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sideイリアス
4話
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どのくらい時間が経ったのだろう。右肩のズキズキとした痛みで、意識が浮上していく。
どうやら怪我をしているようだ。まぁあの高さから落ちたのだから仕方ない。
怪我自体は大した問題ではない。精神の世界へ渡れば、いくらでも治癒させることはできる。問題があるとしたら、それはあの精霊たちだ。彼らは私があの樹に近付くことを拒んでいた。
あの樹に触れなければ、彼への道が閉ざされてしまうのに………。
精霊の攻撃を忌々しく思いながら眉を顰めて………、それに気が付いた。
胸を掻き毟りたくなるほどに恋しい気配がする。手に入れたくて手に入れたくて、何度も瞼にその姿を映し見た『彼』の………………。
ーーーーダメだよ、危ない事しちゃ………。
悲し気に呟き、そっと気遣うように優しく傷を拭ってくれている。
ああ………悲しまないで、私の大切な君。こんな怪我など直ぐに癒してしまうから。
「…………ぅ、」
辛うじて瞼を持ち上げてみれば、心配そうに私を覗き込む一人の青年の姿があった。どうやら頭も打っているらしく、視界がぼやけて彼の顔がよく見えない。それでも懸命に震える手を差し伸ばす。
「きみ、は………」
早く彼との繋がりを持たなければと言葉を紡ぐが、思うように声が出ない。伸ばした掌で、もどかしい気持のまま彼の頬を包み込んだ
「……え?なに?」
びっくりしつつも、何かを感じ取ったのか彼は身体を僅かに倒して私に耳を寄せる様子を見せた。
「きみ、は、だ……れ?」
怪我の痛みなど遥かに凌駕する歓喜が身体を支配する。ああ、ああ………、君の姿、君の声、ようやく番に出会えたんだ!
「きみ、は………、わ、たしの………」
ゆるりと力が入らない指で彼の頬を優しく撫でる。しかし私にできたのはここまでだった。もう身体に残った力はなく、差し伸べた腕も地面に落ちていく。
ーーーーまだ、私は君の名前すら知らないのに………。
歯痒い気持ちのまま再び意識が深淵に沈もうとした時、右手の指に何かが触れた。ぎゅっとそれを握りしめながら、私は意識を失ってしまったのだった。
■□
「俺、注意してくださいっていいましたよね!?」
ジロリとブシアがベッドに横たわる私を睨む。気付けば、いつの間にか屋敷に運び込まれ、肩から胸にかけてガッチリと包帯が巻かれていた。
私に怪我の手当は不要なのだが、獏が持つ治癒力は公言していない部類の能力だ。人の目がある今、治してしまう訳にはいかない。
大袈裟なくらいに巻かれた包帯を片眉を上げて見下ろした私は、敢えて何も言わずにブシアに視線を戻した。
「今、何時だ?」
「……夕刻ですよ。イリアス様がお出かけになられた日の、翌日になります」
ムッツリと不貞腐れた顔でブシアが答える。その言葉にチラリと窓を見れば、そろそろ陽も沈もうかという時間だった。
「一体何があったんですか?夜中になってもお戻りにならず、知らせを受けて見ればこの有り様。これじゃ俺、公爵様に顔向けできません。少しは考えて行動してくださいよ」
ぶつくさ文句を垂れるブシアに、私は苦笑いを洩らした。
私は現在、宰相の地位に就いているが、まだ若輩の身。宰相の役割と公爵の責務を同時に果たすのは難しいため、公爵位はまだ父上に担って貰っていた。
ブシアはその父上に拾われてダンカン公爵家へ来た過去を持つ。……いや、正確に言えば拾ったのは母上だが。
路上で蹲る子供時代のブシアを、平民出身の母上は見過ごす事が出来なくて、父上に願って拾って貰ったのだ。
可愛い番の頼みを断るなんて選択肢は父上にはない訳で。
表面上は笑顔でブシアを拾った父上は、問答無用で彼を私の従者にした。
どんなに子供でも、番の周りを『男』にウロチョロして欲しくないという狭量ゆえの采配だ。ま、それは獏の番に対する執着の強さからくるものだし、仕方ない事ではある。
ブシアもそれを良く理解しているから、忠誠を父上に対して誓っていた。
因みに間違っても母上に忠誠を誓おうものなら、確実に殺される。
