創り出す。

ヘルハウンドーー地獄の猟犬

生者死者問わず、狙いを定めた者を喰うためにこの世とあの世を駆け巡る、生粋のハンター。小さく顎をしゃくると、ヘルハウンドは濁った赤い目をギラつかせてヤツに飛び掛かっていった。

情け容赦なく生きたまま身体を貪り食う。骨を噛み砕かれ、血を啜られ、辛うじて繫るだけの筋が鋭い牙で断たれていく。ヤツの醜い叫び声が響き渡った。
その聞き苦しい声が彼には届かないようにしつつ、でもヤツが肉片へと変わる様は見せておく。
彼には残虐過ぎるかとは思ったけれど、もう二度とあの男に苦しめられる事はないと、彼は知る必要があったのだ。

精神の世界は繊細なもの。
長く悪夢に苛まれたものは、ソレ悪夢から解放されても精神を蝕まれた影響で、自ら悪夢に囚われてしまう。だからこそ、彼にこの光景を見せたのだ。

彼はこの阿鼻叫喚な状況に、両手で口元を押さえてよろめいていた。それを優しく抱き留め支える。私が気に留め、心を砕いて尽くしたいと思うのは君だけ。だというのに君は何故あの男を気にするのだろう……?

でも今後あの男に苛まれることはないと知れば、君の心もきっと安らかになる。
ヤツは今日限りで、現実世界から姿を消す。無間地獄と化した夢の一角で、永遠にヘルハウンドに貪り喰われ続けるのだ。

煮えくりかえるはらわたを抱えたまま酷薄な笑みを浮かべる私に恐れをなしたのか、彼はゴクリと喉を鳴らした。

ーーーー…貴方は誰?

震える声も愛らしい。

『私はイリアス。イリアス・ダンカン。獏の獣人だよ』

私を知ろうとする君の言動に、自分の眦が緩むのが分かる。そうだ。私たちはお互いにまだ何も知らないんだ。これから少しずつ歩み寄っていかねば。

『君の名前を聞いても?』

ゆるりと首を傾げて問えば、一瞬躊躇いつつも名前を教えてくれた。

『ウィリテ……。古い言葉だよね。確か「緑」という意味だったか……』

そう言った時、彼は動揺のあまり肩を揺らし表情を強張らせた。その様子に「何故?」と訝しく思いながらも、深く問うことをしなかった。後から振り返ると、そこから歯車は狂い始めたんだと分かる。その時の私には知る由もなかったのだ。自分が持つ権力にこそ、彼が恐れを抱いているなんて……。

そして、またしても精霊に邪魔をされ、夢から弾き飛ばされてしまった。
自分の意思ではない精神の世界からの退場だったから、ウィリテの家ではなく全く知らない場所に私は佇んでいた。

流石に2回も邪魔をされたら気付く。精霊はウィリテを守っている。つまりウィリテはわたしを望んでいないということか………?
ギュッと拳を握り締めると、私はすっと顔を上げウィリテの気配がする方角に顔を向けた。既にウィリテの気配は掴んだのだ。後を追うことなど造作もない。

私は瞑目すると、するりと世界の狭間に身体を滑り込ませたのだった。

□■

その頃の王都では………。

「ぎ………ぎぁあああああああっ!!」

突然響き渡った絶叫に、看守たちは何事かっ!?と独房の一つにかけよった。そして、その地獄絵図を見て顔を引き攣らせて凍り付いてしまった。
仮にも第三監獄を預かる立場、多少どころではない惨状には慣れている。そんな彼らが声一つ出すこともできずに、ただ只管目の前の独房を眺めることしかできない状況がそこにはあった……。

顔に引き攣れた醜い傷を持つ男は、目に見えない何か・・によって身体を貪り喰われていたのだ。
しかも、とっくに死んでも可怪しくはない出血をしても、あり得ない場所を喰われても、死ぬことも出来ずにビクビクと身体を痙攣させ絶叫し続けている。

「あ………あ…あ、う、ああああっ!!こ……殺してくれっ!!」

青褪める看守たちの眼の前で、喉を、顔の半分を喰われてもなお声を出せる不思議。

ーーーーこれは、きっとあのお方の・・・・・………。

ゴクリと喉をならす。あのお方がこれ程までお怒りになるとは……。

「ああああああっっっ……!し……死なせて…っ!死なせてくれーーーーーっ!!!!」

その叫び声と、何か・・が「ゴリっ」と男の頭部を噛み千切るのは、ほぼ同時だった。

僅かな光を灯していた壁の蝋燭が、ゆらりと怪しく揺れる。一瞬闇が深くなった、と思った時には男の姿は一欠片ひとかけらの肉片を残す事なく消え去っていた。

その場にある、おびただしい量の血痕だけが、確かに男が捕虜として監獄にいたことを証明するのみ。
そのあり得ない状況に、誰一人として目の前の事が受け入れられずに身動きできずにいる。

「……………。だから私は第三監獄でなければならないと思ったんですよ」

僅かに毛を逆立てた尻尾を揺らしながら看守の一人が呟く声が、静寂を取り戻した監獄にひっそりと響くだけだった。
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