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sideイリアス

2話

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コツコツと石畳に足音が響く。拷問用の監獄であるため、血などを洗い流し清掃しやすいように全てが石造りとなっている。
その素材と地下という場所からジメジメと湿気が強く、劣悪な環境も囚人の体力や気力を奪う仕様となっていた。

「話すことなんか、なぁーんもねぇんだよ!拷問ごときで俺らがビビるとでも思ってんのかよぉ!」

通路を進むにつれて、騒々しい叫び声が聞こえてくる。時折ガシャガシャと鎖が激しく揺れる落ちが混じるところから察するに、随分と粗野なやかららしい。

コツリ、と足音を立てて鉄格子の前で足を止めて中を見る。年の頃30ほどの、ふてぶてしい面構つらがまえの男が、看守に向かって叫び散らかしていた。

「はっ!何が大国ライティグスってんだ。図体ばかりデカくても、トップがスッカスカな頭の持ち主じゃ寝首掻かれんのも時間の問題さぁ!」

「ほぅ、その頭がスカスカのトップに捕らえられているお前は、究極のマヌケなんだろうな」

喚く男が鬱陶しくて、私は片眉を上げつつヤツを睥睨する。

「けっ!何とでも言え」

男がこちらを向いて噛みつかんばかりに吠えた。その顔を見た瞬間、私の心臓が軋みそうなくらい激しく鳴った。
男の左目のすぐ横に、大きく引き攣れた醜い傷がある。その傷から薄っすらと漂う気配が、私の心を大きく揺り動かしたのだ。

「………。お前、その傷は何故ついた……」

ぐっと男の顎を掴み、無理やり横を向かせる。余程なまくらな物で傷を負ったのか、そこはケロイド状になっていた。

「はっ、いちいち傷負った場所なんざ……」
「無理やり思い出させて欲しいのか?」

ヤツの発言の戯言など興味はない。バッサリと切り捨てると、私は顎を掴む手に力を籠めた。ミシリ、と骨が軋む。
この程度のザコに『獏』の力を使うまでもなく、あれほど「拷問など怖くない」と豪語していた割にはアッサリと口を開いた。

「……っ!も……森ん中でよ、ちぃーと遊んでやったヤツにつけられたんだよ……っ!手に持っていた枝、ぶっ刺しやがって……クソっ」

何かを思い出したのか、ギリギリと奥歯を鳴らす。

「次見付けたら、ただじゃおかねぇ……っ。死んだ方がマシってくらい犯してやるっ!」

ヤツが脳裏にその時の映像を浮かべたであろう瞬間に、その頭を鷲掴む。ぐいっと容赦なく引き寄せると、激しい音を立てて鉄格子がその顔にめり込んだ。

ゆらりと蜃気楼のように、ヤツが浮かべた映像が私の脳裏に映し出される。
薄暗い森を一生懸命に逃げる青年。彼を嬲るように追うコイツは、軈て一本の樹の元に彼を追い詰めて……。そしてーーーーー…………。

「ぎぃ……っ…!!い、あああああああああああああっっっっ!!!!」

突然響き渡った絶叫に看守は一瞬恐怖に身を震わせた。
怒りの余り男にとどめを刺そうとしていた私は、理性を総動員させて己の衝動をどうにか抑え込み、血に汚れた手を払うように振った。
コロリ、と視神経を引っ付けた血塗れの眼球が床に転がる。

「あああああああああああああ………っっ」

片目を抉り取られたヤツは、鎖に繋がれ状態でのたうち回る事も出来ずに、狂ったように首を振り続けた。その首をぐっと掴むと、俺はヤツの脳裏に刻み込むように冷たく告げた。

「いいか、覚えておけ。お前にはそのうち死んだ方がマシだと思う苦痛をプレゼントしてやろう。その苦痛を、夢の中で永遠に味わうといい」

ビクンと大きく身を揺らしたヤツは、次第に全身を震わせ恐怖の色を宿す目を向けてきた。

「おま……おまえ、まさ、か………」

「獏が与える夢から逃げられると思うなよ……」

ひゅっと息を飲むヤツから手を離すと、もう刃向かう気力もないのかひざまずいたまま、ブツブツと呟くだけとなった。

私は看守に視線を向けると、青褪めたままの彼に素早く指示をだす。

「私用で暫く王都を離れる。それまでコイツを死なない程度に生かしておけ」

「はっ!では尋問は保留ということで?」

「捕虜は他にもいるだろう。そいつらを使え。コイツは……」

チラリと生きたゴミに目を向ける。

「私の番への道標だ。用が済めば姿を消す・・・・

「り…了解しました!」

『番』と聞いて、看守はそれ以上言葉を重ねる事はなかった。私はこれからの計画を素早く組み立て、陛下に報告するべく身を翻した。ふと、視線のみでヤツを振り返る。

ヤツが思い浮かべた映像は過去のモノとは思えないくらいに鮮やかで、それはヤツの執着の強さを物語っていた。繰り返しあの・・場面を思い返していたのだろう。
あれ程の執着は力になる可能性が高い。もしかしたら、あの青年に何らかの影響を及ぼしているかも知れなかった。

胸糞悪い感情が湧き上がる。

あの、ヤツ・・が思い浮かべた光景。アレを思い返すと、ヤツを引き裂いて殺したくなる。
しかし、ヤツが死ねば愛しい人に繋がる気配が断たれてしまうだろう。


ヤツに捕まり組み敷かれ、絶望に染まったあの顔。
深い哀しみを湛えた瞳は、それでも生きる事を諦めてはいなかった。ヤツが油断した隙に手にしていた枝を突き刺して、脱兎の如く逃げていく。

彼は逃げる時にも、その枝を手放す事はなかった。もしかしたら、余程大切な物なのかもしれない。
あの男の傷に残る枝の気配から、今どこに存在するのか辿る事はできる。枝がある場所まで行けたら、きっと彼に繋がるはずだ………。

ーーーー私の大事な君に、会える………。

番を欲してく気持ちをぐっと抑え込み、私は再び歩き始めるのだった。
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