まぁ、そんな二人に振り回されながら育った私達の仲は随分と気安い。だからこそ、こんな風に無茶な行動を私が取ると、遠慮もなく叱ってくるのだった。
どうやら怪我をしているようだ。まぁあの高さから落ちたのだから仕方ない。
怪我自体は大した問題ではない。精神の世界へ渡れば、いくらでも治癒させることはできる。問題があるとしたら、それはあの精霊たちだ。彼らは私があの樹に近付くことを拒んでいた。
あの樹に触れなければ、彼への道が閉ざされてしまうのに………。
精霊の攻撃を忌々しく思いながら眉を顰めて………、それに気が付いた。
胸を掻き毟りたくなるほどに恋しい気配がする。手に入れたくて手に入れたくて、何度も瞼にその姿を映し見た『彼』の………………。
ーーーーダメだよ、危ない事しちゃ………。
悲し気に呟き、そっと気遣うように優しく傷を拭ってくれている。
ああ………悲しまないで、私の大切な君。こんな怪我など直ぐに癒してしまうから。
「…………ぅ、」
辛うじて瞼を持ち上げてみれば、心配そうに私を覗き込む一人の青年の姿があった。どうやら頭も打っているらしく、視界がぼやけて彼の顔がよく見えない。それでも懸命に震える手を差し伸ばす。
「きみ、は………」
早く彼との繋がりを持たなければと言葉を紡ぐが、思うように声が出ない。伸ばした掌で、もどかしい気持のまま彼の頬を包み込んだ
「……え?なに?」
びっくりしつつも、何かを感じ取ったのか彼は身体を僅かに倒して私に耳を寄せる様子を見せた。
「きみ、は、だ……れ?」
怪我の痛みなど遥かに凌駕する歓喜が身体を支配する。ああ、ああ………、君の姿、君の声、ようやく番に出会えたんだ!
「きみ、は………、わ、たしの………」
ゆるりと力が入らない指で彼の頬を優しく撫でる。しかし私にできたのはここまでだった。もう身体に残った力はなく、差し伸べた腕も地面に落ちていく。
ーーーーまだ、私は君の名前すら知らないのに………。
歯痒い気持ちのまま再び意識が深淵に沈もうとした時、右手の指に何かが触れた。ぎゅっとそれを握りしめながら、私は意識を失ってしまったのだった。
■□
「俺、注意してくださいっていいましたよね!?」
ジロリとブシアがベッドに横たわる私を睨む。気付けば、いつの間にか屋敷に運び込まれ、肩から胸にかけてガッチリと包帯が巻かれていた。
私に怪我の手当は不要なのだが、獏が持つ治癒力は公言していない部類の能力だ。人の目がある今、治してしまう訳にはいかない。
大袈裟なくらいに巻かれた包帯を片眉を上げて見下ろした私は、敢えて何も言わずにブシアに視線を戻した。
「今、何時だ?」
「……夕刻ですよ。イリアス様がお出かけになられた日の、翌日になります」
ムッツリと不貞腐れた顔でブシアが答える。その言葉にチラリと窓を見れば、そろそろ陽も沈もうかという時間だった。
「一体何があったんですか?夜中になってもお戻りにならず、知らせを受けて見ればこの有り様。これじゃ俺、公爵様に顔向けできません。少しは考えて行動してくださいよ」
ぶつくさ文句を垂れるブシアに、私は苦笑いを洩らした。
私は現在、宰相の地位に就いているが、まだ若輩の身。宰相の役割と公爵の責務を同時に果たすのは難しいため、公爵位はまだ父上に担って貰っていた。
ブシアはその父上に拾われてダンカン公爵家へ来た過去を持つ。……いや、正確に言えば拾ったのは母上だが。
路上で蹲る子供時代のブシアを、平民出身の母上は見過ごす事が出来なくて、父上に願って拾って貰ったのだ。
可愛い番の頼みを断るなんて選択肢は父上にはない訳で。
表面上は笑顔でブシアを拾った父上は、問答無用で彼を私の従者にした。
どんなに子供でも、番の周りを『男』にウロチョロして欲しくないという狭量ゆえの采配だ。ま、それは獏の番に対する執着の強さからくるものだし、仕方ない事ではある。
ブシアもそれを良く理解しているから、忠誠を父上に対して誓っていた。
因みに間違っても母上に忠誠を誓おうものなら、確実に殺される。
まぁ、そんな二人に振り回されながら育った私達の仲は随分と気安い。だからこそ、こんな風に無茶な行動を私が取ると、遠慮もなく叱ってくるのだった。
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